mRNAワクチンの問題点、雑学

コロナのワクチンに関しては様々な問題点が指摘されていますよね。

それに触発された個人、インフルエンサーがSNS(ツイッターなど)で騒いで情報が拡散されてきたわけですが、私としては推進派も否定派もそれぞれ言わんとすることはわかるし、立場によって見方は変わるんだろうなと思っていました。

だからどうするべきかはそれぞれの個人が決めれば良いことであって、「打て」も「打つな」も私には極論にしか思えませんでした。ただ「義務化」に関しては大反対だし、それは今でも変わらない。

「問題はない」も「問題がある」もメリット・デメリットのどちらに重きを置くかの違いだけでしか無いと思っていて、それぞれが「自分は正しい」と信じて騒ぐわけですが、どちらが正しいのかも素人に判断することは不可能だと思っていました。「これだけの証拠がある」と騒いでもやっぱりそれを第三者がどう評価するのかも大事で(科学の原点)、ガセネタ、勘違いもあれば、統計の考え方がおかしいと私でも思うケースがあって、そしてそれは推進派も反対派も同じで、白黒付けるのは簡単じゃない。

だからこそ、世界では「十分な時間を取って治験を行う」わけで、それとて【リスクはゼロということはありえない】わけで、難しいと思います。ましてや「見切り発車」したのは間違いがないわけですから、あとになって問題点が噴出するのも当然だと思います。

それでも打つと決めるのはメリットを重視する考え方で、それはそれでそれぞれの考え方や立場があって決めることですから、「打つやつは馬鹿だ」みたいな考え方には私は反対してきました。これって「打つべきだ」と接種を強制する考え方と根っこは同じなのね。同じ紙の裏と面の違いがあるだけ。「俺は正しい」と考える人には私はいつも違和感を感じています。ワクチンじゃなくて全てにおいてそうですが、だからこそ私は常に「自己責任」に重きを置いて「自分で決めれば良い」と思うわけです。投資も同じで、人生でどんな道を歩くのか、どんな価値観を持つのかも【個人の自由】を重視したいと思っています。

自分が好きで選んだ人生の伴侶に関して、他人にああじゃこうじゃ言われてもねぇ。(笑)

ただし、それは大人の話であって、子供に関しては全く別。

結局、ワクチンの問題ってそこだと思っています。

そういう意味で、「問題があるのか無いのか」と言えば、「問題あり」だったんじゃないですかね。子供がかかりやすい「心筋炎」に関してもデータの捏造があったと私は思うし、モデルナのワクチンを子供に打つのは【世界は打たないのに、日本は打つことを独自で決めた】なんてこともあった。こういう部分は絶対に看過すべきことじゃないと思っています。

でもま、それも含めて「治験が十分じゃない」のだからしょうが無いとは思っているわけです。

今でこそ「ほら、コロナは大した危険はないじゃないか」なんていう人もいますが、武漢やダイアモンドプリンセス号で何が起きたのかを見れば、「世界の破滅」さえも想定しなければならないのは責任ある立場の政府は当たり前で、「ワクチンの危険は大きくても打つ」と世界は【政治的判断をした】と私は思うし、リーダーとしてそういう判断をしたのは間違えだとは私は思わない。極論を言えば「1億人を助けるためには1千万人の犠牲も受け入れるしか無い」と考えるのもアリでしょう。

でもま、「そんな怖いワクチンを打たせるな」という反対意見も真っ当だと思いますが、それを言う時には必ず「代替案」が必要で、それなき反対はただのわがままでしかないと私は思うし、私は当初は「ワクチンは打たない派」ではあったけれど、決して「反対派ではなかった」のはそういう意味です。

もちろん反対するのも個人の自由で、それに関して、私は「そう考えるのも当然でしょう」としか思わない。でも賛同はしない。それは「打つべきだ」という考え方に私は賛同しないのと同じ。

ただ「子供に打つべきか」という点においては「私は反対派」です。そもそもコロナに罹っても重症化しづらい、死亡者も極端に少ない中で、「ワクチンのメリットよりデメリットの方が大きい」のは当初から見えていたわけで、そしてそれは海外のデータからもそれは言われていたじゃないですか。それなのに日本は「モデルナワクチンを子供に打つことを【世界で初めて認めた】」なんてのは言語道断じゃないですかね。

日本には主体性がなくていつも海外の後追いをするのはしょうが無いにしても、世界が認めないものを、そして治験が充分でないものを「日本は認めちゃう」なんて最悪だと思います。

でもそれもまた日本らしいと政界や経済界をみてもいつも感じること。

だとしても「子供に自己責任だとは言えない」わけで、ここに関してはたとえコロナが終焉しても政府や厚労省を徹底的に糾弾すべきだとは思っています。そういうことをいつもないがしろにして「ま、いいじゃないか」と済ますからこういうことがいつになっても繰り返されるのだろうと思うから。

また治験が十分じゃなかったのは仕方がないにしても、今になってわかってきたことは間違いなくあるわけで、それの解明と治療や予防に役立てるのは当然のこととして「見切り発車したことによる被害に対する補償」は政府はやるべきですよね。私は「見切り発車はしょうが無い」とは思うものの、「その責任は誰も取らないで良いとも思わない」わけで、【権力とはそういうもの】だと思うわけです。【強権を発動する】のを認めるのは【責任も取る】からですよね。

しかし最近になってわかってきたことって本当に多いようで、つい最近、「コロナに罹って症状は消えた」にしろ、そして検査で陽性はでないにしろ、「少量のウィルスは体内に残ったままで悪さを続ける」ことがわかってきた様子。後遺症を調べていくうちにわかったらしい。

またmRNAワクチンの特徴として、抗体(IGG)には4種類あって(IGG1~4)、「免疫を強める(1と3)」のと「免疫を弱める(2と4)」のも同時に存在するとのこと。私はこれにはびっくりしましたが、これももっと解明されれば、【ワクチンを打ったから感染する】なんて信じがたいことも起こりうるのがはっきりするかもしれない。そして免疫を弱めるIGG2、IGG4は「mRNAワクチンでは無い普通のワクチンでは【出来ない】」ところまでわかってきたらしい。

そしてこの免疫を弱めるIGG2と4がmRNAによる抗体の中に存在するのは想定外だったとのこと。

mRNAである対コロナウィルスのワクチンと同時に、違う病気(自己免疫疾患)で「免疫を弱めることによって治療に使う」mRNAワクチンも登場したとのこと。でもおかしなもので、「免疫を強化する」のと「免疫を弱める」のとどう違うのかはまだわかっていないと。だからコロナ用のmRNAワクチンでも、4種類の抗体のうちの「免疫を弱める」部分を突き詰めていかないと感染や後遺症の解決にはならないということらしい。

こんなことが2年のうちにいろいろと分かってきたわけで、だからこそ「十分な時間を取って治験をする」という【絶対のルールが世界にはある】ってことなんでしょうね。

とは言うものの、「緊急事態では【毒饅頭を食わざるをえない】こともある」と私は考えるわけです。

でも「この毒饅頭を食え」とは誰も強制できないし、するべきじゃない。

本当にリーダーの仕事って大変で、「大型客船が沈没する時に、救命ボートは乗客の9割分しか無い」としたら、どうしたって1割の人には死んでもらうしか無いわけで、それは医療現場のトリアージと同じじゃないんですかね。実際にコロナの重症患者が多い時には「ECMO(体外式膜型人工肺)の使用でトリアージが行われた」のも同じじゃないんですかね。ECMO(体外式膜型人工肺)の数が十分に無くて、でも必要な患者が多数いた場合には【年寄には諦めてもう】ことが現場で起きていたことは報道で何度か見ました。ECMOを装着している老人からそれを外して若い人に装着する現場の医師の苦悩をレポートした番組。ECMOを外された老人はほぼ間違いなく死ぬ。

どちらにしても100%の安心はありえないし、100%人を助けることも不可能。でもできる限りのことはするにしても「ある程度の犠牲者は仕方がない」のは世の中の常。

誰を助けて誰を助けないかのトリアージをしないとならない現場の医師の苦悩は半端じゃないと思いますが、それは「未知の感染病に、未知のワクチンをどう使うか」を決める国のリーダーの苦悩も同じだと思います。でもその苦悩を見せることはしない、出来ない。

こんな私みたいに好き勝手なことを言えるような立場ではない。それは医師も同じだと思います。

でも政府や医師を信じて死んだ人、重い後遺症を持ったままの人もいるわけで、これは「戦争の犠牲者と同じ」だと私は思っていて、【政府や関係部署、医療従事者の責任の重さ】を無視することはできず、良い意味での「戦後の東京裁判」みたいな総括はするべきだろうと思っています。【権力と責任】は車の両輪と同じで、権力だけが暴走するのはやっぱり認めるわけにはいかない。でも「責任」ばかりを騒ぐ人たちに私は賛同も出来ない、しない。

ま、そんなことをこの動画を見ながら考えていました。

今だから言えることがある。そんなことをこの動画に感じました。

それと「データの捏造」と言っても良いようなことが行われたのは間違いがなくて、これはツイッターなどでは大騒ぎになりましたが、メディアでの報道でも取り上げられたのは良かったと思います。

今まで明らかになってきたことって色々ありますが、それだけに「十分な治験の重要性」を感じます。

でも緊急事態、そして「恐怖にとらわれている時」にワクチンの是非を判断するは難しいのも良く分かる。

コロナとは関係ないですが、近年、ガンの治療法がいろいろ出てきているんですね。そんなのを説明しているガンの専門医のユーチューブを見ていると感じることは、【治験が終わって承認されるまで待てない人が山ほどいる】ということ。このままでは死ぬと思っている患者は「藁をも掴みたい気持ち」なのはイヤというほどわかるし、もし自分がその立場なら「私を実験台にして欲しい」と思うはず。

コロナも同じで、自分の家族や愛する人がコロナに罹って死んでいくのを身近で見た人は「ワクチンが危険でも打つべきだ」「自分もすぐに打ちたい」と考えるのも良く分かる。

と同時に、ワクチンで死んだ人が身近にいる人が何を考えるのかもわかる。医者も可愛そうだと思うことがあって、「これはワクチンのせいだ」と確信しても、それを科学的に証明するのは簡単ではないわけで、毎日の仕事に忙殺される中で、また自分の立場や将来を考えて「口をつぐむ医師」も多いんじゃないですかね。それもまたしょうがないと思う。「正直であるべきだ」なんて他人が言えることじゃないですもんね。

だからこそ「選択の自由」は絶対に確保しないとならないと思うし、【自己責任で決める】事が重要だと思うわけです。

でも幼い子供がいる場合は、自己責任もクソもない。私に幼い子供がいて、それも持病でも持っていたら気が狂うかもしれないと思うし、今もそれで悩み続ける人は多いはず。ワクチンも危険。コロナにかかった場合の後遺症も危険。

今のワクチンは古いわけだから打たないのは良いにしても、新しい変異株、変異種に対応した新しいワクチンが出たらどうしますかね。

「ワクチンを打ってない?じゃ、縁を切ろう。そんな反社とは付き合えない」とビジネスパートナーと簡単に決別したホリエモン。

私はホリエモンは昔から問題があると思っていたのですが、最近、やっぱり大したもんだと思い直して彼の発言に積極的に耳を傾けるようになったのですが、やっぱりあいつは大事なことがわかっていないと思ったし、自分の周りにも身内、親族にもホリエモンタイプがいなくて良かったと思うくらい。(笑)

実はですね、ヒロユキも以前は全く気にならなかったのですが、最近、興味を持つようになって彼が出る番組をいつも見ているのですが、「彼は頭の回転が抜群に速い」のはわかるけれど、結局、それだけで深みがないなぁと思っています。考えが浅いと感じることも多い。

でもホリエモンもヒロユキも「彼らの主張を聞いていると刺激がある。頭の体操になる」のは間違いがなくて、彼らの主張に賛成だ反対だと考えずに「そのままじっくり聞いてみる」のは良いと思っています。

な~~んて他人の批判は簡単だけれど、面白いもんで「自分のことはわからない」のね。

この世の中で一番わけがわからないのは自分自身。(笑)

若い頃に言われたことを最近、良く思い出すんですよ。

「定規は自分自身を測ることは出来ない」って。

きっとこのブログの読者にもいつも迷惑をかけているんだろうなと思っています。

どうもすいません。m(_ _)m

     
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