米ドル建て債券を買った イールドは6.03%と5.38%

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今月、償還になる債券が2つありまして、それらの乗り換えですが、新たな銘柄ではなくて前と同じ銘柄にしました。

この2つは「大きなリスクを取らないグループ(日本の超一流銘柄)」ですが、爪を伸ばして知らない、新たな銘柄でリスクを取るのはやめようという考え方。とは言いつつ、一つは(危ない)coco債 (Tier 1)にすることに。

そして今までより長めの残存期間で一つは2034年、もう一つは2035年の償還。ここが思案のしどころでしたが、今後の世界情勢やアメリカ、米ドルの将来を予想しても我が家の場合は何がわかるわけでもないので、ポートフォリオとしてどうするか、期間に差をつける考え方を重視。

それらの調査や選出は息子たちにほとんど任せていて、私はそれにOKを出すか出さないか決めるだけ。最近は息子たちのほうが債券には詳しくなっているので、ほぼ彼らにおまかせ状態。

償還時の2034年、2035年って今の私にしてみると「感慨深い」と言いますか、償還時を楽しみに待つと言うより、「その頃、生きているかな?」みたいなもんで、債券投資を始めてそんなことを考えるのは初めてで、今まで長い道のりだったような、あっという間だったような、なんとも言えない感じがしています。

それぞれのイールドは6.03%と5.38%ですが、無税ですし(マレーシアでは非課税)、何事もなくすんなり行けば下手な投資より良いと思っていて(8,9年後の償還時には1.6倍ぐらいにはなる)、何よりも「定期預金みたいな完全放置」なのが良いと思っています。というか世界の変化によってそれらを売ったり買ったり、乗り換えたりする「ノウハウ」は我が家にはない。

ま、リスクも取って利益の最大化を狙うみたいな考え方は皆無で、あくまで「運用」としてそこそこならそれで十分だと考えていますし、感覚的には「裏庭に埋めて、無いものとして忘れる」みたいな感じでしょうか。

「資産形成」が主目的だとイライラするかもしれませんが、ある程度リスクも取って「そこそこの利回り」を維持していれば【確実に育ってくれる】と思うし、株式やインデックス投資と違って「ハラハラ・ドキドキもない」し、過去に何度も起きたように「何年、何十年も含み損を抱えたまま」なんてこともないし、長期戦略なら私は債券投資がベストだと考えています。でも当然、「利益を使わずに複利で回す」のはお約束ですし、マレーシアの様なその利益には非課税の場所に居住するのは簡単ではないものの、税金負担率も高く、相続時にはごっそり持っていかれる国で自分に何が出来るのかを真剣に考えるのは重要だと思う。

でも投資にはなんでも「原資が必要」で、ある程度大きくなるまでは「もっと効率の良い投資にチャレンジする」のは重要だと思う。

そういう意味でも「短期売買、投機」の効率の良さは逸脱しているので、真剣にトライしてみるのは良いと思う。またある程度の原資が出来てもいつ何時何が起きるかわからないし、「利回りが良い時代ばかりではない」から、「短期売買、投機」は常に稼働させて「ハイブリッド車」みたいにやっていくのがベストと考えます。

私の一つの目安として、「年率7%で回す」という決め事があって、債券では4~5%にしか回らなくても「短期売買、投機」で2~3%は上乗せをするように維持していると、10年で資産は2倍、20年で4倍、30年で8倍となる。それでも追いつけない「インフレ」が来るかもしれないけれど、「高い耐性」は着くんじゃないですかね。また「万が一」のことが起きても「短期売買、投機」のスキルを維持できていればいつでも【復活は可能】ですし、「短期売買、投機」こそが全ての原点と言える。

また大事なことは「生活費は別途に稼ぐ」様にすることで、それが出来ないとこの計画はなりたたない。小さな利益でも「まずは溜め込む」ことをしないといつになっても育たない。でも世の中っておもしろくて、いくら素晴らしい種を蒔いても「新芽のうちに食べてしまう」ことをしたらどうにもならないことに気がつく人は決して多くはない。

でもそれを持続できれば定年は関係なく、70代、80代、90代でも増え続ける。でもま、ある時から「利益を使う」時は来るにしてもそれまでにそこそこの資産が出来れば「増える額が若干減るだけ」の状態を作れる。そしてこのシステムに子供や孫たちを組み込めば「そこそこ安泰な一族」が出来る。

この考え方はオーストラリアで知り合った、あるヨーロッパの王族の「末裔(家具職人)」から聞いた【百年以上も一族の資産を維持し分配している】話をヒントにして30年ぐらい前に自分流に考えたもの。ただし、基本的には「利益に課税されない」「贈与相続は非課税」の地域を組み込まないと成立しない。

これはかつては「絵に描いた餅」でしかありませんでしたが、目標を定めて「絶対に死守する」と頑張れば、【継続は力】なのを実感できる時が来ると思う。まさに「林業」みたいなものかもしれない。日本人は「縄文時代」から集落の周りに【広大な栗の林】を作っていたらしいけれど、その考え方と全く同じで、「貯める」、そして「育てる」ことをせずに狩りや採取したものを全て食べてしまう生き方をしたら命を繋ぐのは難しいのは明白で、それは現代も同じのはず。

意外に年金制度や社会保障って「人類の夢」だけれど、その発達が「自分の力で生きる」ことを忘れさせてしまったのかもね。でも、今、年金制度や社会保障の【破綻】も見えるわけで、新しい人種しか生き残れない時代は来ると思う。

でもこれからの若い人は政府自治体や企業に依存すること無く「生きる術」を考え実践するのだろうし【自立への扉は開いた】と言えるのかもしれない。そういう意味での「FIREという流行」は良いかもしれなくて、脱落者は多いと思うけれどそれは「考えの浅さ、経験の少なさ」から来るわけで、【他者に依存しない生き方】はどうしたって学ぶべきことで乗り越えるべきハードルはいくつもあるにしても、それに挑戦するのは私は素晴らしいと思う。

それは「皆が独立するべき」という考えじゃなくて、「独立して生きる力があるような人達が結集して大きなことを成し遂げる」事が重要で、やっぱり「団体戦でいかに勝ち抜くか」が国家としては一番重要だと私は思う。

他者に依存しないと生きていけない人達はいつの時代にも多いし、老人も子供も、そして障害を持つ人もいるし、それは仕方のないことだけれど、「何が何でも自分は自分の足で立って歩く」という決意がない国民ばかりの国になったら国は自ずと滅びますよねぇ。私としては「自分、家族、一族ぐらいは自分たちでどうにかする」という決意を持った国民が増えたら日本もガラッと変わりそうな気がします。企業だって同じで、「給料と福利厚生、退職金と年金」しか考えていないような社員ばかりじゃどうにもならない。

私はというと秀でた才能があるわけでもなく、やる気に満ちているわけでもなく、普通なら独立しても零細企業として底辺を動き回るしか無いのだけれど、かと言って人生を諦めることも出来ずにどうにか「生きる道」をみつけただけのことで、才能もやる気もある人は大舞台で勝負をかけるのも良いけれど、逆に「どうせ自分は大したことは出来ない」と諦める必要もないってことなんですね。

私もドタバタしているうちにやっと「入口にはたどり着いた」と思うし、そして世代交代も順調に進んでいる感じがしていますし、このまま20年、30年と続いたら良いなと。そしていつの日か、私の最終的な夢を子どもたちが叶えてくれるかもしれない。私はその「土台」を作っているだけで、それが出来ればそれでオッケイ。子どもたちも私の夢を理解してそれに乗っているけれど、私が亡きあと、子どもたちが何を考えどうするかは私にはわからないし、そればかりはどうにも出来ず。そこのところは世の中の老舗や企業の事業継承と全く同じ。

でもまだまだダボ家としては「小粒」で、ちょっと風が吹けばすぐ吹き飛ばされてしまうし、富士登山の「登山口にやっと来た」みたいなもので、これからが本番、正念場。

昨日、今年初めて私と息子二人とDiscordで繋げ、延々何時間も「現状と将来の方向性」を話し合い、一つのしっかりした目標は皆で確認し共有できたので良かった。

私は今年73歳になりますが、まだまだ頑張らねば。

未だに、私に「足るを知れ」という人がいるのだけれど、冗談じゃないと思う。他人の目には「私は金亡者に見える」のは自覚しているけれど、どうにか頑張らないと平均以下の人生になるのは目に見えているから頑張るだけのこと。それでも「自分に必要なものの限度」を知るのは大事なことで、それ以上を「独占」するようなことがあったらやっぱり社会は成り立たない。でも「まだまだ稼げる、もっと大きくなれる余地」があるとしたらそれを目一杯広げて、困っている人は家族や親族の中にもいるし、世の中を見ればそういう人はゴッソリいるのだから【独り占めにせずに配分すればよいだけ】のことじゃないんですかね。

でも私に「足るを知れ」という人の殆どは、「自分が頑張らない言い訳に使っている」「同調圧力」と感じる人ばかり。

ただ私の人生でたった一人だけ「足るを知れ」そして「必ず金鉱を見つけろ」という???な人がいた。それは私の祖母。新橋にあった私の実家の飲食店も祖母が開業した。祖父は築地魚市場の仲買人というバリバリの商家。でも敬虔な仏教徒だった祖母の晩年は「道場」なるものを作り、著名な坊さんを招聘して「皆で様々なお教の意味を勉強する」ことに人生を賭けていた。

その祖母の影響を強く受けたのは「嫁入りした私の母」であり、その息子である私。幼い頃、正月は祖父母の家に親族が集まるのだけれど、必ず小さな孫たちを集めて祖母は様々な話をしていたのを思い出します。もちろん私達は正座したままで、祖父母にタメ口をきくなんてありえない時代。そして私はその祖母の話がなぜか大好きでした。今でも「その場面」が目に浮かんできます。

父はというと祖母の長男なのにそういうことには全くの無頓着だった自己中の無神論者。(笑)

祖母と母のいうことには共通点があった。それは「足るを知れ」、そして「必ず稼げ」と。商家なんだから「稼げ」というのは当たり前だけれど、それと「足るを知れ」ということがどう両立するのか私には良くわからなかったんですよ。やっぱり「自分で稼いだものは自分のもの」という「強い固定観念」から離れられなかったのね。そんなのは当たり前だと信じ込んでいた。まさか「他人にお金を配分するために稼ぐ」なんて全く、全然、想像することさえ出来なかったのね。でも結婚して子供も出来れば「自分は我慢してでも家族のためにお金を稼いで使う」のは誰でもすることだけれど、それ以上のことを私は考えられなかったんですよ。ましてや「他人のために一生懸命稼ぐ」なんてそんなバカなことが出来るかと思うような自分だった。

その真意、重要性を私が理解したのは50代だった。バカだよね~~~~。(笑)

意外なのは私の二人の30代の息子たちは「それは当たり前のこと」としてもう理解している。なんなんですかね。オーストラリアの学校教育のカリキュラムの中に「ボランティア活動」があって、子どもたちの学校はかなりそれを重視していたし、その根底にある思想を子どもたちは理解しているのかも知れない。

どちらにしても私としては「祖母や母、そして見えない何か」に対して「有難うございます」と手を合わせて頭を垂れるのみ。

私は輪廻転生とか霊の存在は信じないというか、全くわからないのだけれど、【強い思い】は影響力を持ったまま存在していると感じるんですよ。だからやっぱり「悪い想念は抱かないように」と思うし、「お天道様の温かい日を浴びながら真っ当に生きていきたい」と思うわけです。

そして生きるということは「感謝に始まり、感謝に終わる」と知らないうちに考えるようになった。なんだか「生きている」のではなくて「生かされている」と感じるんですよ。

でもどうしてそう感じるのかは全くわからない。

これって「歳」だからそう思うようになったんですかね。

どちらにしろ「生かされている」と感じる限り、それに呼応した生き方を嫌でもするしかないわけで・・・。(笑)

人生って本当に面白い。

 

 

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