長男が日本の就職をやめた件

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この日記に、長男が日本で決まっていた就職を蹴って、我々と共にマレーシアに行くことになったと書きましたが、それの噂が知り合いの中に広まっているようで、ヨメサンのところに電話が掛かってくるようになりました(何故か私には掛かってこない。笑 )。

20年来の友人や、お互いの子供達は兄弟親戚みたいに育った仲の友人もいますが、息子の話をあえて皆にしているわけでは無いですから、気になるのでしょう。ちょうどそれぞれの子供達が就職問題を抱えている年頃ですし。

理由はいくつかあるのですが、長男の事情ではないと言った方が良いと思います。

簡単に言えば、「農家の息子が都会で教育を受けたけれど、結局、田舎に戻って農家を継ぐことになった」というのと同じ。

ただ、私は昔から「何をやっているかわからない遊び人」だとゴールドコーストでは思われていて(自覚してます)、10年ぐらい前まではオフィスも構え仕事をしていましたが、それ以降は9時ー5時の仕事をしているわけでもなく、いつも家にいるか、プラプラしていますから、子供が私を継ぐというのがピンとこないのだろうと思います。

普通の人は、仕事とは毎日仕事場に出て、9時ー5時は働くものだという固定観念があるようで、そうではない私は「遊んでいる」様にしか見えないのでしょう。その辺は昔から言われましたし。

ただ、やってみればすぐわかりますが、世の中「遊んで暮らす」のは簡単じゃなくて、どれだけ大きな資産があったとしても「金を銀行に預けて遊ぶ」なんてことは数年は出来たにしても何十年も続くわけが無いんですね。

遊んでいるように見えても、水鳥が水の中では一生懸命足を漕いでるのと同じで、苦労しているんだからね~~。

例えれば、普通の人が寝ている間に船を出して漁をしているようなもんだし、あるいは季節になると山の中に入ってマツタケ狩りをしたり、果実を収穫しているのと同じ。

これって誰かが継がないと消えてしまうわけです。どこに魚が一杯いるとか、誰も知らないマツタケのありかとか、そういう「情報」も、果実がなる木も手入れをしないと実も取れなくなるわけでその「技術」もこのままだと消えていく。

で、それを長男に伝えたいし、長男もその気になったということでしかありません。

でもこれを決めるにはかなりの葛藤もありました。彼としても親としても。

まず、私が持っている情報や技術を子供に伝えられるのかどうかという点。要は投資や相場のことなわけですが、これも個人の素養に大きく影響しますし、わかっている人間には簡単で当たり前のことでも、わからない人間には全くわからないわけです。そしてそれを伝授できるのかどうか。ここは賭けでしかありません。

また息子にしてみれば彼の夢があるわけで、田舎に帰って家業を継ぐようなことを簡単に選べるはずが無いんですね。

そういう意味では、長男はダボ家の犠牲になったと言っても良いかもしれません。

だからこそ、マレーシアに渡ってから私も一緒にやり直すつもりで頑張らないとなりませんし、今の私をそのまま継ぐ程度じゃ面白くありませんから、もっと大きな夢を持って親子でやってみようという話になったわけです。

これは稼げれば良いってことじゃなくて、私達夫婦、そして長男の共通点として(次男はちょっと違う)、昔から金を追いかけることに対する嫌悪感とでも言いましょうか、金亡者には絶対にならないという信念があります。極端な言い方をすると、お金は卑しいものであるという考え方さえ持っています。

ただ、お金は大事で、これほどのパワーを持つものもない。だから金を目標とせずに金は道具、手段としてその重要性を認識して追いかける。そしてそのパワーを使って「何をするのか」というところを重視したいという考えを持っています。

また、その考えは311の東北大震災でも強くなりましたし、その方向でやってみようという点で、長男と話が合ったわけです。

具体的なことはここに書くつもりはないのですが、マレーシアだからそれが出来るということがあります。つまり無税であると言うこと。収入に所得税が掛からないなんて異常だといって良いくらいで、本来なら最低でも20%、オーストラリアなら50%課税されるなんてことは普通なんですね。

無税だから儲かった!と喜ぶのも良いですが、本来なら黙って持っていかれる税金分なんだから、それを自分で好きなように使えるとしたらどうか、ここに注目しているわけです。

一般的には投資すればそれの見返りを必ず考えるわけですが、世の中にはその見返りを重視すると投資が出来ないことって山の様にあるじゃないですか。でも初めからないと思えばよい金があるとすれば、そういうことにも積極的に使えると言うこと。ボランティアも同じ様なものだと思います。

これを想像するとワクワクしてくるわけで、マレーシアに渡ればそれが可能なわけですから、じゃぁ、積極的にやってみようかという話。

ただ、問題もある。長男自身のこと。これから何をやっていくにしても、社会経験が無くても良いのかってところ。

そりゃ、あるほうが良いに決まっているし、そうじゃないと困るんですが、我々には残された時間が十分に無いんです。つまり、長男がどこかに勤めて勉強するにしても、3年5年じゃどうにもならないんですね。やっぱりどんな道でも10年頑張らないと見えてこないものがあると思うし、その辺は、私自身学生で起業しましたからイヤと言うほどわかる。企業で鍛えられれば5年でわかることが自分でやっていると倍以上掛かるんですね。それだけ若い頃の考え方って甘っちょろいと私は思うわけで、自分の意思に反していても戦いの最前線で戦い続けてわかることって非常に多いし、大きい。

だからもし出きることなら、長男と一緒にやるにしても彼には実社会を経験し、しっかり絞られてきてから10年後にやるほうが望ましい。でもそんな時間が私にはないってこと。だからどうしても賭けになると言って良いと思います。

だからこそ、農家、あるいは漁師としてのノウハウはきっちり息子に伝えたいし、そこに集中しようと思います。

で、もしそれが出来たとするなら、やっぱりそれを広げたい。

私自身、大きな会社の歯車になるなんて真っ平ゴメンだと思って生きてきたし、息子達にも茨の道でも自分の足で歩けと言い続けていたし、そして現代の子供達が勤める会社を見ると、今まで以上に使い捨てが見えているわけです。3年以内に離職するのが普通であるとか、経営者の理念を見ても、ガンガン働けみたいな体育会系が多く、やる気の発揚をどこでも重視するけれど、それを「自分の為だ」とどこでも声高らかにいう。

これは間違いなく一理あって、そういう兵隊じゃないと生き残れない。どこの企業でもそういう兵隊を欲しがる。また世の中って組織で動いているわけで、その組織とは何かがわからないと仕事にならない。歯車になったことが無ければ一つ一つの歯車がきっちり動かないとならない重要性もわからない。でも私が問題にしたいのは、「そもそも使い捨ての兵隊として生きる必要があるのか」ってところなわけです。

私は子供達を兵隊にするために、この世に出てきてもらったわけじゃない。

私が育った時代背景にヒッピー文化があるのですが、私はまたそういう時代になるのも良いと思っています。ただ、草食系とか意欲が無いニートじゃ困るわけで、大きな時代の流れに反抗してでも、若者が夢を見られる世界で生きて欲しいし、またそういう世界を自らが作るという強い意志が欲しいです。

子供達の友人、同じ様な年代を見ても私には彼らの苦悩が見えるような気がするんです。草食系になるしかない状況もわかるような気がするんです。

ですから、まず息子に自分の道を開く方法を伝えたいし、それが出きると思ったら同じ様な世代の若者達にそれを伝えて欲しい。また志を同じくする仲間に出会えたら一緒にやって欲しいと思うわけです。ボランティアをする為に稼ぐなんて変人が増えたら世の中おもしろくなりそうです。

その道筋を私も一緒になってマレーシアで作ろうと思うし、それには「無税であること」は非常に大事なわけです。

「自立塾」。一人でも多くの若者に、興味があればジジババでも夢を持って自らの足で立って歩けるような切っ掛けを作りたいです。

ま、息子にわざわざ綱渡りをさせる親も珍しいと思いますが、これがうまく行った場合はかなり面白くなって、その技術があればいくらでも仕事は見つけられるし、作れんですね。30歳前にその技術を持てたら非常に面白いことになります。

もしうまく行かなかったら・・・・。農業で言えば簡単で無難な農作物の育て方で彼は細々生きていくことになるのかも。ま、その時にまた就職を考えても良いと思うし、彼が30になる前には結論がでますから、ちょっと遠回りしたと思えば・・・。

現代は有り余ったお金が世界を駆け巡り国々の浮沈さえも左右するようになり、最悪だと思います。でも逆に、その動きに誰でもが参加できる市場があるというのは一つの救いだとも思います。金で金を儲ける世界なんて私の信条からすれば最低ですし、若者をそういう世界に連れて行くことに疑問を感じるのですが、敵の武器を奪って敵地に攻め込む様な小気味よさも感じています。(笑)

ま、こんなおかしな親もいるってことで・・・・

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