マレーシアの感染者数は「人口比率」で言えば日本の2倍はあるのに危機感がない?

世界で発表される感染者の数字って、意味があるんだか無いんだか。

感染が【確定】した人の数字ってことなんでしょうが、確定していない人の数字が全くわからない。これは武漢・湖北省も同じで、家で亡くなったり、突然倒れた亡くなった人たちはそのまま焼き場に直行で、「発表されている死亡者数字よりはるかに多い」と言われていましたよね。

未だに日本で「多くの人を検査しろ、意味がない」の論争は続いているようですが、これまた国の方針で大きな違いがあって、感染者数の比較も簡単には出来ない。

でもま、WHOや政府批判の中に「なんであんな中国の数字を信用するんだ?」というのが多かったですが、信用するというより、公的な数字を使うしか無いじゃないですかねぇ。たとえそれが怪しいと判断したとして「公的機関VS公的機関」でそれを指摘したところで、じゃぁ、どの数字を使うのよ?ってなるわけで、それはそれで議論がグチャグチャになるだけ。

だから公表されている数字を使うしか無いわけですが、3月16日の朝の時点で

日本 839

マレーシア 428

これだけ見てもなんだかわかったような、わからないような。

少なくとも、人口に対してどんな比率かってのも大事じゃないんですかね。あるいは1000人あたり、とか10万人あたりとか。

日本の人口は12500万人ぐらいですか。

マレーシアの人口は3300万人ぐらい?

ま、ざっくり日本はマレーシアの3.8倍の人口があるとした場合、マレーシアの感染者数に3.8を掛けると1626人となる。

これって日本の839人の約2倍。

う~む、こういう比較もおかしいか。比率で行きましょう。

日本 人口12500万人 感染者数839人  比率は0.00067%

マレーシア 人口3300万人 感染者数428人 比率は0.0013%

ん?計算間違えていない?これじゃ、感染者はいないも同じレベル。

10万人あたりでは、日本が0.67人。マレーシアが1.30人。

これ、計算間違えていないですよね?なんかへんだな。実態と感覚との乖離が大きすぎる。

こういう風に表すと、「全然問題ない」という感じになっちゃいますねぇ。だからメディアもこういう計算はしないんだ。

ま、それはそれで置いといて、やっぱりマレーシアは日本の2倍近い感染率なのは間違いがない

今の日本でも結構大騒ぎなのに、もし日本が2倍の数字になったらどうなるんだろうか。パニックはもっと広がることはあっても小さくなるわけはなし。

ではマレーシアは?

私が住んでいるクアラルンプールのモントキアラでは、多少、出歩く人が少ないかな程度で、マスクをしている人はほとんどいないと言っても良いくらいで、買い物に行ってもパニック買いは全く起きていないように見える。コロナウィルスのことなんか心配していないみたいな雰囲気。

ま、私が買い物に出てもマスクもせずに普通にプラプラしているわけだから、「あいつ不用心だな。何も考えていない」って思われるんだろうとは思うけれど、「街の雰囲気」としては日本とは随分違うように感じます。って日本の様子を私が知っているわけでもなくて、ニュースで見る程度ですが。

でもそういう意味では、マレーシアでも「棚に商品がない」「マスクをしている」「体温チェックをしている」なんて画像、映像は出てくるわけで、そういう場所もあるのかもしれないけれど、私が住むモントキアラでは全くそれが無い。一体、あの画像、映像はどこの話だ?なんて思うくらい。

でもブログを見ると、トイレットペーパーがなかったなんて話もあって、地区が違うだけでその差があるんだろうか。

あるいは、あの「宗教行事」での感染者が発表されたこの1日、2日で変わったのかな?

実は私の日記に書いた「KLではパニック買いがない」というのは、2,3日前の話し。ズレが有る。

買いたいものがないわけじゃないから、ちょっとPublikaに行ってみるかなぁ。

まるで違う様相になっていたりして?

でも感染が確定していない人が多くいるにしても、確定者が10万に1.3人。そして多くは入院していて、この数字には回復者も入っているとしたら、

「街を歩いていて、感染者に遭遇する確率はほぼゼロに等しい」

ってことになりますね。もし確定していない感染者がたとえ10倍いるとしても、10万人に13人。1000人に0.13人。そしてすれ違っただけでは、まず感染はしない。

う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~む

これって「地雷があちこちに埋めてあります」「でもそれを踏む確率はゼロに等しい」「なおかつ踏んでも8割の人は大きな問題なく回復する」「ただし死ぬ人もいる」ってのと同じ?

なんだかすでにボケが入っている私の頭では現状把握が良く出来ませんわ。

ただ上の考え方には「感染スピード」が考慮されていないわけで、まさかのまさかの地雷を踏んだ人がいる限り、それを放置すれば地雷はどんどん増えて、多くの人がそれを踏むことになるんでしょう。

イタリアがまさにそういう状態で、現在の感染者数は24747人。人口が6000万人ぐらいだとすると、感染率はかなり高い。日本で言えば50000人レベル。マレーシアで言えば13000人レベル。これを止めないとどんどん増える。

となれば、「感染者を増やさない」のが大事なはずで、「(日本の)重篤な症状、死人が出ないようにする方針」ってやっぱりおかしいと思う。

一番大事な目標には目をつぶり、二番目の目標に全力投球して、「私達は頑張ってます」のフリをする。

で、感染を広げないようにするには「国境封鎖」「街の封鎖」「不要な出歩き禁止」「集会禁止」となるわけで、欧米のやり方、中国のやり方が正しいってことにならない?

そんなこと出来るわけがないだろうという前提が日本にはある。なんで?揉め事が嫌いだから?決断力のなさ?

そんな事をしたら経済的損失が大きすぎるという理屈ってそのとおりのような気がするけれど、それをしないことによる経済的損失の方が大きいのじゃないかってのを武漢やイタリアを見ると思うのだけれど、それっておかしい?

文化の違い?論理の違い?

なんだか日本って決断力がなくて、皆でうやむやにして、後で問題が大きくなった時には皆が知らん顔、責任の所在もはっきりさせないってのがまかり通る世界のような気がしないでもない。力のあるリーダーがいない、皆が及び腰で責任を取りたくない人の集まりの「集団指導体制」みたいな。まさにこれこそが、世界の発展に置いていかれた日本の欠点じゃないのかなぁ。

なんだかあれもこれも「根っこは同じ」ような気がしてくるんですわ。

さぁてマレーシア。この国にも触ってはならないタブーがあるのが見えてきて、それが理由で感染が大きくなる可能性がある。

どうなりますか。

我が家は準備完了。

 

 

     
「にほんブログ村」のランキングに参加しております。是非、応援のクリックをお願いします。

にほんブログ村 海外生活ブログ マレーシア情報へにほんブログ村 海外生活ブログへにほんブログ村 海外生活ブログ ゴールドコースト情報へ