政府は「生活の保証」をするべき。でも・・・

ここのところ、コロナに関して色々書いていますが、それに関してコメントではなくてメールをくれる読者がいます。

それはそれで良いのですが、コメントに書いてくださいよ~。そうすれば情報、考え方を皆で共有できますし、実はこのブログの昔からの読者ってコメント欄も読むし、「コメント欄のほうが面白い」と言われたことも過去にありました。日記本文に書くと問題があるようなことでもコメント欄には書くからかもしれませんが。(笑)

私は「行動制限の主体は我々市民」だと書きました。自粛要請が出ようが出まいが、コロナの感染爆発を止めるにはどうしたら良いのか私達はもうとっくにわかっているわけですし。でも自分たちではそれがきっちり出来ないから、政府や自治体に「緊急事態宣言」「ロックダウン」を出せと迫る。

でも「行動の主体は我々」であるわけで、自粛するもしないも我々の考え方次第。「緊急事態宣言」「ロックダウン」も日本の場合は「強制力はない」のであって、【強い要請】でしか無いんですから。

それなのに「緊急事態宣言」「ロックダウン」を出すなら【金も出せ】とそれが当たり前のように言う人達がいる。

これってヤクザの発想だと私は思っているわけで、「俺はだらしないから自分で自分の行動を決められない。だから法律で縛ってくれ。でもそのときには【保証をしろよ】」というのと全く同じ。

そして「緊急事態宣言」「ロックダウン」がなくても、自粛しようという意識が高まれば、そういう宣言が出なくても同じことが起きる。出歩く人は減り、開ける店も減る。そして「経済も停滞する」のは同じこと。

でも「緊急事態宣言」「ロックダウン」を宣言するなら、金を出せ、ですもんね~~。ヤクザでしょう、この発想は。

とまぁ、こういうことを書いたわけですが、それに対して読者からのメール。

「では国や自治体は何もしないでよいのか」って内容のメール。

この説明はちょっとややこしくて、「何もしないで良い」とは思っていないんです。でも「何もしなくても自分たちでどうにかできるようにならないとならない」と思ってるわけで、だから「自粛しよう」「備蓄も使用」、そして昔からこのブログで書いていることは「だれも(政府も)あてにせずに、【自らの足で立って歩く】事が重要だ」とずーっと書き続けてきたんですね。

そしてそれこそが、「生き残るすべ」であり、「海外生活の一番のキモ」だと。そしてそうするためには「想定外を想定する能力の重要性」とか、経済的に自立することが何よりも大事だと。それも具体的に書いてきました。

「助けて貰う立場からの脱却」と言ってもよくて、逆に「助けることも出来る立場」にならないと何の保証も助けもない海外で、家族を守って生き抜くなんてことは出来ないわけですよ。

その辺に共感する読者がこのブログには多いし、そういう方々と情報・意見交換をして「リスクに強い、自立した自分」になるにはどうするべきかを中心に進んできたのがこのブログ。

だから「緊急事態宣言」「ロックダウン」が出ようが出まいが関係ない。政府の保証があろうがなかろうが関係ないという生き方が理想であるわけです。

でもそれは、「このブログ内の話」「内輪の話」なんですね。

でも世の中には国や自治体の助けがないと生きていけない人たちは少なくないし、自分の将来をも「特定の企業」に預けて、そこから収入を得て生きている人は多い。というかそういう人たちが大半。そしてその人達が日本という国の原動力となって日本を作っているのは間違いがない。

だからそういう人たちを念頭に考えた場合、「国や自治体が何もしない」わけには行かないんですね。ただそれは、(一般的な世の中の仕組みには入らないで生きようとする)私やこのブログの昔からのコアの読者には必要ないことであり、それをあてにすることはあり得ないってことでしかないのです。

人は弱いですから、自粛をしようと思っても出来ない人がかなり多いのは、街角インタビューを聞いてもわかります。政府・自治体に「行動制限令を出してくれれば、自分の行動もどうするべきか決められる」と言う若者もいた。

私はこういう考え方を聞くと「嘘だろ?人生の主役は誰だ?」と思うのですが、それは私はそう思うだけのことで、「背中を押してもらわないと動けない人たちが存在する」のは間違いがないし、政府・自治体の強い要請があれば変われるのならそれはそれで良いと思います。

でもそうすると収入が・・、仕事が・・・となるのも当たり前で、「背中を押してくれるついでに、そちらの方も面倒を見てくれないだろうか」と考えるのも普通。

そういう人生を送るべきではないと思うことに変わりはないのですが、そういう人たちがいることは事実だし、そういう人たちに「自己責任だろ?」というつもりはないんです。

こういうコロナ騒動で経済的に問題が出た場合は助けて欲しいと考える人達を否定することはないし、政府は助けられるならしっかりやるべきだと思います。

ただし、「緊急事態宣言」「ロックダウン」を早く出せ。金を出すのも【当たり前】という考え方はちょっと違うのではないかとは思うわけです。

「緊急事態宣言」「ロックダウン」がでなければ【やるべき自粛もできないのか?】、自主的だろうと強制的だろうと「活動制限」が起きれば、経済が停滞するのは同じことで、「自主的にやると金が出ない」だから「強制的に国が動けば金が出る」方向に持っていくべきだと考えたとすれば、それはヤクザと同じ。あるまじき発想だと思います。

「緊急事態宣言」「ロックダウン」がでようがでまいが、政府が弱者を助けるべきなのは変わらないのも同じで、もし政府に「強制すると保証をしないとならない。だからそれをしない方向で行こう」という考えがあるとしたら、そういう政府は打倒すべき政府じゃないですかね。

一般社会、会社VS会社の場合は、「どちらが優位に立つか」なんて考えながら付き合い、契約するのが普通ですが、それと同じ様に国民VS国が「金を出させる方法」「金を出さないですむ方法」の戦いだとしたら本当に悲しいし、まぁ、多分、表には出てこないだけで、そんなことは日常茶飯事なのかもしれないけれど、「弱者を助ける」という国の責任に変わりはないわけで、出来る限りのことをしないと、本当に自殺者のほうがコロナの死者より増えるなんてことも起きる。

またそういうあるべき論とは別に、私が心配するのはもし日本が「国債発行をためらった場合」、世界の通貨バランスが壊れてそれは「為替の変化」となって現れる。つまりリーマンショック後に何が起きたのか。世界はお金を刷りまくったのに日本はそれをしなかったから、相対的に「円が少なくなった」で、それはとんでもない円高として日本を苦しめたわけじゃないですか。

アメリカが2兆ドルという日本の国家予算の二倍ものお金を使うと言ってから、円安基調で動いていた為替が、突如、円高に動きましたよね。

この傾向は私は良くないと思っていて、今回は日本も世界に歩調を合わせてもらわないと、こんな非常事態なのに「もう一つの苦悩」が始まってしまう。

そして日本が国債を発行するということは、その金は「弱者救済」に回るはずだし、良いことじゃないかと。

でも財務省も日銀も、あのリーマンショック後に日本を苦しめたその方策が彼らの基本方針なのに変わりはないと私は思っていて、安倍さんがリーダーシップを発揮しないと、「弱者は救われない」のと同時に「日本の構造的弱点が表面化する」と思っています。

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