還暦だ~~~~~

ジグソ~~~~~~~~~~~~~~。とうとう還暦になってしまった。

悔しいよぉ~~~、悲しいよぉ~~~~。

いやいや、今までなんだかんだ言っても無事に、そして平和に生きて来れたこと。また親兄弟、嫁さん、子供たち、また縁あって知り合った人たちに感謝したいと思いました。

神様にも、ちゃんと有り難うを言わなくちゃだわ。

ということで、今日の晩御飯はゴールドコーストで一番(高い?)の日本食レストラン「天」に夫婦二人だけで行くことにしました。還暦って昔から皆で祝う風習があるわけだけれど、今では間違いなく年寄りの仲間になったことをあえて周りに知らしめて祝うことはなかろうと思っています。ああ、あれって祝うんじゃなくて、みんなに感謝する為にあるのか?

ま、どちらにしても夫婦二人だけで誕生日パーティです。あ、そうそう。クアラルンプールにも「天」があって、なくなってしまったと思っている人もいるようなのですが、閉店したのではなくて引越ししただけ。今はKLCCのど真ん中、確かマークの中にあるはず。

で、今日は早速ヨメさんと喧嘩です。その「天」に関して。

「昨日、予約取っておいたわよ」
「おう、サンキュ。どんな内容にしたの?」
「国さん(板前さん)が電話に出て、お任せでやってもらうことにした」
「うんうん、それがいいね。ところで予算はいくらで頼んだの?」
「お任せで頼んだって言ったでしょ」
「だから~、いくらのお任せなんだよ」
「料金もお任せよっ!」
「・・・・・・・・・・・・。お前さぁ、そういうのって何か変だと思わないの?」
「良いじゃないの、誕生日なんだから。覚悟しなさいよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

今の時代でもこういう人がいるんですねぇ。まさか自分のヨメさんがこういうタイプだとは予想もしなかった。って、そういう風にしたのは私のせいなんでしょうねぇ。

なんだか金銭感覚がおかしくて、飲みにいったとして、家で飲む酒がなければその飲み屋から(酒屋じゃなくて)酒を買って持って帰るような人。ホテルに泊まっても冷蔵庫の中身は飲み放題、食べ放題する人。こういうのに文句を言うと、ケチ臭いことはいいなさんな、とこちらが怒られる。

そうかと思うと、夜店で買ったような指輪を大切にしていたり、これまたお気に入りのハンドバッグはどこかで買った800円ぐらいの物。宝石とかブランド物を買って欲しいという話は結婚前から今まで一度も聞いたことがない。ところが昔はスタイリストだったから着るものに関してはかなり五月蠅い。でも高価なものが欲しいと言ったことは一度も無し。だから高価なものなんか何も持っていない。それでも私には「年取ったらみすぼらしい格好はするな。安物は買うな。」と言う。まぁ、私はいつも安物買いの銭失いで、確かにみすぼらしい格好(安いTシャツと半ズボン)の生活には20年以上の年季が入っているわけで、そう簡単に変わることはないだろうなぁ。

私が死ぬときには、ヨメさんが自由に出来るお金は一切残さない、ってかなり前から宣言をしているんだけれど、それに関しても全く文句を言わない。子供が苦労しそうで、子供達もそれを言うんだけれど、私は彼らに「俺に取ってはママは所詮赤の他人。でもお前たちに取っては何がどうなろうと母親なんだから、死ぬまでちゃんと面倒みろよ」といつも言います。

「わかってるよぉ~」と子供たちのふてくされた顔が面白い。  (笑)

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この日記を書いた後、ヨメさんにちょっと聞いてみました。

「あのさぁ、今までお金が欲しいぃ~~って思ったことある?」
「・・・(考えること数十秒)・・・。うーむ、お小遣いは人並みに欲しいと思うかな。」
「何に使いたいの?」
「やっぱり好きな服を買いたいし、靴も欲しいし・・・・・・」
「ふーん、変わってるねぇ、やっぱり」
「そう?」
「うん」

こんな会話。ちなみに我が家には毎月決まった小遣いというのはありません。子供達もそうやって育てました。

普通お金が欲しいと思ったことがあるかと聞かれたら、そんなのは当然でしょって話が止まらなくなりそうなんだけれど、ヨメさんは数十秒考えないと答えが出てこない。 (笑)

金銭感覚がおかしいというより、金銭感覚そのものが「無い」のですかね。

私からすると無駄遣いを平気でするように見えるのですが、そうかと思えば、さすが九州女なのか、高菜の漬物でもあれば嬉しそうにそれだけでご飯を食べるし、彼女の大好きなチーズの入ったソーセージ(これがこちらでは大流行)が2本あればおかずとして十分だなんていうし、私がかつては宝石屋だったのに宝石は一つも持っていない(泥棒に取られたっきり)。巷の女性が好きそうな高価なものを見て欲しいと言った事もない不思議な人。だから無駄遣いはするけれど浪費家とはまるで違う。逆になんでこんなと思うような安物を買うことがあるのだけれど、それはケチだからそうなんじゃなくて、お金とは関係ない価値を見出す力があるのかもしれない。

でもお金があれば人助けができるとか、世の中を変えられるとかそういう発想も無し。

金に価値を見出していなくて、無ければ無いで良いと平気で言うし、嘘つけ!と思うけれど本当にそれができそうに見えるからやっぱり不思議。そういえば、お金が無い時代に、お金が無いことに関して一度も文句をいったことがなかったっけ。

それはお金で本当に苦労したことがないからそうなのだと100人中99人は言うでしょう。私もそう思うんだけれど、考えてみると、お金で苦労したことがないほどラッキーな人生でもないんですわ。

こういうのって旦那にも移るのか、最近歳を取って来ると若い時みたいに、あれも欲しい、これも欲しい、金があったらああしたいこうしたいって思いが段々薄れてくるのを感じるんです。でも守銭奴とは言われたくないものの、お金大好きで、そればっかり考えて生きてきた人生だし、もしかしたら、ヨメさんの方が私より前を歩いているというか、ある種の「悟り」を持っているような気がしてきます。

お金は大事だし、お金がないと何も出来ないし、お金で幸せは買えないけれど、お金がないと崩れる幸せはあるし、そもそも自分を取り巻く問題のかなりの部分はお金で解決するように見える。それが私としては普通の考え方だと思うのだけれど、バカにしか見えないヨメさんが本来あるべき姿なのかなと、フト、思うこともあるんです。少なくとも彼女の人生って金に左右される人生じゃなくて、というかあればあったなり、なければ無いなりに生きていける強さがあるのか。

私は金が無くなったら、稼げなくなったら大変だとビクビクしながら生きているのが本当の姿で、ターザンのような生き方が出来るヨメさんがうらやましいと思うことも無くはないんです。

うーーむ、でも無理だわ。男として、旦那として、父親として無ければ無いでしょうがない、なんて言えませんよねぇ。

これって価値観とか金銭感覚の問題じゃなくて、責任の問題ですよねぇ。ヨメさんは責任感がないのか。うーーむ、なんだか良くわかりません。単に性格の違いか?順応性?これってもしかしたら男性にはわからない部分かなと思ったり。女性の持つ順応性とか母性って私には理解できないところがあるのは確か。

しかし、一ついることは、ヨメさんが私と同じようなお金大好き人間だったらかなりややこしい家庭になっていただろうということ。夫婦ってやっぱり凸と凹の関係になっているんでしょうか。(笑)

お金から自由になる為にはお金に勝たなくてはならない、稼がなくてはならないという相反する考えを私は持っているのだけれど、嫁さんはいとも簡単にお金から自由で、束縛されていない生き方をしている様子。やっぱり私は守銭奴なんでしょうね。金はなくてもいいからこういう風に生きたい、これがしたいとは思いませんもの。なぜその仕事が好きなの?と聞かれて「儲かるから」なんて答える人生って最悪なのはわかるんだけれど、私の人生ってそんな程度。で、それでてそんなに持ってない、稼げていないんだから、一体私の人生ってなんだったのかと思う今日この頃。

今日から60代。今までとは違う生き方を模索してみたいなぁ。

     
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