【家族の目標】と【それぞれ個人の目標】は違う

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我が家は「一族が一丸となって同じ目標に進む」傾向が非常に強い家族ですし、当然、「話し合いで決定する」にしても【一つにまとめる】ことは簡単ではないし、どうしたって「それぞれの我慢や妥協」が強いられることになる。

これも「発展途上」なら、「皆で力を合わせないとならない」と誰しもが考えますが、「軌道に乗る」「目標達成」に近づいてくると「それぞれのワガママが出てくる」のは致し方ないこと。

これが今の我が家の状態。

基本的には「子どもたちのため」の考え方が中心で、私がイニシアチブを取って決めていくわけで、受益者という言い方が良いかどうかは別にして、子どもたちにとっては「嬉しい状態」で「仕事や子育てに邁進できる」のは良いにしても、では我々老夫婦はどうなのか。

私自身は若い頃から好き勝手に生きてきましたし、やりたいことも「やり過ぎを反省する」ぐらいで「歳を取ってからやりたいことってほぼ無い」んですよ。だからこそ「子どもたち中心」「一族全体」の考え方でもやっていけるし、そのために「無理をしているわけでもない」から【問題らしい問題はない】のね。

ところがヨメさんにしてみると、【自分で人生を選んで生きている感は少ない】わけです。常に「私の意見」「皆で決めたこと」で物事が動いていく感じが強いのでしょう。

これって現代的な「核家族」「個人重視」から見ると【異常さ】はあるのだろうと思う。

ところが我が家は商人の家であって、「家業がある」のと同じ。あるいは「農家、漁師」みたいなもので、そこそこ規模が大きくなってきたら「家族全員で力を合わす」のが原点で、それぞれが好き勝手なことをしだしたら【家業は続かない】のは明らか。

でも「ヨメの立場は弱い」のは日本の歴史でもあって、「家族という大きな輪」のなかに個人は埋没して、「我慢の生活となる」事が多いのも間違いがない。

ヨメさんにしてみると、1991年に30代で皆でオーストラリアに渡ったのも、2016年にマレーシアに渡ったののも、【ヨメさんが真に望んだことじゃない】という部分がある。特に「マレーシア行き」には【ヨメさんは大反対】で、「家族の将来のため」と説得を続け、結局「承諾はした」けれど、その時から「ストレスが原因と言われる乾癬に罹ってしまった」のね。そしてそれは今でも続いていて、乾癬って見た目に大きな影響があるから「人と会うのも嫌がる」ヨメさんになってしまった。

乾癬とは「ここをクリック」

若い頃は「夢や目標を持ってそれに進む」わけで、どうなるかわからないけれど「皆で決めたことを頑張るしか無い」と家族の誰しもが考えるし、【協力】が何よりも重要。個人プレーでどうにかなることじゃない。

でもそんな生活を何十年も続けて、ある程度の「成果」は見えてきて、そして「自分の人生も終わりに近づいてくる」と様々な思いが浮かんでくるんでしょう。

私も家族も「ヨメさんを無視したことはない」にしても、「日本に戻りたい」とか、あるいは「福岡に住みたい」、「ゴールドコーストが一番好きだからゴールドコーストに住み続けたい」、「マレーシアには住みたくない」「もう嫌だ」となっても、【家業をやめて、生活を一変する】なんてことは出来ない。これって「毎日、皆で田畑に出て働いている」のに、突然、「もうやめようよ」というのに似ていて、【そうしましょうか】と簡単に決めることは出来ない。

ま、一般的には「我慢できない人は抜ける」という形になるんでしょう。

巷の歳を取った夫婦を見ていると、【余裕がある場合は】「それぞれ好きな生活をしているケース」が結構多くて、海外在住の場合は、「片方だけが海外在住」なんてことも少なくない。そもそも昔から言えることは「自分の慣れ親しんだ土地を離れ、友人さえいない未知の海外に渡る」なんてのは【おかしな人】と言っても良いくらいで、「仕事で海外赴任を命ぜられた」場合でも、「私は行かないからね」なんてのはいくらでもあった話。「海外赴任の家族」の中には「精神病医に掛かる奥さん」が【結構、多い】ってご存知でした?

ましてや旦那がどこから仕入れてきたか知らないけれど「歳を取ってから海外に住む人が多いらしいぞ」なんてその気になって、ヨメさんとしたら歳を取ったら仲の良い仲間と気ままに旅行に行ったり趣味の世界を楽しもうと思っているのに、「言葉もわからない、友達もいない海外に行ってどうすんのよ」というケースが多かったんじゃないかな。ましてや「老後に海外在住にならなければならない理由」なんて【無い】んですから。

だから「旦那だけ海外在住」というケースは結構多いし、その逆もあるんでしょう。また表にはなかなか出てこないにしても「離婚」なんていうケースも多いだろうし、「離婚する前に、それぞれが好きなことをしよう」となるんじゃないですかね。

我が家もそういう感じになってきた。

やばそ。

ま、こんな時はいつか来るとは思っていたから「ヨメさんを重視した将来設計」もして、それまでは頑張ろうという雰囲気づくりをしてきたのだけれど、【もう我慢できない】と「爆発する」ことも増えてきた。

これもまた「そうなるのが普通」なんだろうとは思うけれど・・・。

私としては「なんだよ、全くもぉ」と思うけれど、「今まで有難う。これからは自分の好きなように生きな」と私は考えるべきで、そういうことが出来ないケースが「熟年離婚となる」んじゃないですかね。「歳をとっても仲の良い夫婦は多い」にしても、「別れたら生活が成り立たないから我慢する」ケースは非常に多いと思う。

我が家にも「救い」はあるわけで、ヨメさんは「もうこういう生活はやめて、二人で日本に帰ろう」とは言わないこと。やっぱり「一族としての目標がある」のはわかっているからで、それを自分がぶち壊すことは出来ないという自覚はあるはず。

だから話が「最終的な話」になるまえに、【ヨメさんだけ、日本とマレーシアの二重生活】という形にするしかないのかもね。

そういうケースも結構あって、他人から見れば「優雅だねぇ、良いねぇ」なんて思うのかも知れないけれど、【内情は全く違う】なんてのが普通なのかもね。

「導火線に火は着いたまま」なんてね。

でもこういう「問題が顕在化した」したのをネガティブに考えるべきではなくて、【これをキッカケに私も日本との二重生活をする】のを考えてみるのも良いと思った。そしてその「お試し」としてヨメさんがまず動くだけなんだと考えることも可能。私の健康上の問題もあって、「ある日ある時、突然マレーシアを出国する」なんてのが良いわけはないし、「日本との二重生活」を徐々に始めて【バランスを変えていく】のが自然なんだろうと思う。

また「オーストラリアを終の住まいとする」考え方もあるわけで、【私達の次のステージのための第一歩を踏み出す】と考えれば、【積極的にやるべきこと】にも思えてくる。

「マレーシアを卒業する日」を今まで考えもしなかった、流れに任そうと思っていたことが【そもそもの間違い】かもね。

人生ってボーっとしているとどんどん歳を取るばかりだけれど、やっぱり「永遠の旅人」みたいなもんで【大雑把な旅程】を組むべきだと思う。何をするにも「準備期間」って必要だし、長期計画がないと何もできない。

で、結局、「頑張って稼ぐしか無い」という【いつもの結論】になってしまう。

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