おせっかい

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どうも年寄り臭い自分が嫌になることがあります。人生長いと若い人にお説教垂れたりする老人がいるように、海外に夢を描いて舞い上がってる人たちを見るとどうしても一言言いたくなってしまう。

この野郎、知ったかぶりしやがって、なんて思われてるんだろうと思いますわ。

しかし、逆に、どうしてこんなに海外に夢を持つ人が多いのか不思議になることもあります。海外に行ったら夢の国、天国があるのでしょうか。未知の国に対する興味ということなら納得ですが、天国があるとは私にはどうしても思えないんですよ。

今時、東京にあこがれて上京する人はいないのかもしれないけれど、東京さ出て行ったら良いことばっかりあるんじゃねーのけ?ってなのと何ら変わりがないような気がしちゃいます。実際の所、海外に出たら良いことがあるだろうと私も思ってましたが・・

最初の3年間はあっと言う間ですね。舞い上がった気持ちが継続する。そして自分がそこにいることが嬉しくてしょうがないし、それを自慢したくてしょうがない。あれもこれも良いこと尽くめで、ネバーランドを発見したような気分でしたわ。でも、5年もするとかなり落ち着いてくる。いろいろ見え出すんですね。そして感激も薄れてくる。

10年も経てば、全てが当たり前のことで、いちいち感激することは極端に減ってくる。東京に住んでいる頃に、東京は良いね良いねなんて思わない、言わないのと同じ。私の場合、旅行者気分が抜けるまでに10年という月日が掛かりましたわ。

そしてこの頃、段々と回りに引き揚げる人が増えてくる。大体みんな同じ頃に来ていますから、10年が節目なのかな、なんて気がします。最初の頃は些細なことでしかなかったことが、どんどんそれが大きくなって問題になってくる。そして我慢ができなくなって切れてしまう、なんてことがあるような気がします。あるいは、無理も10年間は続けられないってことかもしれません。

仕事も同じで、始めたばかりは一生懸命だけれど、軌道に乗るのには年数が掛かる。そして10年もする頃には、勝ち負けがはっきりしてくるのと似ているような気がします。良い時期があっても、それが延々続くことはないんですね。逆に悪いことも延々続くことはないはずなんだけれど、世の中って甘くないんだろうと思います。悪いことは続いて良い事がないなんてのは良くあるパターン。

オーストラリアに渡った人は、退職者として遊んでいる人とは別に、起業する目的で渡ってきた人が大勢いますが、うまく行っている人はほんの一握り。それは日本とて同じ事で、今存在する会社より潰れて消えていった数の方がはるかに多いのは当たり前。ただ、目の前に存在しているものしか見えないから、消えていった人の方が多いというのに気がつかないんですね。だから、みんなうまく行ってるように見えちゃう。

私は中小企業の世界で生きて来ましたが、中小企業で20年以上生き残るって怖ろしいくらい難しいんですね。自社ビルを建てるような勢いがあっても、20年のスパンで見ると、やっぱり消えていったなんてのがザラ。

移民、移住も同じだと思うんですよ。

10年以内、5年以内では失敗を目にすることも少ない。でも10年を過ぎてくるとそれが確実に増えてきて、20年もすると回りに昔の仲間が誰もいないことに気がつく。ほんとにごく一握りの人たちだけがどうにか生きているって感じだなぁ。いい話なんかまるでないし、本当に大変な思いをしてみんな生きている。適当なところで見切りを付けて、日本で再出発を狙う人もかなりいました。

でね、見ていてわかるのは、今生き残ってる人たちって、それなりに食える技術なり腕を持ってる人たちなんですね。あと資産的にかなり余裕のあった人たち。

オーストラリアの場合、昔は5000万円の資産が永住権、退職者ビザを取る条件でした。で、その何倍何十倍持ち込んだ人もいれば、退職金やら家を売り飛ばしてギリギリで来た人も多い。で、割合早く引き揚げることになったのはギリギリで来ていた人たち。今まで5000万という金額を持ったこともないし、それで生きていけるのかどうかわからずに来ちゃったんだろうと思いますわ。当時、定期預金は12%から16%なんて時代がありましたから、5000万円の定期から産まれる金利もかなりの額でした。

使い切れないよ

なんて言ってる人もいましたっけ。ところがそんな高金利の時代はいつまでも続かないし、金利が高いってことはインフレ率も高いってことなんですね。それでもそのお金を使わずにいた人はいいけれど、本人舞い上がっちゃって、あれも安いこれも安いって、ウォータフロントの家も買っちゃうわけです。で、自分の家の桟橋に何も繋がっていないのが変に見えるんですね。クルーザーまで買っちゃう。そんなことをすれば、元手なんかすぐ消えちゃうわけで、どうやって食っていくの?と不思議に思うような人もたくさんいました。

で、やっぱり、そういう人から消えて行きました。

逆に億単位、あるいはもう一つ上の単位のお金を持ち込んだ人も結構いるわけですが、やめとけばいいのに投資をするんですね。億のお金を突っ込んで、億の単位で損する。ゴールドコーストで矢沢永吉が数十億損したなんて話がありましたが、似たようなことをやっていた人はいましたわ。これは企業とて同じで、ここで数百億損した企業もいれば、数千億ものお金を投資しておかしくなった有名な企業もありますね。ここで未だに生き残っている企業なんか数えるぐらいしかないし、ほとんど引き揚げました。個人も同じ。

今のマレーシアの話しを聞いていると、15年前のゴールドコーストを思い出します。まだみんな来たばかりで気持ちが舞い上がっていて、ニコニコしている。自分たちがそこに来れたということが嬉しくてしょうがないんですね。

悪い話しもそんなに出てこないし、日本人が日本人を騙すケースが増えてるから気をつけろなんていう話がたまに出てくる程度。でもきっと同じような感じになっていくのだろうと私は想像しています。で、結局帰らなくならなくなる理由は自分自身なんですね。自分の家庭と言うべきでしょうか。

充分食えるはずだったのが食えなくなる。いろいろ出来るはずだったのがあれもこれも実はお金が掛かることに気がついて何もできずに引きこもりになって精神的におかしくなる。強引な旦那に連れてこられた奥さんも人間関係、文化の違いに我慢が出来なくなっておかしくなる。そして別居。離縁。なんてのも少なくなかった。奥さんだけ日本に帰ったなんて話も随分ありましたっけ。

子供がおかしくなったケースも少なくなかったです。環境の問題というより家庭内の事情とでもいうべきでしょうか。内部崩壊ですね。どんな家でも問題が無いようで、実は小さな火種が段々と大きくなったりするんだろうと思います。それが10年という年数なのかもしれない。

これはゴールドコーストに限ったことではなくて、かつて東京に上京してきた人たち、あるいは田舎に引っ込んで暮らそうと田舎に移った人たち、マレーシアだろうがどこでも同じ事が起きるんだろうと思います。

舞い上がるのは舞い上がるので良いと思います。今まで通りの生活をしていたらそんな舞い上がることさえないんですから。ただ、しっかりしたお金の管理と、家庭内の人間関係。これには最大の注意をしておくべきなんでしょう。で、そうしたところでおかしくなるときにはおかしくなるわけですから、最後の腹をくくる気構えも必要ではないかと思います。

そんな中で長年、良い調子で楽しんでる人たちがいます。彼らは行ったり来たり組。美味しいところだけ取って、嫌になればすぐ帰る。で、また来たくなると来る。年に2回3回往復をする人も少なくない。

私はここがポイントだと思いますわ。

移住しようなんて気はさらさらない。帰るところはちゃんとある。やりたいことだけやって、美味しいところだけ頂戴する。まぁ、それだけの資力がなければできないことですが、結局ストレスが溜まらないって事なんだろうし、資力がない場合は、その不安がいつか問題として芽吹いてくるのかもしれない。日本に帰ったらこういう生活はできない、なんてこと自体がストレスになることもあるかもしれない。

先立つものはお金なのでしょうか。そうかもしれませんね。金の切れ目は縁の切れ目なんて良く言ったもんで、夫婦関係もそれが原因で簡単に壊れちゃうのかも知れませんね。まして外国でストレスが溜まっていれば壊れるのも簡単。

昔、面白い事を言った友人がいました。

大体、海外に出て住もうなんて考える人は、孤独で友達もいない変人だよ、ですと。

まぁ、変人であることに自覚はありますが、孤独で友達もいないってところは違うのではないかと思ったのですが、彼曰く、日本に長年住んでいれば、そこには自分の家族、親兄弟、親友もたくさんいるだろうし、暇と金があるのなら、気心の知れたみんなと遊ぶ方がいかに楽しいか。誰も知る人もいない海外に行かなくてはならない理由なんかないはずで、行ってみたいなら旅行者としてちょっと長期に住めば十分だというんです。

これには一理あるような気がしました。オーストラリアを選んだ理由を言う前に、なぜ日本を出ようと思うのか、ってところなんですね。

私の場合は、子供の教育を考えた場合、日本は駄目だと考えていましたから日本を出る理由がありましたが、あの時点で歳を取っていたとしたら移住は考えなかったかもしれない。オーストラリアが好きなら、良い時期にちょろっと遊びにくればいいだけですもの。日本には良いところがいくらでもあるし、食べ物は美味しいし、同じような自由な時間を持つ友人と旅をするとか、趣味の勉強をもっと一生懸命できるようなチャンスもいくらでもある。

海外に出て何をしようと思っているのか書き出して、それが日本に住んでいたら出来ないことなのか、あるいはたまにその国に遊びに行けば出来ることではないのか、その国に住まない限りできないことなのか、そんなことを検証してみるのも面白いと思います。

かなり昔、ハワイに数日行って帰ってくるだけで洋行帰りと言われた時期がありました。海外にいつか行ってみたいなんてのがみんなの夢だった時代。そういう時代に育った人には海外に異常な思い入れがあるのかもしれません。海外に住む、そのこと自体をステータスのように感じたり、格好いいなんて思う自分があったとしたら、それは時限爆弾を自分の中に抱えているような物かもしれません。

私が今シニアと呼ばれる歳になって、それを考えてみると、私にはマレーシアに住まなければならない理由がひとつも見あたりません。好きな時に行って好きな時に帰ってくることができたら、私にとってそれが一番です。

それをするにはお金が必要ですが、ではお金がないからその地に住んでしまうという選択はありなのかどうか。そのような選択をするのは勝手ですが、私はそんな理由で住むことは出来ないし、するべきではないと考えています。

いつかは帰るのだとすれば、これから何をして楽しもうかと考えるのとは別に、どうなったら、有り難う、この10年間楽しかったよ、と言って帰れるようになるのか、そんなことを考えるのもいいかもしれないと思います。やりたいことをやったからどうなろうと後悔しないなんてのはあり得ませんよね。

私の回りで、このように明るく帰国したひとは、実は駐在組がほとんどで、永住組、退職組の多くは消えていくようにいなくなりました。終わりよければ全て良しですが、大金を使い果たし、逃げるように帰って行くようなことだけはしたくないと思います。帰る場所があればの話しですが・・・・

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