病院への支払いがそろそろ「300万円」を超える。海外で生き続けるのは結構大変だ~~。

近親者が緊急入院し、ICU(集中治療室)に入り一週間になりますが、そろそろ入院費が300万円に達します。

手術は一切なく、特別な医療機器を使っているわけでもなく、X線検査やMRIは受けましたが、基本は投薬のみ。

結構掛かるんですねぇ。

でもいくらかかろうと治療をやめるわけにはいかないし、やめるつもりもない。

今後の見通し?

一進一退でなんとも言えず。

しかしマレーシアに住んでいると医療費がかなりかかりますね。

まず高齢者は保険に入れないし、MM2Hの滞在ステータスは観光ビザに毛が生えた程度のものですから、マレーシアからは一切援助もない。日本には住民票もなく保険もありませんから、全て自費。

これは私も同じで、9月に日本へ行って手術、結局1ヶ月入院しましたが、それに掛かった全ての経費を計算すると200万円は超えている(病院への支払いは120万円ぐらい。日本は自費でも安い!!)。でも私の年齢ならまだ入れる保険もマレーシアにはありますが、かなり高額な掛け金となり、それは年々増える。90歳を過ぎてもそれを継続することは可能ですが、掛け金を考えるとそれは現実的ではないと思っています。

だから医療費のリスクは全て自分で取るという考え方でいるわけですが、結構、難しいものがありますね。重病に掛かったらとんでもない医療費になる。それが想定される場合には「日本に帰る」とか私達夫婦親子は「オーストラリアへ帰る(?)」ことによって、かなり医療費は軽減し、あるいはほぼ無料になる。

こういうときには保険とか社会保障って凄いなぁって思いますね。

でもいろいろ計算すると、私はやっぱり保険って採算が合わない感じがしています。9月の私、そして今回の入院でかなりの医療費がかかりますが、では家族全員として、そして「元気である年数」を考えますと、保険に入っていても払うべき保険料はとんでもない額になる。つまり、私のケースの200万円、今回の300万円超え(?)も、最終的にいくら掛かるかわからないにしても、「もし保険に入っていた場合」を試算しても家族単位で考えると「まだ安い」はずだと考えています。

そして私達日本人には「日本に帰る」という最終手段がある。

例えば、今日、日本に帰って、役所に転入届を出せば即刻、保険でカバーされる。今まで一円たりとも保険料を払っていなくても問題なし。

これは私達夫婦親子も同じで、私達には「オーストラリアへ渡る」という選択肢もある。永住権を持っている私達家族はオーストラリアへ渡れば基本的に「公の病院ならほぼ無料」になる。でも医療レベルを考えれば私立の病院に行く必要があると思うわけで、その場合は青天井でいくら掛かるかわからない。でもオーストラリアでは「私的保険に入る」ことも法律で決まっていたはずで、それがあればOKだけれど、私達はそれには入っていない。とまぁ、考えると、やっぱりオーストラリアより日本に帰るほうがいろんな意味で安心。

海外移住~~~♫なんて舞い上がる人は多くいるけれど、そして私は「簡単に考えることに警鐘を鳴らす」ことをこのブログでやってきたけれど、こういうことなんですね。

子供の教育もそうだし、年寄の海外生活には様々な落とし穴がある。そしてかなりの確率でそれに落ちるのが普通だと、28年間のオーストラリア・マレーシア生活で見てきたこと。1991年にオーストラリアへ上陸しましたが、オーストラリアの土となると永住を決意していた人たちはかなりの人数いたものの、25年後にオーストラリアに残っていた人はほんの一握りだけ。ロングステイじゃなくて「永住、ここで最後を迎える」と決心をしていたのにそれが現状。これは私達家族も同じで、私達は「ゴールドコーストから逃げてきた」わけです。マレーシアに来た私達は「難民」みたいなもので、\(^o^)/しながらマレーシアに来たわけじゃない。

だから「落とし穴に落ちても大丈夫な計画」が必要であって、良いことばかり考えた人は何かあった時点で、そこで終わる。日本へ帰国するか、他の国へ流れるか(これが私達)、あるいは細々と生きる、または死を選ぶか。

老人の海外ロングステイってのはその点、良いと思っています。

所詮ロングステイでしかなくて、一生日本には帰らないなんて考えている人は少数派でしょうから。

帰るところがあるって凄いことですよね。

でも「日本には帰らない」と決めた人たちもいる。私の両親もそうですが、そういう場合は「リスクは全て自分が取る」のを覚悟しないとならない。

前にあるテレビ番組を紹介しましたが、「最後をフィリピンで」とフィリピンの日本人経営の老人ホームに入った日本人の老人が重病に罹り、高額な薬の投与を受けてあっという間に財産全てをなくした」という話。そしてなおかつ、その老人ホームは経営難に陥り維持が難しい状態だと。泣きっ面に蜂ですね。あの老人、老人ホームはその後どうなったのだろうか。

あるいは「日本には帰らない」と言い続けていた人も、状況が変われば「日本に帰る」こともあるわけで、私はそういう人たちが「マレーシアで永住できます」とずーっと公言し続けてきたことになんとも言えない違和感というか納得できないものを感じています。

「株式投資をすれば儲かります」というのと同じじゃないですか。

そういう甘い言葉をそのまま信じる人は少数派だと思いますが、メディアも良いことしか流さないですから、気になる点でもあります。

これは「海外での子育て」も全く同じで、子供が小さいときは「親のおまけ」みたいなものでどうにでもなるし、お金もかかりませんが、「自我が発達してくる」とまさかと思うようなことも子供は言い出す。語学の習得も同様で、我が家の親友家族の子供ですが、オーストラリア生まれなのにオーストラリアに馴染めず、英語が大嫌いで日本語しか喋らず、結局、不登校となり、最終的に日本に家族で帰ったのもいたくらい。家族の中でたった一人でもそういう状態になれば、あるいは病気も同じで、家族全員で振り出しに戻らなければならないことなんて簡単に起きる。でもちなみにその子(英語が出来ないオーストラリア生まれのオーストラリア育ち)は日本に帰って(?)、まさに水を得た魚のように元気になり、明るく可愛い女性になった。今年、その子が結婚したと写真を送ってもらいましたが、幸せそうな顔をしていたっけ。でも親は中途半端な歳で日本に帰るわけで、まともな仕事も見つからずかな~~り苦労した。

チャレンジは素晴らしいと思う。

でも何が起きるか想定し、それに対処できる状態をどうやって維持するのか、そのへんの案がなければ、計画なんかすぐにポシャる。

大体、人間ってのは「舞い上がっていると良いことしか考えない」のが普通で、リスクコントロールって簡単じゃないと思う。

だから私は「想定外のことまで想定する」という論理的じゃないこともこのブログには書いてきました。それが出来ないと、なが~~~~い人生を生き抜くのは難しいと思うから。

でも「何かあれば日本に帰る」という逃げ道を持っていて、日本に帰ればどうにかなる場合はそれで良いと思うわけです。

オーストラリアでは「このままじゃうまくない」と考え、「今なら日本に帰ってもやり直せる」と「オーストラリアからの早期撤退(笑)」をした家族も結構いました。彼らは賢いと思う。上に書いた親友家族も同じ。

でも「今更帰るに帰れない」とオーストラリアに固執し、財産もほとんど失い、離婚もし、最後はおんぼろアパートで一人寂しく死んでいった友人もいました。

ま、人生いろいろですね。

私としては「大きな問題が起こらなければラッキー」ではなくて、「大きな問題が起きても大丈夫」なように心がけています。

でもそんな風に考えていても駄目なときには駄目なのが人生ですよね。

「楽しい思い出を作ったほうが利口」ってことですかね?(笑)

これには一理あると私も思っていて、そんな生き方も良いのかも知れない。

でも私はやり残したことが山のようにあるので、それをどうにかしたいし、それはオーストラリアでは無理でマレーシアなら出来る可能性がある。だからマレーシアに来た。

素晴らしい思い出はゴールドコースト時代に山のようにもらえたのでもう満足しています。

でも私の本音は、あのままゴールドコーストに住み続けたかった。そしてその気持ちはヨメさんも息子も同じだろうと思う。

沖縄?

良いと思いますよ~~~。もし日本の税制がマレーシアと同じなら、私は間違いなく沖縄へ行きたい。すぐにでも引っ越ししたい。こんな本音を書いたら炎上するかな?(笑)

     
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