4週間に渡る「結婚式キャラバン」は無事終了~~

終わってから考えてみても、なんとまぁややこしい一連の行事だったと思います。

「結婚式を挙げたい」と次男坊から相談があったときに、まず問題になったのは「どこでやる?」ってこと。

二人はオーストラリアはシドニーに住み、お嫁さんの親族は北海道と東京に分散。私達はマレーシア。そして参列してほしい友人知人はゴールドコースト、シドニー、東京、大阪と皆バラバラ。

どこでどんな式を挙げるにしても参列者の負担になるわけで、あっち立てればこっち立たずで結論が出ませんでした。

じゃぁ、場所を分散したら?

なんてアイデアを誰が出したのか忘れましたが、「それが良い~~」ということで決定。

でもまさか、「ハワイ」「北海道」「東京」と3箇所で、しかも日程的には前後を入れると4週間になるなんて想像さえしていませんでした。(@_@)

新郎新婦の友人知人の多くはゴールドコーストや東京に集中していて、でもなぜかゴールドコーストではなくてハワイで「事前パーティ」を開くことに。なんでだ?

私達親族は全ての行事に出ることはなく、ハワイに行ったのは長男だけ。でも長男はその後の行事にも全部出席するわけで、彼は1ヶ月以上マレーシアを離れることになった。また若者は若者のオーストラリア流のお約束があるみたいで、結婚をする前の「男だけの独身時代最後のパーティ」も必ずやるべきなんですと。

これは「結婚式キャラバン」とは別ですが、開かれたのはシドニーで、ほとんどがゴールドコーストから集まったらしい。

彼らは幼い頃から兄弟のようだったオーストラリア育ちの幼馴染。独身の男同士だけで朝までベロンベロンになるまで飲んだとのこと。

嘘みたいに仲の良い長男と次男。やっぱり異国の地で家族一丸となって助け合って生きてきたからだろうと思うけれど、私はこの二人の仲の良さを見るのが本当に嬉しい。

そして彼らに他の友人たちも合流してハワイへ。ハワイでは日本から来た友人たちも合流。

若者だけ10数人集まり、Airbnbで大きな家を借り切って毎晩どんちゃん騒ぎをしたらしい。

そしてその後、親族が中心になって北海道は網走にて結婚式。

一週間後、場所を東京に移して、披露宴。

この間、皆と一緒に移動する友人や親族もいて、食事会、飲み会は一体、何回開かれたのか全くわからず。

披露宴当日も若者ばかりで朝まで5次会をやったとのこと。次男坊は3次会から何も覚えていないらしい。(笑)

でも親として本当に有り難いと思ったのは、こんなメチャクチャな日程なのに多くの人たちがそれに合わせて数カ所で参加してくれたこと。

日本では考えられないことですが、これが出来るのも本人、友人知人の多くはオーストラリアベースで生活しているからなんですね。シドニーでサラリーマン(公認会計士)をしている次男坊も、毎年夏休みの時期にはほぼ丸々1ヶ月の有給休暇が取れる。他の友人達も同じく。

皆さん、世界に散らばっているわけで、「どこかの行事に参列してくれれば嬉しい」と参列者の利便性を考えた結婚式キャラバンだったのが、実際に蓋を明けてみると、あっちこちに複数参列してくれた友人知人が多かったこと。ゴールドコーストからシドニー、ハワイ、そして東京へと移動しながらそれぞれのパーティーや披露宴に参列してくれた友人知人には本当に頭が下がる思いです。

若い二人を心底愛して祝ってくれる友人知人が多くいるのは親としても本当に嬉しく思いました。ただちょっと気になるのは、この一連の行事に「仕事関係の友人知人」は一切呼んでいないってこと。古い私はそれで大丈夫なのか?と心配になるんですが、次男坊は「彼らは関係ない!」と一刀両断。そんなもんですかね~。

でもそれだからこそ「お付き合いで来る参列者」は一人もいなかったのは良いことなんだろうと思ったり。

こんな結婚式キャラバンでしたので、新婚旅行は無し。

でも結婚式にも披露宴にも参加できなかった私の両親や彼らの面倒を見ている姉に「結婚の報告」をしに二人はマレーシアに来ることに。

でもそこで、彼らは結婚式キャラバンと同時に全く違うストーリーがマレーシアで展開されていたこと。そして次男坊の最愛の祖母はもうこの世にいないことを知ることになる。(T_T)

「私の生きがいは孫」と常に言っていた私の母。そして私の長男も次男も年老いた父母を昔から本当に大事にしてくれた。

今回も「オバーチャンへのお土産は何がいいかな?」とそんなことを気にして連絡してくる次男坊。

二年前、突然、次男坊が来た時の母の喜びようは半端じゃなかったっけ。そしてそんな年寄を大事に大事にしてくれた次男坊。

この後姿に、私はなんとも言えない幸福感、満足感を感じたのを思い出します。

そういえば、マレーシアでずーっと看病していた姉から、結婚式の当日に面白い話を聞きました。

「結婚式の朝に、お母さんの夢を見たのよ。お父さんの杖をつきながらどこかへ行こうとしているの。だから【お母さん、どこへいくの?】と聞いたら、ウフフと笑っただけだった」と。

その時点ではもうすでに意識も無くなっていた母ですが、私は姉のこの夢を単なる夢とは思いたくありませんでした。

そして結婚式が終わった次の日の真夜中に、姉から母が永眠したと連絡を受け取りました。

今では、きっと結婚式当日に降った白い花びらが舞うような美しい網走の初雪も、母が降らしたんだろうね~~と皆で話をしています。

多くの親族、友人知人から本当に祝福された彼らの結婚式、披露宴。こんな素晴らしい式が出来たことに親としても本当に感謝しています。

ただこれからの二人は、二人だけでオーストラリアで生活していくことに私は不安を感じています。日本の企業からオーストラリアへ派遣されたわけでもなく、彼らは彼らの意志で、それも二人だけでオーストラリアで生きていくことを選んだ。親方日の丸もなければ、彼らの生活をバックアップしてくれる組織も存在しない。

私ら親族としても、何が起きてもおいそれと手を差し伸べたり、異国のことですから相談にのるのも簡単にはいかない。

でも彼らには今までも手を取り合って生きてきた仲間がいる。それを今回、確認できましたが、きっと彼らは彼ら同士で、今まで幼い頃からそうであったようにこれからも助け合って生きていくだろうと思うし、そう願っています。

頑張れ!若者たち!!

そして、そして、彼らを育て、仲間との素晴らしい関係を作ることが出来たオーストラリアに感謝したいと思う。私が38歳、ヨメさんは32歳、長男3歳、次男1歳のとき、親族はもちろん友人知人も仕事のコネさえな~~んも無い、右も左も分からないオーストラリアへ永住することを選んだ私達は、今、大正解だったと心の底から思えることが嬉しい。

オーストラリア、有難う~~~~。

     
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