「時給計算できる収入」からの脱却が重要なんだろうと思う

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収入が足りない、生活が出来ないのって本当に怖いわけで、私は「今は」そういうことはないけれど、「苦しんでいる人たちの観察」は昔から結構やっています。理由は簡単で、「明日は我が身」かもしれないから。また子どもたちや近しい人達がそうなる可能性はあるから。実際に「親族」を見渡してみても結構「危ない状況」のケースは無くはない。

日本だけじゃなくて「生活が厳しい人たち」をある程度の「期間」続けてその変化を見ているとわかることは、「時給計算できる仕事(固定給)をしている人たちが荒波に飲み込まれている」ということ。

私自身は「商人の家」に生まれ育ったし、「アルバイト」はしたことがあるけれど【時給で計算できる収入(固定給)】をあてに生きることって無かったんですよ。

これって「月給、年俸」も同じで、それは「時給計算できる収入(固定給)」で、それだと「どうしても自分が欲しい収入を得ることは不可能」だったから。それも私は「そこそこ上手く行っている商人の家」に育ったこともあって、商売だから「波風があって振れ幅は大きい」し「マイナスのタダ働きもある」わけだけれど、やっぱり「頑張ればかなり稼げる世界」なのは間違いがなかった。

フト思い出すのは、50年以上前ですが、当時はまだ「担ぎ屋のオバサン」って結構いたのね。現代では担ぎ屋って見ることもないけれど、担ぎ屋とは【荷物を担いで売り歩く行商人のこと】で、電車に乗っても商店街にも「大きな籠を担いで農産物を都会に売りに来る人たち」って結構いたんですよ。

昭和の時代の「行商のオバサン」

私の実家の飲食店にも「出入りの担ぎ屋のオバサン」がいて、週に2度はそのオバサンから「白三つ葉」を買っていました。三つ葉にもいろいろあって、「茎を白く柔らかく育てた(軟白)三つ葉」って今でも料理屋で使うことが多いと思うけれど、普通の三つ葉よりかなり高いのね。

こういう三つ葉を実家の飲食店では「一度に2000円、月に2万円」ぐらい買っていたんですが、新橋から銀座にかけてその担ぎ屋のオバサンが持っている顧客ってどのくらいいるのか聞いてみたところ、「40軒ぐらいですかね」と言っていた。つまり、そのオバサンは毎月80万円ぐらいは「白茎三つ葉」だけで売り上げていただろうということ。当時の日本の平均月収は「12万円ぐらいだった」はず。

これに私は驚いたわけで、実家の飲食店でも「働く人たち(洗い場とか)の給料は月給7万円前後」の時代です。でも東京近郊の農家で「白茎三つ葉」を育ててそれを直接行商で売って、「月に80万円を売り上げる」ってどれほど凄いことか。また「単価が高い白茎三つ葉」ってのがミソで、軽量だし、他の野菜ではまずそれだけの売上を上げるにはとんでもない「量」が必要なはずで、行商で担いで売るなんて無理。また私はオーストラリア時代に家庭菜園に凝って「三つ葉」も周年栽培していましたが、「面積あたりの収穫量って半端じゃなく多い」のね。

この歳を取った行商人のオバサンは「私の何倍も稼いでいた」ということ。

商売ってなんでもそうだけれど、「目の付け所」が重要で、「頑張ればどうにかなる世界じゃない」けれど、「アイデア一つで稼げる世界」だったと言っても良いと思う。

だから学生時代から起業するなんてこともしたわけですが、まぁ、思う通りになることなんかなくて「七転び八起き」ではなくて「七転八倒」だったし、結婚した時には「(病気が原因で)無収入」だったし、結婚してからも「サラ金からお金を借りる」なんてこともあった。でも「時給計算できる収入を得ようと思ったことはない」のが私の人生。

これって規模は小さくても「多くの商店や企業も同じ」だと思っていて、「下請けをすると手間賃しか稼げない」にしても、「何をどう売るか」を決められる仕事だと「収入の上限は無い」のね。もちろん「マイナス」「倒産」なんてのと【常に背中合わせ】だけれど、「伸びることが出来る可能性」に賭けた。

これってかなり厳しいけれど、「時給計算できる仕事(固定給)」も厳しいのは同じで、【単純労働】だとすれば「仕事は厳しくて、収入は低いのが普通」なわけで、でも「他人より秀でているもの」があれば「時給も上がる」けれど、この世界も「上に行けば行くほど競争は激しい」し、その厳しさと収入が見合っているかと言うと「見合っていない」と私は考えていました。

そういう意味で、今の時代でも「時給計算で収入を得る(固定給)限度」って多分「年収600~800万円ぐらい」じゃないかと思うんですよ。「給与+ボーナス」で2000万円、3000万円を稼ぐ人もいるにしても、それはやっぱり「時給とは関係ない世界」ですよね。

日本でも、最近、結構情報を見ている中国でも「苦しい人たち」ってまさに「時間給計算できる仕事」をしている人たちで、それも「特に秀でたスキルもない」となると、まさに「景気の波に翻弄される」。特に酷いのが中国で、「大手のサプライチェーンにしっかり組み入れられている良い企業に働く」のならまだしも、一般的な「中小企業」「飲食店」はかなり酷くなっている。それも「この1年で変わった」という。

この動画で言われている1元は23円ぐらい。

「今の発展した中国」って【奇跡】と同じだと思っていて、日本では1980年代バブルで盛り上がっている頃でも中国では「配給制度」がしっかりあって、物資は不足していて、農村部では「自分の田畑で作物を作る」のとは別に「村としての共同作業」があって、それも強制された。また山や川、湖で「食料を採取する」のはOKでも、それは「公共財産」だから【獲物を取って販売するのは禁止】されていたという。「資本主義的な生き方をしてはならなかった」ということ。嘘みたいですよね。でもそれをOKしたら、皆が山や川、湖に殺到して「売れるものは取り尽くしてしまう」なんてことも起きる世界だったのだと思う。

今でもそういう性格が中国人のDNAに組み込まれているんじゃないかと思うことがあるけれど、「遵法精神が希薄」なのも含めて、余りにも長い間、厳しい環境の中に生きてきたってことなんでしょう。

「貧しさ」「飢え」って本当に怖いと思う。

多くの人達は「共産主義的考え方に染まっている」し、資産家や知識人たちは、学校の教師も含めて「文化大革命」で潰されていたし、「労働者が中心の共産主義」が根強く残っていて、私たちには当たり前の「自分でお金儲けを考え、法律や道徳を大事にして実行する」というのに中国人は慣れていないように見える。まさに「収入とは労働の対価である」「利益が見えたらとことんをそれを取り尽くす」「儲かる話があると皆が殺到する」「売れないとすぐに価格競争をする」という考え方。これは「善悪の問題」ではなくて「そうしないと生きることが出来なかった」ということではないかと。

中国の改革開放政策で大きく変わったけれど、それは「共産党指導のもとに行なわれる」わけで、また中国共産党が「集中投資をする、奨励する」仕事ならまだしもコネもお金もない人たちが「どう生きるか」というノウハウは一般には浸透していなかったと思う。

これは「経営者」も同じで、「儲かる仕事」があるとそれに多くが群がり「すぐに供給過多」「値引き競争」になる。景気が良い時は「この世の春」となるけれど、景気が傾くと一瞬にして「倒産の嵐」が来る。中国の「スピード感」って素晴らしいと思うこともあるのだけれど、「仕事の決め方」にもそもそも問題があると思っています。経営者は「良い時に溜め込む」こともあるだろうけれど、そういう企業や店舗に働いた労働者は一瞬にして「野に放り出されてしまう」ことになる。これを【当たり前のこと】として受け入れてしまうところに私は「違う道があったはず」と思うのね。

またかつては「科挙」が出世の条件で、後に「大学へ行く」のがそれに変わったけれど、私と同年代の1960~1970年代に「良い教育を得る」のは「限られた人たちのみ」だった。だから中国も発展し裕福になると「多くが大学を目指す」のは自然の流れだけれど、今では年間1千万人以上の大卒者が毎年社会に出るけれど、大学院を出ても「仕事がない」ようなことになってきた。

これと似たようなことを「韓国」にも感じるわけで、韓国は「日本では考えられないほど労働組合が強い」のも【良いことである】のかもしれないと思ったり。やっぱり「歴史が大いに関係している」ってことなんでしょう。韓国の「歴史的な階級社会」と「虐げられ続けた低層の人たち」を知ると「今の韓国を理解する」のも難しくないと思ったり。

どこでも、今でも「格差が半端じゃない」ということだけれど、そして日本はそこまで酷くはないにしても「方向性は同じ」だと思うし、でもまだ「どうにかなるだろう」「どうにかしてくれるだろう」という【期待がある】し、それが「落とし穴」だと思うんですよ。

私は中国の惨状みたいなところまで落ちたことはないけれど、今でも上のような動画を見ながら「自分がその状況だったらどうするか」を常に考えるのが癖になっています。そしてやっぱり間違いないと思うのは「時給計算(固定給)できる仕事に人生をかけると危ない」ということ。またその場合、「上限は自ずと決まってきてしまう」のね。その理由は簡単で、「その額を決めるのは自分ではない」から。だから「ちゃんと生活できる状態」が続いたにしても、「大きく稼いだり、十分に貯蓄するのは不可能」。

でも「時給計算は出来ない仕事だけ」に賭けるのも危なくて、やっぱり二刀流になるしかないんじゃないですかね。

う~~む、ここまで書きながら、本当に書きたいポイントはそこじゃなくて、なんて言うべきか、自分が落ちたにしても「復活が狙いやすい仕事」を【仕事選びの基準にする】のが良いんじゃないかと思うんですよ。普通、そういう仕事の選び方ってしないはずで、一般的には「そこそこ食っていける仕事」とか「うまく行けば収入も増やしやすい仕事」を選ぶと思うのだけれど、そうじゃなくて、【落ちぶれても食える仕事】【復活が容易な仕事】【景気の影響が少ない仕事】を選ぶという考え方が私は重要だと思うんですよ。

これは中国でも同じで「株式投資をしてみた」なんて話も山のように出てくるけれど、「稼げなかった」「マイナスが大きくなった」なんて話が多い。ここで重要なのは「株式投資をするべきか否か」ではなくて、「負けても復活しやすい手法」「負けても取り返せる手法」で【株式投資をする】という考え方。言葉を変えれば【いくらでもやり直しが効く仕事】を選ぶ、「やり直しが出来る方法を突き詰める」というべきか。

それは【中国に限らない話】で、今の「株式やインデックスに長期投資をすれば儲かる」なんてのは【この10数年の話】でしかなくて、もし彼らの言う方法が正しいのなら、もうすでに「世の中は株式やインデックス投資でごっそり儲けたお金持ちで溢れている」はずじゃない?

それとも、昔の人はバカで、今の人たちは頭が良いから儲けられると思っているのか。

「過去の10数年、日本の場合は22年も相場は下がり続けて半分以下になった」なんてことは何度もあったわけで、「そういうこともあるさ」ではなくて、【そういう時でも利益を出す方法】を考えるしか、私は生き延びる方法はないと思うわけです。30代、40代に投資を始めて「ある時、大きく下げて、定年間際になって値がやっと元に戻った」なんて状況をしっかり想像することが重要なんじゃないですかね。また50代に投資を始めて、お金が必要になった時には「そこそこ大きな含み損があった」らどうするんでしょうか。「そういうことも起きる」と想定して、「投資のあり方を考える」ことは重要だと思う。

結局、投資も商売も同じで「目の付け所」が重要で、「ガチホや積立なら儲かる」なんてのは【労働の対価としての収入、働けば収入があるとしか考えない人の発想】だと思う。「相場とは生き物と同じで、常に変化する」のを忘れちゃまずいんじゃないですかね。「釣りに行っても常時釣れるわけじゃない」のと同じだと思うんですけどね~。だから重要なのは「釣れない時にどうするか」であって、「釣れることばかりに期待していたらいつか破滅する」と思うんですよ。

「皆が釣れなくても自分は釣れる方法、あるいは次に釣れるであろう釣り方を知る」事が重要で、「破産したら、失敗したらアウト」じゃなくて「何度でもチャレンジ出来る方法」を基礎として仕事を構築する。

これは「戦争と同じ」で【攻撃に失敗したら全滅する】ような戦略は駄目なのは明白で、もちろん「引き際も大事だし、積極的な撤退も出来ないとならない」ですよね。なおかつ「次にまた攻撃を仕掛けることが可能な戦い方」を最初から考える必要があると思うわけです。そのへんが理解できないと「時給計算ができる仕事(固定給)」だろうが、「時給計算は出来ない仕事」だろうが【失敗したらアウト】なのは同じで、【アウトになることがあるのを前提としてトータルとしての戦略を考える】べきだと思う。

それって仕事でも投資でも株でも「何度も痛い思いをすればわかる」ことであって、「必ず失敗するのを前提として考える」と言えばあまりにも極端だけれど、そういう考え方が出来る人と、「目をつぶって突進してしまう」人とは長い人生では大きな差ができると思う。「頑張ればどうにかなる」という人は多いけれど、「頑張ることは成功の絶対条件だけれど、成功の十分条件ではない」わけで、「頑張る+アルファ」の【アルファの部分で差がでる】んじゃないですかね。私はそれをあえて「復活能力(蘇生能力)」だと言いたい。それは「失敗も想定した上で伸ばせるスキル」だと思うわけです。

ま、「失敗を何度も何度も繰り返す」とバカでもそれを考えるようになるはずで、私が歩いてきた道もそういう道。(笑)

皆さんは日本の中小企業の「10年生存率」をご存知だろうか。今では10%と言われていますが、10年以内に90%が消えていくということ。私が生息していた「零細企業の世界」ではもっと生存率は低いと思っていて、20年もすると「誰もいなくなってしまう」ような世界でした。だからやっぱり「生き残る」のが第一目標になるし、当然、儲かったからと喜んで使ってしまったら悲惨なことになる。相場の世界も似ていて、30代で「自社ビルを建てた」なんて人もたまに出てくるんですが、「数年以内にいなくなる」なんこともあったり。

「時給計算ができる仕事(固定給)しか出来ない」と「食いつなぐことは可能」かもしれないけれど、「生活費の数倍を稼ぐことはほぼ無理」で、十分な貯蓄を持ち、「冬の時代も生き延びる」のってかなり難しいのは明白で、「同じような状況の大勢の人たちと仕事の奪い合いになる」だけで、やっぱり「時給計算ができない仕事」で【スキルを伸ばす】のがどんな状態になっても生き延びるには必須となると思う。

中国の惨状を見て、【それを原点として考えてみる】のって重要だと思う。私は今でも「もし万が一、あの状態になっても復活できるようにする」のを重視して、収入を得、貯蓄をし、資産構築するようにしています。

世の中は「地雷、落とし穴ばかり」で、それに捕まってからどうしようなんて考えても遅すぎると思うから。そして子どもたちに伝えたいのも「地雷を踏まない、落とし穴に落ちない方法」ではなくて、【どんな状況になっても生き延びて復活するノウハウ】。

ま、「野良犬の生き方」と言っても良いと思う。「働けば収入もあって生活できる」のとは大きな違いがある。

でも「サラリーマンしか経験がない人」ってこの世界の非情さを知らない人も多いんじゃないですかね。だから「株式投資」にしても「独立」にしても簡単に考えてしまう傾向があるんだろうと思う。「FIREしました~~♫」なんてのも同じかもしれない。FIREとは「一生自己責任で稼ぎ続けなくてはならない自営業者となる」だけなのに。そしてFIREの問題って「元に戻ろうと思ったとしても、もうその頃には【自分の居場所はない】ってこと」だと思う。

株や不動産が「上がり続けてバブルとなる」時代には「多くの金持ちが生まれる」けれど、それで気を良くして「FIREだ~」なんてことになると、【冬の時代が来たらどうするのだろう】と思うわけです。経済も景気も生き物で、良い時も悪いときもあるし、【それを生き抜いてきた実績がある】のならまだ良いと思うんですよ。

日本の1980年代も「金持ちが多く生まれた」わけだけれど、それに気を良くしてFIREした人たち(独立した人たち)の【その後の苦労】が想像できるだろうか。

投資、株式でもインデックスでも「それで収入や資産を増やそう」と考えるのであるならば、上のチャートの「赤い部分」でも「勝ち続けるスキルがあるのかないのか」、それが【自分の未来を決める】んじゃないですかね。「長期で持ち続ければ良い」なんてのは「リンゴの木の下で口を開けてリンゴが落ちてくるのを待つ」のと同じ。「釣り(漁)」に出かけて「釣れるまで何週間でも何ヶ月も釣り糸を垂らして待ち続けられるか」というのと同じ。「仕事が見つからないから、見つかるまで何年でも待ち続けよう」と思うのか。

「いやいや、投資というのはそういうものだ」と説明する専門家も多いけれど、私には「それは金持ちの道楽だろう」と思うだけなんですよ。「お店をオープンして、客が来ないとしても待ち続ければ良い」というのと同じで、あまりにも無責任な言い方だと思う。

でも「待ち続けていれば大丈夫だった」のは【過去の値動き】を見ると正しいわけで、「待てば良い」という人たちはそれを根拠にしているはず。

でも私たちには「制約がいろいろある」し「時間も限られている」わけで、日本のバブル崩壊の様に「34年待てば元値に戻った」ことに何の意味があるのかと思う。もしそれが34年じゃなくて10年だとしても、その間の「下落、含み損を抱え続ける恐怖」って半端じゃない。

また「お金が必要な時にどうなっているか」が一番重要で、「定年退職しました。年金は5年後から」というような時に、投資したものが半値になっていたらどうする?

それも「後5年経てば元値に戻る」というのがわかっているなら【待てる】だろうけれど、そんなのは誰にもわからにことで、「数年待てば大丈夫だろう」と思って【34年、待たされた】のが日本のバブル崩壊なわけで、アメリカでも17年、待つことになったような事例もある。

私たちは「元値に戻れば嬉しい」わけじゃなくて、「利益を期待している」のに長い間、恐怖とともに生きてきて、【そこから利益を得るために後、何年待てば良いのか】が問題の核心でしょう。でも面白いもんで、「元値に戻った安心感」と共に「また下げるんじゃないかという恐怖と戦うのも難しい」ので、【元を取り返したから、売ろう】と考える人が大半なのが現実。

でも「お金持ち」なら、「モーマンタイ(無問題)」なんでしょう。

私が「長期投資は債券投資だけ」な理由はおわかり頂けると思う。

債券投資も外貨でそれなりのリスクも取れば、今でも毎年6%は狙えるわけで、もちろん「為替がどう動くのか」の影響は大きいし、私も人生最大の損失を出したクレディ・スイスのAT1債の様に、「債券の発行元が破綻すれば元も子もない」けれど、私の30年以上の債券や転換社債で「損失を出したのはそれ一度だけ」で、30年平均では年率7%は確保できていたし、基本的に債券が値下がりしようが「償還(満期)」まで持てば途中の変動は関係ないし、私の場合は【完全放置】で、リストを見ないと「何を持っているのか」「いつ償還なのか」もわからないほど、放置。

当然、年に20%利益が出たなんてことはないけれど、20%損したなんてこともなくて、私としては「完全放置で年率6%なら上出来」と考えているわけです。

でも「もっと収入が欲しい、資産を増やしたい」と思う人は多いはずで、それは私も同じで、「100万円を年率6%で回せた」にしろ、それで「将来が明るい」なんてことはまず起きない。

やっぱり「元手が大きくないと意味がない」のは同じで、【どうやって元手を作るか】が本質的な問題と言っても良いはず。

だから私は「デイトレ」をやるわけで、「デイトレと債券投資とどちらが重要か」と問われれば、これは【車の両輪で、セットだから意味がある】と考えるわけです。

でも「デイトレで稼ぐ」のは一般的ではないわけで、「本業でとにかく切り詰めて元手を貯める」か、「リスクを取った投資が必要」となるわけで、だから「個別株投資」を頑張る人も多いんでしょう。

では「個別株投資でしっかり利益が出せるか」というと、それも簡単じゃないわけで、【ビットコインやキオクシアを持っていれば】なんて思っても「それは後になってわかること」でしかなくて、でも将来の「テンバガー(10倍に値上がる株)」を探そうと思っても、それは多くの人が「宝探しに一生懸命になる」のと同じで、簡単にはいかない。

またたまたまテンバガーを見つけたにしろ、「大喜びしている間に、高値からどんどん下がって大慌てする」のが現実社会で、そこで慌てて「泥沼に入り込む」のも良くあるパターン。

つまり、長期投資だろうがデイトレだろうが、「売買するキモ」があるわけで、それを知らないのであれば【何に手を出しても運任せ】なのに変わりはない。では「売買するキモ」がわかっているなら、「10倍になるテンバガーを探す必要もない」ってこと。

この堂々巡りを「どこで終わらせるか、どうやって開眼するか」が【全ての根源となる】と私は考えるし、それがない投資は「ギャンブル」でしかない。

ま、何をするにしても「簡単に利益が出ることはない」のであって、それを探求するのが面倒なら、私は「カジノへ行くのが良い」と思うくらい。勝率は「50%弱」というゲームはいくらでもあるのだから、下手に時間を掛けて株じゃインデックスじゃと頑張るより、ルーレットで勝負する方が良いかもね。

私も実は「ギャンブル好きだった」過去があって、カジノのラスベガスじゃマカオじゃフィリピンじゃと行ったし、オーストラリアにもカジノがあって良く行ったし、かなり研究もしたけれど、「カジノは娯楽でしかない」と痛感して、ある日あるときにピタリと止めたんですよ。マレーシアにもカジノがあるけれど、私はゲンティンハイランドへ行っても一切、カジノでは遊ばない。

その理由は、「トレードのキモがわかるようになる」と、カジノなんてくだらないと思うほど、トレードのほうが勝てるし、楽しいし、「ゲームをやってるのに利益が出る、これほど良いことはない」と思うようになったから。

そうなるまでに、私は随分と遠回りもしたし、無駄な年月を過ごしたと思うけれど、【勘の良い人】なら数ヶ月で「大事なキモは理解できるはず」と今では思うし、だからそれに関してブログに書き続けているわけです。私も、30年前に「私と出会えていたら違う人生があったろう」と思うから。

その内容はこのブログを読めばある程度わかると思うけれど、わかりやすく書いてはいないし、もし興味があるのであれば、いつも紹介している「石原順氏」のユーチューブ動画を見れば「基本的な考え方」はわかるはず。でもそれでどうにかなるということではなくて、まずは「基礎の考え方を固める」事が必要で、それから先は細かい技術的な探求と経験が必要なのは言うまでもない。

この動画が、「基本的な考え方」が一番よく分かる動画だと思う。【予想をしない】という考え方は私と彼とは全く同じだけれど、私もこういうプロに出会ったことって過去には一度もなくて、彼を見つけた時には「嘘だろ?私と同じ様に考えるプロがいるんだ?」と思ったくらい。

でもこれが「トレードの真髄」だと思うし、私も彼も40年以上の経験があるけれど、やはり多くの経験をすると「同じ考え方になる」のが普通なんだろうと思う。

興味があれば、彼の他の動画を見たら良いと思う。

YouTube

毎週火曜日の夜に配信予定 ホットトピックに対する見解やニュースの裏側を現役ファンドマネージャーの石原順さんが解説します。…

どんな道に進んでも「簡単に登れる道はない」のは同じだけれど、私は「この道」が一番、楽だと思うし、そうじゃなければ私だってこの道を歩き続けることは出来なかったのね。「熱しやすく冷めやすい性格」なのに良く何十年もここまで続いたと思うけれど、それは「頑張れば結果がすぐに出る世界」だからだと思う。

でもそれは決して「楽勝」という意味ではない。

今では「トレードと出会えて本当に良かった」と思うし、もしそれがなかったら「いつまでも零細企業のオヤジ」のまま毎日が苦労の連続で、今こうしてマレーシアでのほほんと生きることもなかったはず。

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