また自家用車の「フロントガラス」が割れました。(┰_┰)
ハイウェイを走っている時に「ベキッ」と音がしたかと思ったら、フロントガラスに「ヒビ」が入っている。先行車が跳ね上げた小石か、ボルトナットみたいなものが当たったんでしょう。大きなヒビではなくて、星型のヒビで直径は5-6センチかなぁ。場所は助手席側で、運転に支障はない位置なもののやっぱり放置は出来ませんよねぇ。
その程度の傷は見えないようにできる「修理キット」もあるようですが、私はそういうのは使わないタイプ。それではフロントガラスの「必要な強度」を保てないと思うから。
マレーシアに来てから8年、これで3度目です。
不思議なのは、我が家は「出不精」ですし、遠出もしませんから、この8年の走行距離って3万キロにも満たないし、ハイウェイを高速で走ることも少ないのに3度目です。私の運転歴って50年以上になりますし、かつてはカーキチで「毎週、遠出する」ような時代もあったのにフロントガラスが今回のように割れた経験は「無い」はず。ゴールドコースト時代にも無い。
でも走行距離は少ないにしても、「XXXXハイウェイ」を走ることはクアラルンプールでは多いし、スピードもそこそこ出ますし、「積み荷からボロボロ小石を落としながら走るトラック」もあるし、車検もないことから整備不良で走る車も多く、部品の脱落も多いのかもね。
初めての時は、「荷物を満載していたトラック」の後方を走っていたときでした。わざわざそうしようと思ったわけじゃなくて、追い越し車線から車線変更をした時に、たまたまトラックの後ろに入ったのね。その時、トラックからパラパラと小さな砂利が落ちているような雰囲気を感じた瞬間、「ベキっ」という音。ああああああ~~、起こるべきして起こったと思いました。
それからは「トラックの後ろは絶対に走らない」と決めていたのですが、やっぱり「流れ」でそうなってしまうことがあるじゃないですか。でも十分に距離を取っていれば大丈夫だろうし、そのトラックを追い越すなりすれば良い。な~~~んて思っていたのに、たまたまトラックの後ろを走ることになった瞬間、「ベキッ」という音。この時の「自己嫌悪」は半端じゃありませんでした。
修理ですが、自動車保険の「フロントガラス特約」に入っていますので、それで一度目は保険が効いた。ところがですね、二度目はその2ヶ月後ぐらいだったんですよ。これって、その保険を再び使うことが出来ないのね。だから自費。いくらだったか忘れました。
そして今回ですが、トラックも関係なし、スピードも90キロぐらい。真ん中の車線を普通に走っていたのに「ベキッ」ですもんね。
これってどう考えても「不可抗力」で、避ける方法は無かったと思います。
で、今回は保険で修理できますが、こういうことってマレーシアでは多いんですかね。我が家だけなはずはないし、まぁマレーシアの道路事情を考えると「普通に起きること」みたいな感じがしないでもない。
しかし自動車だから良いようなもの、バイクは怖いでしょうね~。小さな小石でもボルト・ナットでも「直撃」を食らったらかなり危ないと思う。
普通に走っているバイクも危ないはずで、その直撃を食らったバイクがヨロヨロしたり、それが理由で「近くを走っている自動車も巻き込んだ事故になる」こともあるんじゃないかなぁ。
まさに「まさかの出来事」で、そういうことも想定して走らないと駄目かもね。「そんなの無理」と思うけれど、単なる接触事故じゃなくて「人命に関わることも起きる」んじゃない?「前の車が急ブレーキを掛ける」なんてこともあるだろうし。
私はかつてはかなりのカーキチで、今でも「加速の悪い車には乗りたくない」し、マレーシアに来てからも130キロオーバーで走るなんてこともあった(単独でそのスピードは出さずに、早く走る車がある時に距離をおいて後ろを走る)けれど、いつの間にやら「ジジー運転になった」し、今では100キロ以上のスピードもまず出さないようになりました。
我が人生でこれほどの「いつも安全運転」というのはなかったと思うくらい。割り込みもしないし、意地悪して割り込みをさせないということもない。
「マレーシア人の運転って怖い」と多くの人が言うけれど、私はそう思ったことは一度もないんですよ。「車線変更をする時にウインカーも出さない」なんてのは「そういうことがあるのは世界共通」だと思うし、前後左右の車の動きを見ていると、「これからどうしようとしているのか」ってわかるはずなのね。
自分が追突する危険性も「前の車のその前の状況」を見ていれば、危険は察知できるし、「後ろの車」の動きに異常を感じたらわざとスピードを落としてこちらの車を追い越すように促したり、「全体の中の自分」を見ていると、マレーシアの運転が怖い、危ないなんて思わない。
73歳になる私の姉はかつてラリーもやっていたような女性で、姉も「怖いと思ったことはない」と言います。というか「昔から姉の運転は怖い」と私は思っていて、【恐怖をばら撒く側】かもしれない。(笑)
でも今回の「フロントガラスが割れた」ようなことが、自分の周りの車、あるいはバイクに起きた場合、「車の流れが一気に変わる」こともあるだろうし、フロントガラスが割れた瞬間に驚いて急ブレーキを掛けるようなドライバーもいるかもしれない。こういう想定って、私は一度もしたことがないのだけれど、そんなことも考えながら運転しようかと思ったり。
フロントガラスが突然割れたのは不可抗力だ、なんて思うけれど、それがキッカケで大事故に繋がったり、命を落とした人もいるであろうことも想像してみるのは良いことかもしれない。
ところで、今、乗っている車は、マレーシアに来てから「MM2Hの免税枠」を使って安く買った車。
いつの頃からかSUVタイプが好きになって、なおかつ馬力もトルクもあって、ターボが着いていてかなり早い車。ところがですねぇ、やっぱりそういう「表面的な性能」に釣られてしまった感があって、SUVの癖して【足回りが全然駄目】なんですよ。ちょっとしたバンプを乗り越える時にも【ガツン】という大きな衝撃があって、吸収できないのね。当然、調節可能なエアサスが着いているような高級車ではない。
これって見た目は良い、カタログ性能は良い「韓国車」にも良くあることで、やっぱり多くの日本車みたいな「完成度は低い」のね。
普通の道を普通に走っている分には全く問題がないにしろ、やっぱりかつてはカーキチで、日本でもオーストラリアでも「中古車の輸出入の仕事もしていた」私としては、どうしても納得できないというか、我慢できないところがあるんですよ。でも「そんなことにはもうこだわるべきではないジジーになった」とも思うんですが、もう車の走行距離は少ないものの、もう8年目に入る。
我が人生で8年続けて乗った経験って無いし、でも昔のように2年毎に買い替えるなんてことをしなくても「十分、使える車」なのは間違いがなくて、どうしようか悩んでいます。
マレーシアでは「中古車も高い」のは良いことですが、我が家の車は「MM2Hの免税枠」を使って買った車ですし、これを手放す時には【残存価値から税金分も算出】して、その【税金分の差額を支払う義務がある】のね。だから「高く売れた~~」「下取り価格が高かった~」なんて喜ぶことができない。
だから「乗りつぶしてしまう」のがベストなんだけれど、「乗り換えたい」という思いは強くなってきます。そして次回、買うとしたら当然「税金は普通にかかる」わけで、かなり高い買い物になるのは間違いがない。でもま、マレーシア国民は皆、その額で買っているわけだから、文句を言う筋合いはない。
また世界は電気自動車で盛り上がっていて、今はその勢いに陰りが出てきてはいるものの、長い目で見れば「車は移動するためのもの」ものから「スマホと同じ家電製品」となって、全てが接続されて、電気自動車は「家の電池となる」時代は来ると思う。
だから電気自動車かなぁ・・なんてフト思うのだけれど、マレーシアでは「充電に問題がある」と思うし、私は「万が一の時」を考えると電気自動車って全く使えないと思っています。それが今、冬場を迎えて「世界中で電気自動車の欠点が露呈した」と思うし、やっぱり私は電気自動車は「時期尚早」だと思う。というか、私は電気自動車の未来は「プラグインハイブリッド」だろうと思っているのね。でもガソリンじゃなくて水素になったりするんでしょう。
ま、それにしても今、買うのは時期尚早で、マレーシアではガソリン車の時代は長く続くと思う。
また私は「エンジンが好き」なんですよ。エンジンの加速感だけじゃなくて、今はもう無くなってしまいましたが、耳を澄ますと「吸気音」とか「チェーンの音」、もちろん「排気音」「振動」があって、ターボは好きじゃないけれど、ターボ独特の「シュパ~~、プシュ~」という音は好きだったりする。
運転って「オーケストラの中に自分がいる」のと同じで、止まっている時、加速している時、高速で巡航しているときも「耳を澄ますとそれぞれの場面で変わるオーケストラの演奏」と同じものを味わえるのね。だから「ガソリン車がなくなる」のは【とんでもなく大きな損失】【文化の後退】だとも思う。
な~~んて話を息子たちとすると、「オヤジは狂ってる」という。(笑)
「車は走りゃ良いんだよ」、なんてとんでもなく恐ろしいことを彼らは平気で口にする。
好きなものは好きだから、今の若者が何を言おうと関係ないのですが、困るのは「多くの自動車メーカーが電気自動車にシフトしている」ということ。トヨタは「全方位戦略」を取っているけれど、あのホンダは「エンジンは捨てる」と公表した。これには「時代の変化」を感じざるを得なかったし、墓に入っている本田宗一郎もホンダファンも半端じゃなくガッカリしているんじゃないですかね。
ポルシェでさえもエンジンは捨てる方向性は同じで、トヨタに似ている考え方を持っているのはBMWぐらいしか残っていない。
つまりですね、【ガソリン車を買うならこの数年しかチャンスはない】かもしれないのね。たとえ遠い将来、世界が「プラグインハイブリッド」が主流になろうと、【ガソリン車は消える運命】なのかもしれない。
それを想像すると、エンジン好きは気になってしょうがないはずで、これは私だけじゃないと思う。
では具体的に欲しい車があるかと言うと、無い。私と似たような考え、趣味を持つ知人が「トヨタのスープラ」を買ったんですよ。でもねぇ、いくらスポーツカー好きだった私でも「スープラはちょっと・・」と思うもんなぁ。
ゴールドコースト時代には、「昔のスープラ(型式JZA80)」のオーストラリアへの輸入許可を取って販売していたけれど、あの当時のスープラは「日常使いが出来た」のね。この日常でも使えるってのは重要だと私は昔から思っていて、毎日フェラーリに乗る人はいないにしても「ポルシェなら大丈夫」というのと同じ。
そもそも車は「二台持ちが良い」というのは昔からある考え方で、だからこそ「自分の趣味が生きる」のだろうと思う。
でもそれをマレーシアでやるか?もう70歳も超えたのに?いつマレーシアを出るかもわからないのに?マレーシアは自動車がメチャ高いのに?
ま、物欲が強い私でも、やっぱり歳を取ってくると諦める、我慢することも覚えるわけで、「欲しければ買えば良い」なんて全く思わないのだけれど、やっぱり「そろそろ買い替えどきかなぁ」とは思うわけです。
でもきっと、「ブツブツ文句を言い続け」てこのまま今の車を乗り続けるんだろうなぁ。この優柔不断さは私の十八番。(^_^)v
しかし本当に今の車って昔とは全く違っていて、我が家の車も8年目に入って「新車の匂いこそしない」けれど、走りっぷりは新車の時と【全く変わらない】のね。足回りだけは駄目だけれど、それはそういう風に作ってあるわけで、その他のことでおかしなこと、調子が悪いなんてことも「皆無」なのね。技術の進化って本当に凄いと思う。
ちなみにこのエントリーのアイキャッチ画像は、私が世界中で一番好きな車の「フェアレディ2000(型式SR311)」です。もう50年以上前の写真で(多分19歳の時)、雪の降る江の島で撮った写真ですが、その時の情景は今でもはっきり覚えています。で、もしも、日産がこの車の復刻版を売り出したら、「一切の理屈抜きで買うつもり」でいます。この車は私の青春そのもの、車好き人生の原点だから。
冗談抜きで復刻版を出して欲しいなぁ~~。電気自動車だったりして?う~~~~~~~~~む。
ミニチュアカーで妥協すっか・・・。だな。