昨日は感情的になって怒りをぶちまけてしまいましたが、今、福島で何が起きているか気にならない人はそれはそれでしょうがない。それぞれの思いもあるし、生活もありますから、自分が思うように生きれば良しですね。
ま、そういうことで私は私でやっていこうと思い、引き続き福島のことで活動を進めていますが、凄い人たちがいるのも知りびっくりしました。
今、福島の原発で危険を顧みず復旧に頑張る人たちがいますが、彼らには本当に感謝しています。何か事故が起きれば死ぬことさえある環境で作業をするのだから想像もできない心労があると思います。
しかし彼らの環境としての安全対策はきっちりしているようで、被曝量もちゃんとコントロールされている。放射能が多いところでは作業時間7分とか。そしてトータルの被曝量がマキシマムになればそれで仕事は終わりで交代。だから交代要員の必要数が半端じゃないようで、それが今心配です。素人が代われる仕事でもありませんから。
ただ、今も放射線量の多い福島の危険区域、本来なら「放射線管理区域」に指定し、全員退避で出入りも制限されるべき場所に何も知らずに生活している人たちがいる。これをどうにかしないとならないと現地入りしたボランティアがいるのがわかりました。彼らは原発で働く人たちと違い、ガイガーカウンターしか持たず、被曝量を見るモニターフィルムさえ無く防護服もありません。そして自分がどれだけ被曝したかはっきり数値もわからない状態で、それこそ決死の覚悟で避難民誘導をしているとのこと。
酷い状態なのも知らず、普通に暮らしている方々もいるようで、一人ひとり説得し、あるいは町長などと談判し、町ぐるみで非難したケースもあると聞きました。またそういう動きが出てくると、近隣の人たちも避難しないとまずいと思うようで、その動きが段々と広がっている様子。
これが政治主導で行われたのではないことが非常に残念です。
私が福島へ飛ぶことは出来ませんし、後方支援しか出来ませんが私も遅れてなるものかと活動を始めています。
これを放置する政府、東電、マスコミ、そして見て見ぬフリをする日本人には恨みのようなものが私の中で蓄積しつつあります。でも、政府も東電もそして他の国民もそれぞれの立場で自分が生きる道を探しているだけなのだろうと思うし、また自分が恨みを持っても心の中にそれこそ放射性物質を抱くようなもので良いことがありません。せめてこの恨みの感情は悲しみに転化し持ち続けることにしようと思います。
しかし、福島へ乗り込んだ避難誘導のボランティアがいるのには驚きました。安全の確保がどうなっているのかわかりませんが、偉そうなことを言う私にはそんな勇気のかけらもありません。ただ彼らの存在を心に留め、出来る限りの支援をしたいと思います。きっと彼らは表に残る歴史の中ではただ余計なことをした連中ってことで記録もされずに消えていくのでしょうし、きっと誰に注目されることも無く賞賛を得ることもないのでしょう。海外からちょっと前のような賛美の言葉を送られることもないと思います。
でも信じることをやらずにいられない彼らのことを私は一生忘れずに、これこそが日本人の心だと信じ、私の心の中に持ち続けていこうと思います。
彼らの存在で私も救われました。
さて、私もがんばらなくっちゃ。