オーストラリアの肉に関しては皆さんそれぞれの見方があると思います。牛に関して言えば、日本在住の方は、日本で売られているオージービーフ(日本向けに育てられた牛)がオーストラリア全般で売られている肉だと思うでしょうし、二十数年オーストラリアにいる私のイメージは、脂のノリが全くない赤身ばかりで、固くて臭いイメージを持っています。でもどちらも違うんですね。
というか、オーストラリアで流通する牛肉もどんどん変化しているってことでしょう。
私が来た頃1991年はまだまだオーストラリアは経済的に弱い国で、一般の人達の所得も低かった。でもどんどんオーストラリアは伸びて収入が増えるのと同時に、牛肉も多様化して行ったのを見てきました。今では和牛を扱う店も多いし、北米からのアンガス牛も普通に売られている。そしてそれらの肉の特徴としては、以前は考えられなかった脂のサシが入っているものが良いとされていること。
オーストラリア人って健康志向が非常に強い国民だと思うのですが、20年前は、肉はLeanであるのがベストという信仰のようなものがあるのを感じました。リーンとはリーンボディとか言うように、脂のない引き締まった肉のこと。ですから、来た当初は牛肉は赤身の肉ばかりで、サシが入っている肉は稀でした。生産者も脂のない肉を目指していたのでしょうが、個体によって違いますから、肉屋に並ぶ時にはサシが入った肉も中にはあるわけです。でもこれを買うのは大変じゃなかったんです。誰も買いませんから、サシが入っている肉は売れ残っていた。(笑)
当然部位が違えば脂のノリが違うわけですが、こちらでステーキといえば標準のリブアイの話です。昔は赤身ばかりだったのが、最近はサシが入っている肉の方が多いと感じます。と同時に、和牛やアンガス牛がどんどん広まり、サシの入った軟らかい肉が良い肉という考え方がどんどん広まっているようです。
健康オタクのオーストラリア人がどうして脂っぽい肉を食べるようになったのかですが、ここが面白いのは、近年はこういう肉のほうが健康的であると言われるようになっています。つまり、不飽和脂肪酸、オメガ3、オメガ6の含有量が多く、コレステロールが少ないという考え方。つまり、肉食の人たちが、魚のほうが健康によいと言い出したのと似たようなことが肉の世界にも起きているんですね。おもしろいですよね。サシの入った肉を英語世界ではマーブル、つまり大理石の様だと言いますが、今までの赤身の肉よりそれのほうが健康だと言い出したんですから。和牛の本家である日本ではサシの入った肉のほうが健康的だなんていう人はいますかね?
オーストラリアの和牛(Wagyu)は今では世界中に輸出され、日本の和牛と戦う様になりましたね。でも価格がまるで違いますから、本物志向のリッチな人じゃないと日本の和牛はなかなか買わないのでしょう。オーストラリアのWagyuの伸びが半端じゃない。オーストラリアの和牛ですが、日本から精子を輸入したもの、またアメリカ経由で和牛そのものを輸入したもの、また100%Wagyuとかオーストラリアの牛に産ませたWagyuとかいろいろあるようです。私が気になるのはハーフの和牛でもWagyuになること。これってインチキじゃないですかね。そして和牛というのは登録商標じゃないですから、Wagyuとして関係ない牛の肉を販売しても問題にならないんですね。Kobeもそうで、神戸牛は日本の登録商標で厳格にどういう肉ではなければならないと定められていますが、オーストラリアでは生産者がグレードの高いWagyuにKobeとかブランドを付けて海外に輸出しています。
和牛は今ではオーストラリア、アメリカ、欧州でも育てられているようで、世界の牛肉模様が今後どんどん変わる可能性がありますね。でもその流れに日本の和牛生産者が乗れるかというとそれはまず無理でしょう。価格でかなうわけがない。Wagyuは日本発祥。でも日本産の和牛を世界市場で見ることは稀という時代になっているのだと思います。
美味しいと思う肉を生産するのは勝手ですが、出来ることならWagyuとかKobeとかそういう名前は使わないで欲しいですよね。シャネルやグッチなどのブランド品が、似たようなものに同じなが付けられたら困るのと同じですから。でもこの流れはもう止めることはできないのでしょう。残念です。
ちなみにオーストラリアではそれなりにWagyuとはどういうものかという決めもつくっていますし、グレーディング方法も確立されています。サシの入り方で9段階。画像で見るとこんな感じ。
参考までに日本のグレーディングはこれ。ABCと1-5の組み合わせで、A5が良いとか言いますよね。また一般的ではありませんがサシの入り方には12段階の表示方法が日本にはある様子。ちなみに神戸牛はAあるいはBの4以上。
さて、ここで豚の話です。
オーストラリアは健康志向が強いと書きましたが、その中で豚は立場が悪いわけですね。脂身が多い動物ですから(でも体脂肪率はかなり低い)。ですから牛で言えば赤身のリーンビーフが売れ、鶏は(今でもそうですが)胸肉が圧倒的な売上を稼いでいる。ここで豚の生産者は、1980年代に脂が少ない豚の生産を始めたらしいです。そして、なんと鶏の胸肉より脂肪分が少ない豚まで作れるようになり、その方向性は全国に広がった。豚肉には牛や鶏には少ないビタミンB群とかありますから、それに加え、脂肪が少ない豚を全面に出し、売上を取ろうとしたわけですね。
これは今でもその流れは続いていて、豚肉に脂のサシが入っている肉を見つけるのはかなり難しいはずです。もちろん皮と身の間には脂肪の層がありますが、身そのものは脂肪が少ない豚を作ってきた。今でもそういう肉であることを全面に出して売る生産者も多い。こんな肉。これはロース。背中の部分ですね。これだけ脂身も薄く、身にはサシが入っていません。これがオーストラリアで喜ばれる豚なんでしょう。
魚を考えてみるとよくわかりますが、その国なり地方なりの食べ方、料理方法ってあるわけで、それに添って生産したり、加工したりするわけで、刺し身なんか食べない国の人たちが日本と同じような魚を欲しがることもないし、その魚が存在したとしても刺し身で食べられるような扱いはしませんよね。それは牛も豚も鶏も同じで、日本の感覚で世界を見て、和食に合うとか合わないとかいうのは全くの筋違いだというのがわかります。
つまり、豚の角煮にしても、それに合う豚かどうかということがあるってことなんでしょう。逆に、角煮に合うような豚肉は現地では望まれないのかもしれない。これはオーストラリアの一昔前の牛肉と同じで、我々日本人が望む牛肉をオーストラリア人が良いとは思わなかったわけですから。
で、豚ですが、脂身がない豚を生産して、赤身の牛や鶏の胸肉に対抗した歴史がオーストラリアにあるわけですが、近年、そういう豚は美味しく無いという声が大きくなってきたのでしょう。原点回帰しようということで、昔ながらの豚を作ろうという動きも増えているようです。その現れの一つがバークシャー豚(黒豚)の生産者が増えてきたこと、そしてメス豚だけを穀物で育てる(脂が乗る)生産者が出てきたり、そういう動きがあるようです。ただ、そういう豚がスーパーの棚に普通に並ぶにはまだ何年、何十年と掛かるのかもしれませんね。かつての日本でも黒豚なんて普通の肉屋で売っていなかったのと同じでしょう。
つまり、我々が普通に見る豚肉は、牛肉で言えば、牧草を食べて育った牛の赤身重視(脂はいらない)だというのが簡単に想像できますね。最近、サシが入っている牛、つまり一定期間、穀物を食べさせた牛がどんどん広まってきたけれど、豚はまだそこまでなっていないってことだと思うんです。だから日本のような角煮を作るのに適した豚ではないってことなんでしょう。私はこちらの豚はコラーゲンが少ないのではないかと思っていますが、多分それは正解だろうと思っています。肉質が根本的に違うんでしょう。これはオーストラリアの牛でも豚でも、そして鶏でも同じで、しかしそれが悪いことだというのではなく、あえてそういう肉を求めてきたんですね。健康志向が強く、ヘルシーであることに拘る消費者が非常に多いですから。そしてヘルシーミートを作るには、穀物を食べさせないわけで、コストも下がりますから生産者も消費者もそれでOKってことなんでしょう。
私としてはメス豚だけを穀物で育てている農場の豚肉を食べてみたいですが、ゴールドコーストでは無理のようです。メルボルン、シドニーなら手に入るはず。
鶏に関してですが、胸肉が圧倒的な売上をあげています。理由はヘルシーだから。結局、一般的なオーストラリア人が我々日本人と違うところはここだと思うんですよ。普通、日本人の場合、ヘルシーだからという理由で食べるものを選ばないですよね。まず美味しさが一番。それでヘルシーだったら尚良いってことであって、ヘルシーが一番になることは普通ありえません。それも胸肉の料理の仕方を見ると、パサパサに火を通すのが普通。これって慣れがあるんだろうと思うし、そういうものだと信じているとそこから脱皮はできないんでしょう。ただオーストラリアでも低温調理が一般の中に浸透しつつありまして、柔らかくしっとりした仕上げにする方法があるというのを知ってる人が増えてきました。
これは鶏に限らず、牛や豚も同じで、調理方法によって随分変わるというのが(やっと)注目されてきたようです(いやー、そうでもないか)。スロークッキングも広まっているようです。でもこれも言葉がひとり歩きしているだけで、家庭内でそれが広まっているわけじゃないんでしょうね。
つまり、健康によいという理由で鶏の胸肉を選び、それをパサパサになるまで火を通してしまう食文化を持つ人たちが、果たして日本のような地鶏を欲しいと思うかってことなんですね。地鶏がスーパーヘルシーならそれも起きるかもしれませんが、歯ごたえが違うとか、美味しいとか、味が濃いとか、そういう理由で地鶏を選ぶ人は一般的ではないと思います。もしかすると、日本で言う地鶏は欧米で言うシビエ(野生の鳥獣)と捉えたほうが良いかもしれませんね。鳩、キジ、ウズラとかあの手を食べたいというのと、地鶏を食べたいというのに繋がりがあるように感じます。
そういうことをいろいろ考えますと、違う食文化を持つ人が、その地域の生産物で自国と同じようなものを作るのはいかに大変なのかが理解できるような気がします。また、思うようにいかないからと言って、まずいのなんのと文句をいうのも筋違いってことなんでしょうね。
でもイギリス系の料理の恐ろしさを知っている者としては、イギリスの流れをくむオーストラリアで我々の納得のいくものが広く普及するとはどうしても思えません。でも、儲けが出る仕組みが出来たり(輸出が増えるとか)、あるいは上にも書いた健康によいとか、違う方面で注目されると突然伸びてくる可能性もあるんでしょうね。