日本が駄目なのは【国民がそれを望んでいるから】だと思うようになった

このブログの読者の多くは経済や政治に興味がある方が多いのでその辺の話題も書きますが、最近、私は本当にガッカリしているんですよ。

日本はもう終わったと思うと何度もブログに書いてきましたが、元凶は政治家であり、官僚だと思っていました。ところがですね、最近の「岸田政権の支持率の高さ」を見ると、昔から言われている【政治家の質は国民の質に比例する】というのが事実なのがはっきりしたと思うわけです。

日本をまた奈落の底に落とすようなことしかしない岸田政権をどうして国民は大絶賛して受け入れるのか本当に不思議。支持率が異常。

あの松下幸之助氏も「国民が政治を嘲笑しているあいだは嘲笑い値する政治しか行なわれない」「民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しかもちえない」と何度も言っていたし、だから「国民一人ひとりがもっと自分のこととして政治に関心を寄せなければならない」と呼びかけ、「家庭においても学校においても政治の大切さを啓発するとともに、何が正しいか、何が国民全体にとって利益となるのかを見極める眼を育てる教育が大切だ」と訴えた。(まさにデンマークという国はそれを実践しているらしい)

でも誰しもが言う、「政治と宗教の話はするべきではない」と。

それもわかるんですよ。その話になると皆さん熱くなって人間関係もギクシャクしてしまうことが多いから。

でも「話をしない」のならまだしも、「話もできない」状態になっていると私は思うわけです。つまり、【何が起きているのかもわからない】【どうあるべきかも考えない】【どうせ考えても何も変わらないと信じている】ってことだろうと。

投票率も低い。そして「組織票」を除いたらどれだけの国民がまともに政治に向き合っているかを考えると私はゾッとするんですよ。

これじゃ政治家も官僚もやりたい放題ってことじゃないですか。そして政治家は「組織や団体の利益代表」だとしたら、一体誰が国民のこと、国のことを真剣に考えるんですか?

私の考え方は「共産党的な考え方」の真逆ですが、共産主義者が「革命を基本とする」のもわかるような気もしてくるんですよ。本来は皆で学び、考え、話し合い世の中を良くしていくべきだけれど、【そんなチンタラしたことをしても無理】なのをわかっているんだろうと。だから変えるなら、「ガラガラポンッ」で変えるしか無いと。革命しか手がない。

革命家には「絶対に自分が正しい」という信念が必要だけれど、そこには大きな問題がある。神様じゃあるまいし「俺が正しい」なんてことは誰も言えない。だからやっぱり「皆の考え意見を広く聞くのが重要」となるけれど、そもそも「皆が考えようとしていない」となったらどうにもならないじゃないですか。自分が属する企業、組織や団体にお任せですか?

私は日本はそういう状態にあると感じています。過半数を自民党が握ると言っても、自民党の得票数って全体の6分の1とのこと。そして多くは組織票。他の政党も同じく。

またそういう状態のほうが「統治者」あるいは「支配者」には良いに決まっている。そしてその状態が続くように権力財力を使ってプロパガンダも進める。メディアとてそれに抗うことは簡単ではないんでしょう。権力と財力ってとてつもない力だから。

国民も「衣食住と娯楽」があれば文句を言わないわけで、政治家も官僚もそれだけ目指していれば良いのかもしれないけれど、日本はその点でうまく行っていないんじゃないですかね。他国にどんどん追い越されていて、そのうち日本人も仕事を得るために海外に出てその国のコンビニで働くしか無い時代は来ると私は思っています。

これって冗談じゃなくて、若者が海外に出て、それも安い給料で「コールセンターで働く」のが広がっていますが、それはもうすでに日本の大きな変化が起きている証拠だと思うんですよ。そもそも「出稼ぎ」とは【収入が多い国へ渡る】のが世界の常識だったのが、先進国だった日本からより収入が高い国へ渡るのは簡単ではない。

だから収入が少なくても良い、「楽しい人生を送れれば良い」と言うのを聞くようになった。

私はそれは「諦めの結果そうなった」と思うわけで、この状態が続けば「日本に豊かに生活できる職はない」「海外から流入する安い労働力と仕事の取り合いになる」が加速し、収入が低くても「比較的良い生活ができれば良い国へ日本人が流出する」のが加速するんじゃないですかね。

そもそも多くの退職者が老後の生活の場として「物価が安い国へ渡る」のも同じだと私は思っていて、「新しい老後の生き方だ」と称賛する前に、「日本には根が深い問題があるから」という点を見逃してはならないと思うんですよ。

じゃぁどうするのか。

日本を変えるしか無いじゃないですか。

誰が変えるのか?

国民しかいないでしょう。

でもその国民はあの岸田政権を支持している。異常と言えるような支持率。

骨太の方針が閣議決定されましたが、皆さんは読んだのだろうか。どうでも良いことばかりごっそり並べているけれど、日本の根本的なところでどう改革、変革していくのは何もない。本当に空っぽの政権だと思います。岸田政権はあちこちを見ながら後追いする調整型でしかなくて「日本をどう良くしていくかの意志」を私は感じないんですよ。まさに官僚が集まってまとめ上げた骨太の方針だと思う。形だけは整っていても中身がない。

私は保守系の考え方を持っていますし、支持政党と言えば自民党でしたが、あの岸田氏の支持率が高いというのは「日本人には自滅願望がある」としか言いようがないと思っています。

でもま、そういう言い方をすれば「私は野党と同じ」ってことにしかならないんでしょうね。「俺が正しい」と主張する自己欺瞞の塊だと言われればそのとおりかもしれない。

でも今、日本の伝統文化を守り日本を愛し、日本を守ることを重視する保守派の多くの人たちでさえ、今の自民党に危機感を感じるようになってきた。岸田政権は絶対に潰さなければならないという「保守のコア層」がそう考えるようになってきた。「このままでは日本はもっと酷くなる」と多くの保守層が考えているのは間違いがなくて、今、自民党内でも大荒れなのもそれが理由。

でも自民党内のもつれが目立つようになれば選挙に影響が出るから、自民党はそのもつれを隠す。とにかく「選挙で勝たなければ何も始まらない」わけだから。

でもその動き、危機感は「支持率には出て来ない」のが不思議。今、自民党がどうなっているのか全く知らない、気にならない様子。

ところがヤフーがネット内で岸田政権の支持率を調べたら、真逆の結果がでている。ただネット内では岸田政権の支持率がかなり低いのは今更始まったわけではない。でもそれを多くの人は「どうせ反対する人たちはネトウヨでしょ?」と無視しようとする。

私は世の中は左傾している思っていて、それはメディアは朝日毎日がそうであるように左傾しているから、彼らが問題視しないということは「岸田政権は左傾しているから」と言っても間違いがなくて、本来なら自民党らしくない政権とも言える。今の自民党はリベラル派がとんでもなく多い。

だからリベラル系の国民は「よい状態だ」と思うのだろうけれど、それにしても岸田政権の支持率が高すぎる。日本から保守系の国民は消えていなくなってしまったようにさえ感じます。

あるいは岸田政権は仕事らしい仕事をしないから、メディアも岸田政権を攻撃するネタがないのかもしれない。そしてメディアが政権を攻撃しなければ、多くの人は「きっと良い政権なのだ」と思ってしまうのか。

話は変わって、今、参政党という新しい政党がどんどん支持者、党員を増やしている。

この参政党が大きくなってから批判も誹謗中傷も増えているけれど、私は大いに彼らに期待しています。

でも批判する人たちは「政策らしい政策がない」という。

参政党の主張は3つで、「教育」「食と健康、環境保全」「国の守り」を大事にしようということで具体的な政策はない。

実はここが大きなポイントで、どの政党を選ぶか考えた場合、当然、それは「政策から選ぶ」のが世界の常識。だから「政策を重視する」のは当たり前で、政策をはっきりさせていない参政党を無視し、批判するのも良く分かる。

でもそれって「今までと何も変わらない考え方」ってことなのね。政策で政党を選んでも、政党は「その公約を真面目に主張してきたか」「公約通りに動いたのか」というところが問題。政策とは「選挙に勝つための国民に向けた人参でしかない」のじゃないか。これは自民党もそうで、公約と反対のことを岸田氏は平気でやろうとする。それに安倍氏が口を挟めば、「安倍がコントロールしようとしている」と世間は叩く。これって誰もが自民党の公約を無視しているってことじゃないですか。

当然、「公約を現実のものにするにはあまりにも障害が大きい」のも事実だけれど、問題は【実現すべく努力をしているのか?】ってところだと思うんですよ。私はここには大きな疑問を持っていて、【公約とは努力目標】であり【選挙に勝つための餌】でしかないと思っています。

全てが「形骸化」していると感じます。声を張り上げ、頑張っている風を演じていれば政治家はオッケイで「次の選挙に勝つことを目的として動く」のが現実でしょう。そしてそんなことはもうほぼ全ての国民はわかっているから、期待することもやめているんじゃないか。

日本では「投票率が低い」ですが、私はここに注目するべきだと思っていて、多くの国民は政治家に期待もしていなければ公約がその通りになるなんて考えていないと思っています。「誰が政治家になっても同じだ。変わらない」という人が多いのがまさにそれで、投票率が低いのは「このままで良い」のではなくて【諦め】だと私は考えています。

【政治は国の基本】だと考えるからこそ、今の日本の政治を無視したくなるんじゃないですかね。どうせ政治家が政局を見ながら勝手に日本を動かすだけで、所詮、国民のことなんか考えていないと。

でも参政党のキモは「諦めるな」というところなのね。「諦めるな」というのは政策にはならないけれど、参政党が強く主張したいのはここだけじゃないですかね。国民が積極的に政治を考え、参加することが重要だというのが彼らの基本で、【政策は皆で決めれば良い】ということ。【もう政治家や官僚に頼るな】というのが参政党のキモだと私は思っています。

こんなのは政党でもなんでも無いと言えばその通りだと思うけれど、「皆で政治を変えよう」「やっぱり私達個人個人が積極的に政治に関わらないと駄目なのだ」というところに多くの人が共感し、心を揺さぶられるんじゃないですかね。

でもそれを言えば、どの政党も同じことを言うわけだけれど、やっぱり参政党の顔ぶれが重要だと私は考えていて、私はもし「山田太郎」や「泉健太」「枝野幸男」「辻本晴美」「小沢一郎」、あるいは「岸田文雄」が同じことを言っても全く信用できないわけです。またいつもの「口だけ」だろうとしか思わない。命を賭けてでもやろうとする意気込みなんか全く感じない。また彼らは「彼らがやりたいことをやるだけ」で国民が何を望んでいるかは無視しているように思う。

参政党ですが、党の個人個人を見ないと参政党を評価することはできないはず。また彼らの過去の言動を知らないと彼らが何を目指しているのかもわからないはず。

そういう意味で、参政党がないかなり前から、「神谷宗幣」「松田学」「武田邦彦」たちが何を夢見て、何を主張し、何をしてきたかを私はずーっと見てきたわけです。そして彼らのことをこのブログでも過去に何度も紹介してきた。

彼らがまさかつながってそして政党を立ち上げ、政治家に名乗り出るなんて考えもしなかったし、青天の霹靂。

彼らが国会議員になって何が出来るのか、何をするのか、何を主張するのかもわからない。でも私は彼らに任せたいと思うわけです。

これって企業が新規事業を立ち上げる時に、「誰を中心にそれを行うか」に似ていて、それを選ぶための「過去の実績はない」わけです。でも「あいつにやらせれば出来るだろう」という読みがある。海外に何の足場もない企業が、海外進出をする時に「あいつが適任」というのがあるはずで、それと同じ様に私は思うわけです。

今までの古い慣習、利権、常識に凝り固まっている政界に、それを踏襲しながら政界を変えようと思っても【絶対に無理】なのは過去の経験からはっきりわかっているじゃないですか。大事なのは踏襲するのではなくて、それを壊すというはっきりした意志が必要で、そうじゃないと意味がない。つまりですね、「今までと違う人」であることが重要だと私は考えています。

そして彼らの基本的な考え方は、私の場合はかなりよくわかっているつもりで、おかしなことはやらないだろうと思うどころか、彼らこそあるべき政治家だと私は前から考え、夢想していたことでもあったということ。

特に中心物の「神谷宗幣氏」は昔から一目も二目も置いていて、彼が今回本当に自分の全て、命さえも本気で賭けているのが私にはわかるんです。こういう国士を私は無視することはできない。

でも彼らの基本にどういう考え方、思想があるのかわからずに、「彼らの言う【政治を国民の手に取り戻す】というような理想論、観念論」だけを聞いても「彼らが作ろうとしている日本の将来は想像できない」はずなのね。

そういう意味では、今の参政党の盛り上がりは「感情が揺さぶられる人が多い」だけで、彼らが一体何を考えているのかがわからないとすれば、「一時の流行り」で終わる可能性は大きい。

また彼らの基本は保守であるのを知らないとうまくなくて、彼らの心意気に惚れ込んでもだんだんと彼らを知ると「右に寄り過ぎている」とリベラル系の人たちは感じるはず。

「政策は党員が決める」というけれど、党員の中にもいろいろいるわけで、そう簡単に具体的な細かい政策が決まるとも思えないし、ましてや大改革をする必要があるとすれば、当然、既得利権者は反対するわけで、「指導層が勝手にやっている」と思われる党になる危険性は、既存の政党よりもあるかもしれない。彼らは「皆で勉強しましょう」というけれど、それは「参政党風の洗脳」かもしれないと考えることも必要なはず。

だから政策がどうのこうの言う前に、政治家になるなんて話がないころに「彼らが何を主張してきたのか、どんな日本を夢見ていたのか」を知る必要があるんじゃないですかね。私としては過去からあの人たちを知っていたし、「彼らの言うような日本になったら良いなぁ」と思い続けてきましたから簡単に参政党の応援ができますが、もし私のような保守系ではない考え方を持つ人が、今後に参政党の基礎的な考え方を知ると「だまされた」と思うかもしれない。

改革をしたいなら、まずは力のある自民党に入って内部から変えていくのがよいのではないかと私もずーっと思っていたんですよ。でもそれは間違いだと思うように近年なってきました。「政党」という枠組みはそんな簡単に新参者が動ける世界じゃないのがよーくわかってきたから。

これは自民党から立候補し政界入りをした「青山繁晴氏」を思い出すわけで、彼も高い理想を持っているけれど、自分ひとりで政治を変えられるわけもない。だから自民党に入って、中から変えるしか手がないのはわかるけれど、ではあの力を持つ海千山千がごっそりいる中でどうやって自分の主張を通すかとなると難しい点がある。

でも一石を投じることは出来るし、一石を投じたことを称賛する人も出てくるでしょう。でもそれで何が変わるのかは別問題。

だったら政党を立ち上げてある程度の政治家が出れば、数は少なくても「多数決の世界では重視される(キャスティングボートを握れる可能性もある)」わけで、自民党の中では抹殺されてしまうことでも独立した政党なら影響力は発揮できる。まさに近年は水と油と言っても良いような自民党と公明党の関係を見れば良く分かる。手を切りたくても切れないのがミエミエ。

たとえば、国民民主と参政党が自民に近づけば、自民党は足を引っ張るばかりの公明党を切ることも可能になるかもしれない。公明党はその恐怖を常に持っていて、様子を見ながらコロコロ言うことを変えるのは毎度のことで、最近もかなり自民党に近づいた発言をするようになりましたよね。でもチャンスを見つけると自民党の足を引っ張る。彼らは「自分たちは自民党が行き過ぎないためのブレーキ役だ」と自負しているのかもしれないけれど、自民党が改革を推し進めようとしてもブレーキをかける。そして自民党はそういう公明党を切ることができない。公明党無くして選挙に勝てないから。

どちらにしても新たな政党として議席を持つのは良いことだし、場合によっては自民党内から参政党へ鞍替えする議員も出てくるかもしれない。

まさかと思う人もいるかもしれないけれど、今、自民党は「積極財政派」と「緊縮財政派」が対峙している状態だし、改憲も安全保障も考え方がバラバラ。菅さんも動き始めているし、自民党の中に右派も左派もいて混乱状態。個人的に参政党にエールを送る他党の議員もいると聞く。

もしも岸田さんが参院選に大勝した場合、今後3年間は選挙もなく安泰で、俺の天下だと「安倍派を切る」ようなことをしたり、「高市早苗氏を更迭する」ようなことが起きれば、自民党内は大騒動になるのは間違いなし。だからといって「あちこちの派閥のメンツを立てよう」とすればわけのわからない中途半端な政策しか出てこない。まさに今がそれ。なおかつ岸田政権の真後ろには強大な力がある財務省が睨みを効かせているのは誰にでもわかるはず。

そもそも今までも「自民党を飛び出して新党を作る」なんて話はあったわけで、今では保守もリベラルも何でもありのデパートみたいになってしまった自民党、結党時の理念も完全に消えてしまった自民党に愛想を尽かす議員も出てくるはず。これは野党も同様で、「とにかく反対する」「都合が悪いと口をつぐむ」みたいな野党に反発を覚える右派も中にはいるはずで、彼らも参政党というプラットフォームに魅力を感じるかもしれない。

でもそうなればそうなったで、今までの政治屋の寄り合いみたいな参政党になったら全く意味はないし、それでは簡単に潰れる、潰されるんじゃないですかね。ま、参政党に心惹かれる議員が居たとしても、「様子見」になるのが当たり前で、参政党が前途多難なのは間違いがないにしても、政界に「新風を吹かす」ことぐらいが出来れば上出来なのかもしれない。

改革を夢見た政治家や政党は過去にいくらでもあったけれど、結局は大きな力の前には無力で潰されてきた過去を考えれば、参政党とてそうそううまくいくはずもないと考えるのが順当で、下手に参政党の肩を持つような発言をすると、落選中の議員や専門家も「参政党と共に消される運命になる」と考えるんでしょうね。

参政党から今回立候補した人たちの中には「取引先から取引中止勧告を受けた」なんて人もいるくらいで、なかなか理想通りに世の中は動かない。

「踏み絵を踏むことになる」と考えている人たちがいるのはもうすでに見えています。本来なら参政党に賛同するであろうと思われた専門家たちも、自分の立場を考えると「参政党には近づけない」と考えているのがわかる。

でもそれを変えるには「もういいかげんにしてくれ」と「今の政治にノーを叩きつける国民の声」が重要で、それが大きく広まれば日本も変わる。そしてその希望を私は参政党に感じているわけです。でも「参政党に一票を投じて、彼らに任せる」という考え方では今までと何も変わらないわけで、「私達自身が政治に参加する」という意志が大事で、もし参政党がそこそこの議員数を獲得できたら、次には彼らさえも国民がきっちり監視しなければならない対象になるはず。

でも私はあの「熱き心を持った人たち」を応援せずにはいられない。そして国民が本当に改革を望むのなら、それを出来る可能性は決してゼロではないと思う。でも今まで通りの永田町の理屈で政治が動き、風見鶏のくせして実は財務省べったりの岸田政権が今後の3年間、安泰に続くとなったら本当に日本はとんでもないことになると思う。

【情緒で政治はできない】というのは事実でしょう。でも私は思うんですよ。仕事も金儲けも同じですが、自分に火が付いてやる気が出るのは「心」があるからだと。この心が燃えない限り何をやっても中途半端になるのは誰でも経験があるんじゃないですかね。そして心が燃えるとそれが他の人にも伝播して大きなうねり、より大きな力になる。スポーツだってそうじゃないですか。

理論や理屈を無視するわけじゃありませんが、私は「そもそもやる気の無いやつの話をいくら聞いても無駄」だと思っています。

政治は団体戦ですが、団体戦で大事なのは「絶対に勝つという意志とチームワーク」で、参政党はその力を持っていると思うし、その原動力は「政治に参加しようという意志を固めた党員の思い」で、これは「党にお任せ」じゃないわけで、こういうプラットフォームを全面に出した政党って私の記憶にはない。

だから今までの常識や価値観で参政党を見ても彼らの良さは見えないはず。きっと今までの常識から見たら「参政党には何もない」かもしれない。でも何よりも大事な根本的な力の源泉があるのを私は感じるわけです。

私がこんなことを言えるのは、「何もしがらみがない」からで、ある企業や団体、利権、立場に縛られて生活する人たちに「本当の選択はできない」のはわかるけれど、逆に「縛られて投票してきた人ではない」【選挙にもいかなかった人たち】【縛られていない人たち】【諦めていた人たち】の方がはるかに多いはずで、彼らが動いただけで参政党は大化けすると思っています。

無党派の人たち、今まで選挙に関心を持たなかった人たちをどれだけ取り込めるかがポイントかもしれないですね。

是非とも彼らには「坂の上の雲」を追い続けてほしいし、日本の歴史を見てもそういう人達のみが日本を変えてきたわけだから。

しかし、今の岸田政権はかなり酷いと思うのだけれど、どうして支持率がこれほど高いのか、本当に不思議。今、起きていること、岸田さんがやってきたこと、これからやろうとしていることを本当にみんなわかっているんだろうか。そしてそれで良いと思っているんだろうか。

国や大企業としては良いことでも、しわ寄せは国民に行くようなことになぜ国民は文句を言わないのだろうか。それは野党もメディアも同じで、私はこんな酷い状況の日本を過去には知らない。世界は大きく動き出しているのに、日本だけは蚊帳の外。

今の日本は夢も希望もない「銀行管理下の企業」みたいで、このまま行けばそれは益々加速する。国は今まで以上に衰退し、国民は益々貧乏になるのが見えているのに、それを推し進める岸田政権になぜ多くの国民は声援を送るのだろうか。

不可解としか言いようなし。

でもま、大多数の国民が良いと言っているのだから、こんな事を考える私がおかしいんでしょうね。

先程、興味深いデータを見つけました。

日本人って、日本がどうなっても自分が良ければ良いって国になったんでしょうか。これは岸田政権の支持率が高いのも関係があるような気がしてきます。余計なことはせずに他の国々とも波風を立てずに適当にゆるくやってくれる政権が良いということなのか。政府は「決断と実行」なんて余計なことはせずに、国民の好きなようにやらせてくれればオッケイ?

もし戦争が起こったら国のために戦うか?

こういう日本に何か起きた時に、同盟国のアメリカが助けてくれると思うほうがおかしい。なんで自国のためにも戦わない民族を助けるためにアメリカの若者が命を賭けないとならないのか。当然、日本がこういう状態なのはアメリカはわかっていて、アメリカに何かあったときに日本が助けるわけもないのを知っている。(日本がアメリカを助けようとしたらその政権は日本国民によって倒される)(台湾も同様)

橋下徹氏が「ウクライナは降参すべきだ」としつこいほどに強く何度も言ったのは、こういう日本の世論の反映なんだろうと思う。大事にすべきは個人の生活のみで、国がどうなっても構わないという考え方。

ここには「国があるから国民が存在できる」という国家観が完全に欠落している。

これは日本が平和主義だからと言ったら違っていて、「自分以外の大事なものも守ろうとしない、見捨てる国民」というのが正しいと思う。イジメや自殺の蔓延はこれと無関係とは思えず。【君子危うきに近寄らず】を是とし、臭いものには蓋をし、見て見ぬふりをする社会の様に感じるのは私だけなのか。子育てをする若者を見ていても、「問題と向き合わず、逃げる傾向が強い」と感じます。そして子供はそういう親の背中を見て育つ。

政治家も自分のことしか考えていないように見えるのは、こういう日本の姿そのものなのかも。

でもそんな日本も私は必ず変われる、復活できると信じています。それは国民のやる気の問題。それのみ。

な~~~~んてことを最近考えています。

日本がこんな駄目になった責任は自分にもあると思っています。とにかく自分が、家族がそれなりに生きていけるようにそれしか考えていなかったのは間違いがありません。

でも今、思うんですよ。こんな日本をそのまま次の世代に渡してはならない責任が私達の世代にはあると。

私がどうにかやってこれたのは、私達の先人の努力によって作られた土台としての日本があったからで、今の日本をそのまま残したら私達の子供や孫の世代はかなり苦労するであろうことは目に見えている。私は「感謝」という臭い言い方は嫌いなんですが、「借りは返さないとならない」と思っていて、その恩は次の時代に返していくという考え方を持っています。

たとえ無駄でもやらずにはおれません。

でも自分は自分、他人は他人。皆さん、お好きなようにすれば良いと思っています。

------- おまけ ------- 

本当に不思議です。

このブログで何度か紹介した「看護師の野中しんすけ氏」ですが、コロナやワクチンに関して情報を発信していた人。その野中氏が参政党から福岡で立候補したのを先程知りました。

「神谷宗幣氏」「松田学氏」「武田邦彦氏」も同じで、このブログで何度も紹介した人たち。彼らがみんな参政党に参画して立候補するなんてとんでもない偶然。

「世の中を変えたい」と熱き思いを持つ人達が一斉に立ち上がった感じを受けています。

参政党の党員も5万人を超えてきた。すごい勢い。維新の党員数をも超えたらしい。

風が吹いて欲しい・・・。

     
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