マハティール氏の【過去の】演説、日本に対する思いを知り感動した~~~

マハティール氏は私の好きな政治家ですが、でも彼のことをどれだけ知っているかと言うと何も知らないのと同じ。

ましてや昔のマハティール氏の実際の言動なんて全く知らない、わからない。ただ日本を見習えと「ルックイースト」を標榜しマレーシアの発展に寄与した程度のことしか知らない。

ではマハティール氏は日本をどう見ていたのか。年齢からして大東亜戦争のことは覚えているはずだけれど、あの大戦を彼はどう見ていたのか。大東亜共栄圏を掲げた日本をどう思ったのか。でも大東亜共栄圏構想は侵略の隠れ蓑でしかなかったと思ったのか思わなかったのか、そんなことを知りたいと思っています。

それには彼の過去の書籍を読めばわかることなんでしょうが、読んでいない。(笑)

でも今日、こんな動画を見つけました。

マハティール氏は東南アジアに進軍したかつての日本をどう見ていたのか。また戦後、日本をどう思ったのか、そしてなぜ日本を見習えと号令をかけたのか。マレーシアが見習うべき点とは何だったのか。

そんなことの断片がこの動画を見ているとわかってきます。

マハティール氏は本当に日本に尊敬の念を持って頑張っていたのがわかる。今回の桐花大綬章の受章も納得がいきました。

そして日本に対する苦言も呈している。それから随分、年月も経ったけれど、その間、日本はどうだったのか。そんなことも考えさせられたり。

 

マハティール氏は日本の保守系と親和性がかなり高いのがわかりますね。

他国のトップがこういうことを言うのを日本の左派はどう思いながら聞いたんでしょうか。戦後、戦勝国側が作った歴史観をそのまま利用し勢力を拡大してきた左派、そして日本人を子供の頃から洗脳し続けている日教組。いつまでもいつまでも続く中国、韓国による日本叩きを助長し、火に油を注ぎ続ける左派。

これが日本のリベラルの正体で、本来、外来語であるリベラルを体現して日本を動かしているのが自民党だという摩訶不思議なことが日本では起きている。そして左派こそが新たな日本になることを拒む保守に見えてくるから面白い。

これからの日本がどうなるのか気になります。

日本の近代史や政治に全く興味がなく、戦後の自虐史観にどっぷり浸かり、中国や韓国のプロパガンダに乗せられている若者は是非とも日教組の呪縛から逃れて視野を広げてほしいと後先短いジジーは切に望んでいます。

マハティール氏のような、またこういう考え方を持つ人達が世界に決して少なくないことを日本の将来を作る若者たちに知ってほしいと思います。

贖罪の念を捨てるということではなくて、日本人は萎縮し、謝罪ばかり続けているべきではないということ。日本の保守、右派が信用出来ないというのならそれも良いでしょう。だったら世界に目を向けて彼らは何を考え日本に何を求めているのか、そこに学ぶべきものがあるんじゃないでしょうか。そして韓国や中国だけが世界ではないのを是非とも忘れないようにしていただきたい。

---------(後記)-----------

今回紹介した動画が「単なる文字起こしなのでがっかりした」というコメントをいただきました。

それは非常によくわかりますが、ブログの性格上、私が心がけていることは「キッカケを作る」ということでしかありません。そしてもしそれに興味があれば、そこからそれぞれがより詳しく調べていくというのがネットの良さであって、逆に内容が詳しすぎると「誰も読まない」ことが起きるんですね。つまりキッカケにもならないということ。ましてや言語が日本語ではない場合は何の役にも立たないなんてことさえ起きる。

でも「要約」みたいな情報って非常に危険で、必ず作者の思惑がそこに入っていると思って間違いがないんですね。新聞などのメディアが「政治家の発言を切り取って違う意味として報道する」ことが普通に起きているのと同じで、「元情報」を確認するのは非常に大事だと思っています。そうでないと「噂が噂を呼んで・・・」という、ま、それもネットの特色ですが、事実はどこにあるのかさっぱりわからなくなる。

だからどんな情報でも「ネタ元」が書かれていないものは基本的には無視するべきだと思っています。でも今回の動画のように、いつどこで行った演説なのかがわかればそれを調べればよいわけで、また書籍からの抜粋であればその書籍を手に入れて読めばOK。そもそも「ブログや動画で紹介された書籍の内容が全てではないのでがっかりした」ということはありえませんよね。これは演説でも同じこと。政治家の発言も全く同じで、本当に新聞やテレビってあてにならないと私は思っていて、(長い)国会中継を見るとぜんぜん違うじゃないかと思うことはしばしばあります(今回のモリカケ問題もそう)。でも国会中継さえ国会の全てを中継しているわけではなくて、やっぱり当事者、関係者からの「要約」を通さずして我々は何を知ることも出来ないという現実をしっかり考えることは大切だと思っています。ましてやルールもなにもないネットに何を求めるのか。

いつも私が書いていることですが、ネット情報は私が今ここに書いていることさえも信用しないで欲しいということ。私はできる限り「情報元」を書くようにしていますが、そういう「確認ができる情報」と「確認ができない情報」が混在していて、中には「いかにも正しい情報」のような書き方をして、ある方向に読者を引っ張っていくプロパガンダもある(わたしもそれをやります 笑)。これは新聞やテレビでさえもそうなわけですから、ネットの世界は無法地帯と同じで情報収集には本当に気をつけないとならないと思っています。

基本的な姿勢としては、そのコメントをくれた方が感じた「文字起こしなのでがっかりした」というのは正しくて、本来は演説だとすれば、「それの全て」を聞かないと駄目ですよね。ところどころ切り取って繋げればかなり意味合いの違う演説にもなってしまうのは、これまたテレビや新聞で我々が日頃、経験していること。

ましてや、文字起こしだと信憑性の問題もあって、それを見て「事実を知った」と思ったらかなり危険だと思います。

かなり前にブログに書きましたが、トランプ氏が「フェイクニュースは敵だ」と(英語で)発言した映像に「メディアは敵だ」という日本語テロップを付けて流すテレビ局があるくらいですから。

でも私は思うんですよ。我々は真実を知ることはきっと出来ないのだろうと。

必ず、その発信者を通して見聞きするわけで、その発信者がどういうふうに加工するか、注釈をつけるかでかなり意味合いが変わってくるはずなんですね。そしてですね、「7人の盲がゾウを説明する」話と同じで、もし我々がその真実を目の前で体験したとしても、その場に居た人たちがみな同じ様に感じるかというと全く違う。

なおかつそれの伝聞を我々は見聞きするんですから、真実がわかるほうがおかしい、みたいな気もしてきます。(笑)

 
 
 

     
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