亡くなった【野村克也氏】が言った一言が忘れられない & 私達夫婦に起きたこと

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私は野球好きでもないし、野村克也氏がどれほど凄いプレイヤー、監督だったのかも知りません。

でも彼のことは私の心の片隅にあって、忘れられない存在でした。そして「また日本男児が一人消えた」みたいに感じています。

あれはいつのことでしたかね。

奥さんの野村沙知代さんが、メディアで注目されて大騒ぎだった頃。一体何が原因だったのか忘れましたが、とにかく「酷い女」「悪妻」という感じで話がどんどん広まっていった。

そんな時にですね、あるメディアが旦那の野村克也氏にインタビューをしたんですね。

きっとインタビュアーは野村克也氏の「俺もさぁ、困ってるんだよ」みたいな返事を期待していたのかもしれない。イヤ、私がそういう答えを期待していたというべきか。

ところがですね、彼は言い放ったんですよ。

「愛する女に、好きなことをさせるのが【男の甲斐性】だ」

ですと。

これには驚きました。沙知代さんの金遣いは荒いわ、好き勝手なことはするわ、メディアに出て言いたいことを言うわ、で日本中からバッシングを受けていた時に野村氏は恋女房を守った。

それもたった一言で。

男だなぁ、太っ腹だなぁ、本当に(あんな)女性を愛しているんだなと私は思ったもんです。

自分にはあの一言を言うことは不可能だとも思った。

私なら間違いなくヨメさんに、「お前も控えろよ」「世間のことも考えろ」「俺の立場もないだろうよ」みたいなことを100%言うはずだから。

でも野村氏は違った。

そして私は彼に言われたような気がしたんですよ。

「お前って、男じゃないな。甲斐性もないな」

って。

でもそれは大正解だし、今でも同じ。(笑)

「世界の何十億人がお前を嫌い、排斥しようとしても、俺は必ずお前を守る」

みたいなことを考えたこともあるんですよ。それはゴールドコースト時代に、ヨメさんが親友だった友人たちによってたかっていじめられ、排斥された時のことなんですが、私は「女ってどうしてこういうことをするのか」と思ったし、家で毎日泣いているヨメさんも可愛そうだったので、その首謀者のところに行って言ったんですよ。

「友達ヅラして、後ろを向いたスキに背中を刺すようなことをしたのはわかってるんだろうな?」

って、またその首謀者側に立っていたヨメさんの古くからの友人にも言いました。「友達を後ろから刺した彼女と貴女は同罪だ。良くも今まで友達ヅラしていたな。俺は絶対に許さない」と。その友人は言い訳をしていましたが、「友達なら友達のやり方ってあるだろうよ。貴女たちはそれを逸脱した」と。

言ったところで何がどうなるわけじゃありませんが、「あんたらとの付き合いは、こちらの方から断りたい」ってのを言いたかったってのが正解。

当然、それをキッカケにかなり密だった10年以上の付き合いも終わったわけですが・・・。

私が彼らにそれを言った時、いつものニコニコオヤジではなくて真顔でドスを利かせて言いましたから、そのハイソでお育ちも良い奥様方はかなりビビったはず。「あの人って、やっぱりヤクザじゃないの?」なんて影で言われていたかもしれない。(^_^)v

ヨメさんも確かに悪いんですよ。というか、言い方を変えれば「ピュア」で、自分の素を出してしまうのね。TPOをわきまえないというべきか。

こういう言い方をするとカチンと来る人も多いと思うけれど、いわゆる東京人が言う「田舎者のずうずうしさ」みたいなのがヨメさんにはあるのね。TPOがわからないわけじゃないけれど、「格好をつける東京人」や「鼻が高い、自分はハイソだと思ってる御婦人方」にしてみれば、好き勝手なことをしているヨメさんが面白くないのは私もわかる。

でもねぇ、ヨメさんの田舎である福岡の浮羽に行った時に思ったんですよ。「皆、同じだ」って。(笑)

幼馴染も多く集まってどんちゃん騒ぎをしたのですが、皆がピュアで、人懐っこくて、優しくて、でも「平気で言いたいことも言う」のね。こういう感覚って(関西人に言わせれば)「東京のええカッコしぃ」である私は「嘘だろ?」と思ったくらい。東京ではこういうことはあり得ないって思った。

でもそういうところから出てきた人も、東京なりどこでもシチュエーションに合わせて生きるのが普通。(東京みたいな恐ろしいところには絶対に行きたくないというヨメさんの幼馴染が数人いたのは印象的でした)(今でもほとんどが田舎で生活している)

ヨメさんもTPOを無視していたわけではないはずだけれど、フト「調子に乗って素が出ちゃう」のだろうと思います。これが受けるときもあれば、鼻が高い奥様方の中には「育ちがわかるわね」なんて思う人もいるんじゃなかろうか。

これは私も気になっていて、マレーシアに連れてくるのも気がかりだったんですよ。私はマレーシアへは来る前からある大きなグループのSNSに参加していて、そこで私は(今とは違って)かなり積極的に参加していましたから、マレーシアに来る前から友人知人はたくさんいて、「ダボさん、早くおいで~~~~」なんて言われていた。

でも前に書いたことがありますが、そんな中でも「マレーシアにまだ来ていない、皆と会ったこともない私が【排斥対象】になった」ことがありました。

それは、そのSNSの中で「日本に税金は納めない。でも国民保険を使える【裏技】」みたいなものが流行していて、SNSの主催者もそれを勧めていたんですよ。

私はこれはマズイと思って、そして余計なお節介なのはわかっていたけれど、ある有力メンバーに、「それぞれが黙ってやる分には良いかもしれないけれど、会として皆に推奨するようなことはうまくないんじゃないか」と相談したのね。そうしたらその有力メンバーが「ダボというやつが、我々のこの集まりを壊そうとしている。ダボを追い出せ」という運動をSNSの中で始めたんですよ。

これには驚きました。そしてもっと驚いたのが、それに賛同して「ダボ排斥運動」に参加した人がいたこと。

私は(表面的には)そんなことで動揺するヤワじゃありませんから、じゃぁ全部表に出して徹底的に白黒つけようかとも思ったんですが・・・。

私は主催者ご夫婦とは仲が良くて(初めて会った時には、やっと会えたとホテルのロビーでお互いに抱擁して涙を流すほど 笑)、彼らが私を守る形で収束した、なんてことがありました。嘘みたいな話でしょ?

私としては、【当時ですが(ここは重要)】マレーシア在住の皆さんは頭の固いご老人ばかりで、過去になにをしていたかとか、前の職業(会社名を含む略歴)、学歴まで披露する人がいたし、日頃の皆さんの活動やSNSへの書き込みを見ていると「いかにも日本人らしい日本人」が多いのがわかっていたんですよ(今じゃなくて当時の話ね。今は70代、80代になってる)。でも彼らにしてみると「それが日本人の良いところ」だと信じているのね。(皆が皆、そうじゃないのは当たり前)

でも私みたいに「日本の狭っ苦しさ、人間関係のややこしさ、個人が自分の意見を主張してはならないバカみたいな雰囲気から逃げるためにオーストラリアへ渡った」者に言わせると、それって日本の良さではないわけですよ。

「海外に出たら【日本の常識を持ち込んではいけません】」なんて言うくせに、【日本人同士では当然、日本の常識しか無い】のね。日本人でも私みたいな日本の堅苦しい常識が嫌いな人もいれば(日本人とは付き合わないという人も海外には多い)、海外生活が長くて日本の常識を忘れた人もいる(現地化した人も多い)。また私の息子たちみたいにそもそも日本の常識なんか良くわからない日本人もいる(バナナという。外は黄色でも皮を剥くと白)。でも「相手が日本人だとわかると、突然、日本の常識を持ち出す人が大半」。

これはオーストラリアでも同じだったし、私がオーストラリアでやっていた仕事(電話関係、日本からの中古車販売)ですが、顧客に日本人も多く居たものの、私が日本人だというのがわかると態度が突然変わるんですよ(スタッフは全員オーストラリア人)。その日本人客は日頃オーストラリア人の中で生活をしていて鬱憤もたまっているのはわかるのですが、私はワガママな日本人客と付き合っていると採算割れするのがはっきりわかったので、途中から日本人コミュニティーでの広告もやめて、新規の日本人客は取らないようにしました。

経費を極力カットして競争力のある安い価格に押さえているのに、ワガママな日本人はオーストラリアの普通の会社には絶対に要求しないことを平気で私の会社には要求してくるのね。これじゃ「日本人価格」を設定しないとやっていけない。世界に日本人価格なるものがあるのも私にしてみれば当たり前だと思う。その代わり、上げ膳据え膳、一般生活の相談も受けたり、通訳までやったり。下手すりゃ、空港の送り迎えまでやらされたり。

それでも「あの業者はぼったくりだ」なんて言われる日系企業も多いのね。不動産仲介業者が日本人だけからは手数料を取るのは違法だと騒いだり。自分が日本人独特の「特殊なサービスを受けている」ことは忘れてる人が多い。

「海外に出たら日本の常識を持ち込むな」ってのは【日本人同士でも同じことだ】ってのがわからないのね。

面白いのが「外人と日本人がミックスして遊ぶ時」なんですね。外人とはファーストネームを呼びあって仲良くするのに、その隣りにいる日本人には「年功序列」「先輩後輩」があって、言葉遣いは相手によって変えるし、卑屈になったりふんぞり返ったり。これを見ている外人が不思議がるわけですよ。(私は相手が年上だろうとズバズバ言うし、でも年下には相手が20代でも呼び捨てや「君」づけはしないで「さん」づけが基本で、相手に敬意を持つのは皆同じ。非体育会系で、また、先輩なんて言われると逆に腹が立つタイプ。昔から日本流の「上下関係」が嫌いでかなり苦労しました。笑)(オーストラリアの「皆が平等」ってのは良かった。そういう社会だといつの間にか70代と20代が親友同士なんてことが自然に起きてくるのね)

街なかで友人とすれ違って挨拶するにも、外人には手を振って「Hi, how are you doing?」なんていうのに、日本人には(年下や格下は)ペコペコお辞儀をする。ここを勘違いして、日本人に手を振ろうものなら後で何を言われるかわからない。もし「What’s up, bro?」なんて言ったら殺されるんじゃなかろうか。(笑)

私がオーストラリアへ渡った時は30代後半、その時にいた多くの日本人は60代で、私はガキ扱いされて苦労しました。でも「生意気なガキ」は押し通しました。(笑)

そうだったからこそ、「年は関係ない、先輩後輩もない」という考え方が自分の中に定着したんでしょう。また日本でも自営業でしたが、周りは「全て年上」ですから、先輩後輩を持ち出されると仕事にならなかったんですね。

でもま、私はそんなことを考えているのは一切表に出さずに、うまく付き合う術はあるわけです。ずーっと客商売、営業職をながくやっていましたし、海外在住歴が長い日本人には多様性があるけれど、来たばかりの日本人って日本をモロ引きずっているのも理解していますから。ましてや老人が多かったですし。そしてなぜか「海外で舐められたくない」という意識が強い人も多くて、「俺様は~~」みたいな態度をキープしようとする人は多かった。そして「過去の話を【盛る】」のね(笑)。これは女性も同じ。

こういう「海外に出た日本人の特殊事情」ってのがわからないと結構苦労する。(そして実際に日本でヤバい仕事をしていた人や、詐欺師も普通の顔をして生活している)

ところがヨメさんは違う。「私は私」なんですね。そしてお調子者なのね。いつでもどこでも。(笑)

だからヨメさんは「若者受け」は抜群なんですよ。子どもたちの友人も、我々の友人の全て、そしてその子どもたちでさえ(5歳でも)もヨメさんのことを「ミッチャン」と呼んで親しみ深く付き合うのね。でもヨメさんは「お世辞は言わない」「でも嘘もつかない」「面白い」から多くの人に愛されていたのは間違いがない。まさにヨメさんの田舎状態。(笑)

でもそういうのが嫌いな人も少なくないのね。そして「格好をつけたい場所」って誰にでもあるじゃないですか。「気取るのが好きな人」もいる。でもそういう雰囲気をヨメさんがぶち壊してしまうこともあったのね。

ヨメさんが「若者受けは良い」というのはそういうことだと思うのだけれど、ゴールドコーストで起きた「ヨメさん排斥運動」を思い出すと、うるさ方がごっそりいるマレーシアでうまくいくはずがないと思っていました。(今はもう世代は変わって、当時の頑固ジジババの多くはもうすでにいない)

ヨメさんはその事件以来、「日本人恐怖症」に罹ってしまって、若者や外人とはいつも仲良くなるのだけれど、いわゆる日本人に対するトラウマが出来てしまって「日本人会館へ行くのも嫌がる」ようになってしまいました(30代、40代の頃は日本人会の婦人部でいろいろやっていましたが)。当然、マレーシア在住の私達を待っていてくれた友人知人たちは、ヨメさんがそんなことになっているなんて知らないし、また私も言わないし、「早くおいで~~。一緒にマレーシア生活を楽しもう~~」って言ってくれていたのですが、そういう集まりにヨメさんを連れて行くことはないし、ヨメさんも絶対に嫌だと言いはります。

そんなヨメさんも今では60を過ぎて、意地悪ババァの年頃。でも若い時のトラウマって消えないのね。

そして「乾癬」という病気に罹っていて(マレーシアに来ると決まったら突然、発病)、人前に出るのを極端に嫌がるようになってしまった。乾癬って見た目は凄くて感染病だと誤解されやすいですから。でもヨメさんのケースはパッと見てそれはわからないのだけれど、本人はかなり気にしています。

それもあって引きこもりの毎日を過ごしています。(笑)

ま、そんな我家の事情がありまして、私はヨメさんを守る立場だし、私がヨメさんを守れないでどうする?とは思うものの、私は野村克也氏のように、「愛する女に、好きなことをさせるのが男の甲斐性」みたいなことは言えない。

だらしがない男だと思いますわ。自分でも。

でもね、やっぱり日本人の村社会って怖いと思うんですよ。私は決して村社会が嫌い、無いほうが良いなんてことは全く思わないものの、怖い。

どこでどんな噂が飛び交ってややこしいことになるかってのは、25年間のゴールドコースト時代にもイヤってほど見てきましたから。

とは言うものの、その時代の頑固ジジババって今では80代、90代のあの世代なんですね。うるさくて当たり前って言えば当たり前。

また私が経験した、まだ会ったことさえない、マレーシアに上陸もしていないのに「マレーシアで排斥運動のターゲットになった」ってのも、トラウマになっているのかもしれない。そういう自覚はないんですが。

だから今では小さな小さな交友関係の中だけで生活しています。マレーシアに来たのは仕事をするためで、みなさんと一緒に遊ぶ時間も余裕もないってのもありますが。

やっぱり野村克也氏は凄いわ。男だと思う。日本中を敵に回しても平気なんですから。

実は、彼も家に帰ると、泣きながら「お前、頼むからもう勘弁してくれよ~~」なんて言っていたら面白いんだけどね~~。

 
 
 

     
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