日本で「小切手、手形」が廃止になる かつてはドロドロした恐ろしい世界だった

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日本では「小切手、手形」が廃止になるんですってね。

良い時代になったと思いますわ。

私は若い頃から起業していましたが、この「手形」には本当に苦労しました。

私は「手形の発行(振り出し)」をしたことがないのですが、「受け取るのは手形」みたいな仕事は多く、資金繰りが大変だったのね。

そもそも信用も実績もない会社が「仕入れ」をするときには【現金払い】じゃないと売ってくれないのね。また「現金払いで買うのが一番安い」わけで、そして現金払いならどこでも売ってくると言っても良かった。私は「輸入」が多かったけれど、輸入も同じで「代金先払い」みたいなもの。

ところがそれを小ロットで右から左に売るにしても付加価値を付けて売るにしても、「代金を受け取るのは手形」が多く、それも【月末締めの翌月末払い、そして3ヶ月の手形】とか。つまり【販売してからお金になるのに4~5ヶ月掛かる】わけです。

例えば月商1千万円の零細企業で、仕入れが600万だとしたら「600万掛ける5ヶ月の3000万円の運転資金がプラスされて必要になる」ってこと。販売しても売上代金はすぐに入ってこないわけですから。

これは逆に現金で売上がある会社は、仕入れは手形で支払うことによって、月商1千万でも4~5千万円の「運転資金が出来る」ということ。これは「輸出」、そして「通販」も似ていて、だからちょっと当たると凄いことになるのね。中小企業でも「自社ビルを建てる」なんてこともできちゃう。あるいは「自己資金の何倍もの取引ができる」という意味でもある。私の同業者が「美容器具を製造し、そしてそれを通販で売って凄いことになった」のを思い出します。でも面白いのが「手形で支払っているから大きな現金が手元に貯まる」にしても、それは【いつか支払うべきお金】なわけで、有頂天になっているとまた恐ろしいことになるのね。売上が激減しているのに、高額な支払いが続くみたいな。そんなことはどんなバカでも考えればわかることなのに、当座預金に常時億単位のお金があると気が大きくなって強気になるのもよくあること。で、あとで地獄を見るなんてことが起きる。でもそれも他人事じゃなくて、これが取引先だと自分も被害を受けることになるから困る。また取引がなくても大きなことが起きれば狭い業種の同業の場合は回り回って影響もでるのね。

でも手形を受け取る方はもっと大変で、現金化するまでの資金が必要なのと、「振出人が倒産すると恐ろしいことになる」わけですよ。例えば主要取引先の売上が月に700万円だとすると、常にその3ヶ月分の手形を常に持っていることになる。2100万円。普通、相手が倒産したら、月末締めの現金払いでも「大体1ヶ月分の売上が未回収となる」と思うけれど、「月末締めの翌月末払い、3ヶ月の手形」の場合、毎月の売上が700万円なのに手形の3ヶ月分の2100万円と、支払いを受けていない2ヶ月分とで3500万円が吹っ飛ぶことになる。

だから新規取引先が出てきても「手形だったら取引できない」のね。危ないじゃないですか。

じゃ、「現金取引で」なんて言ったら受注できない。これはろくでもない仕事しか出来ない中小企業、零細企業の宿命。

受け取った手形はそれが落ちる期日まで寝かしておくことは稀で、「銀行で割引してもらう」のね。手形を担保にして借金をするということ。で、この利息がまた高いわけですよ。

また銀行に割り引いてもらっても、手形の振出人が倒産(不渡り)したら、即刻、銀行が持っているその手形を買い戻さないとならない。もしそのお金が無ければ、自分も倒産することになる。銀行は万が一の時でもとりっぱぐれがないようなことしかしない。

銀行で割り引いてもらわずに、その手形をそのまま使って他社への支払いにも回せるのだけれど、このときは「裏書き」をするわけで、「発行人は自分になる」のと一緒。で、一つの手形があちこちに回ることもあって、「裏書きの名前が連なる」こともあるのね。で、支払責任はその順番となる。でもま、振出人がたとえば「三菱商事」なら大丈夫じゃないですか。

だから「振出人が倒産」なんてことになると、支払い義務はその裏書きの順番通りになって、どこも金策に苦労している企業だと、「次から次へと倒産してしまう」のね。

だから「手形の取引」って非常に怖いのだけれど、それが当たり前の業界もあって、たまに「連鎖倒産も起きる」ことになる。

私の場合は、売り先が大手だったかし、相手が倒産することもなかったけれど、業界内の卸で手形を受け取ると「相手も中小企業」だから危ないなんてもんじゃなくて、売りたくても売れない。是非買いたいと言われても売れない。中には「受け取るのも手形、支払うのも手形」なんて会社もあった。だから取引先に「売れば終わり」ではなくて、その取引先が、その商品を「どこに転売するのか、どう現金化するのか」までしっかり見ないと駄目なのね。でももしも「危険を察知」したとしても「支払い方法を変えてくれ」なんてなかなか言えないわけで、それを言うには「取引停止」を覚悟しないとならないわけです。逆に「安心できる取引先」だとすれば、こちらから相手に有利な支払条件に変えることによって、「売上増も狙える」のね。そして「それをしないと競合他社に負ける」なんてことも起きるからややこしい。「株式投資で株価が上がり続けているから投資額を増やそう」と思うのと同じで、潜在リスクはどんどん大きくなる。

景気が良くて皆が儲けている時は良いのね。錬金術みたいなもので、「自己資本が小さくても大きな仕事ができてしまう」。ところが不景気になると「連鎖倒産」なんてこともたまにあった。

私は受け取った手形が不渡りになり、現金化が出来なかったことって「一度だけ」しかなくて、それはまだ学生時代に「自動車を中古車屋に売って、手形(裏書手形)で代金を受け取った」のね。私は当時、手形なんて良く知らなかったし、手形を受け取ったのも生まれて初めてで、うまい具合に騙された。3ヶ月後に現金になると思っていたら、なんとその振り出した企業はもうすでに倒産していた会社だった。受け取った手形は「裏書手形」で、中古車屋の裏書きがある手形。確信犯です。当然、その中古車屋に支払い義務があって3ヶ月後にその中古車屋に行ってどうなっているんだ?と交渉をするわけだけれど、学生の若造なんて赤ん坊と同じで、なんだかんだまたそこから引き伸ばされて、どうにもならないので「当時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった中小企業の社長である私の叔父(後に倒産)」に中に入ってもらってどうにか数カ月後に現金を受け取ったなんてことがありました。金額は30万円ちょっとでしたが、お金の回収って本当に大変なのを実感しました。50年前の話ね。(笑)

ただ私はその中古車屋が好きだったし信用もしていて、夫婦でやっていたのだけれど、奥さんが経理でこれまた優しくて親切だっただけに、不渡手形を掴まされたのは半端じゃなくショックが大きかった。ちなみになぜ学生時代に自動車を中古車屋に売ったかと言うと、「アルバイト、小遣い稼ぎ」でした。(笑)

当時、私は早稲田の商学部に通っていましたが、大学で手形取引にそんな危険があると習った覚えもない。システムそのものは習ったかも。ケーススタディーを教えれば良いのにね。また学生は「教えられることを覚えるだけで精一杯」で、それ以上のことを勉強することはなかった。でもオーストラリアへ移住して、子どもたちの学校の勉強を見ていると、日本とはまるで違うのに驚きましたっけ。多くのことを覚えさせるのではなくて、焦点を絞って「深く掘り下げて考えること」を教えるのね。だから「多くを知っている学生」には見えないのだけれど、「問題を自分で探して掘り下げて解決する能力が着く」のがわかった。やっぱり私はそういう教育のほうが「役に立つ」と思った。

当時、私の父は零細企業(弱電の輸出専門)のオヤジでしたが、この手形の不渡りのことを父に話しても「何も言わなかった」です。全く、反応なし。せめて「バーカ、良い勉強になったな」とでも言ってくれれば良かったのだけど、どう思っていたのかはその後も聞いたことがありません。もしかしたら「商人の家に育ち、俺の生き様、仕事の仕方を見て育っているのに、どうしようもないバカ」と思っていたのかもしれない。もし私が逆の立場だとしたら、これをキッカケにいろいろと息子に教えると思うのだけれど、父はそういうタイプじゃなかった。「自ら学ぶしかないこと」と思っていたのかどうか、それさえもわからない。でも「聞けば教えてくれる」ことは多かったけれど、「手取り足取り教える」というタイプじゃない。まさに「野良犬が野良犬を育てる秘訣がそれ」なのかもしれないと、今になると思ったり。(笑)

本当に馬鹿みたいな出来事だっただけれど、これが良い経験になって、起業してからは「手形の扱いにはかなり慎重になった」わけです。

また受け取った大企業の手形(例えば百貨店)を銀行に持ち込んで割り引いてもらうにしても、こちらの信用度が低ければ割り引いてくれない。自分が銀行に設定されている限度額(信用枠)だってあるわけで、銀行が割り引いてくれない場合は、「街金」「個人の金貸し」に頼むしかない。

私の知り合いの印刷会社がそんなふうになってしまって、その手形を私が割り引いたことがあります。その手形の振出人の地方百貨店が支払不能になる可能性は低いと思ったからなんですが、その手の手形の割引って「月に2.5%」の利子がもらえるのが普通だった。つまり「年利30%」なわけで、これはとんでもなく嬉しい「副業」となる。2000万円の割引を引き受けたら月に50万円の利益ですから。新卒の月給が12,3万円ぐらいの時代だったかなぁ。

ところがですね、それだけの利子がもらえるということはその発行体の信用度も低いからで、でももし不渡りになっても受け取った印刷会社に支払い能力があれば大丈夫で、それでも「額が大きくなってくるとやっぱり怖い」わけですよ。だからあるころから止めましたが、その後、ものの見事に「その手形は不渡り」となったのを聞きました。当然、それを受け取って他に回した印刷会社に支払責任が移るわけだけれど、支払えるほどの余裕がなくて、その知り合いの印刷会社の社長は「夜逃げ」した。

そもそも元の地方百貨店が振り出した手形も通常の商取引の手形ではなくて「金策のために大量に振り出した手形」かもしれず、印刷会社もそれを知っていて乗ったのかもわからない。どちらにしても情報量がまったくないド素人が手形の割引なんてするもんじゃない、闇の深い世界。危ない会社には様々な人が集まってきてその危機を利用して詐欺まがいのこともするわけで、それに手形も利用される。そこに法律は無力で、いくら債権があったところで「お金がないところからは回収できない」のが世の中の常識。

ババ抜きみたいな世界だけれど(笑)、かつての日本は皆が資金不足で、資金繰りが難しい時代は「その手形システム」があったから皆が生きられたのは間違いないと思う。戦後の中小企業を支えたのは「手形システム」と言っても良いと思っています。銀行からお金を借りるなんてことも出来ない中小企業が「会社間金融」で生き延びたと言えるんじゃないですかね。そしてそこから大きくなった会社はいくらでもある。

また当時、「有名企業のオーナー、政治家」が手形割引の副業をやっているのを知りました。それ専門の「秘書」がいて、手形割引の仕事というか副業をやって、とんでもない額を稼いでいた。高金利の金貸しって「街の悪徳金融業者」だけじゃなくて、立場も名声もある金持ちが裏の仕事としてやっていたということ。かつてはどこの大企業も政治家も「ヤクザとは切れない縁があった」というのはこういうことでもあるんでしょうね。

オーストラリアに渡ってからすぐに私は起業したし、中古車の輸入販売と電話関係の仕事をしていたけれど、「手形のない世界は良いな~」と思いましたっけ。支払いも受取も「小切手」、あるいは「銀行振込み」ですが、【いつもニコニコ現金払い】みたいなもので、売上の回収に関して心配したことは一度もありませんでした。

今、思い出すと昔は中小企業のオヤジでも「皆が歴戦の勇士」って感じがします。甘っちょろい奴は簡単に餌食になる時代。そんな中で皆が戦っていて栄枯盛衰が繰り広げられていたわけで、私の父は倒産さえしなかったけれど、「ドルショック(ニクソンショック)」後にどうにもならずに閉業。そういう意味ではかなり甘っちょろい私が良く生き延びてきたと不思議に思うくらい。でも私は「逃げ足だけは早かった」のは間違いがなくて、それはオーストラリアに渡ってからも同じだったけれど、「背伸びしない」「全力投球しない」「逃げ足は早い」から大成することもなかった(笑)。でも商人として育ったし、父の苦労や親族や同業者の浮き沈みも見ていたから、【大事なことは大きくなることではなくて、生き延びること】という考えが私の基本に昔からありました。やっぱり「小心者」なんだろうと思いますが、だからこそ今まで生き延びられたと思っています。

また後に「相場の世界」にどっぷり浸かるようになったけれど、「株式投資、トレードの世界」も全く同じだと思うのね。「悪いことは続かない」「良いことも続かない」のが世の中の実相で、10年20年という【短い時間軸】で見るのではなくて、自分の人生の60年以上の長期に視点をおいて俯瞰してみると、【生き延びるのは簡単ではない】のがよく分かる。10年、20年掛けてどうにか作り上げた資産や信用が、「ある一瞬で崩壊する」ことが頻繁に起きるのが世の中の常。株式投資も同じ。私もリーマン・ショック時には「半年で日本円換算で資産が4分の1になった」ときには、本当に「終わった。もう日本へは帰れない」と思いましたもの。(笑)

でもま、手形システムがなくなるだけでも、余計な心配はなくなるし、ヤクザも入り乱れて戦う時代も終わりを告げるってことですね。

良い時代になったと思います。現金取引が一番ですもんね~。

でも資金に余裕がないと仕事ができない時代になったとも言える。

---(追記)---
 

思い出したことがあるのでそれを書いておきます。

銀行って良いイメージがありますが、彼らも酷いことをするわけで、こんな事がありました。

ある女性が事業をしていて、運転資金を作るために「亡くなったご主人の遺産である病院と同じ敷地にある自宅を担保にして銀行から借金をしていた」のね。ところが事業が思うようにはいかずにその借金もなかなか返せず、借金の更新の時期が来た。抵当に入っている資産は十分な大きさがあったのだけれど、銀行が更新の条件を付けてきたんですよ。

それは、銀行の他の優良取引先で頑張っている会社があるのだけれど、その会社の借金の「個人保証に名を連ねて欲しい」と。その女性にしてみれば銀行が「大丈夫です。間違いのない会社です」と言うし、その条件を飲まなければ借金の継続は出来ないので、全く知らない会社の個人保証を【世の中の怖さを全く知らない彼女】は受け入れてしまった。

ところがですね、数ヶ月経って、その優良企業だと言われていた会社が倒産したんですよ。当然、全く知らないその会社の借金返済をその女性は迫られるわけで、でもそもそも十分な現金がないから、彼女が抵当に入れていた資産は銀行に取られてしまう。

この個人保証で大騒ぎになったのですが、銀行は「申し訳なかった」と頭を下げるばかりで、彼女が個人保証した責任から逃れられるわけでもない。

これって「銀行が仕掛けた罠じゃないか」と誰しもが思う(倒産しそうな会社の危険を銀行はわかっていて、誰かに借金を肩代わりさせる計画があったろうと考えられる)けれどどうにもならず、でも地上げ屋をやっていた友人に相談したところ「頼めるルートはある」とのことで、任せたところ、な、な、なんと「解決できてしまった」のね。その倒産した会社の負債を返済する義務がなくなった。でも何がどうなってそうなったのかの細かいことはわからない。ただその地上げをやっていた友人は、当時、社会党つながりの部落差別(同和問題)対策の特恵税制(あるいは特別措置法)を利用して、短期の不動産譲渡の所得税が高率だった(土地ころがし潰し)のを逃れていたと言っていたし(窓口は社会党で納税はするけれど、後に還付金として多くが戻されたらしい。真偽の程はわからない)、そのスジの人(同和関係)を動かしたのではないかと想像しています。若い人は「同和って?」って思う人も多いかもしれないけれど、その世界って「日本の闇」とも言える深い深い、半端じゃなく深い闇があるのね。でも今はどうなっているのか私も知らない。

ただこれで一件落着にはならず、結局その女性は自分の借金を返せず、最終的には財産全てを手放すことになったのね。先祖代々医者であり地元の名士で病院長であった夫を働き盛りで亡くし、まだ未成年の子どもたちもいて(子どもたちは相続放棄した)、女手一つでどうにかしようと(ド素人なのに)事業を立ち上げたのが「大失敗」した。友人知人たちが寄ってたかって旨い話を持ってきて食い物にされた部分もあって、マンション経営でもすれば良かったのに、どれほど悔やんでも後の祭りで全てを失った。でも「他人に迷惑を掛けることはなかった」のが唯一の救い。

その女性とは私の義母です。

個人保証って本当に怖くて、友人知人、あるいは子どもに頼まれて簡単にそれを引き受けて自分の財産さえ失う人って世の中にはかなり多い(その手の経験をした私の友人も複数いる)。「他人の借金を返し続けている人」ってそれを口に出すことはほぼいないだろうけれど、実数としては結構多いんじゃないですかね。だから我が家では「たとえ親兄弟でも個人保証は禁止」という【絶対的な決まり】があります。特に「個人保証の場合は青天井」だから万が一の時にどれほどの借金を抱えるかもわからない。そして我が家は親子兄弟間の「借金」も禁止です。でも食えなくなったら生活を助けるのは「義務」。(笑)

また私も結婚前の若い頃に、ある小さな信用金庫でトラブルがあったんですよ。定期預金が満期になったのですが、その利息は普通預金に入れて、元本は定期預金で継続としたのだけれど、後で調べたら「利息分が普通預金に入っていない」のを発見。その更新時に確認しなかった私も悪いのですが、銀行にそれを伝えると「利息分は現金で渡した」というのね。でも私は受け取っていない。

それで揉めて支店長まで出てきたのですが、それはそれは「上から目線」で【間違いはない】の一点張り。

とうしようもないので、そんな事があったのを当時、私の知人で、若い私を可愛がってくれていたあるテレビ局の報道局長に個人的に相談したんですよ。「何が出来るかわからないけれど、調べてみる」という返事。

そうしたら数日後に銀行から電話がかかってきて「申し訳ない。当方のミスだったのがわかりました。ご挨拶に上がりたい」と、数日後にその偉そうな支店長と部長クラスの二人が我が家に来たんですわ。それも「菓子折りを持って来た」のね。

我が家の応接間に彼らを通したら(当時は親と同居)、突然、その二人は椅子から下りて「土下座」した。私がまともな大人が土下座をしたのを見たのはそれが最初で最後。

「大変、申し訳ない。すぐに対処しますので、あの件はどうかご内密に」ですと。

「あの件って?」って私は思うわけですが、それを聞くべきでもないと思って、「わかりました。よろしくお願いします」と返事をしてそうそうに帰ってもらった、なんてことがありました。

私はすぐに知人のテレビ局の報道局長に電話をして、「解決しました。どうも有難うございます。ところでどうやったんですか?」と聞いたら、彼は細かいことを言うこと無く、「良かったね。ま、どんな会社でも銀行でも叩けばホコリは出てくるもんなんだよ」と言っただけ。

だからきっとその銀行の不祥事を「知ってるぞ」と脅かしたのだろうとは思ったけれど、詳しいことはまるでわからない。

ちなみにその「消えた定期預金の利息は7万円ちょっと」でした。これも50年ぐらい昔の話。(笑)

世の中って本当に面白い。そして怖いと思う。

 

 

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