「年寄りが富を蓄えて使わないと、景気が悪くなって、経済が弱まってしまう」って有り得ないでしょう

古いエントリーが表示されているかもしれないので、是非、「投稿日」を確認してください

巷でよく言われるのが、「年寄りはお金を使わずに溜め込む」傾向があるということ。

そりゃそうで、現役時代みたいに「頑張れば収入も資産も増える」ということがないのが普通で、「病気や事故」で医療費が間違いなく上がるし、【インフレ対策】も考えないとならないし、【溜め込むな】という方がおかしい。何かあったら誰が助けてくれるのかと思う。

そして話はこう続く、「年寄りが富を蓄えて使わないと、景気が悪くなって、経済が弱まってしまう」と。

これが当たり前に言われていますが本当ですかね。

「お金を貯め込む」というのもいろいろあって、そりゃ「タンス預金」にしてしまったらそのお金は流通しないから「経済が停滞する」のはそのとおりでしょう。

でも「預金、定期、あるいは株式や不動産」の形になっているのが普通なわけで、【そのお金はどうなっているのか】というと、銀行や証券会社などを通して「個人や企業に貸付、あるいは投資される」わけで、【誰かがそれを使っている】んじゃないですかね。つまり「所有権は関係ない」状態で、そのお金は世界を駆け巡っているってことじゃないんですかね。

「年寄りはお金を使わずに溜め込む」って【所有権】の問題でしか無くて、年寄りの預金も回り回って「消費や投資に使われている」と思うのだけど違いますかね。

私は「お金を使わずに預金する」のも「給料等の収入を得て、あるいは借金して生活費や投資に使う」のも【お金の動きは同じ】だと思う。

年寄りが溜め込まずにお金を使えば、それは「他者の売上」となってお金は回るのはその通りだけれど、「使わずに預金したらお金は回らない」っておかしくないですかね。

私たちの生活の中で回るお金って、「全て誰かの持ち物」なはずで、借金も収入も「同じ様に使われる」んじゃない?

実はこのブログのコメント欄で、30年以上の実際の付き合い、ブログ上の交流がある読者がいるんですが、その方が「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」という書籍を読んで、その件で意見の交換をしたことがあります。そしてその方は「年寄りはお金を溜め込まずに使うべき」という考え方に感心した様子。

でもそれって「子供や孫に使うべき」という意味に取っていると私は思ったのね。

それはそれで非常によく分かるし、年寄りはお金を抱き込まずに、「子供や孫の生活費、教育費、居住費などの援助に使う」のは私も良いと思うし、私も頑張って資産を増やすのは「家族、一族、近しいコミュティー」の【手助けをしたい】と思うから。つまり「使うために貯めている」つもり。ただ「使えば無くなる」から、「ファンド、トラスト」のような形で残して「その運用益を使う」べきだと考えているだけ。

でも「溜め込まずに使え」「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」は「お金の使い方」には言及していないわけで、「家族のために使う」のも「ボランティアに使う」のも「自分の生活や趣味、遊興費に使う」「寄付する」のも【お金を使う】という意味では同じなはず。

もし自分の親や祖父母が「溜め込んで使わないタイプ」だとしたら、「溜め込まずに使え」「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」と子どもたちは思うかもしれないけれど、親や祖父母が「そうか、わかった。じゃぁ、全部、恵まれない人達に寄付しよう」「マレーシアに行ってガンガン使って、使い切るまで余生を楽しもう」と言い出してもそれで良いのかって話し。

それでも「溜め込まずに使え」「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」と思いますかね。

「溜め込んだお金」は銀行や証券会社を通して、世界中を飛び回り、「誰かが使っている」はずで、「景気が悪くなって、経済が弱まってしまう」ってことはないんじゃないですかね。

私はいつの日か「世界に流通するお金の30%ぐらいが日本人のお金」になったら良いなぁと思うくらいで、そのお金の所有者が「日本の年寄り」だろうが「若者」だろうが、「企業だろうが政府だろうが」良いと思う。【所有権は誰にあろうとそのお金は世界を駆け巡る】わけで、「世界の景気が悪くなって、経済が弱まってしまう」なんてこともないでしょう。

また「所有権がある」ということと「使い道を決める権利」はまた別で、お金を銀行に預金して「お金はXXXXの為に使ってください」とは言えない。でも「直接融資や投資」の場合は「使い方はある程度コントロールが出来る」し、それは「このお金は孫の教育費に使いなさい」「家を買いなさい」と譲ることも可能。

そういう意味での「使い方をコントロールする権利を持つ」のは良いことだと思うのだけれど、「溜め込まずに使え」「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」という考え方に「それには言及していない」のね。

ただ「年寄りは金を使え、溜め込むな」と。

Yahoo!ニュース

日本に「新しい階級社会」が成立した──。そもそも階級とは何なのか? これまでのものとどこが違うのか?『新しい階級社会』の…

──資本家が富を蓄えて使わないと、景気が悪くなって、経済が弱まってしまうのではないかという気がします。

橋本 その通りだと思います。お金持ちは、消費しきれませんから貯金します。使いません。その分、社会全体としては消費力が低下します。だから景気が良くならないわけです。つまり格差を拡大すると必ずそういうことが起こるのです。

何億円、何十億円ともらっている経営者だけでなく、たとえば数千万円程度という準富裕層と言うべき人たちも全部は使いきれませんから、半分や3〜4割くらいは貯金してしまうので消費に回りません。貧困層はどうかというと、入ってきた収入のほぼ100%を消費に使います。ところが収入が減ると、当然消費が減るわけです。

だから格差拡大が起こると、自動的に消費は低迷するのです。ここ何十年も日本はほとんど所得が上がっていませんが、これはなぜそうなったのかというと、格差拡大が一番大きな要因だと思います。「格差拡大不況」とでも言うべきことが、ここ20年間続いてきたと言えます。

このケースは「タンス預金をする」としたらそのとおりだけれど、今の時代、そんな貯め方をするのはよっぽどの変わり者だけでしょう。

ただし、やっぱり「直接消費しろ」というのは分かる部分があって、「預金や投資」は「回り回って消費に使われる」こともあるけれど、【巨額のお金が海外投資、海外融資に回ってしまう】としたら「日本としてそれで良いのか」という問題はあると思う。今、大流行の「新NISA」も「半端じゃない巨額の日本人のお金が海外に出ている」と言われているし。それも「ちゃんと利益が出る、全額戻ってくるのなら良い」けれど、「大暴落」でも起きればそのお金は「海外の砂漠に撒いた水のように消えていく」わけで決して良いとも思えない。

でも多くの人は「投資=お金が儲かること」と考えている様子。「日本から海外に出た巨額のお金が戻ってこない」ことを想定している日本人投資家ってどのくらいいるんだろうか。

それを考えると、「お金は日本で消費しろ」というのもわからないでもない。でも「溜め込まずに使え」「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」の考え方に「どこで何に使え」という話は出てこない。

そうだとしても「海外への投資、融資」は「そのお金の所有者は関係なく進む」わけで、もし「老人がお金を直接消費に回したら日本は良くなる」のかな?

私はやっぱりバカかどこかネジがハズレているのかもね。

大多数の人が「年寄りが富を蓄えて使わないと、景気が悪くなって、経済が弱まってしまう」と考えるのに、私にはそれが理解できないのだから。

でもま、「年寄りはお金を使え」というのは【お金の流通する回転率を上げろ】という意味なのはわかるんですよ。要はそこを言いたいわけですよね。それはわかってます。(笑)

「自由貨幣」とか「ゲゼル貨幣」と言われる【持ち続けていると減価するように設計された貨幣】がありますよね。例えば1万円はいつまで経っても一万円だけれど、それを得て1週間経つと1割価値が下がるとしましょう。1ヶ月持ち続けていると半分ぐらいの価値に落ちてしまうとしたら、【慌てて使うしかない】わけで、個人も企業も政府もそういう貨幣を使ったら、「そりゃ回転数は恐ろしいほど上がる」わけで、【お金を貯めるという概念】は成り立たなくなる。つまり「景気が悪くなって、経済が弱まってしまう」というのは「回転率が悪いとそうなる」ってことであって、皆が「使うスピードを2倍にしたらGDPも2倍になる」かもですね。

それを「年寄りのせいにする」のが今回の話の問題点で、年寄りが預金すれば、銀行だってそのお金を後生大事に保管することはなくて、どんどん動かして回転率を上げないと利益が出ないのだから、やっぱり「年寄りのせいにするのはおかしい」と思うんですよね。この場合、「裕福な人が使わずに預金する」にしても「銀行はすぐそれを使う」わけで、「貧しい人はお金をすぐ使う」のと何ら変わらないんじゃないかなぁ。

問題を解決するのには「有効期限付きの貨幣」「減価する貨幣」を発行するのがベストということになりますね。でもま「インフレは【同じ効果がある】」わけだから、まぁ「ただ溜め込む人は損をする」という意味で、好きにやらせておけば良い話だと思う。

また「お金を滞留させてはならない」と考える年寄りが「どんどん投資をして益々裕福になった」としたら、それはそれでまた文句を言われるのかな?

どちらにしても、私が思うのは「溜め込まずに使え」「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」というのであるならば、その前に「歳を取って生活に問題が出たら必ず助けますから」という【大前提の話】をするべきじゃないんですかね。

もしそういう「社会システム」がきっちり出来ていたら、溜め込む人は減るだろうし、税金が高くても文句は言わないのは「東欧の国に見える傾向」だと思うし、当然、教育、医療、そして住居を含む【生活全般の面倒を生まれてから死ぬまで助けます】という【絶対的で普遍の約束】が必要になるんじゃない?

それなくして「溜め込まずに使え」「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」というのは「お金のない人が金持ちにいうこと」か、あるいは「現実を見ない理想主義者」でしかないと思う。

そして私は聞きたい、「そういう貴方は絶対に溜め込まないのね?」と。

もし「自分や家族に大きな問題がでた」としたら【誰か助けてくれ~~~】というつもりか?と。

私には「他人(年寄り含む)のお金を、俺の思う通りに使え」「金持ちはけしからん」と言っているようにしか聞こえないのです。

「にほんブログ村」のランキングに参加しております。是非、応援のクリックをお願いします。