音楽にさようなら

自分の人生を振り返ってみると音楽が中心と言っても良いくらいいつも音楽に関わっていたのがわかります。

両親が洋楽好きだったせいか、私が歌として最初に覚えたのは「ユーアーマイサンシャイン」で母から口伝に教えてもらっていつも歌っていたのを思い出します。小学校低学年には父がハワイアンが大好きでウクレレをやっていたので私もウクレレを弾いていました。小学校高学年にはギターを始め、中学では一時期エレキ(古いなぁ)、高校に入ってからはウッドベース。大学時代は他のことに夢中で楽器はいじらず。(笑)

まぁ、楽器としてはこんな感じですが、実は歌のほうが好きでした。楽器とは歌の伴奏をするものという考え方です。で、入れ込んだのはジャズ。ああ、その前にビートルズキチガイと言っても良いくらい、小学校のときから一日中聞きながら歌っていました。中学の時にはビートルズが来日し、生まれて初めて学校をサボって武道館に見に行きました。かなりのビートルズキチガイでしたので、後半のビートルズは別にして、サージャントペッパー辺りまでの曲は全て空で歌えます。武道館のビートルズですが、ジョンがしょっちゅう歌詞を間違えるので、ジョンってバカなのかと思ったくらい。(笑)

曲も一曲聴くと、レコードの中の順番が頭に入っていますので、自然に次の曲が出てくるくらい聞き込んでいました。

でも自分でバンドを作ってビートルズをやろうとは思わなかった。自分でやるのはどういうわけかフォークの方でした。まぁ、楽器とか仲間の問題があったからかもしれませんが、PPM(ピーターポール&マリー)のコピーをやっていました。と同時に毎日何時間もギターをいじっているうちに、作詞作曲なんてこともやっていましたっけ。中学時代だけで30曲ぐらい作ったかなぁ。

ところが中三の時に、日系二世のジャズ好きな叔父がレコードを一枚くれたのです。これがジャズの大御所でもあるビリーエクスタイン。男性ボーカルです。これにははまりましたねぇ。それまでは歌って楽しい曲を歌っていましたが、心を打つ歌があるんだというのに気がついたのがビリーエクスタイン、ジャズボーカルでした。

まぁ、それからはミスターBBといわれるビリーエクスタインと同系のジョニーハートマンに興味が移り、彼のレコードは全部集めて、これまたビートルズのときと同じように全部歌っていました。マイワンなんていうジャズボーカルの定番を覚えたのもこの頃。高校2年だったかな。

ジョンコルトレーンとのコラボであるこのレコードは大好きでした。My one and only love。ジョニーハートマンの歌は2:00辺りから。

でも思い出してみると高校時代に一番聞き込んだのはアンディウィリアムズかもしれません。なんせ彼のレコードはたくさん販売されていて、ありとあらゆるジャンルの洋楽を彼は歌っていたのね。で、それを片っ端から覚えましたっけ。基本はスタンダード。これは聞くためというより自分で歌うため。思い出のサンフランシスコはもちろん、定番は全部アンディから教わったみたいな感じです。というのはジョニーハートマンが好きでも彼のようには歌えないわけですよ。難しすぎる。でもアンディって教科書みたいな人で、歌もそして英語の発音も素直なのね、標準というべきか。

でも自分でも不思議なのは、普通ジャズボーカルっていうと女性ボーカル好きが多いのね。でも私は全く女性ボーカルには興味がなくて、サラボーンには脱帽してちょっと入れ込んだけれど、他の超有名な女性ボーカリストは全く聞かず。

ああああ、違う。ジュリーロンドンは好きでした。でもジュリーのレコードっていろいろ無いのね。でも彼女のささやくような歌い方には身震いするほどの感動があって大好きでした。やっぱりクライミアリバーは大好きで、自分でもよく歌っていました。

実は成人してからもいつも思っていたことがあるんです。もしバーのカウンターの片隅でグラスを傾けながらクライミーアリバーを口ずさむ女性がいたら、それだけで恋に陥るであろうってこと。これは結構長い間そう思っていたのですが、とうとうそういう女性とは一度もめぐり合うことはありませんでした。もし今そういう女性がいたらどう感じるのか、確かめてみたいような気もします。(笑)

28、9歳の頃かなぁ。まだ独身でしたが思うことがあって自分の今までの歌の集大成というか、遺書みたいな感じでどうしても自分の歌を残したいと思ったんです。で、LP制作に入りました。友人のプロに頼んで、これまた(安い)プロを集めてもらって護国寺にあったキングだったかなぁ、プロのスタジオでまずはカラオケを録音して、練習して、結果的には自費で50枚のLPを作る予定だったのですが、友達からの温情もあって、売上金120万は見えていたのだけれど、結構恐ろしいお金が掛かって、途中で挫折。全部パー。本当に残念だったのですが、12曲の内、11曲は洋楽。1曲はラブイズオーバー(笑)。

LPの名前は「Everything must change」副題(まだ見ぬ子達へ)。諸行無常みたいな感じであの中に自分の思いを全部詰め込むつもりでしたので、あれは是非完成させたかったなぁ。ある女性との出会い、驚き、恋に落ちてというストーリー仕立てになっていて、裏面に入ると、疑惑、心変わり、別れ、涙、そして最後のEverthng must changeで、人の世の侘しさを歌って終わり。カラオケテープはありますが、今とはキーが違っていて声も出ないはず。大好きな曲ばかり集めました。LPの名前でありまた一番最後に収録する予定だったEverything must changeはサラボーン風のアレンジで大好きでした。

まぁ、こんな話をしていると延々何時間も、文字にしたら恐ろしい行数になるので適当にしますが、いつのまにか音楽から離れていた時間も結構長くありました。ちょうどレコードからCDに変わる時期かなぁ。ほとんど何も買わず、ラジオも聞かず、持っているレコードもほとんど聞かない時代がありました。まぁ、仕事が忙しくなったというか、遊びも違う楽しさを覚えた時期でもあります。

そして結婚、ドタバタしている内にオーストラリア、そしてまた凄いスピードで時間が過ぎていくわけですが、ここでも音楽との接点はほとんどありませんでした。子供の為と思い、気まぐれでギターを買ったのですが、小学生からそれこそ何年弾いていたのか、一時期は長谷川清の別れのサンバみたいな結構難しい曲を弾いて、広島の田舎の公民館で歌ったなんてこともあったのに、ギターまるで弾けないんですよ。指が両手とも動かない。これにはびっくりしました。でも元に戻すための努力もせずに、そのままギターは放置。

それからまた月日が経って、ある日ある時、コンピューターミュージックに目覚めました。それまではいかにもデジタルサウンドって感じで、富田勲とかバンゲリス(あのブレードランナーも彼)が好きでしたが、シンセはシンセって感じだったんですね。ところが時代の変化とともに楽器の音がかなり近く再現できる時代に入っていた。

これに飛びついたんです。自分は音楽は長くやっていたけれど、仲間には恵まれていませんでした。というか活動らしい活動をしたことはなく、高校時代にグリークラブに入っていた(この高校はいつもコンクール入賞する)とか、フォークバンドを作ってちょっとやっていた程度で、私が本当にやりたい方向性を持っている友人とは知り合えなかったんです。だからいつも一人。

ところがですねぇ。PCで音楽を作るってことは一人でオーケストラだって出来るわけですよ。大好きな歌手の大好きな歌をそのままコピーしたMM1(ミュージックマイナスワン)つまりカラオケも作れちゃう。これには入れ込みました。

ところがやっぱり駄目なんですね。自分はピアノが弾けない。知っているのはギターとベースだけ。つまりPCで組むにも他の楽器のパートは想像でしか作れないんです。技法もわからない。それを言い出すとちゃんと音楽を勉強したこともありませんから、コードさえもわからないんですね。

でも勉強しようとは思いませんでした。50過ぎて一から音楽の勉強をする気はなし。だから「もしかしたらこうかもしれない」という当てずっぽうで曲を作り始めました。

例えばこんな曲。全てシンセサイザー、PCが作り出す音です。

ギターが好きだからギターのこんな曲とか。

アレンジの練習を荒城の月でやってみたり。

音楽とは別に私はカメラが好きでしたし、ユーチューブもどんどん画質や音質が良くなってきたんです。つまり動画と音楽の合体、ミュージッククリップが面白くなって興味がわいてきました。自分の好きな風景とか旅行記に自分の音楽を足したら楽しいだろうなぁと。

ニュージーランドキャンピングカーの旅のビデオに曲をくっつけてみたり。(この曲は、チンとかシャンとか音の部品、短いフレーズを寄せ集めて作った)

で、こんなことを一時期やっていたのですが、やっぱり音楽の基本的な知識や素養が無いですからすぐ壁にぶち当たるんです。で、それをどうしても乗り越えられない。もし若かったり、どうしてもやりたい趣味ならそこから頑張るのでしょうがそこまでの意欲はなし。

そしてそんな頃にマレーシア行きの話が出てきて、音楽がどうのやってる暇もなくなりました。興味もすーーっと引くように消えていきました。

でも思ったんですよ。マレーシアに行ったら時間はたっぷりあるし、そうしたらまたじっくり始めてみようって。

まだマレーシアに行っていないわけですが、子供達も就職し、一段落ついたような気がするものの、実はそうじゃなくて、親として、一人の男として、自分がやらないとならないことがあるんじゃないかというのが日増しに鮮明に見えてくるんです。でもそれをやりとげないと死ぬに死ねないのに十分な時間があるとは言えない。

音楽なんかやってる暇ないぞ、という感じ。(というか、半端じゃない時間が食われるのね)

ということで、今日、何で音楽のことを書いたかというと、今日、自分の中でけじめをつけようと思ったから。

今まで長い間私と一緒にいてくれた音楽に有り難うを言いたい。ギターを弾きつつ泣いたことなんか何度あったか。いろいろ心に思うことを歌に乗せて一人歌うことも多かったし、音楽があるから私もあったような気がします。私の生涯のパートナー。

でもこれからは距離をおくことになります。ギターもPC音楽のデータ入力用のキーボードももう二度と触らないかもしれない。CDさえもう買わないかも。新しいアーティストなんか気にすることもないかも。作曲なんか二度としないかも。真剣に歌うことも・・・うーーむ、ないかもなぁ。というか、今までみたいなこだわりは捨てるってこと。

音楽に有り難う。そしてさようなら。今までの私はもういなくなります。

     
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