この件はこれが最後

この何日間の間に面白くない話題が続いてしまって申し訳ないと思っています。

私は一生懸命にある目標に向かって活動している人たちを悪く言うつもりは毛頭ありませんし、価値観は皆違うわけですので、私に合わせろなんてことももちろん考えていません。

私がオーストラリアで学んだことは、自由とは何か、だったような気がします。自分たちが自由であるのと同時に、他も自由であり、それぞれの存在を認め、マイノリティーの意見も受け入れる。もちろん異質な物を排他しないということでした。人種差別と言えば本家本元のオーストラリアですが、過去の反省があるのでしょう。異質の存在をあえて積極的に受け入れるという姿勢が各所に見受けられます。

そして自由が保障されているかどうかの判断基準ですが、それは結果として受け入れられたのか、排除されたのかが重要で、過程による違い、言い訳は一切無しだということです。私はここが重要だと思います。言い訳の中にこそ差別が隠れているからです。差別と区別は違うというのもわかりますが、どちらにしてもその評価は結果のみで判断されるべきものでしょう。私はこの考え方は日本人の中にはほとんど無いと思っています。言い訳がまかり通るのが日本式。

郷に入っては郷に従えという言葉があります。これは生きる上でのノウハウとしては利口な選択だということだけで、それを自分で選択するのは勝手だけれど、他人にそれを押しつければ自由を否定することになるはずです。みんなも我慢しているんだから、お前も我慢しろと言う論理も本来成り立たないんですね。自分が自由であることも難しいし、ましてや他人の自由も尊重するなんてのは、言葉では簡単ですが、実は非常に難しいことだと思います。

日本には自由が存在していないと考えている方は多いと思います。だからこそ海外へ出る。しかし、どこへ行っても日本人は日本人だよ、変わりはしないよと言って、日本人社会から一定の距離を保っている人も多い。私の回りにはそういうタイプの方が圧倒的です。日本人会にも入らない。でもねぇ、私はそれを聞くとちょっと悲しい気持ちになってしまいまうんですよ。

何か突破口があるような気がしてしょうがないんです。

無理なのかなぁ・・。3人集まれば派閥ができる、なんていう言葉は大嫌いですわ。

     
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