イランが【核武装】を宣言

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イランが核武装すると宣言しましたね。

ま、過去にもあったし、今更・・という感じですが、どうも「イランの核武装も良いじゃないか」「話し合いでどうにかしろ」と考える人も多い様子。

とにかく戦争は駄目。石油のことを考えろと。

困りましたね~。

特に日本は「イランとは友好国」だと思っているから、「イラン側に立って考えてしまう」傾向があると思う。

私はイランを見ていて思うのは、決して日本が友好国、特別な存在だとは全く思っていなくて、たまたま1953年、イランは孤立していて石油の輸出が出来ない状態、日本は日本でどうしても石油が欲しくて、出光興産の「日章丸」が抜け駆けしてイランからの石油輸入を強行した。

日本はそれで助かったし、イランも助かったわけで、それをきっかけに「イランと日本は特別な関係、友好国」となったわけですが、世界ってそんな甘っちょろいことで「確固たる絆」ができるんですかね。

世の中は愛し合った夫婦でさえ、親子兄弟姉妹でさえ「血みどろの戦いをするようになる」のに、「国家の蜜月状態」って本当にあるんですかね。日米だって昔は仲が良かったのが「徹底的な殺し合いをした」わけで、今は「仲が良い」のも【生き残りを賭けた選択】でしかないんじゃないですか。

イランも日本も「友好国ズラ」をしていれば都合が良い、利用価値があるだけで、そこに「信用とか信頼とか」そういうものは無いと思うし、あったにしても「重視してはならない」のが世界の歴史であり、付き合いの本質のはず。

また「核武装」に関しては、一般的には「自国の安全を最重要視している」わけで、「攻撃の手段」としての核武装を考えている国は【無い】と断言しても良いと思うんですよ。それは【自国が一番重要】で、もしも核を攻撃手段として使ったら「自国もやられる、消滅させられるのはほぼ間違いがない」からでしょ。

「自国だけが核武装をしている」のなら、先制攻撃でも「相手を叩きのめして自分は生き残る」ことが可能だけれど、「相手も核武装している」としたら「危なくて手が出せない」。だから【核は究極の自衛手段】といわれる。

ところがですね、「自国より大事な大義名分」があったらどうなるか。ここが問題。

かつての日本軍が恐れられたのは「兵隊は死ぬ気で向かってくる」からで、「殺すぞ、死ぬぞという脅し」が効かない。

そういう意味でイランは「自国を守ること以上に大切なものを持っている」から、核を持ったら「自国の理想のために使うかもしれない」懸念がある。

日本の特攻とか、各地で良く起きた「自爆テロ」も、【自分の命を最優先させたら起こり得ない】んじゃないですかね。でも「命をかけても守りたいもの、達成したい理想がある」としたら「死を恐れない」し、国家だとしたら「国が存続しなくても良い」と考えるかもしれない。

だから「宗教、信心って怖い」わけで、今は静かな「キリスト教」も歴史的にはどれほどの殺戮をくりかえしたのか。今の時代はやっぱり「イスラム教」で、決してイスラム教も「一枚板ではない」のはキリスト教や他の宗教も同じで、でも「宗教的敵対者」となれば、それは「滅ぼさなければならない対象」で、それは同教の他宗派も同じで、「自国の安全、国民の安全は二の次になる」。

イランに取っては「地球上から抹殺しなければならない相手」として「イスラエル、アメリカ」を名指しで【敵】としているわけで、敵を滅ぼすのが「自分たちが生きる道」だと信じていたら、そして「国家」という地理的な枠組みを超えて「宗教を一番重要なものとし、自分の宗教が世界のトップ、世界が向かうべき方向」だと信じていたら何をするか。

そういう意味では、「オーム真理教」を思い出します。

まだ「ヤクザ」の方が「彼らは守るべきものを持っている」から、それそのものが「弱点となる」けれど、宗教を前面に出して、国家も国民の命も二の次という考え方だったらどうなるのか。

こういう人たち、国家が核武装したらどうなる?

少なくとも今の時点での「核武装国家」にはそういう国家がないわけで、北朝鮮にしても「金政権の維持」が何よりも重要で、それを守るための核武装のはず。決して「韓国を消し去る」「宿敵アメリカを抹殺する」ためじゃない。

イランは「必ずイスラエル、アメリカを滅ぼす」という考え方を持っているわけで、それは「悪魔を許すことは出来ない」という確固たる信念で、それでイランという国が動いているとしたらどうしたら良いんですかね。

私としては「オーム真理教を徹底的に潰す」「ヤクザも潰す」という日本の選択は正しいと思っていて、その国家としての行動の中には「人権を無視する」ことも多々あったと思うんですよ。でも「根絶やしにする」と決めたら「超法規的なこともしないとならない」わけで、「話し合いで~~」「裁判で~~」なんてのが理想だとしても、それで目的が達成するとは思えない。

最近、警察官による「犯人射殺」がありましたが、「やりすぎじゃないの?」と思う部分もあるのだけれど、「排除するべき対象」には強硬手段があっても仕方がないと私は考えるタイプ。

だから「イランには絶対に核武装させない」というトランプを私は応援するわけです。

「人の命をどう思っているのか」「平和的解決をしろ」「石油をどうにかしろ」というのもわかるけれど、アメリカ軍が日本に原爆を落とし、爆撃による無差別大虐殺をしたのも、「やらざるを得ない」と考えたアメリカ軍を理解するのは決して難しいことじゃない。

テロに対しては「強硬手段を取れ」と平気で言う割には「イランという国家」に対しては【甘い】っておかしいと思うんですよ。

イランって「テロの大親分」じゃないですか。

私はこの長谷川幸洋氏の考え方には100%同意します。

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