なんだか日増しに怒りが増してきます。(笑)
政治家と国民との「意識のズレ」がこれほどはっきり見えたことはないんじゃないかと思うくらい。
国民の一人としての私にすれば、各候補は自分の信じる日本の未来像を国民の前に提示し議員となればそれの実現に命をかけます、ということで、様々な候補の中から一人選んで日本の将来を託す。それが民主主義だと思うんです。
ところが今の民進党議員は「早く公認調整をしてくれ~~」と気をもんでいる。
これって国民から見ると非常に不思議に見えるんじゃないですかね。そこに「俺はこういう日本を作りたい」ってのが無いわけですから。はっきりしているのは「安倍打倒」だけ。
もし小池新党が公認してくれたら、今までの信条、発言を全て否定して、小池様の仰る通りに動きますってこと?
民進党の支持率が低迷していたのは、まさにそれが国民が下す「民進党の評価」であって、それを認めずに「違う手を使って生き延びで安倍を倒す」って本末転倒なのがわからないんですかね。それはマスコミも同じで、「安倍政権をたせるなら何でもあり」という動き。
支持率が低ければ自分の言動を反省するべきで、もし野に下ることがあっても自分の足で地を歩き、選挙民を説得するのが政治家たるものだと私は信じたい。支持率が低いのは何かの間違えみたいに無視して、どうにか生き残って安倍打倒を狙うなんて、私にはどうもそれは日本人の発想に思えないんですよ。(ここははっきりかけない重要な点かもしれない)
こんなのは政治家どころか、私に言わせれば人間のクズ。「選挙結果を真摯に受け止めて・・」なんて言葉は何度も聞いたけれど、それも嘘じゃないですか。奇策を使って生き延びるなんて政治家にあるまじき行動。でも民進党って昔からそうやって来たんですよね。民主党の結党そのものがそれ。
どんな家庭でも、子供たちには「自分が正しいと信じることに邁進しなさい」って教えているはずで、今の民進党議員の姿をそういうふうに育った子供がどう感じるんですかね。もしかすると今の子供達は冷めているから「パパ、リストラされるぐらいなら、なんでも言うことを聞いちゃえば?僕だったらそうする」なんて諭されるのか。(笑)
そもそも民主党が結党された時点で「野合の衆」だったわけで、そしてあろうことか共産党とも手を結ぶ政党なんだから、「勝てるならなんでもする」という人たちなんだろうと思うし、その延長線上で考えれば、今の彼らの言動も昔から一貫していると言えちゃうのが面白い。
私は性格が激しいし好き嫌いも多いのだけれど、でも「勝てるならなんでもする」という人たちはそもそも好き嫌いの対象にもならないんですよ。
実は私は「生のトマト」が大嫌いなんですが(笑)、皿の上にはそのトマトの存在は重要で、やっぱり無くてはならない存在。そして大嫌いだけれど食べる。これって私は人付き合いも同じだと思っていて、嫌いだから居ないほうが良いとか、好きな人だけで固めたいとか、そうは思わない。逆に「好かれるためにはなんでもする」みたいな人は「居なくて良い」と思うんです。ましてや国の将来を預ける政治家がそんないい加減な人間なら、そもそも政治家に向いていないと思うわけです。
でも小沢一郎がいつだか言いましたよね。「野合のどこが悪い」って。
あの小沢一郎って政治の世界をめちゃくちゃにした人間の一人だと私は思っていて、小沢排除をした民進党の中には「そのDNA」がしっかり生きていると感じます。
小池さんにもおかしなDNAの存在を私は感じるわけで、それは「機を見るに敏」であり「人民が喜ぶことを言う」「でも実際には何もしない」「人任せ」なところ。ある意味、小沢一郎とつながるところもあって、彼女がメディア出身だからってことはないのだろうけれど、「売れる劇場を作るのがうまい」と思う。だから常にファンはいて「好かれる存在」を維持する。でも世の中の流れが変わってくると自分も瞬時に変身し、その中で「自分の存在をアピール」する。これが非常にうまい。
それってもしかしたら政治家として抜群の能力があることになるのかもしれないけれど、少なくとも私はそういう政治家を良いとは思えない。
じゃ、どういう政治家が好きかというと、多くの人は全くのノーマークだろうと思うけれど「日本の心」の中山恭子氏。政治家としては立ち回るのがうまくないと思うのだけれど、彼女の一貫した言動、日本を愛し良くしたいという気持ちは誰よりもこちらに伝わってくるんですよ。そういう意味ではあの(あくが強い)青山繁晴氏もそうなんだけれど、彼らの言うことやることが良いと悪いとか言う前に、「ああいう人達が集まって日本の将来を考えて欲しい」って思うんです。そしてそこで出た結論なら私も素直に受け入れられると思う。たとえ私自身が望む結果じゃないにしてもです。
中山恭子氏は参議院議員だけれど、「日本の心」が政党として成り立たなくなるので今回、小池新党に入ると決めた。彼女はバリバリの保守系で彼女は自分の信条を変えるような政治家じゃないし、彼女が小池新党を選んだのは私には結構インパクトがあったわけで、彼女がいることによって小池新党の保守たる部分も保てるんじゃないかと期待しています。(でも彼女には安倍打倒という考え方は全く無い。どうするんだろうか)
もともと保守系の人が小池新党に入るのは理解できるんですよ。ところが共産党と手を結ぶような民進党議員が「俺は公認してもらえるの?」と右往左往している。これって漫画じゃないですか。
前に気になると書いた民進党議員の辻元清美氏だけれど、私にとっての彼女は「やっぱりなくては困る【大嫌いで好きになることはありえないトマト】」状態なんですが(笑)、彼女は「無所属で出馬する」と表明したらしい。
やるじゃないですか。大したもんだと思うしエールを贈りたいと思います。(敵ではないけれど)「敵ながらあっぱれ」と思うわけです。政治の場が戦場だとするなら、こういう人たちに戦ってもらいたいわけで、戦争法反対、改憲反対、共謀罪反対とあれほど大騒ぎした人たちがどうして保守系のまるで考え方が違う小池新党に「公認してもらいたい」なんて思うのか。いや、勝ちたいのは誰でも同じで「公認してもらいたい」という気持ちはあるにしても、「我が道を行く」ことを選んだ議員はあっぱれだと思う。
でも中には「公認してくれないから無所属で出るしか無い。新党を作るしか無い」と考える根性なしもいるわけで、管さんみたいにニコニコ笑って「協力したい」と言い出したのに「ご遠慮いただきたい」なんて言われて国民の前に恥を晒した議員もいる。
これが政治の世界なんですかね。
「勝てるならなんでもする」って、「お金がないからなんでもする」ってのと全く同じで、金持ちからお金をふんだくる「振り込め詐欺」と一緒。
これが世の中の本性なんですかね。
こんなようなことを我が家族内で話すことが結構あるんですよ。本当に食えなくなったらどうする?とか。船が沈没する時に救命ボートが足りなかったらどうする?とか。
でも昔から我が家全員の答えは同じで、「皆で笑って手を繋いで死のう」ってこと。当然、家長の私は申し訳なかったと家族に謝るしか無いんですが。
そういう感性を持っている我が家から見ると、今の政治の世界は「地獄絵図」を見ているように感じるんです。
地獄の中で苦しんでいる人たちの上から「一本の蜘蛛の糸」が降りてくる。それに皆が我先にと飛びつく姿。蜘蛛の糸を垂らしているのは小池さんなわけだけれど、救いたい人は間違い無くいるけれど全員を助けたいわけじゃない。でも前原氏は全員を助けろと言う。細野豪志氏なんて自分が先に糸に飛びついて生き残っただけなのに、小池さんサイドに立って「選ぶ側」。
そしてこの「地獄絵図」そのものを描いた張本人がいるはずで、それが小沢一郎じゃないかと思ったり。
日本の将来を作る子供たちにはこれをどう説明するべきなんでしょうかね。
これが現実だ、で良いのか。子供たちは「そうか、要はなんでもありってことね」ってなるんじゃなかろうか。
我が家には小さな子供が居なくてよかったと思う。では今の息子たちは今のこの政治の世界を見てなんというかと言えば、「ありゃ、政治家じゃないね」で終わり。それはその通りなんだけれど、息子たちには「日本が良くなって欲しい」という気持ちもない。どうも他人事にしか思えない様子。彼らにとっては日本って「外国の一つ」でしかないのかな。
親の私としては子供たちを「国粋主義者」に育てたつもりなんだけれど。(笑)
しかし本日土曜のお昼にプッツン接続が切れたインターネットはそのまま。もうすぐ日曜になるけれど、いつ復旧するんだろうか。
でもスマホのデザリングも大したもんだと思いますわ。あんな小さなデバイスでネットを見るのもイライラするんですが、その薄っぺらくて小さなスマホがノードとなって、デスクトップPCと4Kの馬鹿でかいモニターを動かせるんですから。なんだか手漕ぎボートが空母を動かしているような感覚。
このまま長時間デザリングで繋いだままってのは無理にしても、これだけ使えるのがわかったのは収穫。
TIMEの光500Mbpsのバックアップ用としてそこそこの容量を使える広域WiFiを契約しようかと思ったり。う~~む、するべきなんだろうなぁ。息子と相談してみます。