次男坊から電話

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シドニーにいる次男坊から電話。今日から大学院の授業が始まったとの連絡。

どう?と聞いたところ、

「チンプンカンプ~~~ン」

と笑っている。初めてのレクチャーが3時間あったそうで、科目は聞かなかったけれど半端じゃない難しさだとのこと。大学院ってのはそんなもんなんでしょう。

同じクラスの学生たちはほとんどが仕事を経験してきた人たちのようで、仕事をしながらのパートタイムの学生も結構いるらしい。年齢層は30代もいて二十歳の次男坊は最年少だとのこと。モルガンスタンレーにいたとかそういう世の中を知っている学生、先輩に囲まれて次男坊は嬉しそう。今まで聴いたこともない話を聞いてはワクワクしてる様子。

オヤジとしてはこのオーストラリアで何のコネもなければ次男坊に何か教えてやる事もできずなんだか申し訳ないような気がしてくる。でももうすでに理論的な金融方面の知識は私よりはるか上に行っているし、これからが楽しみ。

ところで、次男坊に教えてもらった「ゴールドコーストでは絶対に食べられない美味しさのラーメン」の話をした。シドニーで次男坊にそれを聞いて茹だるような暑さの中、テクテク歩いてヨメさんと行ったシティーのラーメン屋。でもお味のほうは・・・・・・。

「お前、あんなのが美味いのか?」

「そうだよ。俺にはあれがとてつもなく美味いのだ。」

と、いつもの負けず嫌いの強がり。ヨメさんの血を引き継いだのだろう。ヨメさんと話しているような錯覚がある。(笑)

でもその負けず嫌いでここまでやってきた次男坊。今から部屋に閉じこもって猛勉強を始めるらしい。頑張って欲しいなぁ。

次男坊の電話のあと、メルボルンの長男に電話をしてみた。

「どうよ?」

「今日から授業が始まって大変だよ~~。」

「頑張れよ。」

「うん。」

「ところでヒデ(次男坊)も今日から授業らしいのだけれど、あいつの部屋の話は聞いた?」

「いいや、まだ聞いてない。」

「あいつの部屋はステューディオでキッチンもあればバストイレもある結構広い部屋なんだぜ。」

「マジ~~~~~?俺とぜんぜん待遇が違うじゃん。」

「おまけに日あたり抜群、ベランダまでついているんだぜ。」

「マジ~~~~~?よーし、今度の休みには酒を持てるだけ持ってあいつのところに押しかけてみるわ。」

「うんうん、でもあいつの部屋を見て落ち込まないように。(笑)」

「はいはい、わかってますよ。」

こんな会話をした。

長男がメルボルン大学に入った4年前もやっぱり寮だった。こちらではカレッジといわれるもの。由緒あるのはいいけれど、100年以上経っている様な建物で、それはそれは古臭くオバケ屋敷みたいだった。もちろん部屋にバストイレなどはなく、キッチンも冷蔵庫も共有。食事つきだけれどその食事にも耐えられず、1年で彼は外へ出て、友達と3人で2BRの部屋を借りてシェア。

その彼の部屋にも行った事があるけれど、これまた安いコンドを選んだのだろう。彼の部屋はコンドの通路側で窓もなし、独房と言っていいほど酷い環境だった。こういう環境じゃ勉強も進まないだろうなと思ったのはまさにそのまま大当たりで学業のほうはイマイチ。引越ししてきてから成績が下がってきた。ところが彼のシェアメイトは中国人のバリバリに出来る若者。私も会ったけれど、目つきも違うし、やる気が違うのがすぐにわかった。一人はニュージーランドから来た中国人で数学のコンペでニュージーで一番を取ったような青年。

長男は遊びも覚えてクラブ通いもしていた様子。勉強はおろそかになるし、またそのシェアメイトが出来すぎるので、絶対かなうわけがない、俺はもう駄目だと弱気になったらしい。

成績は次男坊の方が良かったけれど、頭の回転、切れ味という点では長男の方が勝っていてやればできるのだろうけれど彼は落ちこぼれてしまった。

同じように育てた兄弟でも性格が違うのは面白いと思う。次男坊はおっちょこちょいで猪突猛進タイプ。周りの事が見えなくなることは日常茶飯事で独りよがりなところがある。でも長男は優柔不断。いつもあーじゃこうじゃと悩むタイプで、でもいくら悩んでもそれが行動に結びつかない。自虐的で、俺は駄目だ俺は駄目な人間なんだと自分を痛めつけて、それをまた行動力がない言い訳に使っている。私と瓜二つ。そっくりなんてもんじゃない。(笑)

でも長男は気配りができて、人に優しい言葉をかけるのもうまい。これは家を離れて自分で生活を始め4年経ってこうなったような気がしないでもない。この気配りの良さは誰に似たのかわからないし、不思議。

自己中の次男坊もきっとこれから変わっていくだろうと思う。

親として嬉しいのは性格も違う兄弟の仲が非常にいいということ。ちょっと日本的な兄弟とは違って、兄と弟という順位は我が家にはなく平等。呼ぶときもオニーチャンとか兄貴とか、そういう呼び方は一切せず、幼い頃からお互いを名前で呼ぶ付き合い。長男も兄貴面することは一切なし。

このブログに何度か書いたけれど、ここまで来るのに彼らは結構オーストラリア社会で苦労をした。学校ぐるみの人種偏見や虐め(今はそういう感じは全くない)にも耐えて来たし、いや耐えるというより私も含めていつもみんなで戦ってきた。きっとそういう連帯感が我が家にはあるのだろうと思う。また私も、お前たち兄弟しかいないのだから助け合えというのはそれこそあいつらの耳にタコが出来るくらいいい続けてきたし、そういう風に育ててきた。しかし、社会に出て金銭的に苦労する事があっても絶対に貸し借りはしないこと。しかし大変なら食えるように面倒を見る事。そして金がなくて子供に良い教育が与えられそうもないときには、叔父として面倒を見ろと。

一族として、一つの家族として助け合えと教えてきたけれど人間って面白いもんで、同じことを小さい頃から言われ続けていると世の中ってそういうものだと信じ込むようだ。そういう点であの兄弟のお互いを助ける気持ち、そして切磋琢磨してお互いが伸びようとする態度がいつも見えるのは親として本当に嬉しい。これはきっとオーストラリアという環境がそういう風に彼らを育てたのだろうと思う。

次男坊は一人でどんどん進んでいくタイプ。彼が幼稚園の頃、生まれて初めて履いたひも付き靴の紐も絶対に自分で結ばないと気がすまないタイプで、先生から異常なほどの自立心があると言われていた。長男はまるで逆。おっとりしていて弱気をはきつつ世の中の微妙な美さや感性に触れ、囲まれながら生きていくタイプ。ほんの2ミリにも満たない小動物を飼育観察し、そこに宇宙や大自然の摂理を感じながら哲学するのが好きな様子。二人とも学生で次男坊は今日から大学院生なのに、長男はまだ大学さえ卒業出来ていない。二人ともスネかじりなのは親としては厳しいけれど、彼らのための苦労は私の喜び。ちゃんと一人立ちして男として生きていくのを見るのが楽しみ。それを遠くマレーシアから見ていたいと思う。

私のこの世の唯一の宝。それが子供達。

あいつらに会えて良かった。本当に良かった。私が神に感謝するのはこの一点のみ。

あ、そうそう。忘れてはいけない人がいた。彼らを産んでくれた鬼、あ、えーと、ヨメさんにも感謝しています。(笑)

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