終戦記念日に思うこと & そして必ず見る動画

また今年も終戦記念日が来ました。

戦争なんてあってはならないことはアタリマエのこととして、ではそれを起こさない、巻き込まれないためにはどうしたら良いのか。

ここで多くの人たちの意見は分かれる。

私は少なくとも「戦争反対」と叫んだり、祈ったり、他国のことは見て見ぬ振りをしたり、9条を後生大事に抱え込んでいれば平和が来るとは思っていないのだけれど、だからといって「世界最大の抑止力」である「核ミサイル」を日本が持つべきだとも思わない。

でも私はそういう現在、将来のことじゃなくて、過去の方に興味があります。

あの戦争ってなんだったのか、と。

日本が負けて戦勝国の言い分をそのまま受け入れたのはしょうがないと思うんです。そしてあれもこれも「全て日本が悪い」「日本は悪の権化」となり、世界史、日本史はその様に書かれ、そしてその線で世界中で教育が行われている。

オーストラリアで教育を受けた私の二人の息子ですが、長男が小学生の頃、泣きながら学校から帰ってきて、「パパ、日本人って本当に卑怯で最低な民族なの?」と聞かれたときのことを思い出します。日本にいる在日は、まぁ、普通ですが、海外の韓国人は「チャンスがあれば学校の事業中でも【日本糾弾】を始める」ことがあると友人(年老いた大学生 笑)から聞いたこともあります。

事実は違うところにある、なんて主張は全くそのとおりだと思うし、私自身が見た世界の国々でも全く「作られた歴史とは違うことをいう人々」に会ってきた。

そして近年になって、昔の様々な文書が公開されるようになって、「やっぱり日本はコミンテルンにやられた」「アメリカの計画に乗せられた」と思うし、冷静に考えても「日本だけが悪かった」ということはあり得ないのがわかる。そもそも「世界を植民地化」し、「アジアにもどんどん迫ってきた欧米諸国」ってなんだったのか。植民地で何をしたのか、なぜそこは責められることなく、「当たり前の歴史」として存在するのか。

「歴史は勝者が作る」

これもまた当たり前のことで「真実なんか関係ない」。

でもやっぱり私は真実を知りたいと思う。それが私の人生を通した一つの「私の日本人としての責任」だと思うんですよ。

そして無理だとは思うけれど、「日本人の手によるあの戦争の総括」も必要じゃないかと。「東京裁判」みたいな茶番を受け入れることなんかできるわけもない。

一体何が悪くて、何が良かったのか。それを「日本人の手」によって、そして日本人の文化伝統、価値観と照らし合わせてやるべきじゃないかと。

ま、これをやれば「歴史修正主義者」と世界から叩かれるわけだけれど、政府は関係ないところで民間中心でやる分には可能だと思う。あるいは、日本人一人ひとりが自分の中で「冷静に事実を見てやるべきこと」だと思う。

そして「日本人から見た、本当の戦争犯罪人」も存在すると思うんですよ。私はこれを明らかにするのが、亡くなった人たちへの責任だと思うわけ。これってABC級戦犯は全く関係ない。もちろん天皇という意味でもない。

過去の事実を知り自ら総括することはやっぱり大事で、それが「日本人を取り戻す、唯一の手段だと思う」から。マッカーサーに自虐史観を押し付けられて、それを左翼が利用し、私はそういう教育を受け、今日でも馬鹿なことを言い続けるのを私は我慢ができない。今の教育の現場にもそれが残っていて、小学生の頃から今でも自虐史観が教えられているし、そこには嘘もある。そしていまだに大学の中枢、メディアの中枢にいるのは「左翼思想家ばかり」なんて本当に狂っていると思う。

それに関しては私は「韓国が羨ましい」と思うくらい。あれほどまでに事実を捻じ曲げて、小さなことが全てだったように持ち上げて、「歴史というよりファンタジーと言うべき」自国の歴史を作り上げた。

ま、そういう意味で、私は百田尚樹氏が書いた「日本国紀」が世に出てきたのは良かったと思うわけで、でもあれが事実かどうかということじゃなくて、「歴史の専門家でも歴史オタクでもない、普通の日本人がこれが我が日本の歴史」だと「考えても良い」と思っています。

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ああ、また話が長くなる。(笑)

そういう事も含めて、いろいろ思うわけですが、私のその考え方の原点はこの動画にあります。

この動画を見るたびに、目が潤んできます。

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