私は常々、「ガチホ」なんてお話にならないと書き続けてきましたが、前に「時代はかわったのかもしれない」とも書いたことがあります。
それは「株式市場は企業、投資家だけのものではなくなった」からであり、つまり「国家、国民の生活も株に密着している」ように変化してきたから。それは「国家そのものが株式市場に投資をしている」のと「個人年金が株式市場に大きく依存している」ということ。
つまり、昔で言う、暴落しても「金持ちだけが損する」という状態ではない。
暴落は、もう投資家だけの損ではない 。2008年以前、暴落は投資家の損で済んだ。今は、国家そのものの損になる
1 国民の老後
米国の401k、 日本のGPIF。 年金の運用の半分近くが株で 暴落は「投資家の損」では なく 「国民の老後が消える」 話になった。 政治が放置でき る相手ではない
2先端技術への投資
AI・半導体・データセンター の何兆ドルという投資は、株 式市場の時価総額を元手に回 っている。株が崩れれば資金 が止まり、 技術競争から脱落 する
3 国家間の覇権
世界のお金が米国市場に集まる から、ドルと米国の金融覇権が 保たれる。 軍事もAIも、その資 金力の上に立っている。 株式市 場が先に崩れた側が、 国家覇権 競争に負ける株式市場は「投資家の市場」から 「国家の生命線」 に変わった。
だから国は、株式市場を見捨てるという選択肢を失った。 2008年のQEも、2020年の給付も、2025 年の関税停止も、投資家への優しさではなく国家の自己防衛
株価はもう景気の温度計ではなく、 国家の心電図。 止まりそうになれば、誰かが必ず動く
とまぁ、こういうことなのは、歴史を振り返ってみると【暴落後の回復の年数が短くなっている】のは間違いがない。
これって「政府によるポンジスキーム」みたいな感じもするのですが、「株価が高ければ皆がハピー」だからこのまま続いていくんでしょう。
これは一般投資家にとっては良いとは思うものの、「暴落がなくなったわけではない」し、「過剰依存、レバレッジ投資」のリスクは高いまま。また「株式投資は安全」という考え方が広まると、そして「上昇が長く続く」と「過剰依存、レバレッジ投資」が増えるのはいつものことなので注意が必要。(レバレッジ投資とは、FX、不動産投資(ローン利用)、レバレッジ型投資信託(ETF)、信用取引など)
私が思うのは、「もう、ここまで来てしまったのか」という印象ですかね。国家は「そこまでやらないと繁栄を維持できない」ということだと思うし、「花火大会は最後に一番大きな花火を打ち上げる」のと似たようなものを感じます。
つまり、「国家が株の高値維持ができなくなる時」を考える必要があるわけで、「国が支える」という基盤が持ちこたえられないような時は、想像を絶するような大惨事になるだろうということ。実は今でもその「危険性」はチラホラ見えているように思っています。
それは「終わりのないインフレ」という形で表面化するだろうと思っていて、それに対処できるか出来ないかで「明暗が分かれる時代」になるかもね。今までの長い歴史の中で大きな覇権国が消えて行くときにはいつも「同じパターン」だったはず。
また「暴落は長くは続かない」にしても、「ヨコヨコの動きで上がらない状態」も考えるべきで、私としては「常に投資の成果を出す必要がある」と考えますから、「値動きがどうだろうと利益を出せる状態を維持しよう」という考え方に変更はありません。
だから「流れに乗る」という大原則はそのままですし、「雨が降れば傘をさす」「雨が降らなければ傘はささない」方針で行くだけのこと。「予想」をしなければ仕事が成り立たない大企業や機関投資家とは「立場が違う」ので、「気楽に流れに乗ろう」という感じ。
最近、よくある「投資すべき株式」の中身を見ていたのですが、中には実際に「それなりの実績を出しているアドバイザー」も存在するのがわかりました。でもま、「株式市場が上昇気流に乗っている時」にはそういう【アドバイザーは雨後の筍のように出てくる】のは毎度のことで、でも【無視する必要もない】のであって、彼らの「推奨銘柄」は【注目銘柄】として見続けるようにして、【上昇トレンド】なら買う、【下降トレンドが見えたら降りる】ようにすれば良いだけのことと思っています。
それを考えるのにベストなのがまさにキオクシアで、何十倍にも短期間に値上がりしたものの、「皆が大儲けしているか」というと全く違うわけで、「買わなければ良かった」と考える人たちは「かなりの数」と思って間違いがない。
でも私自身はそれをやる「余裕がない」し、「デイトレ、超短期売買」を基本にして【効率をどう上げるか】で頭は一杯です。でももし私が40代、50代、あるいは「一般的な仕事をしている」場合には「推奨銘柄に注目してトレンドに乗る」方法を無視することはないと思います。
問題は、「株式やインデックス、デイトレも含めて、そういう投資は一切しない」とどうなるか。
本来は「自分が進みたい分野に全力投球するのが良い」と思いますし、「自分のスキルをまず磨くべき」なのはその通りですが、【本当にそれだけで良いのかどうか】に私は疑問を持っているし、逆に「副業としてのデイトレは必ずやるべき」ぐらいに思っていますし、「二足の草鞋を履く生き方」は今後も重要だと思うし、私は「予備の草鞋をもう一つ持って三鞋体制でも良い」ぐらいに思っています。
ただし、60代半ば、70代だとしたら「逃げ切り」を考えるのがベストだと思うし、「今から新たな投資に手を出す」のは難しいと思っています。ただ余裕があるなら「デイトレに挑戦」は大きな資金もいらないから良いかもしれなくて、でも「とりあえずやってみる」程度なら【やらないほうが良い】と思っていて、「しっかりしたチャートを作り、トレンドフォローに徹する」としたらチャンスはあるんじゃないですかね。
どちらにしても「自分の人生を、自分が出来ることだけにフルベットする時代」はもうとっくに終わっているという考え方。
これは「投資で生きる」場合も同じで、「投資にもいろいろある」「売買手法もいろいろある」わけで、「投資の中でも2,3種類の生き方を考えるべき」だと思うし、私も「外債投資」と「デイトレ」という【二本の柱】があるし、それプラス「違うデイトレの方法」もプラスして【老後を生きる】ことを模索しているのはいつも書いている通り。
ま、同じラーメン屋をやるにしても「ラーメン、餃子、チャーハン」のどれを取っても絶品、みたいなのが理想。(笑)