私は北京ダックが好物の一つ。中華料理屋でお食事(ご飯じゃない)の時にはたいてい注文する。
しかしこの数十年、私が考える本物(?)の北京ダックを食べたことがない。全て肉付き。オーストラリアの中華料理屋もそうだし、香港でもそう。マレーシアでも同じ。
本来、北京ダックは皮を食べる料理。で、その皮をいかに美味しく食べるかいろいろ手の込んだことをする。その為に肉は犠牲にする。だから肉は食べないのじゃなくて食べられない。捨てるしかない。それが私のかつて食べていた北京ダック。
これから下はその店の店主に聞いた話と私の考えとごちゃ混ぜになったウンチク(決して正確ではない)。
中華料理屋や華人の肉屋の店頭には飴色になったダックが吊されている。あれは北京ダックではない。ただの焼きダック。店でダックを注文すると、あれを丸太を輪切りにしたようなまな板の上に乗せ、中華包丁でタンタンタンッとぶつ切りにする。そして客は主に饅頭(マントウ)と一緒にそれを食べる。在り来たりの普通の料理。
でも北京ダックを注文するとやっぱりあれを出す店が多い。これって私に言わせると詐偽で、皮だけ食べさせれば北京ダックだと言われたらたまったもんじゃない。でもただの焼きダックが出てくる事が多い。それを頭に置いて考えてみれば、北京ダックも肉を食べると考えるのは間違いだというのがわかると思う。だって普通の焼きダックを北京ダック風に皮を削いで食べただけのことなんだから。当然肉も食べられる。しかし、皮のパリパリ感が全く違うはずだ。
本来、北京ダックは下処理も大変だという。まず羽毛を取った後、いくつかの過程を経て、お尻から空気を入れると聞いた。すると皮と肉の間に空気が入ってバリバリと分離する(だから本来、皮を削いだ時に肉の付きようがない)。ダックはぱんぱんの風船状態に膨れる。そしてそれを干すと聞いた。皮を乾かすのだそうだ。そんな過程を経ている間に、肉は駄目になる。臭くなる?悪くなる?
牛肉は1ヶ月置いた状態が一番美味しいと言われる。豚は1週間。いわゆる寝かせるという過程がある。ステーキハウスの肉を見ると、回りにカビが生えているような状態のもある。でも中は熟成されて美味しくなる。ところが鳥はそうではなくて、死後硬直の後美味しいのは1時間ぐらいだと聞いた。それから後はどんどん悪くなる。つまり、鶏肉は新鮮が一番。朝締めの鶏とか、東南アジアでは生きた鶏を売っていて、買うと締めてくれるのはそれが理由だろう。でも牛肉や豚肉の朝締めというのは聞いたこともないし、それが美味しいというのも聞いたことがない。あえて寝かして出荷する方法も取られていると聞いた。だから新鮮な牛肉はやっぱり美味しいねと言うのは錯覚。ただ単にパック状態で放置されドリップが出ているのは話の外。
だから北京ダックも同じで、皮を食べるために下処理をし、乾かしてなんてやっている間に肉はどんどん悪くなる。もしそれが宮廷料理だとするならばそんな肉を出すわけにはいかない。食べないのが当たり前となる。
しかし、そのような下処理もされていない普通のダックであるならば肉はもちろん食べられるどころか肉を食べるのが主となるわけで、その皮だけ食べて肉を捨てるなんて馬鹿なことをするわけがない。それが今我々がどこででも食べている北京ダック。肉はサンチョウパオ(レタス包み)にしたり炒飯にしたり、スープとなったりして提供される。
この辺がごっちゃになって、北京ダックの肉は食べられる、いや食べられないと話が入り乱れているのだろう。本来は食べられないのが正解。でも我々が日頃食べるのは本物の北京ダックではないのだから、食べるのが正解。
ただ、北京ダックのその調理法が確立された以降、ダックの飼育方法も画期的に進歩したらしい。つまり、昔のダックの肉はそもそもうまくなかったのではないかと言われている。ところが現代のダックは脂も乗り、美味しい。だから肉は捨ててしまうという本来の北京ダックの調理法にも変化が出てきたのだろう。美味しい肉を食べなければもったいない。
しかしどの中華料理屋でも黙って北京ダックを切らせておくと、きっちり肉を付けて切る店が多い。これは勘弁して欲しいといつも思う。皮だけ削いで欲しい。あのパリパリが美味しいのであって、肉は邪魔。私が昔食べていた北京ダックには一切肉は付いていなかった。焼き鳥の皮が好きな人にはこれはわかるはず。皮は皮だから美味いのであって、焼き鳥の皮に中途半端な肉が付いていたら暴れたくなるはず。
ゴールドコーストに私の好きな中華料理屋がある。そのオーナー夫婦は二人である店のウェイターウェイトレスだった頃からの知り合いで、その後独立し、今ではゴールドコースト一番の店になった(その後、ボーッとしてる旦那は彼女を作って追い出された。離婚)。オーストラリアフェアのグランドフロアにある第一楼(Top One)がそれ。そこで北京ダックを注文すると必ずオーナーが出てきてくれて皮を削いでくれる。これは昔から彼女が他の店でウェイトレスだった頃からいつの間にか決まった約束事。彼女の切り方が一番うまい。肉は極力付けずに切る。
ある時、聞いたことがある。どうして他の人は肉を付けて切るのかと。そうしたら彼女曰く、肉を付けないでくれと言う客は未だかつてdaboさんしか居ないという。ウソだろ~~~~~。そんなはずがないけれど、彼女は他にそういう客を知らないという。そして彼女自身、北京ダックは肉も一緒に食べる物だと思ってる。
なんか世の中の北京ダックって変だなぁと思いつつ30年も経って、その間、私がかつて食べていたパリッパリの皮だけの美味しい北京ダックに出会ったことがない。大体、考えてみて欲しい。ダックの脂はどこに付いている?皮と身の間だ。つまり皮を削ぐときに身も付いてくるということはそこにしっかり脂がぺっとり付いているということ。こんな料理が美味いはずがない。でしょ?でも本来の北京ダックには余計な脂なんか付いてこない。パリッパリの皮だけ。だから美味いと思う。
豚の丸焼きも同じで、子豚の薄い皮がパリッパリになるから美味しいのであって、皮の下の脂と一緒に食べたら気持ち悪くなる。
そんな事をいつも考えているのだけれど、今日、北京ダックを食べてきたという友達とチャットであった。何気なく聞いてみた。身は?と。そうしたら、身は食べられません、捨てますとウェイターが言っていたという。
え~~~~~~~、それって私が30年前に食べた北京ダックと同じ。
皮はシワがよってるなんてこともなく、北京ダックはパンパンに膨れていたらしい。そして皮はパリパリだったと。
どこどこ、その店は?と聞いたところ、答えはなんと
エクシブ京都八瀬離宮の中国料理「翡陽」
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うーーむ、去年そのエクシブに泊まってその店でランチを食べたのに・・・・
やっぱりエクシブのタイムシェアを買わなくちゃと思った。
という長~~い前置きの、やっぱりエクシブは大したもんだという話でした~~。 m(_ _)m
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ま、私の考える本物の北京ダックは、それが本物なのかあるいは亜流なのかはわからない。ただ、私は皮好きで、焼き鳥の皮も好きだし、豚の丸焼き(インドネシアではバビグリン、フィリッピン、グアムではレチョンバブイ。子豚を使う)の皮も好き。当然、北京ダックもそうで皮が美味いと思う。
本来の北京ダックの調理法は手間も掛かるし、身も捨てるという無駄もある。上に書いたように身も美味しい時代になったのならそれを食べない手はない。素材が変わったのに調理法を変えない調理人がいるとは思えない。そして一般的な焼きダックの食べ方があるわけで、皮だけ食べるという方がたとえ中国人にとっても馴染みが深い物ではないのだろうと思う。というか、日本人なら絶対に残したであろう食文化を中国人の合理性がそれを捨てたのだと思う。
でも北京ダックという料理はこれじゃなければ駄目ということがあるはずもなく、美味しければいいじゃんということに間違いがない(でも今ちまたで一般的な北京ダックが美味しいとは思えない)。で、古き北京ダックとは違う形で進化した北京ダックもあるようで、私が是非食べてみたいと思うのがある。この調理法を見て欲しい。
→熱湯に浸す
→羽毛を除く
→空気を入れる
→脇下に穴を開ける
→内臓を取り出す
→ 凹まないようにお腹に高粱の茎を入れて形を整える
→ お腹をきれいに洗う
→専用道具で吊る
→ 皮を乾燥する
→熱い湯を皮にかける
→皮の表面に水あめを塗る
→再び皮を乾燥する
(ここまでが下処理工程)
→お腹を封じる
→お腹にスープを入れる ←注目!
→かまどに入れる
→薪の火を調整する
→かまどの中で焼く
→位置を調整する
→焼きあがったダックをかまどから出す
(ここまでが焼く工程)
この店は皮だけではなく、身も一緒に出す。
この北京ダックを是非食べてみたいと思った。その店はここ。
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