ドバイを見ると「(伝説の)バベルの塔」をイメージしてしまう

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ドバイの発展って凄いですね~。

何も無いところに石油が出て、一気に栄えて、そして石油からの脱却を目指して経済発展に注力。

うまく行っているのだろうし、サウジアラビアも似たような計画を持ち、変化しようと動いている。

でもその発展を見ているとあの伝説の「バベルの塔」が頭に浮かんでくるんですよ。

終わりなき「富への渇望」が称賛され、似たような人達が集まる世界。これって近代の中国やマレーシアの発展にもそれに近いものを感じていました。「一体、何のために経済発展」なのかって。またその発展の根源ってなんなのかって。

「他力本願」という共通点があるとも思うし、それに私は違和感を感じるわけで、「創造と工夫、そして皆を巻き込んだ発展」というイメージじゃないのね。「コストダウンとパフォーマンスの最大化を狙う外国人が集う場所」であって、その地に生まれたものってなんなのかと思うんですよ。

極論を言えば、「不動産賃貸業」に見えるのね。そして「富を持ち込む外国人をあてにする」ような。

中国もマレーシアも「輸出額が大きい」けれど、それをもたらしたのは自国民、自国の技術なのかってところ。これらが「借り物」で、それで大きく発展しても意味がないような気がします。その点、日本も同じような歴史を歩んできたけれど、「日本人による生産、発展」を目指してきて、お金持ちに「是非、我が国に来てください。そしてもっと儲けてください」というのとは違っていた。

もちろん取っ掛かりは同じだとしても、「他国から知識や技術を吸収して、自立を目指す」というのを、私は中国やマレーシアには感じないし、ドバイも同じ。

マレーシアの新しいMM2Hも「不動産購入を義務付けする」とか、金融都市を作るというKLに出来た「TRX」も同じで、「外国人に富と技術を持って来てください」という発想であって、【自国民の力でどうやって発展するのか】という基本が私には見えない。

そして「その富を最大化する」ように国が動いていく。

製造業だろうが不動産業、観光業だろうが「儲かれば良いじゃないか」というのもわかるけれど、そこに伝説の「バベルの塔」と似たようなものを感じます。

ドバイ。

上海。

クアラルンプール。

「高い建物が好き」なのは歴史的にも人類の共通点だと思うし、それは「成功と発展の象徴」なんだろうと思う。タワマンに住みたいと思うのも同じかもしれない。

つまり国家も個人も同じで、「とにかく富が欲しい。発展と成功のランドマークが欲しい」と思うのは共通していて、それに誰も文句も言わないし、全員がそれに向かってまっしぐらに進む。

「国が富む」ことは重要だと思うんですよ。その国の企業も同じで、私は「トリクルダウン」の信奉者。まず富めるものがいなければ、生活の向上が広まることはないわけで、でも近代の金持ちって「本当に自分のことしか考えていない」と感じるのね。これは大企業も国も政治家も、そして国民も同じ。

でも日本ってかつてはそういう国じゃなくて、「金持ちを馬鹿にする風土」がありましたよね。「倫理観を重視する国」で、「金儲け主義を認めない」考え方が強かった。だから古い企業は「社会に貢献する」なんてのを社是に揚げているのが普通で、「会社は従業員のもの」という考え方も根強かった。

でも今の時代、そんなことを言えば笑われるだけで、「会社は株主のものに決まっている」と誰しもが言う。これって「富の分配を受ける大きな権利がある」のにそれを【放棄した】のと同じに思えるんですよ。だからといって「組合が強くなるべき」とも思わなくて、そもそも「株主はどうあるべきか」という原点に問題がある。

儲けた企業は、その富がもっと大きくなるように「分配はしない」し、世界のどこでも「儲かるところに投資をする」し、「利益を得た株主」は外国人ばかりで、富は常に「海外に出る」のを基本と考えるしか無い。だからそれが留まるようにするには、「より魅力がある投資環境を作る」ことになって、もちろんそこには社員も国民も関係ないような時代。

これって世界中の皆が「バベルの塔」を建てるのに一生懸命なのにしか思えない。

政治家も同じで「国家」を語る人が減っているように見える。

かなり昔だけれど、確か大阪の市長選だったと思うけれど、立候補者にインタビューしたニュースがあって、立候補者は「どうしても市長になりたい。どうにか応援をして欲しい」と訴えるのね。で、「大阪市長になって何をしたいのですか?」とインタビュアーの質問にその立候補者は「答えられなかった」んですよ。市長になるのが目的化しちゃっている、恐ろしい時代になったと思いましたっけ。

政治家はやっぱり「政策」が重要で、また「将来への希望」も無視できないけれど、実現が可能とは思えない夢みたいな話も当然駄目で、そういう意味での「まともな政治家がいない」と近年、強く感じます。いや、いないのではないけれど、彼らが表舞台に立てるようなシステムになっていない。でも「支持率が上がらないのなら仕方がない」のも事実で、では「どういう政治家の支持率が上がるのか」を見てみると、なんだかめちゃくちゃな感じがするのは都知事選も次期総理に名前が出てくる人達も同じに見える。

今の時代、「自由だ権利だ」とそればかりが重視されるようになって、誰でも好きなことを主張し、好きなことをやれば良いという時代。それはそれで私もその恩恵を受けているわけだけれど、「道徳とか倫理、国家観」を無視する時代でもあると思うのね。

では自分はどうなのかと言うと、当然、「自分なりの道徳も倫理もある」と思っている。

でもそれは世界中の人達が同じ様に思っているわけで、「私には道徳も倫理も関係ない」なんていう人はもちろん、そんな政治家がいるわけがない。それはあのロシアも中国も同じだと思う。

だからこそ、世界は「バベルの塔」の方向に動くいていくのが必然なんだろうと思うわけです。

そんな世界は「勝ち組は良い」にしても、「負け組はどんどん取り残される」のも当たり前。

だから「負け組にならないように頑張る」しかないのだけれど、私としては「絶対にバベルの塔は建てない」という強い意志を持ち続けたいし、その思いは子供や孫たちにも持って欲しいと思う。

「なぜ自分には富が必要なのか」を問い続けることができなくなったら、その明確な答えはないにしても、それを止めた時点でダボ家は終わりだと思う。というか、存続する必要もない。バベルの塔と一緒に倒壊すれば良いと思う。

そんなことをこのドバイの動画を見ながら考えていました。

https://youtu.be/-eTQBmBlCH4?si=IW9kciwUuMtgRBQF

確かにドバイは凄いと思うけれど、こういう発展に価値を感じる自分にはなりたくないと思った。

やっぱり私は富士山が好き。私が進むべき道を常に語りかけてくれているような気がするから。

富士山は「日本、日本人もバベルの塔の建設競争に勝て」とは絶対に言わない。

 

 

 

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