なぜ私は日本はもう駄目だと思うのか&若者よ、海外に出よう。日本の将来のために

最近の日記、またそのコメント欄でのやり取りで、私が日本の将来には全く期待していないようなことを書いたのをしっかり読んでいる読者もいて(笑)、「日本大好き人間のダボさんがなぜ日本の将来は駄目だと言うのか?」というメールを頂戴しました。

まず日本大好きなのは間違いがなくて、これは何があろうと自分の親、ルーツと同じですからこの思いは一生続くと思います。でも日本の将来がどうなるかってことはそれとは全く関係ないんですね。親が金持ちになろうとホームレスになろうと親は親なのと同じ。

日本の将来ってやっぱり経済的なものが一番気になるわけですが、これは多くの人が想像しているのと同様、かなりうまくないと思っています。景気そのものは生き物と同じで海外の動きとともに良くなったり悪くなったりの波が常にありますが、日本の場合はどんなに頑張って目先のことを繕っても「構造的なもの」の変化がない限り、今までと同じように「他国は伸びても日本は取り残される」と考えています。

ただ財務省主導で騒ぎを大きくしている「日本政府の借金」(日本のではない)に関しては、マイナス面ばかりを誇張しすぎていると思っていて、日本のバランスシートとしては騒ぎすぎに感じています。もちろんこのままで良いわけではないですが、このマイナス面を誇張するがゆえに「緊縮財政」が恒常化して飛躍のための一歩が閉ざされていると思うのです。でもそんなのは市井の中小企業的な考えでしか無いのも自分では理解していて、経済学的、あるいは会計上の常識から言えば「増税」+「緊縮財政」にならずを得ないのは多くの国民が考えているのと同じ。

ただこの増税と緊縮財政を続けても日本は良くならないと思うだけの話なんです。増税と緊縮財政によって作られるものは、人間で言えば「基礎体力」と同じだと思うのですが、ではその基礎体力を付けて「何をするのか」というのが日本には無い。それどころか日本は今後益々「社会保障費」が増大するのはわかっているのにそれには「誰も手を付けられない」じゃないですか。特に年金が破綻するのははっきりしていて、本来は年金は国費で補うものではないのに(日本の場合)、これが常識となっているし、そこに改革のメスを入れようとする政治家が現れても、きっと彼を当選させないという動きになるであろうことも見えている。既得権益も誰にも壊せない。官僚が必死に抱き込む天下りも同じ。

でもこの年金だけで日本政府は破綻するのは見えていて、年金の原資がなくなったあとはとんでもない額の歳出になってすぐに何百兆、一千兆円を超える金が必要になるのははっきりしている。

既得権益にしても、天下りの構造にしても一向に変わらないし、「国民全員が自分の利益の確保のためだけに一生懸命」という根本的なところがまるで変わらない。こういうところは例えばオーストラリアを見ていると随分違うと感じるんです。そりゃ自分の利益が減れば大騒ぎをするのは同じですが、「国の将来のため」にどうするべきかを「国民が受け入れる」風土があると感じます。ですから日本に比べるとオーストラリアって「先手、先手」を打つのが早いように見えます。これは公共事業もそうで、「もうこのまま放置はできない」ところまで放置しないんですね。例えば「道路の拡張」一つ見ても、どうにもならなくなってから手を付けるのではなくて、そうなるであろうという予測があれば先手を打って動くような感じ。

日本は先手も打てない、今ある問題も解決できない、そういう国に見えるのです。私はこれから「韓国」も酷いことになると思っていますが、構造的なものは非常に日本と似ていると思います。表面的に繕うばかりで抜本的な改革が出来ない国。その点、世界に影響が大きい中国ですが、的外れのことばかりしているし、隠蔽体質は日本の比ではないし、このままでは中国発の世界大不況が来るとしか思えないのですが、でも「行動の速さ」は見えるんですね。たとえそれが的はずれだとしても。そして体制が体制ですから、トップが決めればその方向で国は動くわけで、もし中国が「的を得た改革」を進めれば回復は早いかもしれない。でもそれは「国民の痛み」が半端じゃない国ですから、簡単にはいかないだろうと。でも私には中国は「トライアンドエラー」が出来る国に見えるのです。でも日本はトライも出来ないし、エラーを省みることもできない国。

世界的には私は大不況が来ると予想しているのはいつも書いている通りですが、その理由を上げよと言われても無理。(笑)

これは単なる「動物的勘」でしかなく、大手メディアでは出てこない、あるいは無視されている様々な情報を見ていますと、こりゃタダ事じゃすまないと感じるわけです。

実はこの感覚は世界も同じだと思っているのですが、でも日本のメディアがそうであるように、「それを隠す方向」に動いている。これって「重病人」に「お前はもうダメだ。時間の問題だ」というのに似ていて、騒いで良いことは何もないんですね。私はこれをイギリスに見ることが出来ると思うんです。あの中国にベッタリでオコボレをもらおうとしているように見えるし、「中国には問題がなくて将来性がある」という姿勢を感じます。でもそれはどこの国も似たようなもので、AIIBにしてもIMFにしても、中国元建ての債権を引き受ける各国も同様。

でも彼らの本心は「中国は大丈夫」と考えているんじゃないはずなんですね。

今の時代、世界は金融で利益を出すのが普通になってきて、我々の考える「良い状態」というのは「景気が良くて株式も商品も右肩上がりで上がる状態」と考えがちですが、そもそも現代のこの「金融時代」を引っ張ってきた連中はそんな甘っちょろいことは考えていないのははっきりしているじゃないですか。規制緩和で「金のなる木」をあちこちに育てて来たわけで、それは「強者が弱者からむしり取る構造」と言っても良くて、「自分に利益が出るチャンスを増やす」ことに意味があるんじゃないですかね。景気が良くて右肩上がりで経済が動いて、「皆がハッピーになる状態」なんてのは考えていない。

つまりリーマンショックも同じで、「勝ち逃げ」ができれば「変動こそがチャンス」であるし、中国元にしてもそれを世界に通用させることによって「世界が良くなる」なんて事は考えていないだろうと思うんです。逆に中国元にアクセスしやすくして、例えばですが「暴落時に売り浴びせる環境」が整っていれば、前代未聞の莫大な利益を得るチャンスがある。これはアジア通貨危機とかポンド暴落、ロシアルーブル暴落も同じで、あれを「売買する環境」があったからジョージ・ソロスみたいなのが莫大な利益を得ることが出来た。長期の安定した運用を考える機関投資家、銀行も今はヘッジファンドに資金を回す時代。

要は「賭場、カジノがあちこちに出来る」ことが良いことであって、右肩上がりの経済成長なんてのを夢見るのは庶民ばかりで、世界の経済を動かす大資本の「金を儲ける方法」が我々の考える方法とはまるで違うようになっていると思うわけです。これって昔の日本の株式市場に似ていて、「仕手筋」と「大衆」の関係になっている。良い話をばらまいて大衆をその気にさせて、そういう演出も巧みで「賭場」におびき寄せる。そしてある時、「売り抜ける」。これって日本の今の株式市場でも「外資」と「日本の株式投資家」の関係がそうだと指摘する評論家も多いし、またFXの世界でもかなり前から「豪ドルを買うことしかしない日本人」をターゲットにし、その日本人は「ミセスわたなべ」と呼ばれ、食い物にする動きがあったんですね。

要は世界中が賭場、カジノになっていて、そこで金儲けをし、そのノウハウを持っている勝ち組に取っては「市場が広がること」こそが善であって、AIIBがどうだとかIMFが元を認めて大丈夫なのかとか、そんなのは「株式投資の初心者」が言うようなことと同じだってことじゃないんでしょうか。

この考え方が世界に蔓延しているのは間違いがなくて、「新自由主義」とはそういうものだと思うんです。グローバリズムじゃ規制緩和じゃ、市場原理主義じゃという現代の動きは、その世界で利益が出せる者達の理屈であって、一般大衆は「カモ」となる。TPPしかり、日本の農業は既得権益を守ろうとしているだけだという論者も多いですが、一般大衆って昔からの流れの中で生きているのが普通で、「大きな変化」が起きると簡単に「負け組」の中に入ってしまう。でも「勝ち組」は「チャンスだ」という。そしてその勝つチャンスは「誰にでもある」という。まぁ、自由ですからそれは間違いがないものの、「力のないものが食われる図式」には間違いがない。

アメリカの大統領選に見られるアメリカ国民の怒りは、そういう現代の鏡であると思うし、規制緩和され市場原理主義の世界で頑張れば上に登れるという幻想は「カジノに行けば儲かる」というのと同じで、所得格差も開くばかり。

つまり世界を動かす大資本は「右肩上がりの成長」ではなくて「変動で儲ける方法」を見つけちゃったってことじゃないかと。私はこれに文句をつけるわけじゃなくて、私の「株式を買うだけの古い長期投資法より、買いも売りも同じで、上げでも下げでも短期的に利益を出す方法が良い」というのと同じなんですね。

モノ作りで利益を出せなくなったアメリカとイギリスが手を組んで、金融の世界がどんどん大きくなってきた現代ですが、それが今では世界の隅々までその考え方が行き渡り、勝ち組と負け組の構図が変わってきたと思うんです。

つまり「景気は良い方が良い」という考え方を我々は捨てないと生きていけない時代だと思うんです。「景気が悪くても儲ける」方法を考えないとならない。でもそんなことは普通に生きている庶民にも企業にも出来るわけもなく、しかしその傾向は続き、まさに「まじめに生きていても搾取される」ような時代なんだろうと。

我々の身近な世界でも似たようなもので、モノを作り、それを売るという原点が薄れていって、アフェリエイトなんていうわけのわからないもので大金をつかむ人たちががいる。そして「俺も・・・」なんて思う人もどんどん出てきて、ネットの情報なんてウソだらけみたいな状態になった。

ま、世も末だと思うわけですが、これが現実で、我々が昔から考えてきた「金儲けの基本」、あるいは「どう生きるかの基本」がもう変わってきてしまっていて、これは元には戻らないと思うわけです。

ですから、「世界の景気はどうなるのか?」なんて考え方も、もしかしたら時代遅れであって、それは日本も同じで「日本の将来は良くなるのか?」なんてのもファンタジーの世界に似ていて、「変動の中で生きるノウハウ」が無いと駄目なんだろうと。「景気が良くなることより【変動】が必要なんだよ」と大資本家はニヤリと笑っているような気さえします。

これは企業も国も同じで、かつての優良企業の地盤が崩れてきたり、訳の分からない不正が生まれるのもそれらが原因で、「時代の変化」に乗り遅れれば簡単に大企業、優良企業も崩壊する。でもそれから逃れようとすれば「企業倫理」にも問題が出てくるんでしょう。そういう世界の動きを是正しようとしても、世界を動かす大資本はそうは思っていないのだろうから無理だと私は考えます。ここで理想論を叫んでいても世界は変わらない。(今の状態は第二次世界大戦前と非常に似ているような気もします)

メーカーはメーカーでアップルみたいに自分で設備投資をしてリスクを取ることなく、下請けを使って美味しいところを取る。この売上規模は莫大で、下請けが必要な投資も半端じゃない。でもアップルは「自分が欲しい物を提供できる下請け」を選ぶだけで、それを提供できなくなれば簡単に切る。こんな時代になって「モノ作り」でやってきた日本がまともに勝負するのは難しくて、モノ作りの世界でさえもカジノに変貌したのではないかと思うわけです。

長期展望?フン、そんなのあるわけがないだろう。明日どうやって食うかが大事なんだよ!なんて言われそう。だから企業は「金で金を儲けること」には投資し、基本的に「金は貯めこむ方向」にしか動かない。では需給ギャップを国が埋めようとしても、単年度でちょろちょろ出すぐらいじゃ焼け石に水で、それを頼りに設備投資したり事業拡張する企業がでるわけもない。当然、庶民はバラマキで得た金は貯めこむ。「いつか必ず」増税されるのはわかっているし。

その中で企業や国はどう生きるのかってことになるわけですが、日本は構造的な改革なんて全く出来る国じゃありませんし、改革をしても後手後手に回る国。これじゃお話しにならないと思うんですよ。「将来良くなるのか?」なんていう問い自体が馬鹿げているとさえ思う。

こういう時代だからこそ庶民は「厚い社会保障」を今まで以上に望むようになるわけで、これって「沈みゆく船の最後の瞬間」に似ているとさえ感じます。まさか日本という船の乗組員全員が「今までの権利じゃ義務じゃは一旦なしにして、やり直そうや」なんて話になるわけもなく、火事場泥棒みたいにどうやって「俺の利益を確保するか」しか考えないんじゃないですかね。これは今の私の年代のジジババも同じでしょう。私もそう。良き時代の残りをどう減らさずに逃げ切るかという考え方になる。

ま、そんなことはわかりきっているからこそ、「日本共産党」も伸びてくるなんていう現象があるんでしょうが、これは私は「駆け込み寺に逃げたい一心」が見えるだけで、解決には程遠いと思っています。

だから前の日記に、日本からオーストラリアに移住してきて、日本との関わり方にいろいろ悩みがある方にお話ししたように、「日本を諦める心の準備」も重要だとも思うわけです。

これは日本を捨てるってことでもなく、無視したり、愛もないとか、日本の発展のために尽くさないとかそういうことじゃないんですね。例えば船が沈没したり、航空機が事故にあったり、そういう時のために様々な安全対策が考えられていますが、でも最後の最後は「自分の力」で生き延びるしか無いじゃないですか。それと同じだと思うんですよ。

「国もあてにせずに自立する」ことが生き延びる方法だと考えています。でもそれが出来ない人も多くいるのは間違いがない。だから「自分が生き延びられれば良い」というのではなくて、まずは一族を助けることができるような「組織」を自ら作ろうと言う決意が必要で、力のある人はそれを広げていけば良いだけの話で、実はそもそも村も町も国も世界もそうやって出来てきたはずなんですね。

これは今のシリアの状態。

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これを他人事と考えるのではなくて、今、世界は、日本はこういう風な「カオスの時代」に向かっていると仮定して考えるのがサバイバルの基本になるんじゃないでしょうか。

このシリアの惨状ですが、これは「兵器」によってもたされたもの。ところで今の世界にはざっくり言って「世界のGDPの二倍の金」が存在しているとのこと。そして世界の人口の1%がその金の半分を持っていると。つまり世界のGDPと同じ額を1%の人間がコントロールしている。そのお金ってどこで何をして、また何を狙っているんでしょうか。私はこれは「獲物を狙うライオン」と同じだと思っていて、いつか牙をむく。それは過去においては石油に向かったり、サブプライムローンに向かったり、あるいは一国の通貨さえも徹底的に売り崩すために使われたり、金で金を産もうとする動きは止まらず、その金で小さな国を転覆させることさえ可能。つまりですね、上の写真のように「目に見える破壊」は無いにしても、経済はもとより、文化も伝統も、民族の誇りさえも彼らが蹴散らすことができるってことじゃないですかね。

時代はそっちの方向に動いていて、TPPしかりそのための地ならしにも思えるわけです。国民が反対しても「グローバル企業に後押しされた政府」は推進する。だからこの金の存在を無視することは出来ないし、それとどう向き合っていくかを考えないとならないはず。あのシリアの惨状と同じようなことが、ああいう目に見える形ではなく、しかも合法的に進行中であると考えるのは間違っていないと思うんですよ。中国が金にものを言わせて世界中で「業界のトップ」と言われるような会社を買い漁っているのも同じ。アメリカが中南米で、国の事業でさえも民営化させてアメリカ企業がその権利を手に入れるとか。返せないのがわかっている借金をさせて、返済が出来なければ、家はもらうぞ、娘は売るぞというのと全く同じ。

そしてそれはやっと目に見えるようになってきた段階で、これを止めようという動きは「世界には無い」。そしてこれは何百年も昔から欧米が世界戦略としてやってきたことと全く同じで、強者が弱者を「力で押さえる」。世界は形が変わっただけで、やっていることは同じ。

そんな時代の流れの中で日本はなんら打つ手も持たない。「日本、死ね」というのが話題になったけれど、実は私はもう日本は「死んでいる」と見ています。「どう治療するべきか」ではなくて「生まれ変わり」がない限り、この状態は続くだろうと。

安倍さんは「リーマンショック前夜みたいだ」と言いましたが、世界は「そんなことはないんじゃない?」と反応した。

私はこれって上に書いた「重病人に【お前はかなり危ない】」と言わないのと同じことで、世界に向けて「危機を煽る必要」なんてないじゃないですか。「これからは明るい未来が待っている」と思わせたほうが景気は良くなる。そして景気が良くなろうが悪くなろうが、中国が崩壊しようが、しっかり利益を出す準備が「勝ち組」には出来ているってことだと思うのです。私としてはイギリスにはモラルがあるのか?なんて思うんですが、でも「カジノ」が多くあればそこで勝てる勢力があるのはすでにわかっているわけで、庶民が負け組になろうが、中小企業が潰れようが、そのなかで「勝ち組」が存在し、また新たな勝ち組みが増えてくれば、国全体としては辻褄が合うわけで、「国は庶民を、弱者を助けるのが当たり前」という考え方を私たちは捨てる必要があると思うのです。沈みゆく船に乗り、「船長に【お前には俺たちを助ける義務がある】」なんて叫んでもどうにもならない。船長は「生き残れそうな人から優先して助ける」ことしか考えない。

トリアージという言葉をご存知だろうか。医療の現場で、緊急度、優先度を考慮して患者を区別すること。戦場などでは「助かる見込みが無い」場合には治療をしない。そしてそれぞれの患者にその優先度がわかるようにタグ付けをするとのこと。

さて、自分の腕にはどんな色のタグが付けられているんでしょうか。

この動画が面白いと思いました。安倍さんが「リーマンショックに言及」したのは的外れではあるけれど、でも15年かそこらの間にはリーマンショックどころじゃない恐ろしいことが日本に起こると。だから安倍さんの言ったことは「ハズレ」であると共に「大当たり」なんですね。

でもだからこそ増税派、緊縮財政派が声を上げるのだろうけれど、それって「ちゃんと体力をつけようよ」という理想論でしか無くて、増税、緊縮財政で日本の体力が付くとは私には思えない。増税が「目標」ではなくて「増収」が必要なわけで、増税=増収ならどんなバカが指導者になってもどうにかなってしまう。そして「体力をつけて何をするのか」というその先も何も見えない。構造的な問題を是正しようなんて動きもない。

私はこのブログで、留学じゃ海外移住じゃ、早期退職じゃと「簡単に考えるべきじゃない」といつも書いていますが、それを留学するな、海外移住するな、早期退職するなと言っているように受け取るとしたらそれは大外れ。

要は「簡単に考える事」が駄目なのであって、しっかり考えて現実を見て、ちゃんとした計画を練って、自分や家族に起こるであろう様々なことを想定し、歳をとってからどう生きのびるかも考えた上で「海外にでろ」というのが私の真意。だから金が無くなったら病気の治療も受けられない、歳をとっても年金もない、何か想定外のことが起きたら「そこに住み続けることさえできない」なんてことは「話にならない」わけであって、それでも実行するならそれなりの事をしないとならないんですね。それも年老いて動けなくなる時が来ても、です。

家族が重病に罹ったり、事故にあったり、障害が出ただけ、仕事が無くなっただけでアウト、退場になる「海外脱出」なんて笑い話にしかならないと思うわけです。もし日本人が日本に住み、会社が倒産したとか、重病に罹ったとか、収入が途絶えたとか、そういうことが起きたら「はい、日本から出て行ってくださいね」と言われるのと同じなんですよ。そこに気が付かない人が多すぎる。でもその時は「日本に帰るさ」ってことなんでしょうが、そんなのは私に言わせれば「海外脱出」でもなんでもなくて、「長期旅行」と呼ぶべきだと思う。そして子供がいれば、子供は親のそのいい加減さに振り回されることになるだけ。もしその子供が海外のその国を「故郷」と考えていたらどうなります?これも上の例と同じで、「はい、日本から出て行ってください」と我々日本人が言われるのと同じだってこと。

その時はその時で頑張るしか無いってのがプラス思考だと思ったら大間違いで、60歳になる頃には、あるいは何が家庭に起こったら首でも釣ろうってことなら良いでしょう(50才になるまでには自分の将来も見えてくるはず)。でも普通80過ぎまで生きるわけですよ。その時に年金もない、社会保障もない、そんな状態で海外でどうやって暮らすんです?プラス思考を続けるとしたら、ある時点で「はい、これまで」と積極的に命を絶てば良いんですかね。そもそも「自由な就労の権利」さえないなんてのはお話にならない。就業ビザ、起業家ビザも「いつかは必ず切れる」んですね。そこまで待たずとも当然仕事がうまく行かなくなったらアウト。退場。だから海外に出るとしたら「永住権」ってのは命の次に大事なものだってこと。日本人が日本の国籍を持つのと同じように、海外に住むならその国のパスポートに準じるものを持たなければ「必ずいつかは追い出される」、あるいは「出るしかなくなる」。そしてその時は「必ず来る」。(MM2Hなら「金があれば」どうにかなる。でも金があるなら日本のほうが年寄りは快適に暮らせるはず)

でも「日本国内でしか生きれない」と若者が考えたとしたら、それは自殺行為に等しいと思うわけです。でも日本から逃げろってことじゃないんですね。日本には弱者がたくさんいる。それは親族も他人も含めていろいろ。愛する人達、守るべきものもたくさんある。

だから、彼らの将来を守るためにも、今、私たちは海外に出ようという考え方。一緒に沈むわけにはいかない。私達が海外に出るということは、日本にとっても「リスクヘッジ」になるはず。アイルランドの復活は、アイルランドから世界に出た移民が手助けしたことも忘れてはならない。

でも日本は(無理だと思うけれど)、180度転換して発展の道を進むかもしれない。Japan as No1と言われた時代が再来するかもしれない。それならそれで全く問題は無いわけで、海外在住の日本人が心配する必要もないし、美しく素晴らしい日本にいつか帰るのも良し。

ま、100人集まれば100通りの考え方があるわけで、私はこう考えているってだけの話。

 
 
 

     
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