【コロナ】(日本の)感染増加は?次の冬はどうなる?ワクチンや薬は?

先日、紹介したコロナウィルスに関する「京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 准教授 宮沢孝幸氏」の解説の続編です。

日本の今後の感染がどうなるか。一体どうするべきか。またワクチンや薬はどうなっているのか。そのへんの興味深いポイントを説明しています。

彼はもとも「自粛」には反対していた「ウィルスの専門家」で、「ウィルスの専門家ではない医師が好き勝手なことを言うな」と主張していた人。当然、評論家やマスコミ、NHKに対して「煽るな」と反論していた。

要は「三密に近寄らない」「ソシアルディスタンシングを守る」のは【意味がない】というんじゃないんですね。簡単に言えば、【どんちゃん騒ぎをしなければ大丈夫】という考え方。仕事でも狭い閉鎖空間で大声を出して話をするようなことが無ければ心配するほどじゃないという意味。

そしてワクチンや薬に関しては「期待は持てない」とは言わないけれど、それがあれば大丈夫という時が来るか来ないかはわからない。例えばワクチンにしても薬にしても、効きの問題もあることに加え「後遺症、副作用」が問題になるわけで、もしそれを使って感染は防げる、重症化しないとしても、「もし10万人に一人は副作用、後遺症で死ぬ」としたら使えないわけですよね。10万人に一人って少ないような気がするけれど、1億人だと1000人になるわけで、【何もしないほうが良い】ということにもなりかねない。だから安全を確かめるのに時間がかかる。

アメリカみたいに「ワクチンを嫌う」国があるのもそれが理由かもしれませんね。日本人はワクチン好きの部類だと思いますが。

彼の言う「逃げ回ってもこのウィルスは【何十年】も着いてくる」「経済を潰すな」というところが印象的でした。

また私達はワクチンや薬に期待を持ちすぎていると思いました。ワクチンや薬に関して報道があると、「それが効けば良いな」「早く普及して欲しい」と当然思うわけですが、世界でのワクチン開発は何百も行われてるし、論文に至っては数千単位ででてきていると。だからその中のいくつかをピックアップして「期待し、安心を求める」のは間違いだという評論家もいる。

トライアルや論文が多いのは、「それを行うことによって研究費も出るし注目を浴びる」ということが起きていて、【一発当たればノーベル賞もの】だから皆が頑張ると。そして「途中で止める」「論文を引き下げる」ことも多発していると。それだけ「内容に問題があるもの」まででてきているのが現状らしい。でもその中から有効なものがでてくるのだろうけれど、その安全性を確認するにはとんでもない規模のテストと時間がかかる。

経済を回せという論者は非常に多いですし、それはその通りだとは思うものの、政府や自治体にそれを求めても駄目だと私は考えています。政府や自治体は「こうすればコロナを恐れる必要はない」ということは言えませんし、メディアも同じでしょう。責任が取れない。個別の医師や専門家は「自分の立場を賭けていうべきことをいう」のは可能ですが、そのリスクを政府、自治体、メディアも取れない。

そして経済が回るかどうかは「個人個人の考え方、行動」によるわけで、そしてその個人は「自分が持っている不安」で行動を決めるわけで、「経済を回せ~」というのは簡単にはいかないと思います。

今回紹介した宮沢孝幸氏は「どんちゃん騒ぎはやめろ」「経済を回せ」というけれど、やっぱり経済のことはご存じないのだろうと思いました。「どんちゃん騒ぎ」は言葉を変えれば「皆で楽しむ行為の一部」で、私はそれに影響が出るだけで大変なことになると思っています。大儲けしている企業や店舗ならまだしも、売上が1割減っただけで生きていけないこともあることをご存じないんでしょう。それって儲けが1割減るだけだろうと思う人は多いようだけれど、営業するだけで経費は大きいわけで、営業を続けるだけでもその9割が必要で、残った1割の中からやっと儲けを出している事業者は多いんじゃないですかね。ましてやコロナ以前にカツカツでやっていたところは即死でしょう。

採算分岐点って結構高い位置にある事業者って多いと思うんですよ。売上が一割減ったら利益も一割減るだけってわけにはいかない。

これは給与所得者も同じで、1割減ったら大変な家庭も多いはず。でもここで重要なのは「蓄えを切り崩して、もとに戻るまで待つ」という戦略で良いのかどうか。

経済を回すために自粛はするなと言う論者はそれなりにいますが、私達が注目すべきはスウェーデンとブラジルで、この国は「放置に近い方策を取った」わけですよね。行動制限や自粛要請はほとんど無いのと同じ。

ではそれでスウェーデンやブラジルの「経済は回ったのか」というと、結果は他の国と同じく、「大きな影響があった」と。

つまり「経済を回せ」というのは「国民は不安を捨てろ」という意味でしか無くて、そして私としては「国民が小さな不安を持つだけで、経済には多大な影響がある」と思っていて、「コロナもさほど心配しなくても大丈夫そうだね」程度の意識変化ではそう簡単に経済は回らないと思っています。そして経済的に国民を救うことは「政府自治体の補助、補填には限度がある」ことを考えるべきで、「経済を回せ」という暇があるのなら、「撤退を考える」なり「新しい時代にあった形態に変える」しか無いんじゃないですかね。

「経済を回せ」というなら、国民に対してそれを言わないと意味がないですよね。

「経済を回せ」という人たちの「具体案」を是非とも聞きたいのだけれど、私にはそれが十分には聞こえてこない。ただし、日本の消費税減税は効くんじゃないかとは思っています。安倍さんはそれを理解していると私は思っていますが、実行するだけの力はなく財務省+重鎮政治家の安倍包囲網はガチガチに見えます。またもうすぐ辞めるであろう安倍さんには「減税したとしてもその後の責任を取れない」わけで、次期総理になるであろう政治家の考え方が重視されるのは当たり前。でも次期総理と言われる人たちは・・・。最近、菅さんが再び浮上してきましたが、菅さんならやれる可能性はあると思っています。あるいは「安倍4選」が急浮上してくるのか。私としてはそれも良いとは思っていますが、それでもいつかは辞めるわけで、次の総理候補の顔ぶれを見ると、日本の終わりが始まるのか、みたいな気がしています。

随分前に「マハティールさんの動画」をブログで紹介しましたが、「New normal」という言葉は彼から初めて私は聞きました。そして彼は「前と同じようにはならない」と言っていたのを思い出します。だから「New normalの中で生き抜く方法を考えろ」と。

私は今は事業をしていませんし、就労もしていませんから気楽なもんですが(でも自力で稼ぐ必要がある)、コロナの初期のころ、「事業の計画倒産も増えるはず」と書きました。これってずるくもないし卑怯でもないし【再起のための英断】だと考えるべきで、それが自分や家族、スタッフのためになると思っています。ズルズルとどうにもならないところまで行ってしまうと良いことはなにもないわけですから。計画倒産は大げさにしても「廃業」を決める事業者は出てきている。

とことん頑張るのも大事ですが、激動の時代になると「逃げ足の速さ」も重視するべきじゃないんですかね。今となっては「逃げるにはもう傷が深すぎる」なんてこともあるんでしょうが。

でも日本では今までインフルエンザで毎年一万人(この数字は見方で大きく変わる)ぐらいは死んでいるにも関わらず、「行動制限」も「自粛要請」もなかった。国民一人ひとりも「自粛しよう」なんて考える人はごくごく少数派だったはず。

だから今回のコロナも「喉元過ぎれば熱さを忘れる」なんてことになるような気もします。でもコロナのせいで失った売上や利益を取り戻す、増えた借金を埋めるのはそう簡単にはいかないはず。もしも「喉元を過ぎたはずなのが戻ってきた」となった場合、どうなるんですかね。私はその可能性を考えない事業者でもせめてタイトロープを渡っている覚悟を持つべきだと思っています。

それは事業を行っていない我が家も同じ。万が一の時の身の振り方は常に考えています。それはマレーシアから撤退するとか、日本に帰るとかそういう意味じゃなくて、どうやって今の生活、将来の計画を維持するのかという意味です。

 
 
 

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