市場原理主義は国を壊す デトロイトを見てみる

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最近の日本は欧米の考え方をする人が多くなってきて、学者もそう。政治家もそう。その大きな転機は小泉・竹中路線だと思うのだけれど、この方向性って日本を駄目にすると思うんですよ。

確かに小泉氏の時に多くの指標はプラスになったけれど、それを見て評価するのではなくて、もっと離れた位置から大きな目で日本を見る必要があるはず。

規制緩和だ自由貿易だ、関税撤廃だ、市場原理主義だ、道州制で個別にやらせろとか、本当にそういう方向性で良いとは私には思えず。

これってまさにアメリカを見ればその病状の深刻さってわかるはずで、ただ、アメリカにはその方向を取るしかなかったように思うんですよ。世の中って「恐怖と欲望」vs「怠惰」で成り立っているとすれば、恐怖と欲望へ国民を導くことによって活性化するのは間違いがない。言葉を変えればハングリースピリットを煽るとでもいうか、恐怖から逃げる、欲望を追うという方向性は一番効き目があるのはわかる。

でも私はそもそもこのハングリースピリット、ハングリー精神ってのが嫌いで、恐怖から逃れるのでもなければ欲望を追うのでもなく、「やるべきことをやる」精神が大事だと思うんですよ。でもそれには強大な力はないし、育てるのは非常に難しい。でも311を切っ掛けに、世界は日本の何に驚いたかというと、一言で言うと「民度の高さ」。辛くても文句をぶちまけるでもなければ、いつ来るかわからない援助もひたすら待つ、俺が俺がと自分だけ良い思いをしようと他人を蹴散らすわけでもなく、また略奪をすることもなく節度を保っていた。

こういう民度を持つ国民って海外には非常に珍しいわけで、ある意味世界は動物的。そういう人たちが作る経済を活発化するには「恐怖と欲望」を煽るのが一番。子育ても同じで、このままだと大変なことになるぞと恐怖をあおり、成功したらこんな良いことがあるぞと欲望を煽る。でもこれって日本の文化じゃないのね。

日本の経済が何百年もの間に伸びてきた理由はこの民度によると私は考えています。そして2600年もの間、日本という国が滅びなかったのも外敵が来なかったというのも大きな理由だけれど、日本人には節度があったからだと思っています。文化も「和」「協調」を重んじる「穏やかさ」がある。明治以来の発展もそれが基礎にあったからこそだと思うわけです。

でも長い不景気の間に、それから逃れるために欧米の考え方を導入しようとする人が増えた。またアメリカからもそれを押し付けられる。

でもやっぱりそれじゃ駄目だと思うんですよ。日本人は怠け者でお尻を叩いてもまともな仕事もしなければ勉強もしないような人民じゃないし、一生懸命働くのも自分の利益ばかり考えるわけじゃない。だから弱者も生きることが出来たし、会社でも出来る奴と出来ない奴の収入に何倍の差もつかず、愚痴は言いつつ、世の中はそれで成り立って皆が生きられることを知っていた。

でも今、その文化が壊される。進行中。

競争こそが発展の元だと煽り、他を押しのけ、自らの発展だけを望む。規制緩和、関税撤廃をすれば競争できる場所が広がりそれだけチャンスも増える。政府は何もせずに、市場の動きに任せろと。

これって滅茶苦茶だと思うんですけどねぇ。勝ち残れる人、企業は良いでしょう。でも富は集中するばかりで、負け組みがどんどん増える。かつては自分は中流だと信じていた人たちも負け組みの範疇にはいるような時代になった。そしてそれをもっと加速させることが重要だと経済界も学者も政府もその方向へ行こうとする。グローバルグローバルと騒ぐ人たちも同じ。

そうじゃないと勝ち組そのものがいなくなると危険があるのもわかりますが、そのやり方って長い目で見るとカンフル剤でしかなくて国の基盤を作るやり方だとはどうしても思えません。道州制を導入して地方に権限を与え、競争原理で戦わせるのも全く同じ理論で、それでは大変なことになるのは311の東日本大震災を見てもわかるはず。国が手を差し伸べることも出来なかったらどうなるのか。

大きな政府は駄目という人は多いけれど、それは無駄が多いとか組織上の問題点があるから駄目なのであって、今後、社会保障の充実もしなければならない日本が、小さな政府になって本当に良いのかどうか。やり方が悪いのであって、その体制そのものが駄目だというのは論理の飛躍だと私は思うわけです。小さな政府なら良くなるという前に、小さな(力のない)政府でやり方が従来どおりだったらどうなるのか、その恐ろしさを考えれば、変えるべきところは政府の大きさやシステムではないことに気がつくはず。

最近の皆さんが好きな市場原理主義だと、あるいは地方都市や企業の勝手にまかすとどうなるかはアメリカはデトロイトを見ると良くわかります。人口は3分の1になり、3軒に1軒は空き家。犯罪率は異常なほど高く検挙率は低い。これは小さな町の話じゃなくて、かつては栄華を極めた大都市の姿。国そのものがこうなる可能性だってあるのを忘れちゃいけないと思うんですよ。

獲物がいなくなればどんどん移動する狩猟民族ならそれで良いのでしょう。でも我々日本人は、私は農耕民族だと思っていて、自分の町、故郷、田畑や周りの自然を大事にし、調和の中に文明を築いた民族。この伝統って馬鹿にしては駄目で、知識や知恵は突然生まれるものでもないし、誰かから借りてくれば良いのもでもなく、伝統や文化、つまり過去にそれが詰まっているはず。これを見ることなく、狩猟民族の、弱肉強食肯定論、本当は(文化伝統に根ざした)規制も法律さえもないほうが良いと言わんばかりの荒くれ者達の論理をなぜ今の日本人は崇拝するのか。なぜそれがおかしいと思わないのか。

時間も掛かるし簡単ではありませんが、目先の利益を追って何百年もかけて作った日本文化を壊すより、日本の強さはどこにあるのかじっくり考えて、長期戦略を練らないとならないと思っています。そんなうまく行くかと思いますが、「国土強靭化計画」が法案も通り、今動きだそうとしています。私はこの中に、日本の良さを残し、日本を復活させようとする意思を感じますし、こういう方向性こそが日本にとって大事なのではないかと思います。なんでもかんでも合理的に、そして競争によって結果を出そうなんて、文化のない国の発想としか思えません。あるいは強者の論理。

今、日本が変わろうとする瀬戸際にあると思います。ここで日本を振り返って良さを残すのか、それとも欧米流の競争原理を大幅に導入して、強いものをもっと強く、弱いものはもっと弱くするような方向性でいいのかどうか。その選択は私達の考え方一つ。

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