家族3人でイポーサテレストランに行ったわけですが、我々のテーブルからちょっと離れたテーブルにオージーの老人、いやもしかしたら私より若いかもしれませんが、一人だけで来ている客がいました。
赤ワインを一本持ってきて、それをチビチビ楽しみながら一人で2品、3品食べているのが私の視野に入っていたのですが、私達が話に盛り上がったりすると彼がこちらを見るんですね。でも「五月蝿いなぁ」って顔じゃなくて、ニコっと笑っているんです。それもチラリと見るんじゃなくて見続けている。
私と目が合うと、向こうも目を合わせたままで微笑んでる。またオーナーの奥さんと彼らのイポー里帰りの話をしながら冗談を言ったり笑い声が上がると、彼はこちらを見て微笑む。そして耳を傾けている風には見えないものの、会話に入りたいようなそぶりというか雰囲気というか、それがあるんですね。
私は彼に声を掛けることもなく、微笑みには微笑みを返しただけですが、ずーーっと彼が気になっていました。
たった一人でワインを飲みながら、メシじゃなくてお食事をしている彼。
寂しいんだろうなぁ・・・と思うわけですよ。
他人のジジーなんて関係ないって思えないんですわ。
どうも自分と重ねて見てしまうクセがあります。
我が家の子供達が小さい頃にはたまには一人になりたいなんて良く思いましたし、昔はゴールドコーストにも小料理屋がありましたからほぼ毎日のように通っていたのですが、この歳になりますと一人で飲む、食事をすることに関して違う感覚を持つようになりました。
たまには一人って良いですが、いつも一人ってどうなんだろうと・・・・。
私は人付き合いが良いほうじゃないですから、若い頃から大勢でワイワイってのはあまりやりませんでした。どちらかというと少人数でじっくりまったりという感じ。あるいはいつも行くスナックや飲み屋で知り合った「それぞれ一人」の人たちで盛り上がって一緒に遊んだり、旅行に行くようになったりなんてことはありましたが、基本的には孤独ってわけではないものの、仲間とワイワイガヤガヤとは違う。またサラリーマン経験がほとんどありませんから、同僚と一緒に飲むというのもあまり経験がありません。
寂しいと思ったことは何度もありますし、一緒に遊んでくれる友達もおらず、一人で六本木に遊びに行ったあるクリスマスイブなんて今でも思い出します。騒ぐ方ではありませんが(そうでもないかな? 笑)、孤独には弱いタイプだろうと思っています。でも友達作りがうまいわけでもなく一人って多かったですが、それが良いとは思っていませんでしたから。いつも誰か横にいたら嬉しいなぁと思っていました。
結婚して子供も出来ますとそういう孤独感とは全くの無縁で、でもうるせぇなぁなんて思ったことはなくて、家族団らんって素晴らしいと思っていました。私が幼いころ、母は飲食店を切り盛りしていましたし、相場師で遊び人のオヤジは家にいないし(恐ろしく我儘で怖いオヤジでしたからいないほうが良かった)、なぜか姉とはあまり遊びませんでしたから、小さい時の思い出というと寂しい思い出ばかりです。家族4人の家庭でしたが、商人の家ってどこでも同じなんでしょう、子供は一人ぽっち。
それが今でも尾を引いていると思うのですが、子どもたちも自立し、夫婦だけの生活になって、そしていつかもし自分が一人になったら・・と考えると「恐怖」と言ってもいいような感覚に襲われます。これもトラウマと言って良いかもしれません。私が早い内に老人ホームやシルバー世代用の施設に入ろうと思うのもそれが理由かも。
私たち夫婦はいつも喧嘩をするのですが、「うらやましい」と独り者に言われることはよくありますし、それが実感として私にはわかる。
だから、レストランで一人で食事を楽しんでいる老人を見た時に、他人事のようには思えないのです。
でももし私だったら、似たような独り者が集まるようなところで仲間を作るだろうなとも思いました。一人で小料理屋とか寿司屋ならわかりますが、レストランで一人ってあまりにも寂しいと感じます。好きでそうしている人には何も感じませんが、今日の老人のように、こちらに興味があるような素振りをされるとこちらの方が辛くなってしまいます。でも声をかけることもしませんが。(笑)
私がこうやってブログを書いているのもそれが理由かもしれませんね。
日本ですと小料理屋でもスナック、ナイトクラブでも一人で行ける場所っていくらでもありますが、もしそういうのが(ゴールドコーストみたいに)無かったとしたら、日本も孤独な人でいっぱいになりそ。
みんな同じってことですかね。(笑)