【コロナ関連】マレーシアのデータの何を見れば現状が一番良くわかるのかがわからない ^^;

今回の日記は毎度の「結論のない愚痴の羅列」みたいなものです。良く言えば「疑問の投げかけ」かもしれませんが、暇な人以外は読まないほうが良いはず。

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マレーシアの新しい保健大臣が「データを公開する」という方針で新たなサイト(ここ)も立ち上がり、その元になる生データもGithub(ここ)から見れるようになりましたね。

これは良い方向だと思うのですが・・・・。

アホなジジーとしては一体どこのどの数字を重視して良いのかわからなくなってしまいました。(┰_┰)

特に私は「死亡者の数字」を重視しているわけですが、これもややこしいんですね。

毎日の死亡者数はでてくるわけですが、その人達がコロナで入院していて死亡した場合はまだしも、自宅などで死亡したり、他の理由で亡くなった場合でも「検死をしたら陽性だった」ケースがあるわけで、それが数字にプラスされますが、当然、時間差がある。

今回、検死が滞っていたこともあり、検死が一気に進めばコロナ死の数字が一気に上がるわけで、9月11日の592人もそうだし、9月13日の413人もそういうことなんでしょう。

そもそも「コロナで死亡した」≠「感染していた」ですよね。イコールではない。前から言われている「陽性だった死亡者はすべてコロナ死と数える」のはWHOもそうしろと言っていたわけですが、そこに疑問を誰しもが持つはず。老人施設でXX人が死んだなんて話も、コロナではなくても死ぬ人は多いわけで、【陽性だったらコロナ死とする】っておかしいですよね。

でもコロナに罹ってフラフラして転倒して頭を強打して死亡のケースの死因はどういう分類にするのか。またコロナ患者の持病が悪化して死亡した場合もどうなんでしょうね。これは「コロナとは関係ないだろう」という論者もいますが「コロナに掛からなかれば死ななかった」ケースも多いはず。

そしてそもそも陽性か否かという点でも、いつの間にやらPCR検査では「偽陽性(陽性でないのに陽性と出る)が多い」ことも語られなくなった。なおかつPCR検査は「コロナウィルス以外でも陽性と出る」ことが言われていて、インフルエンザでも陽性と出るという話も聞きます。コロナウィルスの欠片でさえもPCR検査では陽性と出ることは言われていて、当然、無症状者も多い。つまり、「陽性」と「感染」はイコールではないのは間違いがない。

ここでも「陽性はPOSITIVE」という英語で表記されるならわかりますが、日本語になると「陽性=感染」という使われ方をされていて、何が何だか余計わからなくなるのね。

また例えば日本ではインフルエンザだとして、「陽性者の数はカウントしていない」のですよね?インフルエンザに罹ったかどうかの検査が広く行われることはなくて、「具合が悪い人」が病院に行って初めてそこで「インフルエンザに感染していますね」となり、その数字が集計されてきた。つまり、「インフルエンザは症状が出て初めて感染したとされる」わけで、「コロナは陽性であれば無症状でも感染者としての数字に上がってしまう」

そういう根本が違うのに、インフルエンザ感染者の数字とコロナ陽性者の数字を比べるところにも大きな問題があるんじゃないですかね。もしインフルエンザの検査を「今のコロナのPCR検査」と同じ様にしたら、数字は何倍にも膨れ上がるのは間違いがないはず。

なおかつPCR検査のCT値も大きな問題で、どんな感染症でも「数個のウィルスで感染し、症状が出ることはない」のが普通だと言われていますね。これは感染症によって違うわけですが、少なくともコロナの場合は、数個~数十個のウィルス数で感染することはないと。そしてその人が感染を広げることもない。でもウィルスを持っているのは間違いない。だから「陽性者」なのは間違いがないけれど、いつの間にやらそういう人たちも「感染者」に置き換えられている。これって大問題だと思うんですけどね~。

だからそういう人たちを人数に入れるべきではないと主張する学者もいるけれど、これにも問題があるはずで、「検査時のウィルス数は少なかった」としても、その後、どうなるかはわからないじゃないですか。だから私としては「少数でもウィルスを持っていれば陽性者として特別扱いせざるを得ない」と思っています。

また感染症は「感染が広がらなければ問題はない」わけですが、コロナの場合、「感染を広げる時期」があるんですよね。それは「感染して自覚症状が出る数日前」から1週間ほどと言われている。つまりこれって、「感染したかな?」と思った時にはもうすでに感染を広げているはずで、それから保健所に連絡をし、PCR検査を受け、その結果を待ち、「陽性と出た」ころには、もう感染は広げない状態だとも言われている。

でもそれは無症状、あるいは軽症の人の場合で、中等症を過ぎる人はウィルス量も多く、感染を広げると言われている。そして感染初期には無症状で終わるのか、重篤になって死亡するのかもわからない。だから陽性であるとなれば、全て同じ様に扱う必要もあるのだろうと思っています。

でもこの流れで「感染を止める」のはかなり難しいですよね。「スプレッダーを特定することは不可能」じゃないんですかね。またそのスプレッダーは無自覚、無症状であれば、野に放たれたまま。だからこそ「濃厚接触者」を片っ端から検査するということなんでしょうが、これもまた「そうするしかない」のであって、「それで全てがわかるわけでもない」と思うわけです。

とにかく、私にはわからないことばかりで、今日はそれを羅列してみましたが、とりあえず「一つの基準のもとで統計も取られている」とするならその数字を見るしか無い。たとえその数字が「現実を表しているわけではない」としてもです。

で、そういう前提でマレーシアのデータを見るわけですが、「詳しいデータが出るようになった」はずなのに、データ間の「整合性が取れていない」ことを指摘する人もいる。

この辺になると私の溶け出してる脳みそでは理解が難しいのですが、その辺の話が「このブログのコメント欄」で行われています。私としては「へーー」とか「なるほど」と思うレベルで、ただの傍観者ですが。(笑)

ま、マレーシアの細かいデータが出て、それを私達も見れるようになったのは間違いのない進歩で、そのうち、「データの見方そのもの」もわかってくるだろうとのんびり構えることにしました。^^;

ただ、前からそうですが、私達が気にする「毎日の新規感染者(陽性者)の数字」、それもマレーシア全体の数字を見るだけではマレーシアで何が起きているのかはわからないと思います。

ではどこをポイントとして見るべきか。

私は今、それを探している最中。でも、基本は「死亡者数」であり、「ワクチン接種率」です。それと「年齢」との関係。それの「州ごとの差を見る」ことによって、「ワクチンの効き目」「将来の変化」も見えてくると思っています。

ただし、ワクチンの効き目も何年も続くわけじゃないのはわかりきっていますし、接種率にこだわっている内に、「そろそろ効かなくなる人達も出てくる」わけで、「ワクチンを打っているのに感染して死亡した例」も含めてその変化を見ていかなくてはならず、そしてそれはワクチンの種類によっても違うはずで、今後益々ややこしいことになるだろうと思っています。

それともう一つの注目点は、「ワクチンを打つデメリット」にちゃんと光が当たるのかどうか。各国で「ワクチンを打って死亡した例」はかなり多いのは間違いないとは思うものの、その証明は「悪魔の証明」に似ていて、「科学的に証明するのは難しい」のは見えていますよね。たとえワクチン接種後の数時間で「脳溢血」で死んだとしても、ワクチンが原因だと特定するのは簡単ではない。

これを「隠している」と騒ぐ人も多く、当然、政府もメディアもその動きはあるとは思うものの、では「どうやって関連性を特定できるのか」が科学的に証明されない限り、答えはでないんじゃないでしょうか。

ま、ややこしいことをアホな頭で考えたところで何がわかるわけでもなく、「今、出来ることをやるしかない」とは思いますが、「未知のワクチンを今後も受け続けることによる【蓄積してしまうもの】」もあるかもわからず、簡単に考えるべきではないと思っています。その辺のことを探求している人たちもネットの中を見ると少なくありませんが、陰謀論好きの私が見ても、「こりゃ、無理やりこじつけている」と感じることも多く、事実は私にはまるで見えていないのも間違いなし。

最近、気になるのはツイッターです。様々な情報はツイッターが一番多いですが、まさに玉石混交状態になっていると感じます。

自分が想像することと同じことを発信する人、想像していることを裏付けることを発信している人ばかり「探す傾向」は間違いなくあると思っていて、私はここに危険を感じています。

素人考えや可能性の話が伝言ゲームのように拡散し、それに自分が見つけた他の情報も付け足し、どんどん膨れ上がって行く状況が良いとは思えず。でもそれをしている人たちの中には「これが隠された真実だ」と一方的な言い方をする人も少なくない。また「これが真実だ」とは言わずに、「こういう情報がある」と羅列する人も少なくないですが、その様々な情報をきっちり吟味したのかどうか、そこが気になります。私が見ても「これっておかしくないか?」と思うのが混ざっていることも多い。

さてさて、真実はどこにあるんでしょうか。

私は昔から、「私達は真実を知ることは出来ない」「真実はそれを観察する人の数だけ存在する」と思っていて、まさに「目の不自由な7人の人が、ゾウを触ってゾウとは何かを説明する逸話」に似ていると思っています。

だからといって全てを否定しようとは思わないし、そこに唯一の真実があるとも思えない。だから「そういう考え方もある」と頭の隅に入れておくだけ。

そこに私の判断の基準になるものは無いと言っても良いのですが、多くの情報を全て頭の中に放り込んでおくと、知らない間に脳みそはそれを分類して「おぼろげながら実態らしきもの」が浮かんでくるのね。これは「勘」と言われるものでしかないのだけれど、少なくとも私の右脳、左脳が私の意識がコントロールしていない時に出した「仮の答え」として重視しようと思っています。

私の頭は理系ではないのだけれど、これが文系でなおかつアホの答えの出し方と言っても良いのかもね。(笑)

実は50代なかばから、この「勘」も馬鹿にできないと思うようになってきて、「理外の理」とでもいうのでしょうか、あるいは「嗅覚」みたいなものが発達してきたような気がしています。ただそれが出した「結論」を説明するのは難しくて、そもそも「他人を説得するためのものではない」ことからこれで良いと思っています。

で、その答えは「私達の希望と絶望は今後も繰り返される」ということです。でもま、遠い先の詳細がわかるはずもなく、とりあえず、目先の動きぐらいは把握したいと思うのですが、上に書き連ねたように問題点ばっかり。

そして何よりも切望することは、インドで起きた奇跡のような「突然、陽性者も死亡者も減り、それが未だに継続中で再燃する兆しはない」というところをどうにか理由を解明して、同じことが世界中で起きるようにしてもらいたいです。でもまた、そのインドも変化するのだろうとも思っていますが・・。

     
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