私がなぜいつも「デイトレを勧めるのか」に関してちょっと書いておこうと思います。
世の中には本当にいろいろな人がいて、「頭の良い人」「仕事も出来る人」「経営能力もある人」「実際に稼いでいる人」っていくらでもいるし、【自分もそういう風になりたい】と努力する人は大勢いる。
でもなかなかそうなれないし、努力も続かない、諦めてしまうことが多い。
まず私自身のことを書きますが、実は「私も本当に駄目なやつ」なんですよ。これは子供の頃からそうで、「お前は駄目なヤツ」と言われ続けてそれが「自分の思い込みにもなっている」のかもしれないけれど、「劣等感の固まり」「自信喪失」「居場所がない」「生きることが苦痛」でした。でもそんな状態が嬉しいわけもなく、「どうにかしたい」という思いは持ち続けていたのね。
それは当たり前で、「親の庇護下にあるうち」は良いにしても、いつか自分も大人になり社会に出たら「自分で稼ぎ、出来ることなら家族も持ち、皆と幸せに生きたい」という願望だけは消えなかったから。
でもうまく行かないのね。
でも諦めることも出来ない。
「自分なんか消えてしまえば良い」と思い続けてもそれってなかなか実行できない。
【努力するしかない】のはわかっていても出来ないんですよ。
でも「好きなこと」「出来ることもある」わけで、それにどれだけの価値があるのかわからないけれど、「それに逃げ込むような生活」が続くだけ。そしてそんなことを続けていても「良い未来は来ない」のはわかっていて、でもそうするしか出来ないのね。だから余計、落ち込むわけで、「どうして自分は皆のようにできないのだろう」とそればかり考えた少年、青年時代でした。
勉強だって真剣にやったことはなくて、でも「落ちこぼれになる」のだけは嫌で「適当なところでウロウロする」感じでしかなかった。ただ本当に親には感謝すべきだと思うのは、私は新橋のどまんなかの商店、バー、飲み屋ばかりの中で育ったし、友人だって焼肉屋の息子、酒屋の娘みたいなのばかりだし、生活環境は「家の眼の前は芸者の置屋」だったし、小指を立ててお尻フリフリ歩くオカマが多かったり、夜になれば「キャバレーの呼び込み」や「酔っ払いが騒ぐ声」が聞こえる様な中で育ったものの、【こういう環境じゃうまくない】と両親は思ったんでしょう。小学3年から「越境入学」で「千代田区は麹町」の親戚に住民票を移して、いわゆる昔言われていた進学コースの「番町(小学校)、麹町(中学)、日比谷(高校)、東大」の環境に入れられた。
でも小学生の私はそんなことはわからないわけで、でも「落ちこぼれは嫌」で「適当なところでウロウロする」のは同じで、目立つこともない、良いところがあるわけでもない、性格的にちょっと変わっているままでした。でも、「新橋時代」とは全く環境が違うわけで、自分の環境は「バリバリの進学コースだった」のに気がついたのは中学生の頃に「高校進学を考えないとならない時」になってから。
私自身の勉強嫌いは中学生でも変わらず、でも「落ちこぼれは嫌」で「適当なところでウロウロする」のは同じでしたが、「進学校だった」から「真ん中ぐらいの成績」でも高校受験では早稲田・慶応・都立日比谷高校(11区)には受かってしまったというラッキーさ。その時、初めて「環境って大事なんだ」と思ったくらい。
私の変人さって今、思い出しても異常で、前にも書きましたが、私は中学生の頃から「ノートを一切取らない」ことに決めたのね。だから他の生徒が教師が黒板に書いたことを自分のノートに写すとか、それをやった思い出が無いんですよ。じゃ、どうしたかと言うと、教師は「教科書に沿って教える」わけだから、「重要なことは教科書に書き込む」のがベストだと考えたわけです。大事な箇所は「色ペン」で印をつけたり、余白に注釈をつけたり。だから試験勉強も簡単で、その教科書をしっかり読めば、どこがテストに出るのかもすぐわかるわけです。
でも高校生になっても「自信のなさ」は変わらなかったし、「一生懸命努力をするタイプでもない」し、「成績も常に抵当なレベル」で何か秀でた才能があるわけでもないし、大学は「一番楽だと言われた商学部を選んだ」し、潰しは聞くけれど何の技術、知識、才能があるわけでもなくて、「社会に出る」ことを考えたらゾッとしたわけです。サラリーマンなんて自分には絶対に出来ないと思ったし、「面倒な人間関係」「他人の指示通りに動く」のも嫌だったし、そもそも当時の給料って年収60万円にも及ばない時代。
だったら「商人としての基本」だけはわかっていたし、独立するしか無いと学生時代から起業して、【零細企業のオヤジとして生きる】ことを決めました。そうなることに不安は無くて、父も含めて親族は皆、零細企業のオヤジだし、私は「まともなことは出来ない」けれど、「他人と目の付け所が違う、ユニークさがある」ことは学生時代から気がついていたから、「変人だからこそ何か出来るんじゃないか」と思ったわけです。
でも簡単に行くことなんて何もなくて「七転び八起き」じゃなくて「七転八倒」の人生が続いたわけです。
零細企業のオヤジだったこと、オーストラリアに永住権を取って移住したことや、その後、マレーシアに拠点を変えたこと、また日本人なのに「日本円を全て外貨に替えたこと」も含めて、私に「行動力、決断力がありますね」という人は多いのだけれど、実はそうじゃなくて、私は「逃げ回っていただけ」なんですよ。とにかく「努力が嫌い」「一生懸命働くのも嫌い」「人付き合いも下手」「技術も才能もない」から【不安が非常に大きい】のは子供の頃からと全く同じで、【危険を感じるとすぐ逃げる】のね。
オーストラリアへ移住したのも「日本から逃げるため」だったし、マレーシアに移ったのも同じ。常に零細企業のオヤジだったのが、40代で「投資、トレードを生業とした」のも、「できることに逃げるしか無かった」からでしかない。事業がうまく行っていたらトレードなんかやるわけもない。
そういう意味じゃ「逃げ足の速さ」だけは秀でているかもしれない。(笑)
結局、オーストラリアで二つの事業を興して頑張っていたけれど、「全力投球なんて怖くしなかった」し、「これまで、と思ったら売れる時に売るの一番」と考えたし、常に「逃げ回る人生」だった。
でも「遊ぶのは大好き」だし、「ゲーム好き」だし、「オタク気質」だったのは間違いがない。家庭菜園もゴールドコースト時代には「地下水耕栽培農園」みたいなものを作ったり。でも「飽きやすい」のも間違いなくて、「長続きしない」のは昔から何一つ変わっていない。
これじゃ仕事だってうまく行かない、というか「会社を大きくして長く続ける」なんて絶対に出来ないタイプ。だから「会社そのもの」はあっても、扱う商品やサービスはかなり頻繁に変わるし、まぁ、「美味しいところだけ食べて、すぐに撤退」みたいなタイプの仕事ばかり。だからスタッフも長くは続かないし、私に危険を感じるのも当たり前で、常に「一匹狼」みたいな感じだったし、私が全てを決めて、手足となって動いてくれるスタッフが数人という規模以上になることは生涯なかった。
子どもたちには「オヤジは間違いのないADHDだね」と言われる。(笑)
こういうタイプがまともな仕事なんかできるわけもなくて、サラリーマンも出来ないし、独立しても同じ。
でも「お金儲けだけは好きだった」のね。というか「稼がないと生きていけない」わけで・・。
「根が遊び人」だからギャンブルも実は好きで、昔は「麻雀」にはハマったけれど、でも競馬競輪、パチンコには一切興味がなかった。理由は簡単で「儲かるように出来ていない」のは明らかだから。その代わり、「カジノ」には結構ハマって、若い頃には「ラスベガス、マカオ、韓国、フィリピン」には良く行ったし、オーストラリアでは家の近くにもカジノがある。プレイするのは「ブラックジャック」か「クラップス」のみで、それは「自分で確率をコントロールできる」と思っていたから。
でもカジノでガンガン儲かるなんてことはなくて、ある日ある時、家から近いカジノでブラックジャックをプレイしている時だったのだけれど、自分が持っているチップ一枚が100ドルで、それを何枚も賭けている時、フト「二人の子供のことを思い出した」んですよ。【このチップ一枚のお金を子どもたちに使ったらどれだけ喜ぶか】って。
その瞬間、「駄目だ。俺って馬鹿だ」と思って、すぐに家に帰ったのね。そしてその日を最後に、一切、カジノには行かないと決めた。(笑)
とにかく私って子供の頃から駄目なやつで「普通のことが普通に出来ないヤツ」で、それは今でも同じ。
そんな性格だと、「簡単に稼げる方法はないか」と考えるようになるのは当たり前で、というか零細企業のオヤジ時代も同じで、難しいことややこしいことは出来ないわけで、「いろいろな制約がある自分でも稼げるネタを探す」しかないのね。
当然、若いうちから「株式投資」にも手を出すわけで、それは良くある「一攫千金を夢見た」からであり、「不労所得ほど素晴らしいものはない」と思ったから。
でもそれとて「茨の道」で納得できるような所得を得るのは簡単ではない。そして株式投資で利益を出すには「あまりにも時間が掛かりすぎる」のね。
そんな時に、「デイトレ」が出来る環境が日本にも出来たわけです。もちろんそれに飛びついた。
でもこれもまた「そう簡単に利益なんか出ない」わけで、でも「ゲーム好き」「オタク気質」からすると【突き詰めれば面白いことになるという予感】はかなり強く感じていたのね。まさに「ゲーム好きだけれど下手くそ」なのと同じだけれど、「うまくなる手立ては間違いなくある」という確信だけはあったわけです。当時、実際にデイトレで稼いでいる人達が世界中で注目されていたし。
そう思ったときから、そこそこ利益が出るようになるまでだけれど、私の場合は10年は掛かりました。上手い人は仲間にもいたけれど「彼らの手法が良いとは思えなかった」わけで、「結果が良くても、ラッキーなだけでは続かないのは明らか」で、「もっと根源的な、この考え方、この手法なら、負けない、勝てる」という確かなものを探し続けた。
それこそ寝ずに勉強するなんてのは当たり前で、日本の古くからの相場の書籍はもちろん、海外の書籍や月刊誌も読み漁ったし、インターネットが普及してからは「ありとあらゆる人の考え方、手法」を研究しました。この当時の気合の入れ方って異常だと今、思うくらいだけれど、それだけ「ここに自分の将来があるという確信」みたいなものを感じたし、「それを必ず手に入れる」という信念がありました。修行僧みたいんもんですかね。(笑)
あるいは「もう自分にはこの世界しか生きる世界はない」と追い込まれていたというが事実かも。
で、その手法が完成したかというと、一生、進化し続けるもので「これでオッケイ」というのは無くて、私としては「いまだに発展途上」でしかないと思っています。
それをブログに公開することはしないし、公開しても「無駄」なのはかつていろいろ公開していた頃にわかったことで、「最終的なもの」を公開しても【そこに至るまでの道のりが重要】でそれなくしては「使い方がわからない」のは間違いがなくて、どれほどやる気がある読者がいても、そこまで面倒は見れないのも明らかで、いつも一緒にいる息子たちにも教えるのは簡単じゃない。
また時々、やる気満々の読者も出てくるのだけれど、ある日ある時、音信不通になって「え?」と思うことも何度かあったりで、私のガッカリ度も半端じゃないんですよ。ちょっとしたストレスが付き合いの中に生じると消えていってしまう。ま、私も悪いのだろうと思うけれど、食いついたら離さないぐらいの気迫がない人に私も時間を割くのは無駄だと思うようになった。
でも「道しるべ」はいつも書いているつもりで、やる気がある人はそこから「何か」を掴めるはず。私ももし25年前に「今の私」と知り合うことが出来たら、もしこのブログが存在していたら、随分、近道が出来たはずだと思うくらい。
頭もよくて仕事も出来て、ガンガン稼げる人は「デイトレ」なんかやる必要はなくて、大通りを胸を張って歩いていけば良いと思う。
でも今回書いたように、どうしようもない私みたいなヤツでも「デイトレ」はどうにかなるってことなのね。デイトレって世界に何が起きても経済が良かろうと悪かろうとどうなろうと、どこに住んでいようと「出来る仕事」で、人付き合いの煩わしさもなければ、他人にああせいこうせい言われることもなく、自分のペースでいつでも出来る。そしてきっと「未来永劫それは変わらない」と思うのね。株式市場、先物市場、為替市場が世界から無くならない限り、稼げる。
私みたいな変人には最適で、特に「ゲーム好き」「オタク気質」で、チマチマしたことを延々続ける、攻略法を考え続けるのが好きなタイプにはバッチリで、自分に学歴があろうとなかろうと、障害を持っていようがいまいが、若かろうが年寄りだろうが、やる気さえあれば誰でも「チャンスはある」と思う。「人付き合いが下手な人」「自信がない人」って結構「自分の世界にはどっぷりハマって飽きずに努力するタイプ」が多いと私は思っていて、そういう人こそ「デイトレ」って良いと思う。
そしてデイトレには「大きな資金は必要ない」のが特筆できることだと思う。つまり「小資金でも回転率が異常なほど高い」ってこと。今の私でも「デイトレ用資金」は全金融資産の1.5%以下でしかない。
株やインデックスの長期投資も良いとは思うけれど、「小さな資金を長期運用しても小さいまま」なわけで、やっぱり「ある程度まとまった資金を作る」のが重要だと私は考えます。当然、それが簡単なら誰も苦労しないわけだけれど、「難しいのは当たり前で、その中でもどうにかしないとならない」と考えるべきで、その私の答えは「デイトレ」だったわけです。
あるいは株やインデックス投資でも「まとまった資金を作る」ことは可能なはずで、でもその方法として「ガチホ」「積立」で大きくすることはかなり難しいのは明らか。「ガチホ」に関しては、私は「運を天に任せたただのギャンブル」として考えていないのはいつも書いている通り。
また「デイトレのノウハウ」はそのまま長期投資にも使えるわけで、その逆、長期投資のノウハウはデイトレでは使えない。そしてデイトレを1か月毎日トレーニングするのは「長期投資でいう10年分の練習になる」のは間違いがない。
また多分、私の長文を読むのは苦手というタイプはトレードには合わないかもね。
つまり「結論を急ぐ人」がデイトレをうまくなろうとしても無理で、どちらかというと「職人技」に近いから、職人が何を考えているのか、何を悩んでいるのかを行間から読み取り、その中から何か得るものがあるんじゃないかと探すタイプじゃないと無理だと思う。
ゲーム好きな人は「ゲーム配信を見る」ことも多いハズで、それは「上手い人、下手な人」を見ていると「自分はどうするべきか」がわかるからなはず。
それは「相場、トレード、デイトレ」も全く同じで、配信者、発信者から「答えを知ろう」と思っても無理なのね。【行間から何を読み取れるか】が重要で、上手い人でも下手な人でも、彼らの配信、話の中から「大事なことを盗み取る」ことは可能で、でも「盗み取るのは自分」であって、「彼らが教えてくれるわけじゃない」。
また「学者肌」の人は昔から商売はうまくない、相場も駄目と言われているけれど、学者肌の人は「理論理屈に溺れてしまう」事が多いからだと思う。また「論文」をどれだけ読んで理解しても、現実で「勝つ」には違うスキルが必要なんだと思う。それって「武道を習う」のに似ているかもしれないし、「好きな異性を口説くのはどうするべきか」みたいなものかもしれない。(笑)
そういえば、我が家は「京都の老舗「原了郭」の「黒七味」は必需品」なんだけれど、「黒七味」って一子相伝の七味で、親が子に技術を教えるのに、「一切喋らない、教えない、質問もなし」の世界なのをテレビで見たことがあります。「子は親の横に座り、親がやっていることを見続けるだけ」なのね。
ま、職人の世界って昔から「自分で見て盗め」と言われるけれど、【盗めないような人はどうせ伸びない、大事なところを理解できない】ってことだろうと思う。
相場やトレードの世界もそれと同じとは思わないけれど、「教えて君」がどうなることじゃないと思う。でも今の時代、SNSや会員制ビジネスで儲けようとする人は大勢いて、「教えます。面倒見ます」という人は多いから注意が必要だと思う。中には本物もいると思うけれど、それを見抜けるかどうかが重要で、「他人の技術を盗む」ぐらいの人じゃないと「良いお客様になってしまう」かもね。
そういう意味では、このブログでは「私が本物だと思うインフルエンサー」しか紹介していないし、興味がある人は見て欲しい。でも彼らとて「長所短所は間違いなくある」わけで、全面的に信用してしまうのは愚の骨頂。それは「私も同じ」で「私を信用してはならない」のははっきり書いておこうと思う。


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