差別に関して補足

差別に対して補足させてください。

まず、差別という言葉を使うのはちょっと大げさかもしれません。彼らにも好き嫌いが当然あるという程度でしょうか。

私が来た当時にちょっと感じたことがありまして、その時以来、自分は移民であるけれどいつまでオーストラリアにいるのかはわからない。そのうち帰るかもしれないということをオーストラリアの友人にずーっと言い続けるようにしました。

それを言うと、どうして?オーストラリアが嫌いなの?ずーっと居れば良いじゃないかとほとんどのオーストラリア人は言います。ただ、これを言うのは、いわゆる自国を嫌いだと言われたくない気持ちから出ているだけのことで、こちらのことを旅行者と同じように見ているだけなんですね。お客様です。ですからこちらとしてはその方が居心地が良い。

逆に、日本大好きオージーも中にはいるわけで、ワーホリで日本に行っていたとか、英語教師をやっていたというのもかなりいます。日本はどうよ?日本人はどうよ?と聞くと、それはそれは聞いてて嬉しくなるような賛美が続きます。日本人には本当に良くしてもらったし、差別されたこともないし、最高だという若者は多い。日本人と結婚したいという人も多い。でもね、そんなときに私は言うんですよ。日本人宅におじゃました時も良くしてくれたと言うけれど、では、「貴方の娘さんと結婚させてください」と言ったとたんその日本人の顔色が変わるよ、って。お客様にはいい顔をする日本人も、その話になると突然現実的なことを考え出して、すんなりOKは出さないことが多い。もちろん、こんな時代ですから、好きなら反対はしないよ、という親も少なくないけれど、そういう結婚話とか出てきた時には「外人」であることが表面に出てくるでしょ。

そういえば、大学で日本文化を勉強していたオージーが日本には差別がないなんて偉そうに言うもんですから、部落の事とか、日本の三国人がどういう状況にあるか、教えてやったらびっくりしていましたっけ。ナイトクラブの女の子だったんですが、飲みに行くたびに日本には差別が蔓延している話しになって、学校の勉強より面白いなんて言われてしまいました。酒は美味くなくなっちゃいましたが・・・

まぁ、とにかくそんな感じで、旅行者、長期滞在者として来ている間は良いけれど、では日本人が市民権も取って同じオーストラリア人になった瞬間、彼らにとってこちらはお客様じゃなくなるわけです。日本では考えられないかも知れませんが、彼らの回りにはどんどん異質なアジア人が増えているわけで、仕事もお金も外人に持って行かれる恐怖を彼らはしっかり持っています。

たとえば大学でもそうです。当然枠がありますから、誰でも入れるわけではない。優秀な日本人がある難関の大学に入った時に、教授に、君が入った事によって一人のオーストラリア人が素晴らしい教育を受ける機会を失ったよとはっきり言われたなんて話しもありました。中学高校でも同じです。成績のトップグループの多くはアジア人ですが、それを面白くないと思うオーストラリア人は生徒、親だけではなくて、先生の中にもいます。日本はそういう状況を経験したことがありませんから、ピンと来ないかも知れませんね。

また、まだ日本からの投資が多い頃に、ある建築関係の会社に勤めた友人がいます。当時の日本人は金持ちで、どんどん家が売れ、次から次へと内装工事の注文も彼が取っていた。それはそれは大事にしてくれるわけです。彼がいないと注文が取れませんから。ただ彼の仕事は日本人の接待が中心になるんですね。同僚が仕事をしている時に、空港の送り迎えから、ゴルフ、食事、夜は酒を飲んで楽しむわけです。それでも問題は起きなかった。ただ、バブルがはじけて日本人の注文がどんどん減ってきた。すると彼に対する同僚の反発は半端じゃないものになるわけです。当たり前といえば当たり前。で、彼は普通のオージーの仕事と同じ事も出来るのにその会社を辞めざるを得なくなった。

日本人が日本人としての利点を生かせる仕事についている分には何の問題もないわけです。旅行関係であるとか、和食レストランであるとかです。または日本相手の貿易であるとか、オーナーが日本人、日本人好きであるとか。あるいは、その人にしかできない特殊技能があるなら、回りもその日本人を受け入れる。そこに競争が存在しませんから。ところが一般の仕事をするとなると、彼らの競争相手でしかないんですね。そういうときに外人であることが問題になってくることが少なくないわけです。チクチク嫌味を言われる。

こちらに渡ってきた親たちは自分で事業を始めたり、まさに日本人であること、あるいは特殊技能を利用した仕事に就きますからほとんど問題は出てこない。ところが、まっさらな所からオーストラリア人と勝負をしていかないとならない子供達はまったく状況が変わってくるわけです。

差別にはかなり重い罰があり、表面的にはそれが出てきませんが、嫌がらせとか、無視とかチクチクやられることは頻繁にあると言って良いんじゃないでしょうか。

人種によって就職が左右されてはいけないことになっていますが、会社に入ってから、オージーなら知っているスラング、しかし日本人にはわからないような言葉をわざと仕事上で使って、その日本人がそれを理解できないとなると、言葉的に仕事に支障があるというクレームが同僚から出て、首になったなんて話しも聞いたことがあります。

そういうことを我が家の子供達は彼らの経験の中で知っているんですね。だからオーストラリアで仕事をしたくないと言います。アジア人と言われるのもいい加減疲れたよと言います。

私の場合は、オーストラリア人の中に入って彼らと競争しながら仕事をするという経験が全くなく、常にオーストラリア人から見ればお客様状態を保ちましたから、嫌な経験をしたことはほとんどありません。友達として付き合う分には最高の人たちだと思います。

ここで面白いのは、ハーフの子供達です。知り合いに結構いますが、私は日本人とのハーフが差別にあったとか、チクチク嫌味を言われたという話は聞いたことがありません。

差別がなくなるときがあるとすれば、それは血が混ざる時なかな、なんて気もします。移民の歴史が長いアメリカに行くとそれを感じます。ハーフどころじゃなくて、自分にどの人種の血が流れているのかさえ知らない人もいるくらい混ざってますね。ある時、ちょっとアジア人的な顔をしている肌が茶色のアメリカ人に、彼の人種に関して聞いたことがあります。日本人が16分の1で、メキシコが8分の一で、ああ、ドイツ人の血も入っているらしよ、なんて彼は笑っていました。ここまで来ると、人種という言葉さえ意味を失う。人種による差別ほど馬鹿らしい事がないのがよくわかります。ただ、純粋種からは何か言われることがあるのかもしれませんね。

ハワイだとか混ざっている人が大半の場所では、人種差別は少ないのではないかと思いました。あああ、ハワイでは本土の白人をハウリーと馬鹿にしますね。本土の人に馬鹿にされることに対する仕返しかも知れませんが。

人種差別がなくなれば、今度は宗教とか仕事、収入の差別が出てくるのかも知れませんが、まぁ、差別をなくすとか差別はしたくないとか言うのは簡単でもなかなか現実の中では根が深い問題だと私は思います。

     
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