今回の日韓合意を「良いんじゃね?」と思う人は是非これを読んでください

今回の日韓合意に関して、私としてはブチ切れているのをいつも書いていますが(笑)、私にはその問題点を上手くまとめることはできません。

でも慰安婦問題にまともに取り組んでいる日本人は世界中にいて、また組織化して中韓のプロパガンダに対抗しようと動いています。オーストラリアにもそういう団体が存在します。

その組織がちゃんとした今回の合意に関して意見を書いているのを読者からコメントで教えていただきました(有難うございます)。それを日記本文でも紹介したいと思います。

「とにかくあいつらウルサイし、謝れって言うんだから謝って、10億円で済めば安いもんだ」なんて思っている人がいたら、是非、これを読んで問題点を考えてもらいたい。

AJCNレポート第二弾 海外メディアは慰安婦問題日韓合意をどう報じたか?|日本は世界を平和にします
この文の頭の方に大事なことが要約されています。ここの所。

2015年12月28日の慰安婦問題に関する日韓合意を受けて、海外メディアはこぞって「日本がついに戦時中の性奴隷制度を認めて謝罪した」と報じました。その後、数多くの方々から具体的な例を教えて欲しいとの要望を頂きましたので、メンバーで手分けして調査した結果をご報告します。
想像以上の日本非難の洪水に、精神衛生上、非常にきつい作業となりました。もちろん、これは本来、在外公館の仕事です。しかし、外務省は調査をしても一般国民に知らせることはしませんし、結果にフィルタリングをかける可能性もあります。国内のメディアは「報道しない自由」を行使して、ほとんど実態を伝えていません。結果として、「日本国内でしか通用しない議論に終始する」結果に陥ることになります。AJCNは、日本国民に幅広く実態を理解して頂き、先の見解書の中で日本政府にAJCNが求めている適切な対応をしていただくためにもこの声明文第二弾を出すことにしました。

我々が調査した限りでは「日本政府は潔く謝罪した。韓国は受け入れるべきだ」と主張する海外メディアは皆無でした。すべてのメディアに共通しているのは「日本政府がついに性奴隷制度を認めた、その多くは韓国人女性だった」との断定で、これまで日本の民間団体による反論で消えかかっていた20万人強制連行という言葉も亡霊のように蘇っている、ということです。中には、10代のうら若き処女を拉致、強制的に売春させ、果ては殺したというような酷い話まで載っているケースも複数あり、その傾向は時を追って過激度を増しつつあります。最近顕著になっている中国からの「40万人強制連行説」が散見されるのを見ても、日本を悪魔化し、孤立させたい勢力から強力なプロパガンダが行われていることが推測されます。また、案の定、韓国以外の国にも賠償すべきだという論調が目立ちます。以下、海外報道の一部をご紹介します。

世界の報道機関が今回の合意をどのように報道しているかはこのブログに詳しく書いてありますから、是非読んで頂きたいと思います。

またこの組織はこの様にまとめています。

国民の覚醒だけが最後の砦

日本はすでに激しい情報戦という名の戦争の渦中にあります。目的のない戦争はありません。日本を犯罪国家として貶め、孤立させ、やがて支配下に置こうと目論む勢力と、まるでその意向に沿うかのように、日本の名誉回復の努力を灰燼に帰そうとする勢力に挟撃されているかのように見えます。平身低頭して、事なかれ主義で経済活動だけに勤しんでいれば良かった時代はとうに過ぎ去りました。この無防備国家日本が、米国の影響力が低減するに伴い苛烈さを増す国際社会で生き残っていけるかどうかは、一重に国民の意識の覚醒にかかっていると言っても過言ではありません。政治的妥協の為に、日本を幼女誘拐性犯罪国家と自ら認めることは、「現実優先の政治決断」とは程遠いものです。海外で活動するAJCNは、そのことを強く日本国民の皆さまにお伝えしたいと思います。

またこの組織をバックしようとするオーストラリア人もいるわけですが、そのお一人からこのような意見を頂いたそうです。

「日本と日本人のために、自分の忙しい時間を使ってどんなに一生懸命頑張っても、日本政府が真実ではないことをあのようにあっさり認めて謝罪してしまうなら、あとは日本政府に責任を取ってもらうしかない」

日本人なのに中韓の手先のように動いて、日本が悪くなることを喜ぶような人たちがマスコミや政治家の中にも多くいますが、私は日本を美化すべしとは思っていませんし、また「南京大虐殺」に関しては私は「それは間違いなくあった」という論者です(幕府山事件がそれ)。ですから、何でも都合の良い方へ考えるのではなくて、事実はどこにあったのか、またその事実に反することを吹聴する人たちにはなんらかの思惑があるのじゃないか、その辺をしっかり見据えて、これらの問題を見ていく必要があると思っています。

日本が戦争に負けてGHQによって過去の日本は徹底的に悪者とされ、連合国は「善」であると刷り込まれました。でも戦争で負けるということはそういうことであって、本来なら国民も国家も消滅してもしょうがないんですね。でも日本は断腸の思いで「サンフランシスコ条約」を飲んだ。これはどういうことかというと、連合国側の主張を全て認めて、つまり、日本は悪の枢軸であったと、自らが過去の日本を悪と決めつけ(連合国は「善」であると決めつけ)、連合国側の一員になったということ。

これはこれで生きるために日本が選択した道であり、それが不満ならば、また戦争をしなくてはならないんですね。戦争とは「正義と正義のぶつかり合い」であって、それに負けるということは自分は正義ではないと認めなくてはならない。でも「お前たちだって・・・」という理屈は本来通用しないんですね。それが通用するくらいなら、多大な犠牲を払って戦争という決着方法を取る必要がなかったことになりますから。

私たちは敗者であるというのを認めないわけにはいかない。

でも本当に日本は悪の権化であったのか?その連合国側が作った歴史に沿った形でプロパガンダを広める中韓のいうことが本当に正しいのか?また事実を知っているくせに、日本が戦争に負けたこと、自分たちはその日本の対立側にあったことを利用し、あることないことをぶち撒ける存在に私たちは我慢しなければならないのか。

歴史は過去のものですが、史実は時とともに出てきて事実が明らかになり、過去は今でも続いているといえます。ですから「あれはもう終わったことだ」と済ます必要はないし、そうであってはならないはず。

でも世の中には「生きて行くためには頭を下げて生きるしか無いんだよ」という死生観を持つ人も多いでしょう。でもそれこそがGHQによって作られ、彼らが望んだ「腑抜けの日本人」であって、私達の祖先はそういう死生観も価値観も持っていなかった。「だから戦争になったんだよ」と戦争アレルギーの人は一刀両断するんでしょう。しかし、自分の命、国家の存亡を賭けて戦わなければならない時は何時の時代にもあり、「生きていれば良い」という価値観は「腐りきった負け犬根性でしかない」と私は思うのです。

ま、自分の人生を、自分の祖国をどう考えようとそれぞれの勝手ですが、それを自由とか民主主義と混同して考えるのは大間違えで、もし主権が国民にあるとしたら、最終責任者は国民なんですね。つまり国家存亡の時には民主主義を守るためにも「国民皆兵」で国家を守るのが民主主義の根底であるはずです(日本を守るのは政府でも自衛隊でもない)。何かあったら謝る。どうしようもなければ逃げる、俺は勝手に生きるという考えかたは「民主主義ではない」ということに気がつく必要があると私は思うのです。

戦争はいまだ継続中という考え方も大事ではないでしょうか。世界は「幼稚園の論理」「学生コンパのノリ」で動いているのではないはず。

 
 
 

     
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