最近、話題の「FIRE(経済的自立早期リタイア)」に思うこと

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最近、FIRE(経済的自立早期リタイア)という言葉をよく聞くようになりました。

Financial Independence」と「 Retire Early」、つまり「経済的自立」と「早期リタイア」を実現しようという意味。

今回の日記はいつもよりももっと長文なので、よっぽど興味がある人以外はパスしたほうが良いと思います。(笑)

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こういう考え方って目新しいわけでもなくて、私にしてみると10代の頃(50年前)からこればかり考えていたし(笑)、世の中でこれが流行るのは定期的に来るのね。1990年代もかなり広まって、当時はインターネットはなくて「パソコン通信」の時代だったけれど、あちこちで研究会が開かれたり、グループが立ち上がっていました。

そういうのをずーっと見てきた私としては、いつも同じことを思うわけです。ツッコミが足りないんじゃないかと。

FIRE(経済的自立と早期リタイア)を考える人って当然、若いわけですが、その年令と今の物事の基準で将来を考えているところに危険があるといつも感じます。

例えば、「1億円あれば良いなぁ」って若い頃は誰でも考えますよね。

私がFIREを考えだした頃も同じで(笑)、1億円どころか100万円以上の現金を見たこともないし、時代が時代ですから「一般人は1千万円の資産もないのが普通」でした。だから「一千万円」というのは【憧れの金額】だった。

つまりですね、今の時代、1千万あれば楽に生活できると思う人がいないのと同じようなことが、将来起きると考えるのが順当ってこと。

ネットの中を見ていて思うことは、やっぱり「一億円」が一つの目安になっているのね。

これって「遊んで暮らすには」まるでお話にならない額じゃないですかね。でもま、私は今月68歳になりますが、年寄りが今の時点で1億円のキャッシュがあれば安泰でしょう。多くの人は年金があるだろうし(私は受給していない)、1億円から生まれるキャッシュフローに「切り崩し」をプラスすれば100歳ぐらいまではどうにかなる。大病をしても「保険」があるなら大丈夫。

でもFIREを今考える30代、40代の人たちにとって1億円という資産にどれほどの意味があるのかは疑問。年寄りみたいに「使い切ってもOK」どころか、それを土台にして生活し、なおかつ減らすどころか増やすなんてことが可能なのか。

今、ここに書いていることは「頭に浮かぶ順番」に書きなぐりますのでまとまりがないと思いますが、ご勘弁を・・。

子供の教育費が恐ろしいことになる

まずですね、「子供の教育にどれほどのお金がかかるか」ってこと。

子供の教育にお金をかけないという考え方も良いと思うんです。でも自分が好きな生き方をしていて、「子供が良い教育を受けたい」と言い出した時に「自分でどうにか頑張れ」と突き放せますかね。

我が家の場合は、「子どもたちが受けたい教育を受けさせることは出来た」からラッキーですが、小学校から地元の私立校でしたし、大学+大学院に掛かる教育費、そして子どもたちは当然、大きくなれば大人と同じ生活費が掛かるわけで、長男はメルボルン、次男はシドニーで大学、大学院に通う間にどれだけの生活費が掛かったか。真っ青になりました。

もちろんオーストラリアでは「永住権、市民権」を持っていれば教育費も安い、そして「奨学金制度(返す必要はない)」や、「国から借りる制度」も充実していますから、「親には一切、迷惑をかけずに大学へ行く若者も多い」のは間違いがない。苦学生はいくらでもいる。

でも我が家の場合、まず「永住権では安くならない」時代に入ってしまいましたし(それが理由でオーストラリア人になることを選ぶオーストラリア在住の日本人の若者は多かった)、学生時代の彼らの生活費も全て出していたので、かなり大変でした。

この経費をどうするのかって、お金の問題だけじゃないのね。教育に対する考え方でかなり変わってくるはずで、私自身が「親のお陰」で私の望む教育を受けられた者だから「我が家は親がすべての教育費を出す」のは決まっていたこと。

特に高校生から大学に掛けて教育費はドッカ~~ンと言って良いほど上がりますし、そして子供が小さい頃の試算は「将来は通用しない」わけですが、ここはしっかり想定しないと「自由に生きたい親のせいで、子供に影響が出る」ようではうまくない。今の時代、「大学に行く必要はない」と考える親も多いとは思いますが、子供が「XXX大学でXXXXを学びたい」と言い出し、それだけ十分な才能があるのもわかったらどうしますかね。私は、親としては借金してでも行かせてやりたいと思うタイプ。

インフレを必ず想定する必要がある

ネットを見ていて思うことの一つとして、「インフレを想定している人は少ない」のを感じます。

これって、私にしてみると「日本人特有の傾向」だと思っていて、「インフレが起きていないのは日本だけ」と言っても良いのに、これを想定していないのはアホとしか言いようがないと思うんですよ。これって今の若者だけじゃなくて、年寄りも「インフレの怖さを知らない」人は多いと思っています。

「いやいや、私は田中角栄時代のインフレも経験したぞ」と言う人は多い。

ところがですね、多くの人は「インフレとともに【所得も大幅に上がった】」のね。

それこそ大卒の初任給が2万円程度だったのがあれよあれよという間に5万円を超えて、そしてどんどん上がったのは就職してからも同じでしょう。だから多くの人の「私鉄沿線にローンで自宅を買う」なんてことが常識になった。そしてバブルが来て、「1500万で買った我が家がとうとう1億を超えた~~」なんて喜ぶ人たちが多くいた時代もあった。

ここで調子に乗って不動産投資をした人、遅れて自宅をローンで買った人は多く、後でとんでもない目に合う。

余談ですが、私の仕事はバブルで恩恵を受けたとは思っていないのだけれど、金遣いが荒かった20代(1978年かな?)に「貯金のつもりでローンを組んで買った池袋サンシャインにある980万円の1Kマンション」が、どんどん値上がりして「売ってくれ、売ってくれ」の嵐。ところが短期売買だと税金で持っていかれるばかりで、売るに売れなかったのね。(当時の短期売買の税率はメチャクチャだった。不動産バブルを国は抑えようとしていたから)

でも10年を超え、長期だから売っても良いなとなった頃にオーストラリア移住計画が浮上して、そのマンションを売ったのですが、5500万円でした。元は980万の23平米しかない1Kマンションが5500万。売ったのは1990年。

これの手続きに行った時、買い手とも会いました。なんと私より若い30代前半の人で「イベント会社を経営している」「投資のつもりで買います」と言っていた。そして契約の直後に、隣で待っていた「銀行マンとローンの手続きをしていた」のを見ました。私としては「あああ、この人は大変なことになるだろうな」と思ったけれど、私にしてみれば天の助け。1990年前後の金利って知ってます?多分、住宅ローンは8%を超えていたはず。

ま、こんなこともあったのですが、バブルが弾けた後の日本は「ず~~~~~~~~~~~~~っと、デフレ」。2008年にはリーマンショックが追い打ちを掛けた。そして、そのまま今に至る。

これじゃ今の若い人たちが「インフレを知らない」のは当たり前だし、年寄りでも多くの人は「インフレで収入も上がった」という記憶しかないはずなのね。

その当時の「年金生活者」や「金利生活者」がどういうことになったのかを知る人は少ない。

いやいや、「私の知人は投資をしてとんでもない金持ちになった」という人もいるでしょう。

そりゃいつの時代にでも大儲けする人はいる。

でも一般的に「キャッシュは定期預金、あるいは(非常に率が良い)郵便局の養老保険という名の定期」に入れるのが普通だった。この郵便局のは高率で非課税。7%は付いたはず。ところが上限があったのね、一人1000万円まで。でも郵便局に知り合いがいるといろいろやってくれて、何口もそれを買うことが出来た時代。

無税で7%に回すと約10年で2倍になる。

こんな時代ですから、下手に投資をする人は少なかったし、当時は投資と言えば「株式投資」ぐらいしか無かった。でも「株式投資家はバブルの崩壊で全滅」したと言って良いようなことが起きた。

そしてデフレ。金利も下がってきた。

そして年月とともにもっと金利も下がって今に至る。

こういう「今を基準に考えて良いのか」ってことなんですが、私は1991年からオーストラリアへ渡り、インフレの怖さを目の当たりにしましたので、【インフレを無視することは不可能】です。そして当然、日本もいつか変わるだろうと思っています。

ましてやコロナのせいで、各国は「とんでもない額のお金を刷って市場に投入した」わけですから、これがいつか「インフレの火種になる」と考えるのは順当のはず。

また近年の「株式市場の値上がり」で資産を大きく増やした人も少なくないだろうけれど、大きな世の中の流れを見ると、それって「ある一時期でしかない」のがわかる。でもアメリカ株に投資をした人はうまく出来た。

でも、そういうアメリカ株に投資をした人って、「いつからそれをやったのか」ってのも考えないとならないはず。ブラックマンデーで破産した人だっているんですから。

アメリカ株投資なんて、30年前にそれを言ったら「おかしなやつ」としか思われなかったんですよ。FXも無ければ、デイトレなんて言葉さえない時代。そもそも海外の証券会社を使って海外の金融商品に投資するという発想がない時代なのね。

つまり私が言いたいのは、「世の中は常に変わる」わけで、「良いところばかり見てはならない」ってことなのね。

逆に、もしFIRE(経済的自立早期リタイア)を狙うのであれば、「世の中の動きが悪い時に、そういう人たちはどう生き延びたか」を調べるべきじゃない?

今は金利も歴史的に低いから、それを基準に建てたプランなら大丈夫なんて思っても、資産そのものが危険に晒されることは必ず起きると思うべきだと私は思う。

世の中が発展するだけで生活費は増える

このブログでも「インフレには3種類ある」と書き続けてきました。

一つはいわゆる世の中で言われるインフレ。米がいくらじゃの、牛乳がいくらじゃのというあれ。

私はこのインフレ以上に怖いと思っているのが「世の中の発展による生活費のアップ」なんですよ。私は便宜上、これもインフレという言い方をしていますが、若い方は皆さん、かつては「電話器でさえも、一軒に一台なかった」なんて信じられないでしょ。洗濯機も冷蔵庫も同じ。

私が小さい頃、我が家にあった冷蔵庫は「木製で氷を買って入れるただの箱タイプ」だったんですよ。当然、電気は繋がっていないただの保冷庫。それがかつての日本の冷蔵庫なのね。そしてテレビも我が家にはなかった。というかテレビがまだ存在していなかった。

ダボはどんなところに住んでいたんだ?なんて思うかも知れないけれど、当時、私は東京は新橋のど真ん中、今の置いてある機関車から100メートル程度のところに住んでいました。電気もない田舎ではない。

もしそういう時代に生きていたら、今の「モノに溢れる時代」って想像できないと思う。

つまり、「世の中で【普通と言われる生活】をするだけで、生活費は時代と共に増える」ってことだと思うんですよ。

私の頭の中にある近未来は技術革新のスピードも上がって「海外旅行は低燃費音速ジェット」「公共交通機関は地下の真空トンネルの中を飛ぶように走る(ポッド型)」そして各家庭に一台あるのは「ヒューマノイド型の多目的ロボット」。

まさか・・と思う人は、昔、家に電話もなく「呼び出し電話が普通」で、将来、電話はスマホと呼ばれるようになって家族一人ずつ持ち、好きな人は10万円以上するスマホを複数台持ち、毎年買い換えるなんてことを想像できなかった人と同じ。

つまりですね、「自分は質素に生きる」なんて思っても、【世の中の変化】で「必ず生活費は上がる」のは間違いがないのね。

大げさだと思うかも知れないけれど、マレーシアに住んでいても「マレーシアの発展は著しい」から「環境の変化で生活費がアップする」のを実感する人は多いはず。

たとえば近所にいくらでもあった「安く食事ができる店」が消えていって、「現代的でおしゃれな店が増えた」だけで生活費は上がるじゃないですか。

自分の住んでいる地域がたまたま人気があって、新しいモールやお店も出来て、人も集まるようになってくればどうなるかは「世界共通」じゃないですかね。当然、住居を借りていれば「家賃は上がる」だろうし、持ち家だったら「資産価値も上がる」かもしれないけれど、【もてはやされるのは近代的な住居のみ】というのも考えないとならないわけで、日本流の「土地を持っているのが強い」というのは海外では通用しないし、日本もどうなるかわからない。

つまり、世の中で言う「インフレ率」が高くは無いにしても、【技術の進歩、そして環境が変われば生活費は上がる】というのは事実。

年齢とともに増える生活費

今、この日記を読んでいる年寄りはピンと来ないはずだけれど、今、ここで話しているのは【FIRE(経済的自立早期リタイア)】を考える年齢層の話をしているのをお忘れなく。

上にも書きましたが、子供が小さい頃って本当に【親のおまけ】でしかないのね。お金なんか全然、掛からない。

「いやいや、子供は小さいけれどかなりお金がかかる」と思っている人は、あと10年もすればとんでもないことになるのは明白じゃないですかね。

車もポンコツの小型車があれば良かったのが、子どもたちも大きくなれば「大きめのSUVにしようか」となるじゃないですか。子供の分の携帯電話も必要だし、「小さい頃は【親のおまけ】だった我が子」は、近所の公園へ遊びに連れていけば良かったのが、いつのか「ハワイに行きたいな~」ぐらいのことは言うようになる。「趣味の野球で、チームがアメリカへ行って試合をすることになった」なんて話もいくつも出てくる。

当然、学費もびっくりするほど掛かるようになる。

親自身も同じで、「年齢に合った生活」ってやっぱりあるわけで、若い頃と同じ様にいつもジーパンにTシャツで、食べ物はファーストフードやコンビニ、安いお店の食べ物ばかりでOKってことはないはず。「たまには美味しいものを」って思うのは世界共通のはずだし、「より良いものを目指す」のは人間の本能だと思うんですよ。

お寿司にしても「回転寿司しか行ったことがない」で済むのかどうか。これはどんどん大人になる子供も同じ。

見栄を張るというのではなくて、歳を取るとやっぱり「良いものを欲しくなる」のが自然じゃないですかね。もちろん「良いもの=高価」ではないけれど、逆に「質素で良い生活」こそお金がかかることもあるし、私は「年を取ればお金が掛かる」のが普通だと思う。

そんな時代も過ぎて「ジジババ」になると、「もう贅沢とはおさらば」という考え方が強くなる人は多いし、それもまた自然だと思う。

そういう年寄りは多いと思うけれど、ここにも落とし穴があって、「大病をしたらどうする?」というところ。ここは「想像したくない」だけのことで、それが起きれば「予定は大幅に狂う」。

そして年をとったからこそ、「海外でロングステイをしたい」なんて考えるようにもなる。(笑)

余談になりますが、マレーシアは生活費が安いからという人は多いけれど、私はこれは嘘、言い訳だとしか思っていなくて、本当に生活費を低く抑えるのなら、「日本で生活するほうが安い」のは間違いがないと思う。(近年、外国人が日本に多く来るようになったのはコスパが良いからでしょう)

実はですね、もう10年以上前になりますが、当時は「ヤフーチャット」が流行っていたのね(今は無い)。これって凄くて、全国、全世界にチャット友達がいて、毎日、お喋りをするのが日課だったのですが、当然、似たような年代の友人ができるわけです。その頃に「マレーシアに行くと生活費が安いから、多くの日本人が渡っている」とチャット仲間に話をしたんですよ。

「へーー、どのくらい安く生活できるの?」と皆が聞くもんですから、「毎月15万あれば大丈夫らしい」と言ったんですよ。

その時の反応って想像できます?

皆が皆、声を揃えて「高い~~~~~~~~~~~~」って言ったんです。

この時、皆と話をしてよーくわかったことは、「老後を海外で」なんていうのは「金持ち老人」のやることでしかないということ。つまり、そういう多くの人は大都会でそこそこの仕事をし、退職金もきっちりもらい、厚生年金ももらい、ある程度の貯蓄もある人達なのね。

でも私の当時のヤフーチャット仲間は、ほとんどが地方の老人で、もらっているのは「国民年金」なんですよ。でも自宅を持ち、小さな田畑を持っていたり、たまにアルバイトをすれば十分生きていける人たち。

こういう人たちに言わせれば、「月15万円もあれば、海外で楽に生活できる」なんてのは夢のまた夢だし、そもそも英語もわからなければ、ゴルフなんて趣味もない、海外旅行も昔、ハワイに行ったことがある程度。中には飛行機に乗ったこともないなんて友人もいたっけ。

だから「老後は海外でロングステー」なんてのは金持ち年寄りの贅沢と言って間違いないと私は思う。多くの退職者であり海外ロングステイヤーの彼らの「金もない年寄りです」なんてのはあえて卑下して言っているだけのこと。それどころか、これからの若者にはこういうことさえ出来ない時代になるというのもちゃんと知っている。

東南アジアの物価が安いところでロングステイを楽しむ老人が「私はお金がない」なんてのを聞いて、若い自分も歳を取れば同じようなことが出来るだろうなんて思ったら大間違いだと私は思う。

ま、話がいつものようにズレてしまって申し訳ないですが、歳は取ったでお金は掛かるのね。

上に話したヤフーチャット友達も、医療費、子供や孫への援助が大変だと言っていて、「歳をとってからの方が生活は厳しい」とアタリマエのことをいう。

そして間違いがないのは、「稼げなくなるときは必ず来る」ということ。

これはすべての人に起きるわけだけれど、その時を想定しています?その時になったら「思い出だけ」で生きる?

これらの問題をFIRE(経済的自立早期リタイア)を考える若者は解決できるのか

今の価値の1億円あればどうにかなるなんて、気が狂っているとしか言えないんじゃない?

結局、大事なのは時代時代にあった収入を得ること

私の持論ですが、「資産はいくらあっても関係ない」ということ。

必要なのは「収入」ですよね。つまり、「使えるお金がいくらあるか」ってこと。大事なのはそれだけじゃないですかね。

資産運用とは収入を得る一つの方法でしかない

ここを勘違いしてしまうのは、「今の時点の環境が続く前提で将来を考えるから」じゃないですかね。だからある程度のまとまったお金があればどうにかなると思ってしまう。

年月とともに世界、環境はどんどん変化する中で、どうして「今の状態を前提にして考えるのか」が私には理解の外なんですよ。

1991年に私達家族がゴールドコーストに上陸したときにの「定期金利」って10%あったんですよ。凄いでしょ。

1980年代に移住した人に聞いたら、最高の時には16%だったと。

当時、日本はバブル真っ最中で、小さな小さな家を売ったり、小さな店舗を売却するだけで5000万~1億程度のお金を手にできる人は多かった。オーストラリアでは「定期に入れておけば16%に回る」となれば、誰だって同じようなことを考えるじゃないですか。1億あったら1600万円の年収ですよ。(でもアメリカの30年もの国債が年利15%で回る時代もあった。30年間の確定金利です)

オーストラリアにとんでもない数の日本人が渡ったのはこれが背景にあると思います。

ま、16%に回るなんてのは瞬間最大風速みたいなものだったようですが、10%はそこそこ続いたし、そこから金利が落ちてきても、「そこそこの社債、国債を買う」だけで、「ポートフォリオで年間7%台を確保するのは難しくなかった」のは、このブログに書き続けてきたことです。私は長い年数、そういう「豪ドルと心中するつもり」だったのも書きました(笑)。(私は2018年以降、豪ドルはすべて米ドルに移行)

でも今は悲惨で、豪ドルでは2%の確保ができるかどうかという時代。もちろんリスクを取れば5%でも7%でも稼げますが・・・。

そしてオーストラリアではとんでもない「インフレ」が起きたんですね。金利が高いというのはそういうことですが、シドニーオリンピックの後は本当に凄かったです。

結局、良いことは続かないのね。

でも今は金利も低いし、投資で生きるのは難しい時代だから、それを前提で生きれるプランなら良いんじゃないか。

って思いますよね。

でも私はそうは思わない。

そもそも上に書いたように「インフレを考慮していない」んじゃ駄目じゃないですか。デフレの今は「たまたまデフレなのかもしれない」という想定は大事だと思う。

そしてリーマンショックを経験して挫折を経験した人がどれほどいるかわからないけれど、それがまた起きたら?

金利が、運用益がどうのじゃなくて、「虎の子の資産そのものが消えてなくなること、目減りすること」が起きるんですよ。

それは今のコロナ禍も同じ。

これで儲けた人もいるのは間違いがないものの、大損した人も決して少なくないはず。

そして長い間には「天災」だって来るじゃないですか。

もし自分の拠点がかつての神戸、福島にあったらどうなってます?

そういうことを想定した上で、「何が起きても収入は確保できる状態」でないと、FIRE(経済的自立早期リタイア)なんてのはお遊びにしかならないというのが私の持論です。長い年数の間には本当に何が起きるかわからない。そして実際に、大きな変動は10年に1度は必ず起きている。

当然、収入を生む「資産」がどういう資産なのか、安全な場所にあるのか、そういう事も非常に重要じゃないんですか?

311の大災害、そして「原発事故」ですが、あの時に、「もしかしたら日本が終わるかもしれない」と考えた人は少なくないはずだし、実際にその危険はあった。

私はあの時、実は4号機が気になっていまして、事故当時、4号機は稼働していませんでしたが、プールには燃料がぎっしり詰まっていたんですね。そしてそのプールの崩壊の危険が言われていた。

私は「4号機のプールが崩壊しなかった」だけで、日本は助かったと思っていて、もしプールが崩壊したら原発全体がアウト。それすなわち、東日本は全滅、東京も駄目だと思っていました。北半球の危機だという学者もいましたっけ。

これって大げさでもなんでも無くて、「日本から脱出した外国人が非常に多かった」のはまさにその危険があったからで、日本人でもそれがキッカケでマレーシアに渡った人って結構いたんじゃないですか?

じゃぁ、マレーシアって安全なのか?

天災、人災、大事故、経済・金融破綻、戦争等、世の中って長い間には必ず何かが起きるわけで、私が1991年にオーストラリアへ渡ってからもそれら全てが起きたわけです。

ただ、自分がその真っ只中にいたのはリーマンショックだけだったというだけのこと。今のコロナもそうですが、我が家への経済的影響は(今の所)無し。

でもそのリーマン・ショックの我が家への影響は甚大で、「もう俺は終わりだ」と思ったのは何度もこのブログにも書きましたし、それが回り回って今、マレーシアにいることにも繋がっています。

世の中では何が起きるかわからない。だから「しょうがない」とか「考えないで良い」のではなくて、「どこで何があっても大丈夫な形」にしない限り、FIRE(経済的自立早期リタイア)は実行不能。あるいは中途で挫折となるってことじゃないかと。「楽しい思い出が出来れば良い」とか「駄目になっても元に戻るだけ」と考えられる人はどうぞお好きなようにとしか言いようがない。

ま、それは確率の問題だとは思いますが、私のような先が短い年寄りならまだしも、若い人の将来は長いわけで、それだけ「いつかとんでもないことに巻き込まれる可能性」はやっぱり考えないと大変なことになるんじゃないですかね。

閉塞感がある今の環境から抜け出ようと思っても、それそのものも簡単ではないし、抜け出たら抜け出たで「達成感を感じて幸せなのは最初だけ」というのが現実だと私は思う。若いということはこれから30年、40年と将来はあるわけで、そして「悪いことは必ずいつか起きる」「稼げなくなるときは誰にでも必ず来る」わけだけれど、その時をちゃんと想定しているのかどうか。

「大変なことに遭遇しないように」と考えるのは大事ですが、もっと大事なのは「何があっても復活できること」じゃないかと。

実は、それが今回のこの日記の第二のポイントと言っても良くて、「何が起きても復活できる自分」で無い限り、FIRE(経済的自立早期リタイア)は危険だというのが私の持論です。

もちろん「必ず復活できる」なんてことはありえませんが、世の中のFIRE(経済的自立早期リタイア)の話を聞いていると、あまりにも「リスク想定が出来ていない」と感じるのです。

夢を語るのは素晴らしいと思います。でもこういう私も「結果的には初志貫徹が出来ず、オーストラリアを出るしか無かった負け組」なわけですし、ゴールドコースト時代の25年間に、涙を流しながら引き上げていった友人があまりにも多いので、今、これを書いています。

一人あたりのGDPが低い国が高くなる時には、その動きに合わせて利益を増やさないと簡単に置いていかれる。オーストラリアはかつては日本よりずーっと下だったのに・・。

本当に多くの人の挫折を見てきました。特にあの当時にオーストラリアへ渡った人たちは、「バブルの恩恵を受けた人たち」が多いわけで、彼らの大きな資産も「棚からぼたもち」でしかないケースが多かった。つまり「稼ぎ方を知らない人たち」が大半だったのね。こういう人たちの資産がどんどん減っていく時にどうなるかは簡単に想像できるはず。

20億程度のキャッシュを得て(資産売却)オーストラリアに来た家族がいて、付き合いも深かったのですが、なんと「リゾート開発に投資」して丸裸になったり。皆さん、夢とお金を持っていますから、やったことのない「ブドウ農園を買い取ってワイン製造」なんて始めた人もいたっけ。そしてそういう「有頂天になっている日本人」を食い物にする現地の日本人もごっそりいて、手ぐすね引いて待っているのね。でも彼らの多くは元から詐欺師なんてことはなくて、同じ様に夢を持って渡ってきた人の変わり果てた姿でしかない。

これじゃ駄目だと思った時に、さっと逃げることが出来るならそれはそれで良いんですね。でもそれって決して簡単ではない。

でも忘れられない家族もいます。まだ危なくなっていないのに「このままじゃ危ない。でも今、日本に帰れば、また復活できる」と早めに見切りをつけた友人家族。大したもんだと思いました。海外生活、あるいは悠々自適生活を経験している間に、「もとに戻って稼ぐことはできなくなる」ってことも忘れてはならない重要な点

そうかと思えば、周りが羨むぐらいの金持ちだったのが、やることなすこと裏目に出て、最後は家族にも捨てられ、一人寂しく小さなアパートで孤独死した親しい友人もいた。

では皆が失敗したかというとそうではないわけで、未だにゴールドコーストで居残っている友人も少なくない。

では彼らが何をしたのかというと「収入を得ることを優先した」んですね。遊んで暮らすなんてことは考えなかった。

つまりFIRE(経済的自立早期リタイア)なんて考えずに、生活環境も良い新天地で働き、事業を起こすことを選んだ人たち。

ま、好きな仕事が出来た、食えたからと言えばそれまでですが、「資産を失っても(減らしても)その時代に合った収入を得ることが出来れば、何の問題もない」のね。(私もオーストラリアに渡ってからすぐに起業し、中古車の輸入販売、電話関係の仕事をしていましたが、長期に渡って安定して利益を出すことはできませんでした。笑)

そういう意味では、我が家は「初志貫徹できなかった負け組」(税金+インフレ+生活費をアウトパフォームして稼げなかった)なんですが、10年以上のブランクがありますが、再びトレーダー(スペキュレーター)としてマレーシアで今まで以上に大きな夢を持ってそこそこ生活できるのはラッキーだと思います。

でも今の私のリスク管理はかなりシビアで、「資産を守り、収入を得る」ことに関しては、もし第三次世界大戦が始まろうが、日本が大地震で沈もうが、マレーシアが経済破綻しようが、どうにでもなる。大丈夫だと思っています。また昔の様にバカなお金の使い方もしない。

ただし、私の「目が見えなくなる」とか、「身体が動かない」ようになったらアウト。パソコンのモニターが見れなくなり、操作もできなければどうにもならず。

でも年齢が年齢ですから、いつそうなってもおかしくないわけで、だからこそ長男をマレーシアに連れてきて、二代目ダボにしようと企んでいるわけです。(笑)

税金を忘れちゃいませんか

巷の話し、ユーチューブでの「FIREのススメ」みたいのを見ても、まず税金のことを無視して話すのも非常に多い。

収入があれば必ず納税しなくてはならないのは世界の決まりで、なぜそれを無視して「一億円を4%で回して・・・」とか言うのだろうか。そもそも将来に渡って4%で回せるという前提が異常だと思う。

ただし、税金は所得の種類や住む国によって違うし、ある種の収入はマレーシアなら非課税というのもあるわけだけれど、基本は「税金を収める」のが普通。そして税率もいろいろだけれど、私が25年住んだオーストラリアみたいに、ちょっと稼いだら50%なんて国もある。今の日本のことは知りませんが、ごっそり稼ぐと住民税も入れて70%を超えるなんていう時代もあった。

税金を考えるのは非常に重要なわけで、これを考えないというのはまさに「ただの夢物語」でしかないでしょう。というか、私はFIREを薦める人の話を聞いて思うことは、彼らはちゃんと税金を払ったことがないか、低率の税金を払ったことしかない人だと思うんです。でも1億円を4%で回せば・・なんて話なら税金が掛かっても大したことはないにしろ、たとえ20%だとしても「手取りは間違いなく落ちる」わけだから、税引きの「手取りの利回り」で話をしないと意味がないですよね。

結論

第一のポイントですが、大事なのは資産ではなくて「いつの時代でも必要な収入を得ること」でしょ。それなのにFIREを目指す多くの人は「資産を重視する」のって私はおかしいと思っています。また収入は「税引き」で考えないと意味がない。そして「資産運用」とは【収入を得る手段の一つ】でしかない。

なおかつ、震災や経済危機に襲われても大丈夫なようにしないとならない。あるいは、駄目になっても「復活できるスキル」が必要となる。この「復活できるスキルを維持するべき」というのが第二のポイント。

投資先を分散してポートフォリオを構築するのは大事ですが、「投資先の分散」だけではなくて、「稼ぎ方の分散」をしないとやっぱり危ないんじゃない?

そしてもしかしたら「FIRE(経済的自立早期リタイア)」の最大のデメリットですが、「元に戻ろうとしても戻れない」ところかもしれない。仕事って「継続する」のが大事で、5年10年のブランクがあり、中途半端に歳をとっている場合、「帰る場所はない」と思って間違いがないんじゃないですかね。

これはFIRE(経済的自立早期リタイア)に限らず「独立する」のも昔から同じで、一度、道を外れるとそれなりの場所で一生働かなくてはならないのは「中小企業の底辺にいた私」(笑)は、そういう「過去は凄かった人達」をごっそりいるのを見てきました。こういう人のほうが「成功して幸せに生きる人より【遥かに多い】」のが現実だと思っています。

成功を夢見て進むことを良しとする傾向が世の中にありますが、私は全く逆で、誰しも挫折した経験はあると思うのだけれど、私は「その挫折が出発点で、またそこに戻る可能性がある」という前提で生きるべきだと考えています。「当たって砕けろ」という言う人は昔から多いけれど、その言葉は「一兵卒、若者に言う言葉」であって、「指揮官や会社のトップ」がそう考えていたらどうなると思います?

私は「真にポジティブに生きるためには、ネガティブ思考が重要だ」と考えています。飛んで火に入る夏の虫にはなりたくないですから。要は「リスクの想定を徹底的にする」のが重要ってことでしょう。

番外 私の実践方法&補足

ところで、インフレ対策ですが、私は今の所、「年率3%」と考えています。

これの根拠らしい根拠はないのですが、ま、年率3%で考えておけば、今のところは世界のどこでもまぁまぁ大丈夫だろうと思っています。

ただ、この3%分は「必ず確保しないとならない%」であり、それが出来ても「プラマイなし」ということ。だからマレーシアの定期金利が3%ってのは低すぎると私は思うし、ましてやそのお金を使ったらどんどん貧乏になるだけ。そして今はその3%もマレーシアでは確保できなくなってきている。これって年寄りには大きな問題じゃないにしても、マレーシアの金利をあてにしている若者はとんでもないことになるんじゃないですかね。

だから例えば、上に何度も書いた1億を4%で回してというのも、3%は使わずに元本に足していかないとならないわけで、つまり、残りの1%で生活しないとならない。

そしてなおかつ、生活費は「年月とともに増える」わけで、これは年率3%どころの話ではないかもしれない。

おまけに税金があるわけで、例えばオーストラリアなら50%取られるとしましょう。そしてインフレ分も稼がないとならないとすれば、例えば、資産の額は別にして10%で回すことが出来たとしましょう。すると納税後の手取りは5%です。インフレ確保分が3%です。つまり、自由に使えるのは2%となる。

10%で回しても使えるのは2%です。1億あっても200万円。

当然、これとは別に「子供の学費負担増」や「世界の進歩による負担増」「年齢が上がることによる負担増」を考えないとならないし、「万が一の失敗」や「経済の変化による資産の目減り」対策もしないとならない。

ももそも10%で回し続けて、資産もリスクに晒さないなんてことは不可能でしょう。

かつてこのブログの読者から、「本人(女性)と子供二人」でオーストラリアに移住したいのだけれどと相談を受けたことがあります。聞いてみたところ、それなりの資産(ご主人の遺産)もあるのですが、仕事はせずに資産運用だけで生きたいと。いわゆる「金利生活」ですね。

私は私の意見を伝えましたが、確認のために、シドニーに家族4人で日本から移住したばかりの友人に「実際のところはどう?」と聞いてみたのです。そうしたら、その友人曰く、「金利生活をするとしたら最低5億円は必要」とのことでした。でもそれでも贅沢はできないだろうと。

ま、近年のオーストラリアは利回りも低い、税金も高いし、物価も高いからこういうことになるのですが、日本や他の国ならどうなのでしょうか。また幼い子供がいたら将来、本当に大きなお金がかかる。そしてインフレ、世界の発展、歳取ることによる出費増も考えないとならない。

それとこれを書くのはちょっと気がひけるのですが、上に書いたヤフーチャットで「海外在住の日本人」にも友人が多く、中にはアメリカで悠々自適の生活をしている人も数名いたんですよ。これは知る人ぞ知ることですが、ハワイやアメリカ西海岸ってわけのわからない大金持ちの日本人がごっそりいるのね。これはオーストラリアとかなり違うところ。

で、そういう人たちの常識的な話として、聞いてびっくりしたのは「やっぱり10億ないと安心できないね」という話し。「10億あれば納税後、使っても減らない」という言い方をしていました。でも今は、あの当時より金利はかなり低くなっている。

じゃ、そこまでの資産がないとしたら、一体どれぐらい稼がないとならないんですかね。

年間20%で回せば大丈夫?30%?

冗談じゃないですよね。

ここでわかることは「資産運用だけで生活することはかなり難しい」ってことじゃないでしょうか。

逆を言えば、資産ゼロでもそこそこの収入があれば全く問題がないということになる。

でもその収入を未来永劫続けるのも難しい。

どうすればよい?

どうにもならないってのが答えじゃないですかね。

FIRE(経済的自立早期リタイア)を考える人は、今一度、原点を考えてみてほしいと思います。

「一生懸命働く」「無駄使いはしない」「投資も積極的にする」ようなことを多くの人が考えて実行している。それが現実で、それでも豊かになるのは難しい。

「1億円ためて、それを4%で回して・・」という考え方がどれほど現実離れした夢物語なのかがわかるんじゃないでしょうか。

そもそも、そう考える人は「一億円」がとてつもなく大きなお金だと思い過ぎているのかもしれませんね。一億円のキャッシュ。それは確かに夢のような金額だろうと思います。だからその夢のような額を手に入れれば、夢のようなことが出来るかもしれないと【夢想】してしまうのかもしれない。

でも現実は、1億円を持ってどうしようと悩んでいる人は多く、資産は無くてもコンスタントに毎年300万円の収入を得ている人たちを羨ましいと考えているということじゃないですかね。私はこれが今の日本の現実だと思っています。年間250万円の年金を得ている人は、それがどのくらいの資産価値があるか考えてみてください。

それともう一つ気が付かなくてはならないことがある。

FIRE(経済的自立早期リタイア)を薦める書籍やユーチューバーがいる。本も売れているし、ユーチューブの動画の再生数も多い。でもそれらの内容はというと、そういう生活を30年続けている私から言わせれば、全く駄目、夢物語にしか思えないのね。つまり、その主は、私には実践者には見えない、ただの夢先案内人でしかない。

でも彼らの書籍は売れてる。ユーチューバーもそれだけで年収1千万は超えているであろうことがわかる。

なおかつ彼らは購読者、視聴者から、「良いことを教えてくれて有り難うございます」と言われている。面白いですね~~。(笑)

昔から、競馬で儲けた人はいない。でも競馬新聞で儲けた人はいると言われている。

これってFX、株式投資も似たようなことがあるのね。

「夢見る人は常にカモにされる」

世の中はそういう風に出来ていると考えて間違いないと思っている私。

税金に関しての補足ですが、上に書いたことから「税金」って非常に重要なのがよく分かるはず。

もしそれが10%だとしたら、安いと普通の人は思うんじゃないですかね。

ところがですね、常に税金と戦ってきた私に言わせると10%でも高いのね。

商売をしていても同じだけれど、「粗利は大きい」にしても、「諸経費ってとんでもなく多い」のが普通。この諸経費を生活費と置き換えて考えてみると面白い。例えば年間500万円稼いでも450万以上は生活費に消えるとしましょう。つまり、残りはせいぜい50万円。ここから税金が引かれるのなら良いけれど、そうではなくて500万に税金は掛かる。10%だとして50万円。

これって手元に残るのは0ってこと。

もし税金が20%だったら、マイナス。借金しないと生きられない。

オーストラリアみたいに50%も税金を取られると、常に大幅の赤字状態になる。実際には年収500万で50%は取られない。でも物価も高く、子供の教育じゃなんじゃと年間1000万必要となれば、2000万稼ぐ必要があるということ。子供の学費が年間、一人250万(高校でも私学はこの程度かかる)で子供が二人いれば、学費分だけで年間1000万稼がないとならない。これは学費分を事前に溜め込んでも同じことで、その額の2倍は稼がないとならないのは同じ。

そんなオーストラリアも私が興味を持って調べた1980年代には「一月に15万円で家族4人がそこそこ生活できる」というレポートがあったんですよ。今のマレーシアみたいですよね。

ところが私達が上陸した1991年はすでに「一月に15万円」はジョークの時代になっていて、それからは凄いスピードで物価は上がっていった。

かつては街に走る車はポンコツばかりだったのが、いつのまにか普通の若者がピカピカのBMWやベンツに乗る時代になった。収入も物価とともに上がったわけだけれど、国が発展するということは「物品やサービスも向上する」のね。当然、高くなるわけで、これによる体感インフレは一般的に言われるインフレ率とはまるで違う。

これに耐えられないとなれば、生活を落とすなり、安く生活できるところへ移るなり、当然、食事の内容も落ちるし、世間の皆が享受している「発展」「新技術」「新製品」に逆らって生きなければならなくなる。そしてその流れは一生続くんですよ。

これが望んだFIRE(経済的自立早期リタイア)なのか?ここが重要。

そしてそれに高い税金がのしかかってくる。そんな時にリーマンショックなり災害なり「一大事」が起きたらどうなると思いす?

税金ですが、普通、世の中はサラリーマンが多いから、「税金は天引きされる」「しょうがない」と考えがちだけれど、「税金も経費の一つ」と考えると全く違うものが見えてくるんじゃないですかね。

手取り収入から生活費を差し引くと残るのはわずか。それを貯めたり、投資に回して頑張るのが普通。そしてその額より、税金のほうが遥かに多い。

税金がなかったら、「その分を複利で回して稼げる」と考えてみてください。あるいは税金分を貯金出来たらどれほどの金額になっているか。

多分、それを計算したら目が飛び出るほどの凄い金額になっているはず。税率が高ければ高いほど、それは莫大な金額になる。

ところで世の中には税率が低い、あるいは所得税がない国や地域がある。

そんなところへ住んで、「所得税分を払ったつもりで貯めてみる」なんてのも面白いと思う。投資に回せば複利で回る。

マレーシアはそれが出来る国。

遠慮する必要はなくて、だってそれは特例でもなんでも無くて、マレーシアに住む国民も外国人も条件は同じ。

税金がゼロ、もしくは税率が低い場合に限っては、私が上に書いた「非常に難しいこと」でも「不可能ではなくなる」のね。

これが本日の第三のポイント。

ただし、マレーシアの一人あたりのGDPは日本に比べるとかなり低いですから、生活し安を感じるのは当たり前。でもGDPの低い国が発展に転じるとスピードは早く、また日本も今のままでは私は将来に希望は無いので、マレーシアと日本との差は一気に縮まるかも。その時に我々が感じる生活のしずらさは半端じゃないはず。

もし税金を払わないことに後ろめたさがあったとしたら、世の中は「儲からないことには投資しない」という大原則があるけれど、「儲からなくても大事なこと」っていくらでもあるじゃないですか。そしてそれに一生を賭ける様な人も少なくない。ですから、そういう人たちを支援するのも良いと思うし、お金をごっそり貯めてから日本に戻り、そこからそれまでの自分ではあり得なかった多額の税金を収めるようになれば、そしてそれは海外で稼いだお金を日本に持って返るということでもあるし、それなら母なる日本も喜んでくれるはずだし、後ろめたさなんて感じる必要はないと思います。

ただし「稼ぎ方」が重要で、非課税の対象とならなければ意味がないし、他の国にその稼ぎの源泉があって、そこで課税されれば意味もない。ま、日本が源泉の場合なら「住民税分」は助かるにしても。

だから「どこでも」「いつでも」「世界情勢がどうなろうと」「大惨事が起きようと」稼げる方法を模索しないとならないってことだと思っています。FIRE(経済的自立早期リタイア)として生きるということは、「常に後ろは崖っぷち」なのを忘れてはならないし、なおかつ「やられても復活できる」スキルが大事。そして税金が安い国、地域に住む。

そんな事が可能か?

どうでしょうか・・・。このブログの常連さんならわかるはず。

理想は理想でしかありませんが、その方向性を維持するのは大事だと思っています。また多くの人は「稼ぐこと」「大きくなること」ばかりに気を取られているような気がします。でもサバイバルで何よりも大事なことは「叩きのめされないこと」に尽きると思っています。「常に復活できるスキル、余力を意識する」ことが肝ではないでしょうか。自分の後ろは断崖絶壁でそこに落ちたら終了。誰も助けてくれないのね。

また自分一人で生きるならどうでも良いですが、何か計画とは違うことが起きればそれは伴侶や子供の負担になるのを忘れてはならないと思っています。

ま、それもまた良い人生経験だとは思いますが、それを「親がやるべきことができなかった逃げ口実」に使ってはならないはず。

若い方々の夢を壊すつもりはありませんし、それどころか、夢を叶える方法は間違いなく存在するんですね。もちろん簡単では無いと思いますが、「うまい話に乗せられてとんでもないことになった」ということだけは避けて欲しいと心から願っています。

常に冷静で諦めること無く頑張れば、必ず道は開けると信じています。そしてそのやる気を維持するのに一番なのは「子供の寝顔を見ながら将来を考えること」。悩んだときも同じで、これに尽きると思っています。(笑)

子供もいない、あるいは独り者だとしたら、好きなように生きれば良いと思いますが・・・・。私も独り者、あるいは子供がいなかったら全く違う考え方で、全く違う生活をしているはず。でも今は「苦労が喜びとなる不思議さ」を満喫していて、とても充実しています。そして何よりも誰よりも、こんな私のところに生まれてきてくれた子どもたちに感謝しています。

世の中には自分の命よりも大切な存在があって、そのために生きるからこそ「とんでもない力が生まれる」のは間違いがないんじゃなかろうか。

もうすぐ68歳になる私もまだまだ夢の途中。頑張る皆さんと一緒に歩いていきたいです。

「このままでは終われない。まだ夢の途中、諦めない・・・」

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