「緩和」ということは、【今まで以上に気をつけないとならない】ってことか・・

5月4日から始まった「部分的に緩和されたMCO」つまり【CMCO(Conditional Movement Control Order】ですが、「緩和をしてもそろそろ大丈夫だろう」というより【経済界の都合】が大きいのだろうと私は考えています。

州によって差があるにしても、今回の「緩和」を喜ぶ人は多いはずで、全面解除ではないにしても飲食店を含む小売店舗、企業は小さな希望を見出したはず。また我々住民も、早速「あの店に行こう」と動き出す人、計画を練る人がでてきた様子は伺える。また働く人達も「収入を得る」というとんでもなく大事なことができるわけで、企業にしても「三密が緩む」のは間違いがないはず。

単純に考えても「家から出て動き回る人が増える」のは間違いがなくて、その人達は職場に行き、レストランに行き、スーパーにも行く。

これって「MCOの緩和」というより、「三密に近寄らない(Social Distancing)という【基本的な考え方】を変えた」と言って良いのかもしれない。政府は「気を緩めるな」というけれど、実質的に「三密に近寄ることになる」のは間違いがない。街を歩く人が増え、仕事も動き出すのだから。

海外の報道を見ていて変化を感じるのは「ロックアウトしても感染者が減らない。なぜだろう」と考える動きがあることで、では何がポイントなのかはまだわからないにしても、「ロックアウトを見直す動き」がある。ただ「ロックアウトをすれば感染者は減るはず」という前提がもしかしたらおかしいのであって、「横ばいなら上出来」かもしれず、「ロックアウトを緩めたら何が起きるかまだわかっていない」んじゃないですかね。これに関しては一般的な国々と違う考えを持つスウェーデンがどうなるか注視する必要あり。

私達は「三密に近寄るのは【絶対に危ない】」と信じている。

これって誰が考えても「当たり前」だと思うし、「火に近寄らなければ火傷もしない」という基本があるからだろうけれど、私が何度もこのブログで疑問を呈していたように、「なぜ、日本のあの世界的に有名な【満員電車】で1月2月に爆発的感染の拡大がなかった」のか。

これに対する的確な答えを示す専門家は誰もいないから、「ま、そのことは横に置いといて・・」ってことになるんだろうけれど、私としては「一番大事なことだけれど、わからないから考えないことにする」というのは「(自分が置かれている状況を把握できない)茹でガエル」と同じじゃないかと思うんですわ。

でも人って「これが正解ではないかもしれないけれど、【一生懸命できることを頑張ってやるのだ!】」というところに美意識を感じてしまうし、そこで【思考停止するのが普通】で、そして私達一般人はそれしかないのだけれど、どうも専門家もそう考えているフシがあって、これじゃクソミソ一緒。

ま、結局、何が正しいのかはわからないにしろ「三密に近寄らないのは無意味だ」というわけはなくて、それはやるしかない。

ただ、【物に気をつけろ(触らない、消毒をする)】という注意喚起が世界的に弱いと私は感じていて、三密、Social Distancingばかりに重きが置かれていると思うんですよ。

へそ曲がりの私は【実は物(床を含む)からの感染が多いのかもしれない】と考えていて、今回のマレーシアの【MCOの部分的緩和】は【その危険性が増すことになる】と考えています。

◯ 街に出る人は確実に増える
◯ 感染者はウィルスを撒き散らす
◯ 誰もいない場所でもウィルスは【数日間は感染力を維持したまま】我々を待っている

これは間違いがないことで、それを考えれば「今まで以上の危険に我々は晒される」ことになる。

私みたいに理屈をこね回すことはない人達でも「MCOの緩和は早すぎる」と考える人は多いようで、また州政府や専門家の中にもそういう考えがあるから、「CMCO(Conditional Movement Control Order)」にまとまりがなく、違う方策を取る州が出てくるんでしょう。

妻 「まだ危ないから外に出ないほうが良いわよ」

夫 「じゃぁ、どうやって我が家は食い扶持を稼げば良いんだ?」

妻 「そりゃそうだけれど・・。気をつけてね。」

夫 「大丈夫さ。三密には近寄らないし」

とまぁ、こんなやりとりが見えるようですが、職場でもお店でもそれは「彼らなりに十分考えている」はず。

でも私は思うんですよ。

「なぜ、世界中の【医療現場】で感染が広がったか」

私は一般人が気をつけようと思う「気をつけ方」と、「本来あるべき気の使い方」には大きなギャップがあると考えています。もし我々一般が考えるような「気の使い方」で大丈夫なら、【世界中の医療現場で感染拡大は起きない】ってことになりませんかね。

じゃ、どうするのか。

私達には危険を察知できるように、目、耳、鼻などがありますし、【それを頼りにするのが当たり前】だとして何百万年も生きてきた。だから【目にも見えない敵への対処が難しい】わけで、「三密に近寄らないようにしていれば大丈夫だ」という考え方が主流になるのもそれに根ざしている。

これを打開するには、誰しもが持っている「想像力」を働かすしかないんじゃないでしょうか。

街に出て立ち止まり、目をつぶって耳をすまし、意識を集中させて「ウィルスを探す」。

ウィルスが動いているざわめき。人間に取り憑こうぜとケラケラ笑っている笑い声。そしてその姿さえ、脳裏に浮かび上がってくるはず。

そしてわかることは、「我々が気をつけないとならないのは【感染者ではない】のであって、【ウィルスそのものだ】という原点」のはず。

これがわかれば対処は簡単かもしれない。

ただ私としては「マレーシアは間違いなく良い方向へ動いているだろう」と思っていて、MCOの第4フェイズに入ってから新規感染者数は増えているものの、「海外からの流入、帰国者」が多いという点、「外国人労働者」も多いのがわかっていて、これらは「対策が可能」で、一番怖い私達の身近で起きている【市内感染は間違いなく減っている】と見ています。

そして忘れてはならないのは、「感染してから発病し感染と確定するまでには【2週間程度の期間がある】」という点。

つまり、5月5日、今日の時点での「30人」というのは【2週間前の感染】と考えても良いわけで、その日数はばらつきがあるにしても、【過去に感染した人】であるのは間違いがない。

では、「今、感染する人はどのくらいいるのか?」

私としては今までのマレーシアの動きから考えて、【一桁になっている】かもしれないと思っています。でもそれがわかるのは二週間程度、後になってから。

しかしマレーシアでは「MCOの部分的緩和」が行われるわけで、それによって何が起きるのかは誰にもわからない。

ただ私が気になるのは「皆が注意し、慎重になっている【医療現場】でどうして院内感染が世界中で起きているのか」ってところ。

医療現場では感染が広がり、「職場では広がらない」なんてことがあるとはどうしても思えないわけです。でも抑え込みにはそこそこ成功しているマレーシアではそういう例が出ないかもしれない。でもそうだとしても「それは運による」だけであって、私達が考えている「三密に近寄らない」「Social Distancing」だけでどうにかなるような相手ではないのは、世界各地の報告を見てもわかるわけです。

この辺をしっかり認識できないと、「終結」には結びつかないし、第二波、第三波の予防もできないし対処もできないはず。

いつまでも「三密に近寄らない」や「ロックアウト」「緊急事態宣言」に【希望を託す】ことなく、私達はもっと勉強し、知らなくてはならないことが山程あるんじゃないですかね。今はまだ「ウィルスを怖がって逃げ回っているだけ」でしょ。これが「解決となることはない」のは誰が考えてもわかるはず。

私が思う「コロナウィルスとの戦い」はまだ序盤戦。そして今の私達は「敵と戦ってはいない」「逃げ回っているだけ」。

そして逃げ回るだけにしても、今回の「緩和」で【気を緩める人】と【緩和されるからこそ気をつける人】との差をこれから私達は見ることになるかもしれない。

 
 
 

No tags for this post.