このブログをやりながらいつも思うことがあるんですよ。
「余計なことは書かないほうが良いかな」って。
生き方や考え方に切り込むことも多いのは読者はご存知でしょうが、私が「わたしの考え方はこうだ」と書くとそれを面白くないと思う人も結構多いんです。
誰しも自分が正しい、これで良いのだと思っていることを否定されれば面白くないのは当たり前。でも私にするとそれぞれの読者のことが分かるわけでもありませんから、「貴方は間違えている」とは書けない。でも中には「自分が否定されている」と感じる人も少なくないのね。
そもそも他人に「貴方は間違えている」なんて言えないわけで、たとえそう思うことがあっても「個人の自由」を無視してはならないわけです。だから「私はこう思う」とか、「こういう傾向がある人はこうなるのを見てきた」と書くわけですが、それでも反発は少なくない。
「ダボってバカだなぁ」「一面しか見ていないんだな」じゃなくて「俺を否定している」と感じる様子。
ここで頭に血が上る人は、「心のなかにある不安を指摘されたから」かもしれないと実は思うこともあるんですが、実際の所、「クソジジー、早く死ね」なんてメールを貰ったこともあるし、見ず知らずの方から「私は違う」と言い訳みたいなメールを貰うこともあります。「私の考えはこうだ」じゃなくて「私は違う」と書いてくるこの微妙なズレを不思議に思うことがあります。
また女性に多い傾向も間違いなくあるのがわかっていて、「自分の子供を否定されたときの反応」と同じ反応が結構ある。この辺は自分のヨメさんも同じで、「他人の話を自分と照らし合わせながら聞く」のね。話を聞く時に「ウンウン」とうなずきながら、あるいは「首を傾げながら」聞くタイプのひとって結構多い。映画やドラマを見るとそれに「自分を重ねて見る」傾向があるのと同じ。
これは決して悪いことじゃなくて、「子育て」では非常に重要な本能から来ていると思うんです。だから他人にでも「心を合わせて同調できる才能」でもあると思うんです。
でもこれが自分の認めたくない方向へ動くと「自分の好きな俳優を悪く言われたときの【ファンクラブの会員】と同じ反応」をするんですね。自分の子供を悪く言われたのと同じ反応。
マレーシアのことをちょっとでも批判的に書いたら叩かれるという風潮は数年前まで凄かったです。「物価が日本の3分の1ってことはないだろう」なんて書こうものなら集中攻撃にあうこともあった。「マレーシアの治安は悪い」なんて書いたら大変です。「何を言っているんだ、日本でも危ないところはいくらでもあるだろうが。お前はマレーシアのことなんかわからないくせに」と反発する人が多かった。
自分が好きなもの、好きなことに同調しないと攻撃するという、まさに「ファンクラブ的な言動」が多かった。今でもそれは同じで、「貴方はそう思うの?」ではなくて「そんなことはない」と頑張るのね。
ま、事実がどうであるかは「目の不自由な7人が【象】を説明する」のに似ていて、「事実はそれを見る人の数だけ存在する」と私は思うのだけれど、「同じ考えを持って欲しい」という気持ちが勝っちゃうんでしょう。これも人間として誰にでもある反応ですが、私たちはもう16,7の若者と違うわけですから「自分から離れて見る、考える」「立ち止まって他人の言うことも聞いてみる」ことが必要だと思うわけです。
群集心理も似ていると思うのですが、ファンクラブの中で遊ぶのは間違いなく楽しいし、それは私も同じなんですが、冷静な自分も残しておかないと、「日本が戦争に向かって進んでいった」のと同じことが起きるんですね。リンチも同じ。
またダボは大げさなことを・・・って思うでしょうが、前にも書きましたが、まだ私がマレーシアに上陸もしていない、誰にも会ったことがないのに「ある大きなグループの中で私の排斥運動が始まった」ことがあったんですよ。びっくりしましたよ~~~。中心人物の主張は「ダボはこのグループを壊そうとしている」ということでした。
その時は「そんなことがあるわけないじゃないか」と動いた人も結構出てきましたが、こういうことが簡単に起きるのね。
また「Aさんに騙された。Aさんはとんでもない人だ」と言い出した人がいたのですが、「一体何があったの?」という方向に動かずに、「ええ~~、Aさんはそんなことをしたんだ。許すべきじゃない。」といい歳のジジババが動き出したんです。それに火が着いてやっぱり「Aさんの排斥運動」が広がったことがありました。
私はこういうのを見て知らん顔できる性格じゃありませんから、「一体何があったのか、Aさんに聞くこともせずに排斥するなんてとんでもない」と主張した所、「ダボはAさん側の人間だ」と烙印を押されました。(笑)
私もそう簡単に引っ込みませんから「これはリンチだ。審議なしの死刑判決だ」と応酬。(笑)
「そうそう、Aさんの言うことも聞かないと」という人も出てきて結構荒れました。でも結果はAさんは除名。
私は「やっぱりマレーシアにある村社会もこの程度なんだ」と確信した一瞬でした。
その後、私は見ず知らずのAさんの連絡先を調べて電話したんですよ。そうしたらなんとAさんは泣きながら「死にたい」という。
良い年寄りが集まってファンクラブを作り、気に入らないやつはリンチに掛ける。同じような歳の仲間を「死にたい」というまで徹底的にやっつける。最低ですよね。でもねぇ、こういうことはゴールドコーストでもあったし(ヨメさんが日本人恐怖症なのはそれが理由)、大なり小なりどこででも、小さなグループでも「普通に起きていること」でしかないんですね。
またAさんに関する事件の後日談ですが、私が反論した時に(上に書いたように)「そうそう、Aさんの言うことも聞かないと」という人も出てきたわけですが、ある日その女性からメールが来たんですよ。「ダボさん、申し訳ないけれど、私が書いたあのコメントは削除させてもらいます。ご理解ください」と。
一体何が起きたのか想像するのは簡単ですが、この村社会の闇はかなり深く恐ろしいと思いましたっけ。
そういうことが今回私が書いたこととどういう関係があるかという点ですが、もうお分かりになりますよね。
こういう心理の動きがあちこちにあるってこと。私に言わせれば「ファンクラブ症候群」と言いたいくらい。
だからブログには「当り障りのないことを書くのが一番」と考える人も多いのね。これはマレーシアに限らず、世の中はそういうもんだと考えている人は多いはず。「政治と宗教の話はしないほうが良い」という人は多くいますがそれと同じで、「触らぬ神に祟りなし」「見ざる聞かざる言わざる」を実践する人は多い。
私が日本から脱出しようと決心したのはまさにそういう「小利口であることが求められる日本」が嫌だったからなんですよ。海外とて同じようなことはあるけれど、オーストラリアは少なくとも「個人が個人であること」が尊重されるし、「他と違うことが重要視」される。逆に何も主張しない、ニヤニヤ笑うだけ、他と同調するだけ、ありきたりのことしか主張しないってのは「そこに存在しないのも同じ扱い」を受ける。
ま、その辺のオーストラリアの印象は人それぞれだと思いますが、アメリカも同じで「自己主張が強すぎる傾向(笑)」があるのを感じる私はまだまだ日本人的なんでしょうが、私には生きやすかったし日本的な陰湿さはありませんでした。
でも「日本人の中」にはいると突然、「村社会の掟」が出てくるのね。(笑)
私はそんな掟(日本の常識)なんか無視しますし、なんだかんだそんな感じで、私の言動、考え方ってやっぱり変なのかもしれません。子供の頃からそれを父親にも言われて育ちましたし、「人格否定」は毎度のことで、そのうち自分自身も「生きている価値がない」と思ってそのまま大人になり、今に至っていますから、64歳になってもトラウマに苦しんでおります。(笑)
ということで、私の書くことって「なんか変」なのだろうとは思っています。でも黙ってみているだけで「勝手にすれば~~~、お前がどうなっても俺には関係ないし~~~」というのは出来ないのです。
でもね、まだまだ話は長くなりますが(笑)、ゴールドコーストでこんなことがあった時には私も考えてしまいました。
当時、日本から夢と希望に溢れて「舞い上がったまま」の人が次から次へと来ているときのこと。
自分だって来た当時はそうでしたからその気持は良く分かるんですが、前にも書いた通り「起業ビザ」で来る人が多くて(退職ビザではない)、それぞれが「起業して儲けよう」と思ってるのね。でも考えることは大体同じで(笑)、誰しもが考えることってあるんですよ。でもそれぞれが生きてきた分野で頑張る人もいた。
ある超大手、超有名企業のプログラマーをやっていて早期退職で退職金をごっそりもらった人が来たんですわ。当時私は現地で知り合った人たちとグループみたいなのを作って、新しく来た人たちのフォローをしていたのね。またそういうグループを探してコンタクトを取ってくる人もいたわけです。
「どんなお仕事をする計画ですか」と聞いた所、その人は「壮大な計画」を話し出しました。ところが起業経験もない人で、友人と顔を見合わせちゃったわけです。こりゃ危ないと。
私もまだ若くてバカでしたから「夢が大きいのは良いですが、計画を見直したほうが・・・」みたいななことを言っちゃんたんですね。するとその人は激怒なんてもんじゃないくらい怒り出しまして「あなた達に私の夢を壊す権利があるんですか!!」みたいなことを言い出した。
好きなことをやればよいのが大原則ですから私はすぐに謝りましたが、後日その人がそこそこの規模の会社を設立し事務所を借りたことは風のうわさで入ってきました。でもなんとたった半年もしないうちに、その人は消えていったんです。このスピードは新記録。(笑)
こんな話は山のようにあって、またそういう人たちを煽って儲けようとする人たちもいるんですね。酷いなんてもんじゃないですよ。500万円の価値しか無いような湿地を2億で売ったり。こういうのは個人だけじゃなくて進出してくる企業も同じで、かなり高額な詐欺、詐欺まがいのことが起こっていました。
こういうのって誰しもが通る道だから面白いんですね。
私も同じで、ゴールドコーストへ渡ってすぐに小さな会社、オフィスを立ち上げたんですよ。その時に知り合った日本から来た公認会計士と友人になって、良く飲みに行ったり、家でパーティーをしていたんですが、ある日飲みに行った時に彼が言うんです。「ダボさん、悪いけれど貴方の仕事に将来性はない。止めたほうが良いかと」って。(笑)
私は激怒こそしませんでしたが、そりゃ面白くありませんでしたよ。お前に何が分かるんだ?って思いましたし。
でも元々の性格が慎重派というか気が小さいですし、右も左もわからないゴールドコーストでそうそううまく行くはずもないと思っていましたので、投資も雇ったスタッフも最小限にして、「市場調査」に力を入れたんですわ。また市場調査そのものがお金を生むような企業アシストとか。
でもやっている内に段々とオーストラリアが見えてくるんですね。独特な習慣やオーストラリア人の特性もわかってきた。で、「こりゃだめだ」と大幅に進路変更して「日本からの中古車輸入販売」と当時規制緩和された通信の世界に飛び込んで「電話関係」に注力しました。
でも周りの日本人たちがことごとく失敗するのも見ていましたし、「俺は大丈夫だ」なんて馬鹿なことは考えませんから、自分の市場の見通しが悪くなってきた瞬間に会社を売って逃げました。「逃げ足の早さ」には自信がありました。わけもわからない海外でそう簡単にうまくいくなら、皆大金持ちですもんね。
ま、その後は「趣味」としか言いようがないトレードの世界にどっぷり入って紆余曲折の末、どうにか生き延びている程度。
こういうことがありましたので「たった一言が他人の人生を救う」ことも間違いなくあると実感したわけです。そもそも私は「なにもない所」が出発点でしたし、一応W大学ですが大学では何も得ることはありませんでしたし、うまくやっている人を真似たり、失敗した人たちの観察から「自己流」を作っただけです。全ては「他人様から頂いたもの」を基礎にしてきました。
私を可愛がってくれて助言をくれた人も多くいたし、トレードにしても同じで、私の人生って他人から貰ったモノの塊でしか無いんです。
どうにか幸せに生きて来ましたが一つ心残りがあるんです。私は大きな組織って取引先としてしか知らないし、自分は中小企業どころかバクテイア企業みたいなレベル。その中で「人を育てることはできなかった」ってこと。野良犬みたいなもんですから「仲間」はいても、育てることは無かった。そしてですね「仲間を救うこと」もできなかったんですよ。自分には力がないから「見ていること」しかできなかった。これが心残りです。私は「他人に育ててもらい、救ってもらったことは何度もある」のにも関わらず自分はそれをできなかったんですから。
ですから私が知り得たことは「小さなことでも」公開したい、誰かの役に立ちたいという思いが強いんです。そしてそれだけが私を育ててくれた人たち、社会、環境に対する恩返しだと思うから。
でもそれは「余計なおせっかい」なのかもしれない。知らん顔している方が良いのかもしれない。そんなことを考えながらいつも書いていますし、「ジジー死ね」とか「優しくあれ」なんて反応が来るとかなり落ち込むし考えてしまいます。
もうこんなことを書くのは止めようかと・・・。
そんな時に、フト、このブログが登録されているブログ村の「統計ページ」を見てびっくりしました。
こんな訳のわからないことを書いていた二日間ですが、「クリック数」がいつもの2倍もあったんです。
皆さん、有難うって心の底から思いました。信じられないと思いますが、本当に目が潤んできました。
メールもくれない、コメントも書いてくれない。でももう止めようかと悩んでいた時に「良かったよ」と意志表示をしてくれる人がこんなにいたんだと嬉しくなりました。
おかしなジジーだというのは自分でも自覚していますが、これからも今まで通りにやっていこうかと思った瞬間です。
でも書き方、言葉の使い方には気をつけようと思った。(笑)
皆様の声なき声に感動しました。どうも有難う御座います。m(_ _)m