我々のマレーシア行きが遅れている理由

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このブログの常連さんはお分かりになっていると思いますが、私達がマレーシアに行こうと決めたのはちょうどリーマンショックの後でした。

なぜマレーシアかというと、第二の人生とか老後を楽しく過ごすとか、そういう理由ではなくて、経済的理由それだけ。オーストラリアは社会福祉が行き届いている国ですが、それだけに税金が高いんです。日本の消費税に当たるGSTは10%ですし所得税が高い。とは言っても北欧みたいに50%を超えることはないのですが、でもすぐ高率になってしまう。ですからいくら稼いでも国のために稼いでいるという感覚が常にあります。納税時には金策をしないとならないなんて、馬鹿なことも起きてくる。

そしてオーストラリアのインフレは慢性的と言っても良いくらいで、半端じゃありません。私が感じるのはやっぱりシドニーオリンピックの後からのインフレで、一気に来たという感じがします。日本の高度成長時代のようなもの。でもそれは長いインフレの歴史の中の一コマでしかなく、日本のようなデフレはなく、「わが辞書にはデフレという言葉がない」みたいな国。(笑)

税金が高く、インフレ率が高いというのが何を意味するかは簡単にわかるはずで、資産運用で資産を増やすのが非常に難しいということになります。そういう点でオーストラリア人はどうやって儲けているのか私には不思議で仕方がないのですが、もし年率4%を仮定したばあい、税込みでは8%稼がないとならないんですね。8%の利回りでやっとインフレ分となると、では生活費は?となります。

インフレの4%の設定が高過ぎると思う方は、俗にいう「インフレ」しか考えていないからそうなるわけで、例えばクアラルンプールを見ていればすぐわかるように、卵一個、米1キロの価格がどう変化したかなんてのは広義のインフレというか「生活費増」の一部でしかなくて、それだけを見ていてはダメなんですね。世の中はどんどん進化、発展していて、かつては必要じゃなかったものが必要になったり、日本でもそうですが、かつては家で自炊するのが普通だったのが、コジャレたレストランで外食するのが当たり前になったり。旅行といえば熱海一泊だったのがいつのまにかハワイだヨーロッパだ、いやいやロングステイだなんていう時代になる。

こういう動きは将来も続くわけで、3年5年では大きな変化が見れないものの、10年20年先は一体どうなっているかはわからない。少なくとも世界は今までと同じ様にもっと進化し、便利になると考えるのが妥当で、現代は誰でもPCやスマホを持つように、さほど遠くない将来には家庭用のヒューマノイド型のロボットを持つのが普通になるかもしれない。とにかく日本が経験した長いデフレは海外では起きていないわけで、なおかつ生活形態の変化による支出増をプラスすると、インフレだけ考えていてはどうにもならないんですね。そして歳とともに人間は贅沢になる。若い頃は小さなアパートにすみ、ポンコツのカローラで良かったのが、結婚し子供も出来れば家は3LDKじゃ、庭も欲しいし、車はSUVじゃ、子供は裏の公園で遊ばせておけば良かったのが、海外に行きたいだの、留学したいだの言うようになる。

つまり、インフレ率がたとえゼロだとしても、支出増は簡単に3-5%にはなるんですね。これはデフレの日本も同じで、年齢と共に支出は増える。でも給与所得は下がるというとんでもなく恐ろしい状態に日本は陥ったわけで、日本の酷さはかなり深刻だと思います。結婚ができない、子供を産めないのは当たり前だと思います。でもそれに慣れている日本人には、(インフレが当たり前の)海外での生活を簡単に考えているように感じます。。

ですから、インフレと、生活の変化による支出増、社会の進化により支出増を入れますと、とんでも無い支出増になり、私はその3つを全てインフレとして考えるべきだと思っているのはいつもここに書いている通りで、それに打ち勝つことが出来ない限り、長期のサバイバルは絶対にぜーーーったいに不可能。 (笑)

でもそんな高利回りで稼ぐ、あるいは毎年収入を増やすのは簡単じゃないんですね。当たり前です。そしてなおかつ国には半分持っていかれるとしたら、何のために頑張っているのかわからなくなります。こういうストレスがオーストラリアでは常態化しています。でも子育てがありますから途中で逃げることなんかできませんし、どうにか子供を育て上げるまでは頑張ろう、我慢しようと思ったわけで、これはどんな家庭でも同じだと思います。

そんな時に、子供がそろそろ学校を卒業するのが見えてきたのがリーマンショックの頃でした。ここで生活を変える大きなチャンスが到来したと私は感じました。ゴールドコーストで3つのインフレに対して戦ってきましたが、実はその支出増に私は勝つことは出来ておらず、どうにか作った飯の種である運用資産は毎年毎年、額面で減る。そして価値は目減りしていくという非常に恐ろしいことから逃げることを考えました。これは近年のインフレが凄かったことと、子供が大学、大学院へ通うという半端じゃない支出が重なったことも原因の一つ。

子供への支出がなくなるのは大変喜ばしいことで、それがなくなるだけでかなり助かります。でもま、それでも資産価値を保つ程度のトントンの生活しか出来ず、普通の投資をしていたら過去の資産減少に対するリベンジは出来ないんですね。かなりリスクを取らないとダメなわけですが、もうヨイヨイになる時期が目前に迫ってきているのに若いころのようなことはできません。

だからマレーシア行きを考えたわけです。収入が同じだとして手取りはほぼ2倍になります。なおかつ生活費が安いとなれば今までのマイナス分を取り返せるかもしれない。ましてや自宅を現金化しますとキャッシュフローは倍増しますので、かなりのスピードで過去のマイナスを取り戻し、将来に対する蓄えもできることになります。マレーシアに行くだけでそれが出来るのですから、行かない手はありません。

で、ここでは自宅を売るというのが大前提になるわけで、デカイだけで金食い虫の自宅をそのまま放置してマレーシアに行くことは出来ません。またレントに出せるタイプの家でもないのです。もしレントに出すとしたら小さな家が一件買えるような補修費が必要で、自宅ではなくなりますので税金も高くなり、コストが跳ね上がります。そんな家を借りる人がいるのか?と思うわけで、やっぱり売るしかありません。でも一般的なローンを組んで買うような家ではなく、叩き売るにしても簡単にはいかないのです。これは日本の都心部にそれなりの一軒家、不動産を持っているような方も同じだと思います。ただ我が家には金食い虫を放置したままに出来る余裕はないし、そのまま海外に出てもメリットは半減します。というか、支出増になりますからマレーシアに出る意味が無い。

こういうことを書くと自慢話になるようなので今まで書きませんでしたが、こういう状況を説明しないと、さっさと行動に移せばよいのにとか、家は売れる価格で売れば良いとか思う方も多いと思いますので、この際、書くことにしました。

でも実際には叩き売るしか無いのが現状で、ましてやすぐにマレーシアに行くつもりで、それまでの中継ぎで6ヶ月毎の短期契約で借りている今のコンドミニアムの負担もかなりの額になりますので、もうこれ以上この状態を続けられないところまで追い込まれています。お尻に火がついた状態。(笑)

現状をいかに打破するかに関しては、先日の親子3人でスカイプを使った朝まで討論会で一つの方針が決まりました。金勘定とシミュレーションはその方面のプロである(まだ若い)次男坊が試算を出し、方向性を3人で決め、実行隊長は長男。優柔不断で身動きがとれなくなっている私は彼らの指示に従うだけとしました。

ですから、この日記にいつも書いている将来はどうするとか、永住権がどうじゃ国籍がどうじゃ、マレーシアの後はどこで住むとか人生の終わりはどこが良いかなんてのは二の次の話。でもその永住権・国籍の話は重要で、どうにかするとしたら今しかなく、後で変更はできません。またオーストラリア国外に長期で出ていますと、その永住権さえ捨てることになります。

これは決して簡単に済む話じゃなくて、ゴールドコーストを故郷だと思っている長男、また世界で一番ゴールドコーストが好きだというヨメさんに取ってはおおごとなわけです。でも「やりたいこと」と「できること」は違いますし、また「やるべきこと」と「やったほうがよいこと」がありますから、その中で家族全員に取っての妥協点を探すしかありません。ここは無理強いは出来ないところで、マレーシア行きを決定しただけでさえ、乾癬という摩訶不思議な病気(ストレスが原因だと言われる)にヨメさんは罹ってしまい、酷い時には足の裏が割れて出血し歩けなくなるぐらい。でもヨメさんはマレーシア行きを仕方のない事だと諦めていますし、その方向で動いていますが、後にこれがどんな災いとなるかは誰にもわかりません。

かと言って、ヨメさんがいつもいうゴールドコーストに住み続けたいということが本当に出来るのかどうかは別問題なんですね。彼女はゴールドコーストが好きなのであって、では次男坊がシドニーだからシドニーでも良いとかそういうことではないのです。また次男坊とていつまでオーストラリアにいるかもわからないわけで、長男とて同じ。そんなところで英語もろくすぽわからないままのヨメさんが、私が先に逝った後に一人で住めるわけがないんですね。要はわがままを言っているだけ。でもそれを無視するととんでも無い病気になる。(笑)

また国籍を変えるのは考えるべき解決策の一つですが、パスポートも変えMM2Hも取り直してとか、保守思想が強く日本男子であることを重要視し、そこにプライドとアイデンティティを持つ我々にはオーストラリア人になるなんて簡単に決められることではないんです。またそれを選べば日本に行くのにビザを取得する必要が出てくることになり、ロングステイもままなりません。つまり最後は日本でという選択肢を捨てることになる。また東京にある先祖からの墓も気になるわけで、私のオヤジも長男のくせして海外に飛び出し、後は頼むと気軽なことを言っています。(笑)

では二重国籍は?という考え方があるわけですが、本来二重国籍というのは存在しないんです。日本人が海外の国籍を自らの意志で取得した場合、自動的に(法律的には)日本の国籍を喪失してしまうから。でも事務手続き上では、日本国籍を自らサレンダーしない限り戸籍は残るんですね。だから日本のパスポートは持ったままという人は少なくない。もちろん違法です。これを俗に二重国籍というのですが、そんなことを普通しますかね?そんなことまでしないとならないと考えている自分は、そもそもどこか根本的な計画に過ちがあるんじゃないかとフト、我に返るわけです。

ま、あれじゃこれじゃと八方ふさがり感はあるのですが、そんなのは私の人生では昔から同じで、どこかに解決策はあるんじゃないかと思っています。諦めたら終わり。

普通なら、マレーシア行きを諦めるんじゃないでしょうかね。行きたければ観光で行けば良いと。でもマレーシアに行きたい理由は観光じゃなわけですから、全くそれは意味がありません。またゴールドコーストに居続ければ、普通に生きては行けるだろうけれど夢がない、というか大きな飛躍はない。これって二十数年前に日本脱出を考えた時と同じで、知り合いもいない、仕事もない、何もない状態で日本を飛び出したわけですが、ま、あの頃と内容は違うにしても八方ふさがり状態は同じだと感じます。でもそこで諦めなかったから今がある。天から降ってきたチャンスでもご褒美でもなく、もちろん流されてここに辿り着いたわけでもなく、我ら家族が一丸となって自分達の力で人生を変えたという自負があります。だから今回も同じで、そう簡単に諦めたり妥協はできません。

ましてや、我々が行くのをKLで首を長くして待つ90近い両親に最後の親孝行をするのは、私の最優先課題。そもそも彼らをKLに行かせたのは私達が行くと言い出したからなわけですし、私が赤ん坊の頃、愛情一杯で腕の中に抱きしめてくれた親を、今度は私が抱きしめたまま送ってやりたいのです。それが出来ないのなら人間をやめたほうが良いくらいに思うのです。

どこかにブレイクスルーはあるはず・・・・・・・・・

 

 
    

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