静かな春節だ・・・・

春節ってかなり賑やか(うるさい?)と思っていたのが今回はかなり静かな感じがします。

周りでは花火が多く上がったりするかと思ったけれどそれもほとんど無いみたいな。

例年もこんなでしたっけ?

どちらにしても我が家は春節は全く関係なくて、イーサン(旧正月に食べる料理)も無し。そもそもイーサンを食べたのはマレーシアに来てから6年、一度だけかもしれない。

やっぱりコロナが始まってから、そもそも出不精なのに益々外に出ることはなくなったし、皆で春節にあやかって食事に行こうなんて話も出ないし、街に出て春節の賑やかさを楽しもう、見てみようなんてこともない。

全てが万事、「消極的になった」のは間違いがない。そしてそれに拍車をかけているのが歳なんでしょうねぇ。

でもま、2023年は自分の中では「大きな区切り」だと思っていて、それは私もとうとう今年は70歳になるということ。そして悔しいけれど、どんどん精神も肉体もかなりのスピードで劣化していくのを自覚できるわけで、ボーーっとしていると本当にこのままロウソクの火が小さくなって消えてしまうような気がしています。

面白いもんで、本人は今年70歳になるなんて全く想像もできない、信じられないんですよ。自分としては中身は40代の頃と大きく違った感じはないし、精神年齢はまだ子供だと思うくらい。でも鏡に映る自分はどこかの知らない年寄りみたいな。まさか自分が70歳になって、こんな老けるなんて想像したこともなかったし、今の自分を信じられないのね。

しかしこれが現実だと認めるしか無いわけで、がっかりです。そして今までの人生を振り返っても、「やり残したこと」が山のようにあるのを放置してはならないと思うし、今更とは思うものの自分も「やることはやった」という思いが欲しいし、これからの将来は将来で「やるべきこと」があるわけで、それはそれなりに早く手を付けるなり道筋はちゃんとつけておこうと思ったり。

それをしっかり考えて整理するのに適しているのは「年の始め」だと思うし、今少し、過去のこと、将来のことを整理しようと思っています。

それとは別に、個人的な楽しみもあって、それは「年老いてダメになる」のと同時に、「今まで気が付かなかったことに気がつくようになった」こともあるんですよ。歳を取ると「新しい知識を吸収するのは難しい」にしても、「新しい考え方、価値観を理解できるようになった気がする」のね。

今まで全く無視していた、あるいは自分には関係ないと思っていた「考え方、価値観」に興味が出てきて、【今だから理解できること】って間違いなくあるんじゃないかと思うわけです。

それを追求するのって、結構ワクワクしたりするし、これからはそれを楽しみにしていこうと思ったり。

その内容をブログに書こうとは思わないし、書いても意味が通じないと思っているのですが、多くは「精神世界に関すること」です。そして「古代文明」とか「古代宗教」とか。これって「理屈を重視すると全くわからない世界」だと私は思っていて、でも「感性を重視して進めば見えてくるものがある」ような気がしています。

実はそっち方面は若い頃から興味がありましたが、やっぱり若いときって「論理的であることを重視する」のね。つまり「科学的にどうなのか」というのを精神世界のことでもそういう方面から考えてしまうわけです。そうじゃないと本当に「オカルト」の世界にどっぷりつかってしまい、味噌もクソも一緒になりそうですもんねぇ。古代文明、古代宗教も同じで、しっかりした文献や証拠が多くあるわけじゃなくて、事実とは全く関係ない「信じるか信じないかの世界」を追い求めようとまでは思わなかったわけです。そもそもそんなことにかまっている時間もなかったし。(笑)

ところが歳を取ると、時間的には余裕があるし、「論理的に解明する」ことよりも「感じ取ることの重要性」に興味が出てきたのね。自分には理解できないこと、感知できないことを信じようとする「宗教や精神世界」って、やっぱりダメだと思うんですよ。盲目的に偉い人の言葉を信じるとか、歴史的に多くの書籍に書かれてきたとか、そういうものは「実は真実から遠い」こともあるのがわかってくるじゃないですか。いわゆる「人々を管理するために作られたもの」って間違いなくある。

だから、私は自分は信心深い方だと思うのだけれど、「宗教には属さない」のね。これを言うと反感を持つ人も多いだろうけれど、私も若い頃は「宗教団体をハシゴした経験」はあるのね。でもその中でこれぞ!という人には出会えなかったし、私の疑問に答えられる人もいなかったんですよ。下手すりゃ「余計なことを考えずに、教本を読み込め」みたいな話になったり。

ま、それはそれで大事なんだろうけれど、私の心に響くものに出会えなかった。

ところがですね、どんどん歳を取ってくると、「知識としてではなくて理解できること」が増えてきたのに気がついたのね。それは例えば「愛」であったり。若い頃は誰でも悩むじゃないですか。「愛と恋の違いは?」とか。そんなことはある程度の歳になると簡単にわかることだけれど、若い頃ってそんな違いもわからないんですよね。

それと同じ様に、かつてわからなかった感覚とか概念を、理屈を超えて理解(?)できるようになるから、歳を取るのもおもしろいと思うようになったんですよ。でも精神世界や古代文明、古代宗教なんて「感性で理解できても証拠がない」のであれば意味がないかもしれませんが、私は別に「証明したいわけではない」のであって、「きっとこうであったはずだ」という【自分の中での理解】が欲しいのね。そりゃただの勘違い、信じ込みだとしても構わないんですよ。自分の中で「理由はないけれど確信みたいなもの」があれば十分なわけです。

だからそっち方面を伸ばしたいと思っています。

そういう意味での「私にとっての元年」みたいな気がしています。70にしてやっとスタート地点に立ったみたいな。(笑)

そのうち、このブログに、【とうとう、神と出会った!】なんて書き出すかもね~~。(笑)

     
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