中村中(なかむらあたる)の歌を聞いていて、ゲイボーイの事を思い出した。それに関して書いてみようと思う。
世の中の遊びを覚える前の年頃に私はゲイバーを知った。
私の叔母夫婦が住んでいるマンションに面白い女性がいて、その女性が私に夜遊びを教えてくれた。いわゆる有閑マダムという類だろうと思う。彼女は30そこそこ。私は16歳、高校2年生だった。40年以上前の話だ。
彼女に連れられて生まれて初めてゲイバーに行った。場所は六本木のドンファンという店。
私が育ったのは新橋で目の前は芸者の置屋。その一本裏通りには烏森神社に抜ける細い道があり、そこが日本のゲイバー発祥の地。あのテレビにも良く出ていた有名な銀座の「青江」のママもそこ出身で、当時は男装でいい男だったという。そんな環境だったから幼い頃から私の回りには芸者がいたし、そして男の癖に小指を立ててお尻を振り振り歩く女形(おやま)が結構いた。なぜ新橋がゲイバーの発祥の地かというと、それは歌舞伎役者の遊び場が新橋だったというのが理由。歌舞伎役者というと有名な役者しか頭に浮かばないが、無名の役者も当然数多くいて、中には女形専門、そして芸の上だけではないゲイが多くいた。いわゆるオカマ。そんな人達でも気兼ねなく遊べて普通に行き来する町。かつて新橋とはそういう町だった。今では完全にサラリーマンの町で芸者もいなければ当時の趣は全くない。
そんなことからゲイボーイに関しては驚くこともなく、気持ち悪いなんて思ったこともなかった。だから初めて連れて行かれたゲイバーでも大した驚きはなかった。
そのドンファンという店はあのピーター、池畑慎之介がいた店で、ピーターが芸能界にデビューしてからその店も有名になった。そしてゲイがテレビに出るような時代になり、日本中のその気のある青年(?)が東京を目指すようになる。ドンファンにはピーターに憧れて東京に出てきたという子も少なくなかった。
そこで一人の女性(?)と知り合う。彼女もピーターに憧れ北海道は函館から出てきたゲイボーイ。私も16歳、彼女も16歳で同年齢、我々はその店の客としても従業員としても若く、意気投合した。多くのゲイボーイが美形であった中で彼女はまぁ普通、決して売れっ子ではなかったけれど幼い頃から日本舞踊をやっていて、踊っている時は全く別人に見えた。そして彼女の特徴は、中身は完全に女性であったということ。
その後10数年ゲイバー遊びに浸かることになるのだけれど、ゲイボーイにもいろいろいて、中にはお金になるのでゲイボーイになったという男もいる。逆に、彼女の様に中身は全くの女性もいるし、胸を大きくしたり大事な物を落としているのもいたし、何もいじっていないのもいていろいろだった。
私はゲイバーが好きと言うより、彼女を好きになった。その後、彼女は青山の店に移るのだけれど私も彼女が店を替わるとそこへ行くようになった。私も高校生から大学生になっていた。良くそんな時期に遊ぶ金があったと思うかもしれないが、普通ゲイバーなんかに行く若者はおらず若い男性は非常にもてた。彼らのおもちゃみたいなものかもしれない。だからただ同然で遊ばせてくれる店も少なくなかったってこと。(今思い出すとか彼女が払っていた可能性もある)
お互い気が合うので付き合いは何年も続いた。でも決して恋人同士ではないし、ゲイの子達は面白いし好きだったけれど一線を越えたことは一度もないし、いくらベロンベロンに酔っても危険なことは一度もなかった。彼女と良く外で一緒に遊ぶこともあった。そういう時は彼女は男装。彼女はちゃんと心得ていて、私に寄り添ってくることもなかったし、知らない人には仲の良い若者二人がいるとしか見えなかったはず。
ただゲイバー遊びをする中でわかったことは客もいろいろであるということ。私のようにゲイが好きということではなくて、全く女性と変わらない接し方、遊び方をするのもいれば、ゲイが好きという客も多かった。いやそれが大半だろう。ただ、ゲイが好きというのも、最近の様にゲイバーはショーがあって、話しも面白いから好きということじゃなくて、いわゆるゲイとあっちの遊びのことを意味する。もちろんショーもトークも面白いのは間違いがないのだけれど、違う目的の客も昔は多かったと思う。いわゆるホモという類だろうか。ただ彼らは男としてのホモであって、決してゲイボーイの様に女として遊ぶわけではない。いや、そうでもないかもしれない。ある赤坂の店で何度か有名な俳優にあったことがある。今でもよくテレビに出てくる男優で、非常に男らしい男。今ではバラエティやクイズ番組に出ることが多いけれど、昔は良く時代劇に出ていた。いや、時代劇といえば彼だろう。主役級の彼はTから始まる7文字の名前。彼はテレビでは非常に男らしけれど、ゲイバーでは完全なオネェだった。あの男らしい顔で女言葉を話し、なよなよしていたのにはびっくり。
こんな事までここに書いて良いのかどうかわからないけれど、ホモとしてゲイと遊ぶときには普通の男役女役ではなくて、ゲイに掘らせるのが究極の遊びだと私に話す達人もいたっけ。
ま、どちらにしてもその手の話は私に関係ない世界だけれど、私にはゲイの方が普通の女性より女性らしく見えることが結構あった。女らしいけれど女々しくないというのだろうか。また、彼らは男であるからして男が喜ぶツボを心得ている。そこがゲイバーが流行る原点かもしれない。
ただゲイボーイに対して可哀想だと思う気持ちはずーっと持っていた。彼女の様に全く普通の女性と同じような気持ちを持っていても、今とは違って絶対に世間はそれを受け容れる時代じゃなかった。また、若い頃のゲイボーイというのは同じ年代の女性よりも化けたときに綺麗になる。絶世の美女はいくらでもいた。ところが歳を取ってくると本物の女性には負けるようになる。ゲイボーイの主役はやっぱり若手であって、普通のナイトクラブのようにチーママやママが花形であるケースは少なく、かつては絶世の美女だったゲイも歳を取るとお笑い系に転身するのが普通だった。あるいは独立して自分の店を持って若手を使う。
16歳で知り合った彼女もそうだった。もともとたいして美人ではなかったが20の声を聞いた頃から魅力は半減し、お笑い系に移っていった。それでも私は彼女の心根が好きだったので付き合いは続いた。私には最高の遊び友達だったけれど彼女はそれ以上の感情を持っていたようだ。いつも店に行くときにはこれから行くよと電話をするのだけれど、ある日突然店に行ったら彼女は真っ赤になって怒り、恥ずかしがってお手洗いに入ったまま出てこないことがあった。15分後、化粧も衣装もばっちりにして彼女は出てきた。また、こんなこともあった。日時を指定されて絶対に来てねと言われ、その時に行ったら彼女は和服を着ていて、私に着物の糸を抜けという。こういうことに全く疎い私は、意味もわからぬままその着物から出ている糸を抜いてやったのだけれど、後でその意味を知ってびっくりしたことがある。いわゆる芸者が旦那にしつけ糸を抜いてもらうというあの儀式だった。
20代後半だろうか、彼女も若手の追い上げが激しく、また店としてもいて欲しくない歳になったのかもしれない。彼女は独立した。青山のピーコックの裏に小さな店を出した。友達と二人で、若手を二人使う小さな店。こういう店はショーらしいショーもできないし、トークを楽しむだけでイマイチ盛り上がりが少ない。だからこそ盛り上げようと彼らはするのだけれど、それがわざとらしくて余計おもしろくなくなる。だからこの店はあまり行かなかった。
そんなある日、たまには顔を見せようと思って行ったのだけれど、帰り際に彼女の態度がいつもと違った。私の手を握って離さない。そして私の部屋に来てと耳打ちされた。彼女とはその時すでに10数年付き合っていたけれどこんなことは初めてで、すでに見た目はオヤジになってる彼女にそんな事を言われ、正直私の背筋に冷たい物が走った。そしてその日が彼女との最後の日となった。(こんなことを中村中の歌を聞くと思いだしてしまう。まさに手を繋ぐぐらいでいい、並んで歩くぐらいでいい、(でも)それすら危ういから大切な人が見えていれば上出来、友達ぐらいでいれば上出来っていう悲しい世界)
その後、彼女と会うことは一切なかったけれどゲイバー遊びは続いた。私の良く行ったゲイバーはどこも開店時間が遅く、多くは夜中の12時過ぎからが当たり前だった。いわゆる他で飲んでから、じゃぁゲイバーでも行くかという客がほとんどだったのだろう。面白いのは、どこで飲んでいても「これから行くよ」と電話を掛けると必ずその店まで迎えに来たこと。凄いサービスだと思ったけれど、後になって考えてみると、迎えに行かないとやっぱり止めたと来ない客が多かったのではあるまいか。あるいは迎えに行った店で宣伝になる。そういえば、迎えに来るときにはこれでもかと言うぐらい着飾ってくるのが普通だったし、わざわざ売れっ子を連れて迎えに来たりしていた。
ゲイバーはどこへ行っても売り上げに対して熱心なのがすぐわかった。ある意味、さすが男で売り上げ達成への執着が強いのかもしれないが、店が終わる直前に売り上げがたりないからニューボトルを入れてくれと「ニューボトル!ニューボトル!」の大合唱はどこでも良く聞かされた。またある店は売り上げ目標が達成できない限り店は閉めない決めがあるところもあった。夜が明けようが、8時9時でもまだ店を閉めない。そんな店から仕事に直行する客もいたのが面白い。
ただ彼らの仕事ぶりに感心したことは何度もある。売り上げ目標達成への執着と努力、客を大事にする姿勢にはへーと思うことも少なくなかった。ある日、店から帰る時、ほぼ従業員全員が外まで送ってきて、客がタクシーに乗るとお辞儀をして送るのだけれど、私はタクシーが走り出してからフト後を振り返って見たことがあった。彼らはタクシーが見えなくなるまでお辞儀をしたままだった。私は営業職だったけれど、この時はピンと来る物があったっけ。
ただゲイボーイに怖さを感じることもあった。明け方まで飲んでいて、フト店を見渡してみると、俺たちみんな男?と思い、ゾッとすることもあった。絶世の美女でさえ顔にはうっすら青い物がでてくる。また彼らの自意識過剰にはびっくりする。どこのゲイバーでもショーをするのが普通だけれど、客の後側、つまりショーをしている彼らの正面には必ず鏡がある。彼らはそこに写る自分を見ながら自分に酔いしれつつ踊っている。いつも鏡に映る自分を気にしているのがわかったし、鏡が無ければ生きていけない人達。これは女性も意識レベルでは同じなのかもしれない。ただそれを隠すのがうまいのが女性なのかとも思ったり。あと、やっぱり金への執着心は異常かもしれない。ただ、彼らの環境を考えるとそれもわかるような気がする。客を遊ばせるのが商売だけれど彼ら自身はノホホンと遊んでいられる状態じゃない。
彼らが歳を取ると生きていくのが大変なのは上に書いたけれど、自殺の率もゲイボーイはかなり高いと思う。その理由はいろいろ想像は出来るもののはっきりはわからない。ただ私の知っているゲイボーイの中でも3人自殺している。一人は新宿の黒鳥の湖にいた売れっ子。一人は歌手を目指したけれど売れなかった子。そしてもう一人は、私が16歳の時に知り合って10数年付き合ったその彼女。
赤坂のゲイバーで彼女の消息を尋ねたことがある。あの業界は横の繋がりが凄く、情報はツーツーである。そして彼女が自殺したことを聞いた。私が最後に会ったときには彼女は青山の小さな店のママだったけれど、その後スポンサーを見付け、なんと銀座で勝負を賭けたそうだ。しかしそれはうまく行かず、借金も返せず、彼女はマンションの窓を開けてカーテンレールに紐を結び、それに首を掛けて窓の外にぶら下がったと聞いた。
やっぱり普通ではない世界だと思う。あれから約30年。ゲイバーには一切行っていない。私は30過ぎで結婚をしたけれど、若い内に狂ったように遊んだ私は、結婚後チョーーー真面目な亭主に変身。そして今に至る。(笑)
しかし、何度聞いても悲しい歌だと思う。手を繋ぎ並んで歩くことも出来ない。告白も出来ない。大事な人だからこそ友達であれば上出来という諦めの歌。
でもこの中村中ってニューハーフには全く見えませんね。