7日の夜の便で出発。20日に帰ってきます。今回は嫁の希望でエアーアジアではなくてマレーシア航空を使います。
MM2Hの許可が下りたのでそれをもらいに行くだけの旅です。
好きなことをしていていいねぇ、なんてよく言われるけれど、本当に好きなことが出来ているとは全く思っていないんですよ。私がしたいことは、日本に在住して海外なんて行きたいときに行きたいところへ行けばいいだけのことだと考えています。
こんなことを書くとマレーシア大好き人間からは文句が出そうだけれど、これが私の本音。
私には仕事がないと思ってる人が多いみたいだけど、収入がなければ生きていけないのは同じで、収入を得るためにしていることはそれを仕事だと私は考えています。何も毎日何時から何時までオフィスに出るとか、身体を使うのが仕事だとか、お給料をもらえるのが仕事だとは思っていません。
で、そういう意味での仕事とか将来のことを考えると、今オーストラリアをちょっと離れてマレーシアを拠点にした方が手取り収入も増えるし、まだまだお金がかかる子供達にやりたい勉強をやらすことができるわけで、マレーシアが好きだから行くわけでもなんでもありません。
消去法で選んだのがマレーシアです。
でも将来のためにも今行くべきだというのが私の結論。将来の為に転職を考えるのと同じ事です。ただ、そういう結論を出したのは私の勝手で、嫁にしてみるとなんでそんなことまでするのか?ってことなんですね。
本当は行きたくないと思う気持ちは嫁も同じで、というか絶対に行きたくないと思っているのが嫁で、このことが原因で病気にまでなってしまいました。ストレスが原因のある病気です。
で、その病気そのものがまたストレスの原因となるわけで悪循環に陥っています。嫁は今では買い物にも出ませんし、人に会うことさえ嫌がります。完全な引きこもり状態で、家に遊びに来る嫁のほんの一握りの親友との付き合いがあるだけ。そんな状態のマレーシアには絶対に住みたくない嫁を明後日無理矢理一緒に連れていきます。
ストレスなんて心の持ちようでどうにでもなる、なんて思うのですが、そういう考え方って他人事でしかないわけで、本人としては努力してもどうにもならないことってあるんだというのが今回よくわかりました。彼女は彼女なりに努力して、理性で感情を抑え込もうとしているのがわかります。だからこそ病気になったのだと思います。
私にしてみれば、我が家の将来を考えていろいろ計画しているわけで、自分が真にやりたいことなんか全く出来ない状態です。経済環境の悪化とか、子供達の将来の不安、嫁のストレスと病気。そんなものに囲まれて一体自分は本当に何をするべきなのかがわかりません。今の計画が本当に我が家のためになるのかどうかもよくわからない。全部放り投げて、お前ら好きに生きろと言いたいです。
でもやっぱりこの計画でやっていこうと今は思うわけです。自分のストレスなんて感じてる暇もなければ愚痴をいう相手もいない。ここにちょっとそれをぶちまけることしかできません。
マレーシアも嫌だ嫌だと思って行けば嫌なことしか起きないだろうけれど、想像も出来ない喜びがそこにあるかもしれない。そんなあてもない小さな小さな希望だけを持って明後日マレーシアに旅立ちます。
フト思い出すのは、18年前にオーストラリアに渡った頃の事。オーストラリアへ移住と決めたのもほんの出来心みたいな感じでしたが、気持ちは完全にオーストラリアへ飛んでいました。そこは別天地、明るい未来、天国のような生活が待っているような気がしていました。
これはある意味大当たりで、ある意味大はずれでもあったのですが、今振り返って見てもオーストラリアに来たのは大正解であったと思うし、そしてオーストラリアを第3の故郷(第2はグアム)と思う気持ちは強いものがあります。
私が気になるのは、あの当時のような舞い上がった気持ちが今はまるで無いって事。オーストラリアが良くてマレーシアが駄目ということではなくて、きっと歳とか今の精神的な状態もあるんでしょう。あるいは生活そのものに関して今の状態になんの不安も不便もないのにこの場を離れなければならない事に対する不安感と悔しさみたいなものが同居しているような気もします。
オーストラリアへ渡った頃は日本を出たいという欲望が非常に強く、オーストラリアの事なんか何も知らないのにオーストラリアに渡れることそのものが喜びでした。しかし今、オーストラリアを出たいという欲望は全くなく、できることならこのままここを拠点にして日本と行き来をしたいくらい(将来は日本在住が夢)。マレーシアに関してはあえて住むこともなく、行きたいときに行けるならそれが一番。
こんな気持ちでマレーシアに行くのは気が重いのですが、逆を言えばマレーシアには何も期待していないって事。これって経験者にはわかると思うのですが、期待がないことほど強い事ってないんですね。期待がなければ落胆もないってことです。良いことしか起こらない。そういう意味ではオーストラリアでは落胆と希望が入り乱れたわけのわからん生き方をしてきました。
マレーシア賛歌を歌いあげる人はいっぱいいるし、マレーシア関連で知り合った人はそういう人が多い。でもオーストラリアもそうであるように、みんながみんな幸せで渡って成功しているわけではないんですね。夢破れて帰った人もいる。渡ったことが原因で家族がバラバラになった人もいる。離婚したなんてのもびっくりするぐらい多い。あるいはいろいろ事情があって一人で滞在している人も少なくない。これはきっとマレーシアも同じだと思うんだけれど、そういう人達は多くを語らないし、語るとマレーシア応援団から叩かれるんでしょう。ちょっとでもマレーシアの気に入らないことでも書こうものなら、応援団が大騒ぎする傾向があるのはもうすでに気がついていますし、余計なことは言わずに、夢を見たい人の邪魔をする必要もないと思っています。
それどころか、私も夢を見られるものなら見てみたい・・・・
いろいろな人がそれぞれいろいろな夢を持ち、あるいは様々な事情を抱えているわけですが、マレーシア賛歌ばかりが大声で歌われている中、我々のようなタイプの渡航者は受け入れられるような土壌が無さそうに見えるのに困っています。
中には、そう思ってもそれをいちいち表面に出さずに、マレーシア賛歌を一緒に歌ってさえいれば平和なのさという人もいるでしょう。でもそれが出来るような器用さを我々夫婦は持ち合わせていない。
クアラルンプールそのものは生活上問題があるようにも思えないし、やっていけるという確信はあるので、是非とも何か私や嫁の心に火をつけてくれるものを探したいと思っています。
あ、そうそう。こんなブログを読んでる人は多くは無いわけですが、ブログ関連で知り合った方と前回偶然KLで出合いました。非常にいい方で嫁もこういう人がいるならKLも楽しいとまた再会を楽しみにしていました。ところがその方がKLを引き上げて日本に帰ってしまいました。まぁ、嫁の落胆たるや私もびっくりするぐらいで、私も残念で仕方がありません。
海外に住んでいると人との出会いの喜びより、別れの悲しみの方が大きいんですね。会ったばかりは見ず知らずの人ですから感激なんかしないのが当たり前ですが、別れるときには友達との別れです。そんな涙の別れを今まで何度私たちは経験したでしょうか。
ある時期、日本から渡ってきた人達、特に駐在組との付き合いはほどほどにしようと、無理なことですが、そんなことを決めた事さえありました。どんなに仲が良くなっても必ず別れが来ますから。海外での友人関係ってのは当然相手次第ですが、私たちの今までの付き合いはほとんどが家族ぐるみの親戚以上の付き合いをしてきました。みんな知り合いもなく、親族もいない外国へ渡るわけですから、知らない家族同士で助け合い、親族以上の繋がりが出来ることが多かったです。だから別れの悲しみも半端ではありませんでした。
これから私たちが新参者としてマレーシアへ渡ることになるわけですが、どんな出会いがあってどんな付き合いが生まれてくるのか楽しみです。ただ、今の時点ではその楽しみより、もう早速私を排斥しようと動く人がいる状態にひょんなことから陥ってしまい、そのこともマレーシアへ渡る事に関して気が重い一つの原因でもあります。出る杭は打たれるというやつを早速体験しました。
行く前からマレーシアの日本的村社会に足を突っ込んでしまい、全くバカなことをしたと反省しています。www
仮面を被った表面ヅラの良い人ではなくて、お互いにそのままの自分をさらけだしても平気で付き合える方と出合いたい。これは日本人とという意味ではなくて、マレーシア人、中国人、そして私がちょっと楽しみにしているのは、私も付き合いに慣れている陽気なオーストラリア人も含めてです。そんな方々との出会いがマレーシア滞在がうまく行くか失敗か決定づけるのかもしれないと思ったりします。
反面、あちこちのブログを見ていますと、付き合いはほどほどに自分たちのしたいことをどんどんやって行く方々も散見できます。ゴールドコーストでも日本人の面倒な付き合いが嫌でこちらに渡ってきたという人も少なくないんですね。これはこれで素晴らしい選択だし、これがきっと正解だと思っています。ただ私が心配なのは嫁です。私も変人だという自覚がありますが、嫁もちょっと変わっておりまして、人生で一番大事なのは友人だとはっきり断言するタイプです。彼女がゴールドコーストを離れたくなり理由も実はこれなんです。ゴールドコーストの友人と別れたくないんですとさ。
嫁が同じように感じる友達がマレーシアに出来れば、今度はマレーシアを絶対に離れたくないと言うんだろうと思いますが、まずはその辺に留意して嫁中心の友好関係を築かないとマレーシア滞在は失敗するだろうと読んでいます。
どうなることやら。あーー面倒臭い。
ちょっと気が沈んでいるので、ここで一曲ハッピーモーメントという自作曲を。