Netflixドラマ『地獄に堕ちるわよ』が面白かった~~。

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話題のNetflixドラマ『地獄に堕ちるわよ』ですが、一気に見てしまいました。面白かった~。

もしあれが事実だとしたら細木数子氏は「化物」としか言いようがないと思うけれど、「当たらずとも遠からず」みたいなのかもしれない。

ただ「あの年代は金亡者が多い」のも理解できて、それはやっぱり「悲惨な戦後のどさくさを生き抜いた人達」に共通しているのかもね。

ドラマの中にも「貴方の原点は?」という質問に【飢え】だと答える場面があるけれど、「お金がない」どころか【食べるものが一切ない】ってどれほど恐ろしいか想像はできないぐらい。当然、窃盗、詐欺なんて日常茶飯事で、自分もその標的になるわけだから「人間が変わってしまう」のは当たり前なのかも知れない。

私の母方の叔母で「独り身で一生涯、貧しさの中で生きた」女性がいるのだけれど(大正11年生まれか)、若かった私が「人生で一番大切なものは何?」と聞いたところ「お金よ、当たり前でしょ」と答えたのは予想外で、かなり驚いたのを思い出します。私の知る限り「叔母は月給10万円以上の仕事に就いたことはないはず」なんだけれど、亡くなった時には5000万円以上の現金を持っていたのがわかって、本当にひっくり返るぐらいにびっくりしたっけ。ただ「株式投資をしていた」のはわかっている。もう15年ぐらい前の話ですが・・。

それってあの戦後の何もない焼け野原の時代を息抜き、高度成長も関係なく、一生「下働きしかしたことがない」から「金亡者になる」のは理解できるにしても、これって「現代にも通じる」と思うんですよ。それも「お金に困っている人達」が【金亡者になる】のではなくて、「頑張る若者たち」の【価値基準がお金になっている】のを感じるのね。

「最近の若者はやる気満々で凄い」と、そういう人達が出てきて、彼らを応援するような「ネット番組」が増えているとこのブログで紹介したこともあるけれど、【価値観の真ん中にあるのがお金】なのを感じます。最近の流行り言葉なのか、単なる起業家ではなくて【連続起業家】なる人達も増えてきて、「自分がいくつも会社を経営し、売り上げが大きい」のを自慢し、「私達に着いてこい」という感じ。

中には「お金ではないところに価値を感じて頑張る参加者」もいて、その番組の皆が何をいうかと思えば「そんな儲からないことは止めろ」と助言をするのね。また自分の事業の年間売上が「3億円目標」だという参加者がいたら、「目標が小さすぎる、話にならない」と平気で言う。「一体、お前たちは何様?」と思うのだけれど、まぁ「大きく稼ぎたい人達を相手にした番組だ」ということなんでしょう。

そういう番組の中心に、ホリエモンや青汁王子もいる。

中には「就職したくても出来ない」「仕事はあるのだけれど収入が低い」人達を【助けるネット番組】があるのだけれど、出演者の若者が「年収400万は欲しい。仕事を紹介して欲しい」と言ったら、番組の中心人物が、自分の隣に「キャバクラで働く若くてきれいな女性」を座らせていて、【この子は月に400万円稼ぐのだけれど、どう思う?】とニタニタしながら出演者の若者に質問をする場面があった。

「この番組、この運営者達は最低だな」と本当に驚いたのだけれど、彼、つまり「溝口勇児氏」なんだけれど、彼はネット番組も数多く始めて「時代の寵児」みたいにもてはやされているけれど、全てに通じるのが【お金を稼げ】という内容。

まぁ、それはそれでわかるのだけれど、「お金そのものが目的」になっていて、それは前にもブログに書いたけれど「ネット社会」が【お金儲けのため】に動いているのを最近強く感じます。結局、「視聴者を集め、視聴回数を増やす」のが原点で、「そのためにはどうするべきか」という思考回路なのね。

まぁ、テレビもニュースも、全ての企業、売られている商品もサービスも同じなのはわかるけれど、【法に触れずに儲けるにはどうするのか】が全ての中心って恐ろしいと思う。

私はそれを「今の時代」「SNSを利用して稼ごうとする人達」に【異常なほどに強く感じる】んですよ。

こんなことを思う私は「何を綺麗事言っているんだよ」と言われるだけだと思うけれど、少なくとも今のダボ家も私やヨメさんが育った環境は「金が全て」なんて絶対に考える環境ではなかったし、それは本当に良かったし、そうあるべきだと思うわけです。

結婚の条件も「収入、就職先、学歴」が重視されたり、女性なら「容姿端麗」が条件だったりって、本当にそれもわかるのだけれど、「世も末」ってこういうことをいうのだろうと思う。

ま、自分の人生は自分の好きなように生きれば良くて、私がどうこういうことじゃないのだけれど、「金が一番大事」と思うような人たちの【輪】には絶対に入りたくない、近寄りたくもないと思う。まさにそれは「阿修羅の世界」「地獄」だと思うから。

細木数子氏を元にしたドラマも、『地獄に堕ちるわよ』というフレーズが売りだった細木数子氏そのものが「地獄に堕ちた」というのがポイントなんでしょう。でも「内容が事実かどうかはわからない」し、「フィクションである」ということになっている。ま、私としては「細木数子の人生」なのかどうかは関係なくて、【あの時代に生きた人達に焦点が置かれている】みたいに感じるし、昨今の世界はその時代に似た「今だけ、金だけ、自分だけ」となりつつあることに対する「警鐘」だろうと思っています。

私はやっぱり古いだけなのかもしれないけれど、あの「少年よ、大志を抱け(Boys, be ambitious)」と札幌農学校(現・北海道大学)の初代教頭を務めたウィリアム・スミス・クラーク博士が、帰国時に教え子たちへ残した別れの言葉も私の心のなかの真ん中にあるし、また司馬遼太郎の『坂の上の雲』にも私は感動する。「坂の上を目指して登れ」なら普通だけれど、【その坂のもっと上の雲を目指して行け】ってなるほどと思ったし、そう生きたいと思う。

それらは決して「少年よ、大金を稼げ」でもないし、「金儲けの大将となり世界を動かせ」でもない。

私は父方の祖母を幼い頃から尊敬していて、正月に親戚一同が集まると「敬虔な仏教徒の祖母が小さな子どもたちだけ集めて話を聞かせる」のね。そして私達孫にある時、こういった。「必ず黄金の山を掘り当てなさい」と。そして「なぜだかわかる?」と私達に聞いた。その答えは私は簡単にわかったので、「オバーチャン、世の中の困っている人達を助けろということでしょ?」と言ったのを思い出します。祖母はそれを聞いて「ニコッと笑っただけ」だったけれど、私が祖母から学んだことは多いし、嫁に入った私の母も祖母の影響を大きく受けていて、「仏教的な考え方を重視した」し、小さな私にもいつもそんな話を「幼子にわかりやすいように」話してくれた。それは「仏教的な考え方」というより、在家としての商人のあり方というべきか。だから事務所や店舗も「修業の場」「道場」という位置づけ。

実はその祖母って「明治時代の有名な政商の【妾の子】」でした。祖母の父は「日本初の産業」をいくつも興した人(この内容が結構意外で面白い)。ま、明治維新後に政治家の手足となって実業界で活躍して日本の近代化に貢献したのだろうけれど、妾は十数人、祖母の兄弟姉妹は30数人いて、祖母は「17番目の女の子」で【十七(とな)】という名前だった。どうも一族は「闇を抱えていた」様な感じで、私の父から言えば、祖母の父は「祖父」にあたるわけだけれど、会ったこともなければ、どんな人なのか一切聞いたこともなかったと。墓参りにも行ったことがないと。その曽祖父の死後は一家離散して兄弟姉妹の横のつながりもない。本家筋もすぐに没落して消えた。でも祖母は今の「御茶ノ水女子大」で当時は日本初の官立女子教育機関「東京女子師範学校」で学び、優秀だったのに、「小学校しか出ていない魚河岸で働く一青年と結婚した」。それが私の祖父で、祖母は魚河岸の仲買人の女将となった。で、その祖母が戦後「焼け野原の新橋で飲食業を始めた」のね。それを嫁に入った母が継ぎ、私のヨメさんが次を継ぐはずだったのだけれど、時代の環境も代わり「廃業」した。

どちらにしても我が一族は「商家」なわけで、「儲けることは絶対」なわけです。

ただ祖母は「儲けるためにはお金を追ってはならない」「何を重視するべきか」ということを長い年数をかけて一族に教え込んだ。

私もそれを受け継いでいて、でも「お金を儲けることばかり考える毎日」を過ごしたこともあるし、ネットワークビジネス(ねずみ講みたいなマルチ)に没頭した時代もあって、それで多くの友人も信用もなくした経験があるのだけれど、でもそれに没頭したからこそ「見えたもの」もあって、それは後の仕事に非常に役に立ったなんてことがあったり。

ま、今の私の考える原点は「要は、笑顔を増やせ」ということで、「笑顔が増えればお金も自ずと集まる」ってことでしかない。「商売の真髄も、いかに客、スタッフ、仕入先、そして関係者の笑顔を増やすか」だと思うし。また「お金は後から着いてくる」ものでしかなくて、また「儲からない」「失敗する」事があったにしても「笑顔を多くつくるのが財産となる」し、それがあれば生きていけるとも思う。

きっとこのブログの読者も「ダボは金亡者だ」「金のことしか考えていない」と思う人も多いと思うけれど、まぁ、それも「ハズレてはいない」わけで、でも私は「笑顔を多く作り出すにはお金が必要」と考えているからでしかない。

投資やトレードの「重要な側面」があって、それは「誰も傷つけることがない」のね。「他人の足を引っ張る必要もない」「嘘を付く必要もない」「自分を大きく見せる必要もない」「誰に指図されることもない」「誰に忖度する必要もない」「競争さえ存在しない」という点。ライバルは「自分自身」のみ。

こういう「儲けることに後ろめたさが全く無い」ということって、世の中を見渡しても私には他のものは見当たらない。

だから気兼ね無くこの道を邁進できるし、また「こういう生き方って良いかもですよ」と広めたいとも思っているわけです。

本当に「自分の実力だけが問われる世界」で、生まれも育ちも性別も学歴も年齢も全く関係なくて、トレードなら世界のどこでも出来るし、景気が良くても悪くても利益は狙えるし、それを始めるのも少額から出来て金持ちである必要もない。なおかつ「利益は青天井」(笑)。というか、その人次第なのね。無限の可能性を私は感じています。

こんなことを書くと笑われるでしょうが、「一族に一人、トレードがそこそこ出来る人」がいれば【一族は安泰】だし、日本国民の数%に「トレードで稼ぐ能力」があるだけで、日本経済は活発化するし、そして皆で「利益のほんの一部を供出する」だけで(税金は駄目。無駄)、とんでもない数の困っている同胞を助けることが出来る。

そして「笑顔が増えて、広がっていく」と私は信じているわけです。そしてこの「思い」を子どもたちに繋げて行きたい。

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