海や湖で有名な観光地に行くと「遊覧船に乗る」ことがあると思う。
若くて行動的なら「自分で良いポイントを探して回る」こともあるけれど、数泊で何箇所か回る旅の場合、「とりえず遊覧船に乗る」のは多くの人がやること。
「新NISAで投資を始める」のもその「遊覧船に乗る」のと同じだと思うんですよ。
遊覧船ツアーもいろいろあって、細かく行き先を選べることもあるけれど、多くは「大体決まっているルート」が多い。
新NISAでの投資も同じで、当初はいろいろ悩んでも結局は「多くの人が選ぶ銘柄になる」んじゃないですかね。
で、それを始めると「いつもと違う自分に気がつく」のね。なんだか自分も投資家になったような「高揚感」があるし、「期待も大きくなる」し、【始めて良かった】なんて思うのかもしれない。
まさに「遊覧船に乗る」のと同じで、それなりに楽しみはあって「刻々と変わる景色」に満足したり。
でも「どこで降りるのかは考えていない」人が多いんじゃないかと思う。
遊覧船と同じで、「同じ場所に戻る」か「決まった行き先」で降りるか。
新NISAでも「降りよう」と思えば「どこで降りても良いことになっている」のに、【とりあえず乗ってみた】場合は、どこで、あるいはどういう時に降りるべきかは考えていないケースが多いように思う。
で、新NISAという遊覧船は「終わりがない」から、グルグルと回り続ける。でも「景色はどんどん更新される」から積極的に降りることを考えないし、「降りたくなれば降りれば良い」と考えるのかもね。
ところが「楽しいはずの遊覧船」も【天気が悪くなる】事もあれば、【事故に合う】【遭難する】なんてことも起きる。「霧に包まれて何も見えない」ことや「大雨でデッキにも出られない」「揺れて気持ち悪くなって寝込む」なんことも起きるかもしれない。
でも「船旅とはそんなもの」で「待てば天気になるだろう」とか「我慢していればちゃんとした港へ帰れる」と思うかもしれない。
ところが「天気が崩れそうだ」「波が出てきた」と思った時には【いつでも降りられる】ことに気が付かない、【我慢してしてしまう】んじゃないか。
最終的には「面白かった~~」で遊覧船は済むかもしれないけれど、運が悪いと「何も良い景色は見れなかった」「最初から最後まで気持ち悪くて寝ていた」なんてことも起きるのかも。
あるいは「下船しよう」と思った時に【別料金を請求された】とか、そもそもその遊覧船は【後払い】で、最後にいくら徴収されるかわからないようなのが「遊覧船の常識」だとしたらどうだろうか。
【楽しい思いが出来たからそれで十分】となるのかどうか。
そんなことがキオクシアの株価をみていたら頭に浮かんできました。
やっぱり「乗りっぱなし」ってうまくないと思うわけで、もしかしたら「定期的に強制的に降りなければならない」方が良いんじゃないかと思う。
新NISAも同じで、「年に一度」あるいは「四半期に一度」、【降りてみる、精算してみる】【行き先の吟味をする】のも良いんじゃないかと。
つまり「毎年、あるいは四半期ごとにリセットをしてゼロスタートする」という考え方。
結果的に同じ銘柄を持ち続けるとしても「損益を毎年、四半期ごとにリセットする」ということ。つまり「利益は利益」「損失は損失」として【その都度、確定する】という考え方。
これって重要だと私は思っていて、「リセットする」事によって【反省点を洗い出す事が可能】だし、【また心機一転、新たなスタートを切れる】わけで、その都度、自分は【進化することが出来る】んじゃないですかね。
リセットするということは「持っている銘柄を売る」ことを意味していて、もし「問題がはっきりすれば乗り換える」事もできるし、【良ければ継続(買い直す)】ことを続けるということ。
ところが「売ってしまって現金を持つ」のって「なんか変」だと思うのね。自分は投資を始めたはずなのに、なんで現金だけ持って「何も買っていないのか」と必ず思うようになる。だから株式投資を始めて人のほとんどは、「待つこと、チャンスを見る」ことをしないで、【すぐに何かを買ってしまう】のね。
これって本当におかしなことで、投資で重要なのは「1にタイミング、2にタイミング、3,4がなくて5にタイミング」と言われる世界なのに、「始めようと思ったらすぐに買ってしまう」のね。これって「置いていかれてしまうような気がするから」なわけだけれど、そんなことさえも「疑問を持たない人」がほとんどの世界。
また、これって例えが悪いけれど、すぐに買わないと「パンツを履いていない」ような違和感を誰しもが持つはず。だから「投資を始めようと思うとすぐに買う」し、「売ってしまったほうが良いような銘柄も持ち続ける」のね。「現金を持つのは投資じゃない」と思うから。
だったら「売ってしまう」のではなくて、ETFなら「インバース型(下がると利益が出る)」とかCFD口座を開いて「自分が持っている銘柄をCFDでショートする」とか。これって「空売り(ショート)」じゃなくて、【つなぎ売り】という方法。
つまり、「買いと売りの両建てをする」事によって、その時点の損益を固定することが出来る。値がどう動こうと、「どちらかで損が出ても一方では利益が出る」という方法。
私はまずその「両建てを覚える」ことは良いと思っていて、結果的には「銘柄を売ってしまうのと同じこと」だけれど、両建ては「投資は継続中」であって、「売ったら投資は終了」とは大きく違う。
この両建てが出来るようになると、「売らなくても利益を固定することが可能」だし、「損失を固定することも可能」で、両建てとは「ヘッジをする」のと同じことで、その比率も調節できるし、「ちょっと下げたらヤバい」と思ったら「半分だけ両建てする」とか、「こりゃかなり下げるぞ」と思えば、「ショート玉を大きくすることも可能」で、もしかしたら「本体は売却」して「ショート玉だけ残す」ことも自由だし、【両建てはヘッジの入口】と考えたら良いと思う。
そして「オプションを買ってみよう、売ってみよう」と進化は続くはずで、気がついたら「先物」も使って「大手のプロと同じようなヘッジをする」ように進化するかもね。
1 損益は定期的に確定させて、自分の投資方法を常に吟味し、リフレッシュする
2 「両建て」を覚えて、「投資行為から離れること無く」【ヘッジが出来るようにする】
株式投資って「うまく行っていればそれなり」に、また「含み損が出ていた」としても【放置してしまう】事が普通に起きるのね。これは「私が経験したこと」でしかないけれど、「利益が出ていればそのままで良い」と考えるし、「含み損が出ている」と【それを忘れたい】という心理が非常に強く働くのね。で、「忘れてしまえば心は乱れないし、そのうちどうにかなるだろう」なんて思う。
自分がキオクシアを買ったつもりで、上のキオクシアのチャートをじっくり見ながらいろいろ想像してみたら良いと思う。
「放置」とは横断歩道を渡っている途中で、「立ち止まってしまう」のと同じことだけれど、なぜか「その危険に気が付かない」のね。私自身も何度もそれを経験したけれど、どうしてそうなってしまうのかがわからない。というか、「人の心理はそういう風に働く」のだろうと思う。
キオクシアじゃないけれど、私も過去に「順調に上がっていた株を放置」したら「元の木阿弥になった」「含み損が出た」なんてことは何度もあったし、「含み損が出た銘柄を放置」していたら、【知らない間に他の企業に買収されていた】なんて恥ずかしいこともあった。
これってやっぱり駄目で「利益が出たのならちゃんと利確しよう」と思うのが普通で、でも「そのタイミングの見方がわからない」から変なところで利確してしまうのね。
私も1980年代に株式投資をしてて、株はどんどん上がるしウハウハ状態だったのだけれど、どうも世の中をみてみると「猫も杓子も株式投資じゃ」と大騒ぎで、「加熱しすぎ」だとフト思ったんですよ。で、「これが続くわけがない」とすべての株を手放したのが、日経平均が3万円の頃で、でもその後、株はどんどん上がり続けて「早まったか・・」と反省の日々。
当時も「チャート分析」はしっかりやっている「つもり」だったけれど、そんな自分を自分が信用していないわけで(笑)、やっぱり【心理の変化が第一優先】だったのね。でもま「スッ高値で売れるわけがない」からしょうがないと思ったり。
でも「心の変化に任すと必ず負ける」のがこの世界。
それは行動経済学の「プロスペクト理論」で証明されていて、人間は「利益を得る喜び」よりも「損失を被る痛み」を2倍近く強く感じる」から、【損切りが出来ない(損失回避性)】と【利食いが早すぎる(確実性効果)】のが普通。
また「確証バイアス」「過剰自信(オーバーコンフィデンス)」が常につきまとうし、それに「集団心理」がプラスされて「バンドワゴン効果(群衆行動)」「FOMO(取り残される恐怖)」から逃れるのも難しいし、「アンカリング効果(自分が買った値を基準=アンカーとして考える)のから出るのはほぼ不可能。
でもそれらを理解して「乗り越えないと成功には程遠い」のは間違いがないから、常に自分を見つめて「反省とリフレッシュは必須となる」はず。
「値動きって【上がる】【下がる】【動かない】の三通りしか無い」のになぜ、参加者の8割は負けるのか。ここをまず理解するのが「初めの一歩」のはず。
ただし、「8割は負ける」のを基準とすれば「余計なことをするよりガチホしろ」というのは正解かもしれない。それなら「勝率5割」は確保出来るのかも。
また私の場合、日経平均は1990年以降は22年間に渡って下がり続けたし、その中で「株を買って利益を出すのは至難の業だった」し、どうしたって「空売り(ショート)も覚えざるを得なかった」のね。でも当時はまだまだ未熟で「思うように行くことなんかない」。
でも「日経平均の先物、オプション」に興味が移ったのは「大きな転換点」で、そして「世の中のデイトレも出来る環境が整いつつあった」し、「海外の先物が私には向いている」とプロに勉強会で言われてそうしたのも「次の大きな転換点」でした。
まぁ、とんでもなく「長い道のり」だったし、「随分、遠回りをしたなぁ」と思うし、でも当時から「今のやり方、考え方は知っていた」のね。ところがそれは「多くの考え方、手法の一つでしかなかった」し、それの良さを実感することは無かった。
そして今の考え方、手法になってからも「様々な進化が必要だった」わけで、まぁ、今になれば「どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのか」と思うけれど、私には「しっかりしたメンターがいなかった」のが原因かもですね。自分だけで進化するって本当に無駄が多い。
だから子どもたちには、「遠回りはさせたくない」し、【理解できなくてもこの方法を取れ】と押し付けています。軍隊みたいなもんです。
とにかく、「最初からうまくいくことなんて、この世には存在しない」のが真理だと思うし、自分で変わりたい、もっと学びたいと思っても「どの道を選ぶべきかもわからない」わけで、中にはすんなりうまくなってしまう天才肌の人もいるけれど、凡人としては一歩ずつ前に歩いていくしか無い。
そういう意味で、まずは「定期的にリフレッシュする」「損益を確定する」ことは重要で、それが「進化するための絶対条件」だと思うんですよ。つまり「己を知ることが重要」ということでしょう。
仕事や店舗、企業も同じで、社会の仕組みが「最低1年に一度ははっきりさせる」必要があるからそうするけれど、「投資」の場合、それも「長期」の場合は、「本当に何も考えずに放置してしまうことが起きる」から怖いのね。これって「宝くじを買うのと同じ」で、しかも「抽選日が決まっていない遠い将来に結果が出るであろう宝くじ」みたいなもの。
もしトヨタでもソニーでも「決算」がなくて、毎年、どんぶり勘定でズルズルと過去を引きずったまま経営していたらどうなるのか想像してみるのも面白い。







