オーストラリアって「豊か」なんだ・・と改めて思った

私達がオーストラリアに永住しようと渡ったのは1991年でした。私は38歳、ヨメさんは32歳、長男3歳、次男は1歳。

当時のオーストラリアって経済的には非常に弱い国で、国民の所得も低い国だったのだけれど、「生活の豊かさ」が半端じゃないのはわかっていました。そして社会主義国か?と思うくらい社会保障が充実している天国みたいな国だと思っていました。

そもそも競争も激しく生きていくのが難しい国だったら、私達家族みたいに何の取り柄もなく、知り合いさえ一人もいないオーストラリアに永住しようなんて思いませんもの。ここでのポイントは「永住権を取れた」ということで、それなくしてはたとえ何年滞在しても根っ子のない旅行者みたいなもので、オーストラリアの良さを享受することは不可能(どの国でも同じ)。

そんな国で25年、生活し、今はマレーシアにて私がやり残したことをやろうと思っているわけですが、正直なところオーストラリアに未練は持っていません。オーストラリアの素晴らしさは十分、経験、満喫させてもらったし、その中で子どもたちを育てることが出来、オーストラリアには感謝の念しかない。

ところが子どもたちにとってのオーストラリアって「切っても切れない故郷」なんだそうです。ま、そうなりますよね。そして「いつか帰る国」でもあって、彼らは「日本に住みたくない」「日本で働くのもイヤ」だとはっきり言います。

それに対して私は異論を持つことはないにしろ、「日本が故郷」という私達と子供との共通点がないことに寂しさを感じるのは確か。また価値観や人格、物の考え方って「環境に影響される」のを子どもたちを見ているとよくわかるわけで、私達日本人が普通に持っている「日本的なもの」が彼らには薄いのがちょっと気になったり。

「子供は環境に育てられる」と私は考えていて、オーストラリアで育てばオーストラリア人に近くなるし、マレーシアで育てばマレーシア人に近くなるのは当たり前だと思うんですよ。私達が日本人的なのは、日本で育ったからでしょう。でもごっそりアメリカにいる日系人を見れば、彼らはアメリカ人であって日本人とはまるで違うのがすぐわかるじゃないですか。私にはアメリカに従兄弟、再従兄弟(多くは日系三世)が多くいますが、見た目だけは日本人。でも中身は完全なアメリカ人です。みんな日本語さえ話せない。

海外で育つとどうしたって日本語が疎かになりますから、我が家では「家の中では日本語オンリー」「テレビはNHKか、日本の番組のみ」を貫いてきました。ゴールドコーストには日本人学校は無く、土曜日の「日本語補習校」だけで、幼稚園からローカルの世界に入った子どもたちですが、英語に関しては中学生になっても苦労したのは間違いがない。その代わり、日本語は完璧とは言わないものの、子どもたちは二人共「海外育ち」には全く見えず、普通の日本人の青年だと誰しもが思う。でも彼らはバナナで、外側は黄色だけれど、一皮剥くと白なのは間違いがなさそう。

ただ、私はずーっと子どもたちに言い続けてきたことがあります。「いつ日本に帰らないとならないかもしれないから、日本語と日本の学校の授業に遅れを取ることはないように」と。ま、一つの脅しですが、これはかなり効いたと思っています。

それでも彼らは日本人であるという自尊心を持ってくれたのは嬉しいし、小さい頃から差別される経験は多く、長男はローカル校の目出度い中等部の終了式典の時にも「死にたい」と漏らしていたことは一生忘れられません。

オーストラリアでの子育てに関して書いた日記。

Dabo's life in KL, Malaysia

我が家はもうとっくのとうに子育ては終りましたが、今、海外で子育て真っ最中の方々のブログを見ると「懐かしい」というより、当…

そんな彼らも悩みつつ育ち、差別されても平気で、しかし差別を絶対に許さない(ここが重要)非常に強い大人になったのは嬉しかった。親としてはヒヤヒヤしたけれど、「差別される経験は人として絶対に必要だ」と私は昔から考えていて、絶対に逃げること無く徹底的に戦うことを息子たちに教えたし、私も私の態度を見せることが重要だと思い、問題が起きた時には率先して(弁護士を巻き込んだりして)学校内に存在する差別と戦うこともしました。(差別をする個人に対して、私が行動を起こしたことは無い)

結果的には大きな問題もなく乗り越えて、どうそれと付き合うかを子どもたちが理解したことは最大の収穫かもしれない。今のオーストラリアには過去のような差別は無いと思うけれど、全ては良き経験となった。結局、オーストラリアの差別って「陰湿さ」がなかったのかもね。多くの差別は「無知」から生まれると思うのだけれど、そういうレベルの差別でしかなかったのかもしれない。

次男坊はシドニーで就職し、結婚し、親族が一切いないオーストラリアで夫婦二人だけで生きている。私に援助してくれということも一切ない。

次男坊は小さな頃から非常に独立心旺盛で、ある意味、自信過剰なところがあるのだけれど、私としてはやっぱりオーストラリアという環境が良いから彼らも大きな問題もなく生きていけるのだろうと思ったり。

そんな次男坊から、「最近、釣りに凝りだした」という連絡があった。

オーストラリアってゴールドコーストでもシドニーでも「海が近い」都市で、また自然も大きいから釣りも半端じゃなく面白いんですよ。すぐ目の前の海で大物が釣れたり。ゴールドコーストで長年住んだ自宅の前には運河があって、そこではクロダイ、キス、マゴチは簡単に釣れたし、時期によっては大型のシマアジ(カスミアジ)も釣れるような環境でした(イルカも入ってくる)。マッドクラブは仕掛けを放り投げておけば30センチ以上の大型のものがいくらでも獲れましたっけ。

一生忘れることはない、泣いたり笑ったりしながら毎日見て過ごしたベッドルームからの眺め。

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場所的にはこういう場所。ゴールドコーストの一軒家はプールがあるのが普通。

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そもそもなんで我々みたいな普通の日本人がこういう環境に住めたのかも不思議なわけですが、オーストラリアってそういう国でした。だから1980年代、1990年代に日本で「オーストラリア移住ブーム」が大きくなったのだろうと思う。

そして今はオーストラリアもコロナ渦の真っ只中だけれど、なぜか世界と比べると何も起きていないような状態。不思議だ・・。

人口100万人あたりの感染者数推移。

世界はコロナで大騒ぎなのに、シドニーの次男坊は毎日会社に出社することもなく、給料はちゃんともらえて、そして人生も楽しんでいる。まるで別世界の様。

でもまさにこれが私が30代の頃に見たオーストラリアそのものなのね。ほんと~~~~に不思議な国だと思う。

釣りに凝りだした次男坊は、「ボートを買おうかと思う」と写真を送ってきた。「中古だけどね」と。正直なところ、オーストラリアの生活レベルを知っている私でもこの写真を見てウソだろ?と思ったくらい。

次男坊はまだ31歳。サラリーマン。夫婦、二人で住んでいる。

こういう30代が日本ではどういう事になっているかとか、マレーシアのことを考えると、やっぱりオーストラリアは別世界。

もう30年前の話ですが、我が家の芝刈りをあるオーストラリア人の芝刈り業者にお願いしていたんですよ。その彼は当然、プール付きの自宅を持っていて、釣りキチガイでボートも持って毎週、何度か釣りに出る。そして家族がイギリスに住んでいるので、年に一度は一ヶ月以上かけて夫婦でイギリス旅行や世界をウロウロして人生を楽しんでいた。

オーストラリアってなんて優雅な国なんだろうと思ったけれど、それがオーストラリア。

国によってそこに住む人達の生活ってまるで違うし、豊かさも違う。そしてそれは決して「収入の多さ」とは比例していない。ここもまたオーストラリアの不思議なところで、決して収入が多いわけでもない普通の人達が、日本では考えられないような生活をしていたのね。

かつてオーストラリアへ移住をしようとしていた日本人の若者夫婦のことを思い出します。結局、彼らは永住権は取れず諦めたのですが、彼らの口癖が忘れられません。「どうせ貧乏するならオーストラリアで貧乏したい」と。

私達が今、マレーシアで借りて住んでいるコンドミニアムのオーナーは中国系マレーシア人。子どもたちは皆、オーストラリアに留学し、彼自身もオーストラリアを拠点すると言っていたし、この数年、マレーシアには帰ってこない。コロナのこともあるのだろうけれど・・。

日本ではマレーシアが「海外移住の一番人気」と長い年月、もてはやされてきた。でも何万人の日本人が移住しているわけでもない。

ではマレーシア人はというと、オーストラリアは移住先としてはトップクラスで、すでに数万人のマレーシア人がオーストラリアに移住し住んでいる。これは腰掛け移住でもなく、老後を過ごすためでもない。シンガポール人はもっと多いかも。

なぜ日本人はオーストラリアに向かわないのか。

いや、オーストラリア移住を計画している日本人は半端じゃない数、存在していて、永住権を取ろうと頑張る人たちは数千人はいるかもしれない。でもそれは話題にはならない。

メディアを見ていると「老後の移住」とか、「長期滞在」とかそういう目線の報道しか無い。でもそれは私は氷山の一角でしかないと思っていて、すでに「海外を拠点として生きる日本人」は数十万人はいる(駐在は別)。これは歴史的にも半端じゃない数字なのは誰しも知っていること。

今ちょっと調べてみたら、2017年で海外在住邦人は135万人。そのうち、その国の永住権を持って生活している邦人は48.5万人。ちなみにオーストラリアで永住権を持って生活している邦人は5万6千人で第三位。(参照:【ランキング】世界で暮らす日本人。日本人移住者が多い国はどこ?)(マレーシアはランキング外)(国籍を変え、その国の国民となった日系人、その子どもたちはこの数字には入っていない)

でも「オーストラリアへ渡るのは簡単ではない」と多くの人はいう。

でもねぇ、オーストラリアではタクシーの運転手から、レストランのウェイトレスまで「海外からの移住者がごっそり」いるわけですよ。そもそも「オーストラリア生まれではない人たち」は数百万人はいるはず。移民大国なのに「移民が難しい」となったら国が成り立たないじゃないですか。

結局、「長期滞在」とか「遊んで暮らそう」という前提で考えるから難しいのであって、そもそも遊んで暮らすのが簡単な国が存在するほうがおかしいですよね。

若い人たちは、そういう日本のメディアと似たような視点からではなく、日本の歴史的にも多くの人たちが選んだ「お国替え」を前提とし、その国に根を張って生きるという視点で見るとまるで違うものが見えてくるんじゃないですかね。(帰ってきたくなれば帰れば良いだけのこと)

私の様に、オーストラリアの物価の高さ、税金の高さに我慢できずにオーストラリアを脱出した様な人もいるけれど(オーストラリア人のMM2Hもそこそこいる)、移住というのはその地で働き、収入を得るのが普通で、それを前提に考えた場合、物価の高さの感じ方も大きく変わるはずなのね。

大量の中国人が今、日本にはいるようだけれど、彼らの本国の収入で日本では暮らせないのは当たり前で、でも日本で働ければ生きていけるのと同じことじゃないんでしょうか。

国選びって重要だと思う。かつて私達日本人が「普通に働いて普通に生活しているだけ」で「世界有数の金持ちになった」のと同じようなことが世界で起きている。今の若者達は、かつて日本は「一人あたりのGDPでアメリカを抜き、実質的な世界一になったこともある(特殊な小国は除く)」のを知っているのだろうか。しかし今は順位を落とし続け、20位以下でそのうち韓国にも抜かれそうな動き。

G7の一人あたりGDPの変化。

逆を言えば、どんなに頑張っても国が衰退していけば、個人もそれと同じようにしかならない。

マレーシアも「昔は今と違って物価も生活費も安くて日本の退職者が多く来ていたんだよ」なんて言われる日が来るかもしれない。まさかと思う人は、70代ぐらいの日本人のジジババに、「昔の韓国、台湾、シンガポール、香港ってどんなだった?」と聞いてみたら良いと思います。

私は「日本だけ、時間が止まってしまって何十年も経った」ような気がしてならないんですよ。日本が他の国々と同様に伸びていれば、大卒の初任給で年収500万。30代の夫婦共働きで年収2000万ぐらいが普通になっていても全くおかしくない。

先日、アメリカの著名人が「いつか日本は復活する」と言っているのを知った。誰だっけかなぁ、かなりの有名人。「日本にはポテンシャルが十分にある」と。

でも私は思ったんですよ。彼は「日本を牛耳っているのは財務省」であって、「倒産寸前の企業が銀行管理下になった」のと同じ状態なのを知らないんだろうなと。今の日本にはポテンシャルがある企業、団体、あるいは業界に「国費を十分に使って投資して育てよう」という考え方がまるで無い。

公共投資も駄目。社会福祉負担も減らす。でも増税はする。

「プライマリーバランスの黒字化」が国の最大の目標だというのが我が日本。銀行管理下の企業と同じでしょ?

今の日本の何が問題なのか。このままだとどういうことになるのか気になる方は、昨日のブログに紹介した討論会の動画を是非見て欲しいと思う。

このまま行くと、日本は本当に恐ろしいことになる。日本という国が、アメリカの一つの州、中国の一つの省レベルの経済規模でしか無いという時代は決して遠くはない(カリフォルニア州のGDPは国と比較しても世界第5位で日本に迫っている)。でもきっとその時には、「日本の財政健全化」は達成できて、巨大な政府の負債はあるけれど「黒字」という日本になっているのかもしれない。ただし経済規模は発展途上国にも追い越されて、国民は低所得のままで税負担だけは凄くなるのだろうと思う。

本当に困っている人たちを助ける国ではないのは、今回のコロナ対策を見ればはっきりしているじゃないですか。

 

菅政権は何を考えているのか。ここも重要だけれど、財務省の呪縛からは全く離れられないのは明白。

世界が「半導体」のことで大きく揉めているのはご存知ですよね。でもかつて「世界一の半導体生産国」だった日本は、蚊帳の外。TSMCに日本に工場を立ててくれと申し入れたのも断られた。

でもね、これもまた「日本企業を政府がバックアップすれば良い」という簡単な話じゃないのもわかるんですよ。半導体は「産業界の米」みたいなもので国産化は非常に重要だけれど、半導体ビジネスはギャンブルに近いのを、私は政治家も財務省も知っていて「様子見」を決めたのだろうと思うんです。業界で一位を取らないと存続さえ難しくて、なおかつ常に巨額の投資を強いられる世界なんでしょう。

また自民党の青山議員をこのブログの読者なら良くご存知のはず。非常に癖の強い人で、問題がなくはないとは思うのだけれど、私は「政治家に必要なのは彼のような愛国心」だと思っていて、それが原点にあれば問題は解決できるはずだとも思っています。

そして彼は自分の財産をもつぎ込んで「メタンハイドレート開発」をしてきましたよね。これで日本は生まれ変わるというのが彼の主張。

ところが長年、日本政府はほとんど無視を決め込んできた。青山氏が議員になってからは進展があるようだけれど、国を挙げて頑張ろうという方向には行っていない。彼はこのことに関して何年も憤慨し、戦ってきたけれど、彼の思うように動いていない。

私達としては日本の身近にそんな資源があるのなら、その開発を進めればよいのにと思いますよね。

ところがですね、ある時、同じ保守系の自民党議員がボソっとネットの中で言っていたんですよ。「あれはね、ペイしないんですよ」と一言。

これが事実なのか、反対勢力がそういう宣伝工作をしているのかわかりませんが、今現在の「半導体」にも同じ図式が見えるんですわ。

ある女性ユーチューバーが「日本は半導体を復活すべき。必ず出来る」と主張して活動していますが、思うように動いていないどころか、彼女は訴訟までされるような動き。

この女性も青山議員も「熱き日本を愛する気持ち」は十分に伝わってきますが、お金の問題はその気持ではどうにもならないってことだろうと。

じゃぁ、韓国は?となりますが、韓国にしてみると「半導体で生き抜かなくてはならない事情」があるわけですよね。

だから日本が様子見を決め込むのも私は理解できるような気がするのですが、そもそも「積極的な投資、援助はしない」という基本が日本政府にあるとなれば、たとえどんな業界でも世界に勝つのは簡単ではないのは明らか。

今、トヨタが「日本を出る可能性」が言われだしていますが、そこに日本の問題が浮き彫りにされているような気もします。

若い人たちは「国選び」を真剣に考える必要があると思います。

多くの船の中からどれに乗るのかを選ぶのに似ていて、選ぶ船によって将来が決まる。ただし重要なのは「永住権」であって、これなくして住んでも「内国人扱いはされない。旅行者と似たようなもの」でしかないのを忘れてはならないと思います。

中にはどうしても日本から離れたくないという人もいるのもわかる。私だって本音はそこにあります。

だったら「外国企業の日本駐在として日本に住む」という方法もあるのね。これに関してはシドニーの息子も「良いかもね。それを希望したら多分、出来る」と言っています。

でもいつか、日本がまだ世界最大の債権を持ち、伸びるポテンシャルもあるうちに、大きな方向転換をして世界に日本の底力を見せて欲しいと心の底から願っています。

「日本から海外に出る?馬鹿じゃないの?」という日本になって欲しいです。

     
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