今年もまた「終戦記念日」が来ましたね~。
あの戦争に関してはひとそれぞれ思うことが違うと思うし、国を超えれば「その違いはもっと大きくなる」のが世界に出るとよく分かる。
戦争の是非とか、どうあるべきだったかは別にして、私はやっぱり一つの考え方を大事にしたいと思っていて、それは
「私たちが生きている今は、誰かが命がけで守ろうとした未来だった」
という高市総理が時々言っていた言葉。
そして私にとって、終戦記念日には必ず見る動画があって、これを見ていると理屈抜きに「祖先に手を合わせたい」と思うし、「日本に生まれて本当に良かった」と思う。
当然、この動画の中で引用されている内容は「それが発表されたのは事実」だとしても、それが出てきた「背景がある」わけで、それを無視して内容を全て信じてしまうのは「盲信」と言って良くて、それは昨今、目立つようになった若者の「日本礼賛」に繋がるのには問題があると思う。
また「事実とは一つではない」はずで、それは「六人の盲者が【象という動物を説明する】のと同じ」で、部分的には正しくても「全体像の誤認がある」かもしれなくて、「群盲象を評す」ことの問題点は全てにおいて言えることだと思っています。私は「事実は一つではない」と思っていて、「事実は観察者の数だけ存在する」と言っても良いと思うくらい。
でも全てを聞いた時に、自分なりの「心のなかに見えるもの」を私は大事にしたいと思っていて、あの「戦争」にも私なりの感じるものがあるわけです。
それも人それぞれで、この動画の内容にしても「笑止千万」と切り捨てる人もいるはず。
特にそれが見えるのは「ビルマの独立宣言」ですが、当時の首相の独立宣言の中にこんな言葉がある。
「ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありついにこれを大日本帝国に発見せり。ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するなり」と。
独立宣言の中に「日本への感謝の言葉がある」なんてとんでもない異例なことで、歴史を知らない人はこれを聞いて、「日本って凄かったんだ」なんて思うこともあるかもしれないけれど、確かに日本はビルマを独立に導いたものの独立は戦中のことであり「傀儡政権であった」という側面を無視することは出来ないんじゃないですかね。ビルマは独立後、親日政権を樹立したけれど、その後、国家主権の制限や日本軍の統治に対する不満から、一斉蜂起(抗日武装闘争)が起きた。
そして終戦。日本は負けた。日本軍が駆逐された後、イギリスとの間で独立交渉が進められ、1948年1月4日に正式な完全独立がなされた。
ま、こういう事情はあちこちにあるけれど、あの戦争、当時の日本に対する評価はいろいろで、私はやっぱり戦後の東京裁判で「日本だけが悪い」と決めつけ、日本を統治した進駐軍の将であるマッカーサーが「日本の伝統をことごとく壊し、新生日本を作った」のは問題があると思っていて、しかし「悪の枢軸としての日本」は日本の教育の柱になり、「未来永劫、世界に対して謝り続ける日本」が作られ、それは今でも続いている。
「改憲論議が絶えない」のもこれに関係していて、現憲法は「日本政府が決定と公布したもの」には間違いがないものの、草案はマッカーサーの部下によって短期間に作られたと言われている。だから意味不明の部分もあると思う。
私自身はそもそも「憲法の前文」がおかしいと思っていて、【国民主権、基本的人権、平和主義を基本理念としています。政府による戦争の惨禍を再び起こさない決意、主権が国民に存すること、そして平和的な国際関係の中で安全と生存を保持することを宣言しています。】と解説されることが多いけれど、実際の文は「恥辱に溢れている」と感じます。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配
する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する
諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保
持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷
従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている
国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われ
らは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平
和のうちに生存する権利を有することを確認する。
私にはこの前文は「戦争に負けた国の反省文」にしか思えないんですよ。
そもそもこの部分、【平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して】【平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会】っておかしくないですかね。
これって「諸外国、国際社会は常に正しく、日本だけがバカだった」という反省文にしか思えず。
せめて「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努め、それに反するいかなる国家、組織には断固たる態度を取る」と明言して欲しかった。
それが私は「日本らしさ」だと思うから。
世界で初めて「人種差別の撤廃」を国際社会の舞台で言い出したのは日本だという事実を知っている人がどれだけいるかと思う。それは「国際連盟(国際連合ではない)」の常任理事国だった頃に、それを日本が提案した。でも当然、「白人による世界支配が常識の時代」で、あっけなく「否決」された。
今の国連の前の「国際連盟」の時代、常任理事国の日本は「唯一、アジアの国、非白人の国」だったというのも私は記憶にとどめて置きたいと思う。
ま、どれほど世界は「日本を目の上のたんこぶ」と見ていたかもよく分かると思う。「出る杭は打たれる」のが世界の常識で、それは「大成功」となり、今に続く。
「真珠湾攻撃」も【キチガイの暴走】みたいに語られるけれど、日本を追い込んだ「ハル・ノート」とは何だったのかを知るのは、私は国民の義務だと思うぐらいで、また真珠湾攻撃の前に、すでにアメリカのルーズベルト大統領は「中国本土経由でアメリカの爆撃機による日本攻撃を承認していた」のは事実で、しかしそれはヨーロッパ戦線の拡大によって、「日本爆撃は実施されなかった」。
戦争って、喧嘩も同じだけれど、【最初に手を出したやつが悪い】と世間は評価するけれど、「なぜそれが起きたのか」に関して語られることは少ないって面白いと思う。
「ウクライナ戦争」も同じで、突然ウクライナに侵攻したプーチンが狂っていると誰しもが考えるけれど、それまでにNATOがどれほどロシアを追い詰めたのか。当然、それはアメリカの反ロシア勢力の動きでもあって、プーチンが「もう止めてくれ、ロシアを放って置いてくれ」というのを無視し続けたことは報道されない。
本当に「世界の闇は深い」し、でも私たちは「表面に見える一部分しか見ない、知らされない」のね。
世界が驚愕したNY同時多発テロも同じで、誰があのテロ組織を育てたのかを言う声は抹殺される。あの恐怖の「イスラム国(ISIS)」も同じく。
でも私たちがどれほど頑張って調べても「真相にたどり着くことは無い」し、でも地面を掘ってみると次から次へと「まさかのもの」が出てくるような感じを受けています。
しかし「こんなものが出てきた」と言っても、「もうそういう陰謀論はやめたら?」と世界は動く。
民衆とは「常にコントロール下におくべきもの」なんでしょうね。これは「自由と独立の御旗を揚げるリベラル派」もやっていることは同じなのは、彼らを観察しているとすぐにわかること。