最近の若い人たちの活躍って凄いものがありますね。
ベンチャー投資企業から資金を引っ張るとか、M&Aで自社を大きくしていくなんて「普通に行なわれている」感じがして、私が若い頃とは「別世界」の感じがします。
皆さん「横のつながり」を大事にしていて、また「ネット社会」をうまく利用している様子。そして「皆で大きくなろう」という意識が強いのを感じます。ま、「利用できるものは利用しよう」というだけのことでしょうが。
そういう意味で「独立心旺盛でやる気のある人達」を応援しようという動きも始まって、「マネーの虎」や「Real Value」のような番組や組織が立ち上がり、諸先輩、経験者の助けを借り、また仲間の力を結集して「皆で伸びよう」という考え方が広がっている。
Real Valueという番組を見ていて思うことは、「経営者としての基本知識も得る」というところに重点を置いているのがわかるし、それが素晴らしいと思う。良い商品・サービスやアイデアもあり、やる気満々でも「計画が杜撰」「資金管理も出来ていない」なんてのが私が生息していた「弱小の世界」では昔から普通で、今では昔の「どんぶり勘定の世界」からの【脱却】がコンセンサスとして定着しつつあるのも凄いと思う。
でもねぇ、そういう「良いところ」がいっぱいあるけれど、「REAL VLUE」を見ていると「なんか違うんだよなぁ感」をいつも感じるのね。
「勝てば官軍、負ければ賊軍」なのは間違いがないものの、「会社が大きい、売り上げも利益も凄い」というのが【絶対的な善】であって、皆がそれに向かって猪突猛進している感じが非常に強いのね。そしてその価値観で「他人を評価する」し仲間内でも「ヒエラルキー」がある。
【何のために金を儲けるのか】の大事なところが「欠落している」様に私には見えます。
ただ「何のために会社を始めたのか」「何のために大きくし儲けるのか」は【個人の価値観の問題】であって、それは人それぞれだからあえて「それにはタッチしない」のかもしれないけれど、それは「良い見方」でしかなくて、「とにかく儲かることをしないとならない」という【絶対的な価値観】があの中にあるのを感じます。
「大志を抱く」のは非常に重要だと思うけれど、その大志を「会社の大きさや儲けた金の額で測る」ようなところがある。「目標額」が小さいと皆にバカにされるって異常。
だから「夢を持って事業を始めた若者」がいて、彼は彼なりに頑張っていてそれなりに実績も出していたとしても【君のようなやり手なら、もっと儲かる事業をするべきだ】なんていうアドバイスをする。
ここがあの番組のおかしなところだと思うのね。「事業を行う目的はそれぞれ違う」のに。
それを言ったのは「青汁王子」なんだけれど、やっぱり「軽いやつだな」と思った。どれほど彼の事業が大きかろうと、儲けていようが、「違う価値観で自分が進むべき道を見つけて頑張っている若者」に、「もっと儲かることをやれ」ってバカと言っても良いと思った。
そういう雰囲気が「Real Value」にはあって、子供の頃に思う「社長になりたい」「お金持ちになりたい」「有名になりたい」のが【そのまま大人になった】ような人達の集まりに感じることがある。
私がかつて「ホリエモンを嫌いだった」のは彼の若い頃からそれらしきものを私は感じ取ってきたからで、彼は「グレーゾーンに手を出して何が悪い」という考え方も持っていたし、今の彼は「日本のためを真剣に考えている」ようには見えるのだけれど、あまりにも「会社を大きくする、儲ける」ことに執念を燃やしていて、【彼の芯にはそれしか無い】ようにやっぱり感じる。
もちろん「夢を実現する」にはお金なんて「いくらあっても足りない」わけで、だから「大きくなることは重要」にしても、【その価値観が全て】で、自分がそうであることは構わないにしても、他人をもそれで測るって私は違和感しか感じない。
本当に世の中って「勝てば官軍、負ければ賊軍」で、事業もまともに出来ない、金も作れないひとに限って、今の私みたいなことをいうのが常だけれど、私としては「自分はこの世に生まれきて、一体何をするべきか」の考え方に価値を感じるタイプで、「儲けるのが善」みたいな考え方には嫌悪感さえ感じる。
「金を最重要視する人」って「金で変わる人達」ともいえるわけで、そんな人を信頼して一緒に仕事ができますかね。夫婦親子間も同じで、「金亡者」が家族の中にいたらうまくないと思う。でも人はだれでも「環境によって変わる」から難しいんですよね。でも最初から「金、金」言う人と私は付き合おうとさえ思わない。このブログの読者との付き合いもそうで、「最初から金の話ばかり」する読者とは距離をおいています。
「儲けることを否定」するわけじゃないのだけれど、例えば「私は総理大臣になりたい」という人がいて、なぜ「総理大臣になりたいのか」が何よりも重要で、「総理大臣になることが目標」じゃただのバカなのと同じようなものを感じる。
誰が何を考え、何を目標とし、何をするのかは「その人の勝手」なのは間違いがないものの、世の中に影響力がある成功者たちが集まって「儲けることが善」だと公に向かって、そしてこれからの将来がある若者に「勝てば官軍、負ければ賊軍」と声高らかにいうのって、「世も末」だと思うんですよ。
ま、ああいう番組は「金亡者だけが見る番組」だと思えば良いのかも知れないけれど、あの番組に出てくる若者の中には「金とは別のところに価値を感じ、それをどうにか大きくし広げたい」というやる気も実績もある若者も出てくるのね。こういう時に問題が出てくると思う。
でもアドバイザーの立場の運営側は「それって儲からないと思うよ」「その分野は難しい。無理だね」とか「君なら違うことをすべきだ」と言う。たとえば「私は野球に人生を賭けたい」という熱血漢に、「アスリートになったほうが良いんじゃね?」みたいなアドバイスをするかって話し。「どうしても愛する彼女と結婚したい」という人に、「違う人の方が良いと思うよ」ってアドバイスしますかね。
「Real Value」にしても「虎」にしても、運営側の人達は【実績を作った人達】なのは間違いがないけれど、みなさん「どう?俺って凄いでしょ?」と酔いしれているように見える。だから他人に自分の価値観を平気で押し付けるのだろうと思う。
「金が無ければ何も成し遂げることは出来ない」のは事実だとしても、「金儲けが全てである」ような異常さをあの番組に感じる。
でもま、ある意味、彼らは「戦士」とも言えるし、「戦いに勝つことが使命」と信じているだろうし、そういう人達が増えれば経済も活発になり国も繁栄するのかも知れないけれど、なんだかなぁと私は感じるんですよ。
誰しも「豊かになりたり」「幸せになりたい」と思うけれど、「お金」はそれの【一部でしか無い】わけで、「それのみが大事」みたいな考え方は異常だと思う。でもま、「お金は原点」であるから、「まずはそれを得ることを第一優先にしよう」という考え方はわかるし、「お金はいらない」という人はいないはず。
こんな風に思う私って時代遅れなんですかね。おかしいのかなぁ。
臭い言い方だけれど、私だったら【道のりは長い】のだから「ものかねじゃない、もっと大事なものを重視する熱い心を持った仲間達」と道を歩んでいきたいし、あぜ道に咲く花を愛でながら、埋もれているお地蔵さんがあれば綺麗にして手を合わせ、汗をかき働く人達と休憩時には一緒にお茶を飲みながら昔話や武勇伝を聞き、村人たちが集まって作業をしていれば手伝ってみたり、そこらで遊び回る子どもたちには自分が見てきた世界の話をしてみたり、別れ際には「またいつでも遊びさ来てけろ」なんて言ってくれる人達に手を振りながらまた新しい道を歩いていきたい。
やっぱり「結果は大事」だけれど、「その道を歩くことそのものに幸せを感じる」ような人生でありたいと私は思う。
「金は天下の周りもの」で、非常に重要だとは思うけれど、価値観をそこに置いた人生って最悪だと思う。
それを「阿修羅の世界」と呼ぶんじゃなかろうか。
私が「お金は重要」と考えるのは【お金がないことによって壊れるものが多すぎる】と思うからで、でも「お金で幸せは買えない」のは当たり前じゃないですかね。
そんなことを感じたこの「Real Value」。


