2020年の年末に思うこと

今日で2020年も終わりですか。あっという間でした。

やっぱり「コロナ」が生活の中心になってしまって、毎日毎日コロナの情報を見て、将来を想像し、そして感染者数は増えたり減ったり、そろそろ大丈夫かなと思うとまた増えたりと忙しい。今でさえも将来どうなるのかはさっぱりわからず。これに引きずり回されているから時間の経過も早く感じるんでしょう。

私はもうジジーで人生の終わりも大体想像付くようになったし、今までやりたい放題の人生だったから今更やりたいこともないくらい。だから最近は「人生の仕上げ」ばかり考えています。やるべきことをやったのか。やり残したことはないのかと。

で、気になるのは自分がいなくなった後のこと。それはヨメさんであり、子供たちであり、幸せであって欲しいし、私が何の手助けも出来ないような状態になっても常に自由で、自分の明日は自分で決められるようであって欲しい。それにまず必要なのは経済的自立だし、どの国にも企業にも頼ること無く、どんな時代でも生けていける状態を保って欲しい。

運良く私はその道を見つけることが出来て、そしてその中で生きてきたわけで、これを基盤にしてダボ基金みたいなものを大きくして残したい。そしてそれをどう作り、どう維持するかの基本的な考え方をきっちり決めてそのノウハウを伝えたい。

それが私の最後の夢、希望。だから私達はマレーシア来た。ここにはそれをするための環境があるから。

でも世界を見渡してみるとなんだか知らない内に酷いことになっていて、夢や希望がない様に見えるんですよ。

人を幸せにするはずの科学技術はどんどん発展するのに、多くはその恩恵をちょっと得るだけで、莫大な富は一部の人達の物となってしまった。一般市民は「新たな餌に飛びついて喜ぶ」だけで、「金持ちがより強大になるのを手伝っている」だけ。

だから「貧富の差は益々大きくなり」「貧しさは固定」され、そこから抜けるには「非人道的なこともやる」か、「勝ち組にへつらい、その尻馬に乗る」ことぐらいしかない。当然、「勝ち組」の多くはそうやって生きている。今のアメリカ大統領選の混乱を見ても、それがあるのがわかる。

これって古代の奴隷制があった時代と何も変わらないと思うんですよ。

そういう生き方をしても決して満足を得られるはずはないと思うのだけれど、人としてあるべき姿に固執すればそれは負け組になることを意味するような時代に見えるんですよ。

こういう世界に自分、自分の家族だけが生き延びることが出来ればそれで良いのか。親族は?友人知人は?縁ある人達は?そして国は?

そんなことを考える余裕もない世界になってしまったような。

こんな中でひたむきに真面目に生きて満足できる、どうにかなる世界なのか。

だから自分のことだけを考えるようにして、自分以外の世界は見ない、関心を持たないほうが良いことになるんじゃないですかね。それぞれが勝手なことを考えて勝手に生きる。

でも私はそれが「自由」だとは思わないんですわ。「自由に見えるだけの奴隷」「巨大なサファリパークに飼われているだけ」。きっと誰しもそんなことはわかっているけれどどうしようもない。

でも私はそれを看過したくない、行動を起こすべきだと、今、考えています。その詳しい内容はこのブログに書くことはないけれど、一矢報いたいと思っています。

それが私がたまに書く「平民の逆襲」です。

でもそれは決して、どうにかして今の強大な資金と権力を持つ勝ち組の中に入りたいという意味ではなく、逆に彼らとは一線を引いた場所で、平民は平民であることにプライドを持ちながら逆襲をしたいという考え方。百姓一揆みたいなもんですかね。だから「ハイソな人たち」は好きじゃないし、いつも食べることばかり書いているけれど、「グルメ」なんてのは私の敵。その言葉を使うことすら気に入らない。そして「B級グルメ」なんて自虐的な言葉にはもっと嫌悪を感じる。(笑)

でも世間と戦うのに必要なもの、環境、状況ってあるわけで、それを今、一生懸命作っているって感じかな。

ところで少し前の日記のコメント欄に、私が近年、考えていることのまとめみたいなものを書きました。この際、それを転記して、2020年の私の記録として残したいと思います。

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なんだかいつの間にかおかしな世界になってしまったようですね。

世の中(日本)は変わったと確信した時ってのがあって、それは「日本死ね」「中韓が攻めて来るなら、僕が彼らと酒を飲み交わし仲良くなって日本を守る」という青年がもてはやされた時。そしてそれと全く同じことを主張する大学教授もいるのがわかって、「終わった」と思いましたっけ。

日陰を歩くのが当たり前だった自衛隊が国民の支持を受けるようになり、大臣が「国防」「国益」という言葉を使っても叩かれないような時代になり、少しずつ日本も変わってきたと思ったものの、そこで止まり、日本の安全保障なんて真剣に考える政治家や専門家は異端扱い。

世界には貧しさから逃れるために悪さをする人々が多いのは理解できるにしても、金と権力をもっと得ようとする勢力が悪びること無くやりたい放題、言いたい放題。今回の大統領選のメディアの偏向、民間の自由な表現が出来るはずのSNSプラットフォームの言論弾圧を見逃すわけにはいかない。

そして私みたいなゴミみたいな存在にでも「お前は黙れ」と一般個人が平気で攻撃をしてくる。ここに議論もなければ「解決策を見つける」なんて考え方も存在しない。「問題提起」さえ封じ込めようとする。

最近、思うのはやっぱり宗教って大事なんだってこと。道徳とか倫理ってやっぱりそこから生まれてくるはずで、宗教がなければ怖いものなしで人はなんでもするっていうのは、宗教を否定する共産主義者を見れば簡単にわかる。

これって共産主義者だけではなくて、「人々のため」を標榜する社会主義者も同じで、アメリカ副大統領候補のカマラハリスは「堕胎容認派」で、「生まれる直前でもOK」だという。それどころか「生まれてからでもOK」という論者もいる様子。彼らの言う「人権」ってなんなのかと思う。

そのくせ「クジラを守れ、殺すな」と。穴にハマった犬や猫を助けることがニュースになるけれど、「よくやった」と皆で祝うBBQをするために殺される鶏や豚は関係ない。彼らはここに偽善があることに全く気が付かない。

国境を開放して誰でも自由に行き来が出来るようにして、貧困層には社会保障をあてがい、国民皆保険を実施せよと。

そりゃ、そんな世界が出来れば全世界の人々が幸せになるのかもしれないけれど、現実的にそれはかなり難しい。でも「理想を追わずに何とする」とそういう社会主義者は主張を正当化しようとする。

これって重度の馬鹿か、幼稚園レベルの頭しか無い理想主義者だと思うのだけれど、見渡してみれば日本も同じ。

やれるものならやってみろと言いたいけれど、そんなことをすれば世界の秩序は崩壊する。でも「崩壊の中から生まれるものが正しい」という考え方が共産主義者や社会主義者の中にはある。「新しい世界を作るには、今の世界を壊すこと」「スクラップアンドビルド」が良いと革命を正当化する。だから政府転覆とか、秩序の崩壊、伝統の破壊を是とする考え方が生まれるし、日本の戦後に力を得た日本の共産主義者も同じ。そして彼らは今も生き残っていて影響力を持っている。いや、それどころか戦前の日本のコミンテルンは「良い世界を作るために、日本を戦争に追い込んで【負けることが大切だ】と考えた」。

神様っているのか?何を私達に求めているのか?って最近、考えることが多くなったんですよ。

で、世界というか地球の50億年の歴史を振り返って多くのドキュメンタリーを見て思うことは、やっぱり神なんて存在しないのではないかということ。どんな時代でも「生き残ったものがあらたな時代を作ってきた」だけのこと。

生存競争って厳しくて、「敵を倒す」のは当たり前のこと。そんな海の世界から地上に逃げたのが「人類の始まり」。

綺麗に野に咲く花も、他の生き物や仲間を殺し生存競争に勝った「勝ち組でしかない」。SMAPの「世界に一つだけの花」という曲は偽善の塊だと指摘する私はキチガイ扱いされる。(笑)

ここに寂しさを私は感じるわけだけど、私は平気でゴキブリも蚊も殺すし、その時に後ろめたさなんかなくて「よし!やった!」と最高の喜びを感じる。

これが自分の本質だと思うと情けなくなってくるけれど、人種差別の奥の深さもわかるし、でも「人種差別は駄目だ」と綺麗事を言いつつ、自分の考え方と違う相手は異端であって「抹殺すべきもの」と考える連中を認めるわけにもいかない。それこそが差別であるというのが彼らにはわかっていない。そこに「和の精神」なんて存在しない。

そこにあるのは「偽善」と「自己陶酔」「自画自賛」のみ。

最近、世界中で流行りだしたSDG’sにも私は同じことを感じるわけで、とんでもない世界になったとしか思えない。

世界のこと、祖国のこと、政治のこと、安全保障のこと、他人のことにも一切興味を持たないでいられる自分ならどれほど楽かななんて思うこともある。でも他人に興味を持たないというのは「自分の子供に興味を持たない」のと同じ意味なのもわかる。

未来、将来のことなんか一切考えずに、「今の自分の利益と快楽だけ」を追求して生きられるなら良いなぁ、なんて考えてしまうこともある。

でも「それは魂を売ることだ」と心の奥の方から小さな声が聞こえてくるんですよ。

私にはこれと言った宗教を信じることはない。

でも「お天道様はお見通し」というのはいつも心のなかにある。

私は聖人君子でもないし、天国と地獄があるとすれば地獄行きの部類だと思うんですよ。でも、閻魔大王に会うことがあるのであれば、その時に「ま、それなりに頑張ったのは認めよう」ぐらいの一言は言わせたい。(笑)

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ここまで読んだ方がいらっしゃるかわかりませんが、貴方のサポートがあるからこんなおかしなジジーでもやっていけます。

いつも本当に有難うございます。心から感謝しております。 m(_ _)m

2021年が貴方にとって素晴らしい一年であることを願っております。

------- おまけ -------

「このままでは終われない。まだ夢の途中、諦めない・・・」

     
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