世の中にはいまだに「インフルエンザとコロナと大きな違いはない」という論者が少なくない。
その中には「インフルエンザとコロナと比べても死亡者に大きな差はない」という人が結構多い。
こういう人たちの多くは「規制を緩和すべし」「経済を重視しろ」「二類を五類にしろ」「一般の病院、診療所で診察治療できるようにしろ」という。
それはそれで私もヒジョーーーによく分かるんですよ。
でもねぇ、そういう人たちがインフルエンザとコロナと比べる時の話を聞くと、無理やりこじつけているだけの浅はかさを感じるから、その人達の言うことも軽く聞こえちゃうのね。だからどうしたって「反対するしか無い」と私は思うんですよ。
毎年のインフルエンザでこれだけの規制をします?この1年以上、朝から晩まで、どこへ行っても「三密は避けろ」「マスクをしろ」「手を洗え」、そして「消毒しろ」「大きな声で話すな」、挙句の果ては「出かけるな」「店を閉めろ」「酒を飲むな」ととんでもないことまで続いた。テレビでも新聞でもメディアというメディは「注意しろ」の大合唱。人と人が会ったり話をすることがあれば、必ずコロナの話題が出る。
これだけコロナには神経質になっているのにですよ、感染者は減らない、重篤者、死亡者も多い。医療現場は逼迫し、助かる命も助からないことが起きている。
こういう状態なのに、なぜインフルエンザとコロナを比較して、「コロナは大したことはない」みたいなことが言えるのか私には全く理解の外。
たとえばですね、単なるたとえですが、あちこちの道路は封鎖され、検問も厳しく、制限速度は20キロに厳しく規制され、道行く自動車も激減している規制がガチガチ状態のときと、そういう規制が全く無いようなときと、【交通事故の数、交通事故による死亡者の数そのまま比べる人がいますか?】って話。
その違いを無視して数字だけを比べるって、本当に義務教育を受けたのですか?と私は聞きたくなるんですよ。一部の学者でさえそれを言う人達がいる。
コロナの危険性を無視すること無く、危険であることは承知の上で、「規制緩和を考える」「経済が回るようにする」、「一般の病院でも対応できるようにしよう」という議論ならよーーくわかるし、押さえるべきところはしっかり押さえた上で、「トライしてみることも大切」だと私は思うんです。
でも上に書いたようなおかしな人達の言うとおりにしたら、そもそも危険であると考えていないわけだから、とんでもないことをやり出すんじゃないですかね。
どれだけ素晴らしいワクチンが出てこようと、ブースター接種をしようと、治療薬予防薬が出てこようと、「コロナを侮ることなく、注意はし続けた上で、将来を模索する」のが大切だと思うわけです。
もし日本でも(どこでも)、毎年のインフルエンザと同じ程度の「対応」しかしなかったら、どんなことになっていたであろうか、それを是非とも想像してくれないとヒジョーーに困る。
それとも、そういう規制なり対応なりしなくても、「変わりはない」と考えているんだろうか。
ま、何を考え、何を主張するのも勝手ですが、それなりに名のある人、メディアに出るような人は、ましてや学者(たとえ分野が違っても)ならやっぱりその辺をちゃんと考えてくれないと本当にうまくないと思うんですよ。
「経済を回さないとならない」という結論を導き出したいのはわかるけれど、「コロナは大したこと無い、恐れる必要はない」「風邪と一緒」とするには無理があると思うなぁ。